企業戦士アクシズZZ   作:放置アフロ

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11 ヤヨイ出撃(前編)

 

 伝統的和風の蔵。ほの暗い内側。そこは柱のひとつひとつ、壁のすみずみまで甘酸っぱい香りに満ちていた。鼻腔をくすぐるその正体は(こうじ)である。

 そして、そこでは今、二人の男が風景よりも暗い表情、表情よりも暗い声音で言葉を交わしていた。

 

阿賀間(アーガマ)建設に戻ってきてくれないか?」

 

 言いつつ、リーゼントヘアーの男が無意識にシャツの襟元を指で押し広げる。彼の癖らしい。

 

武光(たけみつ)、それはできない。私はまだ認められない。

 自分自身の、若さ故の過ちというものを」

 

 応える男は、かけたサングラスで顔と心を覆い隠していた。

 

「そんな、論戸(ろんど)さんの、いや、礼子(れいこ)とのことならもういいじゃないか」とリーゼント武光。

「彼女が去って、もう二年か。早いな」とサングラス。

「・・・・・・」

 

 男のつぶやきに武光はその先を言いかねた。

 

「礼子のことだけじゃない。浜子(はまこ)、そして寸子(やすこ)。私は子と名の付く女性を不幸にし続ける男だ。この先の何十年という人生。私はこの業を背負って、孤独に生きていくだけだ」

(こいつ・・・・・・)

 

 武光は男の宿業の深さに肝が冷えた。

 

(思いっきり奈田理(なたり)さんのこと忘れてるぞ! 妊娠までさせといて!!)

 

 そして、怒りに変わる。

 

「すまない、野阿(のあ)」とサングラス。

「わかった。今日は会ってくれてありがとう」と武光。

 

 儀礼的な挨拶をして、阿賀間建設社長・野阿 武光(のあ・たけみつ)は去った。

 

(二度と会うか、ボケ甲斐性なし!)

 

 武光は心で罵る。

 蔵を後にし、駅へと歩を進める武光の頭上、奥多摩の木々が色づき始めようとしていた。

 

 

 

 アクシズ建設に午後3時を告げるチャイムが鳴り響く。

 

「お疲れ様ですっ、お先に失礼しますっ! じゃ、お兄ちゃん。また明日!」

 

 栗毛の少女が元気よく声を上げ、去っていった。バイトを終え定時制高校へ向かう、来栖 麻里(マリーダ・クルス)である。真島がなにか言い返す間もない。

 

「ったく! いつから俺のこと『お兄ちゃん』なんて気安く呼ぶようになったんだろ。先輩と呼べ、先輩と!」

「見せ付けてくれるねー、お兄ちゃん」

 

 向かいのデスクから真島の先輩社員・後藤 豪(ゴットン・ゴー)がニヤニヤしながら言う。

 

「まったくです。半年であんな子供と関係を持つなんて、鬼畜です」

 

 隣では、後輩の都外川 暮巳(グレミー・トト)が口をとがらせている。

 

「お前に『関係』だの『鬼畜』だの言われたくねーよ! このロリコンがっ!!」

「あ。そういうこと言いますか。先輩だって、ロリコン弩変態でしょう? 麻里(マリーダ)ちゃんの顔に白いのぶっかけるのが大好きな!」

「テ、テメー、暮巳っ! またそれを蒸し返すかっ!? お前だって、『15歳以上はお断り』とか言ってたくせに、阿賀間(アーガマ)流川るう(ルー・ルカ)にお熱じゃねーか。あいつだって、とうに二十歳(はたち)越えてんぞ!」

「るうさんは特別です。何事にも例外というものはあるものです。話をそらさないでください。そもそも先輩は否定してますが、自分がロリコンであることを認め・・・・・・」

 

 不毛な言い争いが鬱陶(うっとう)しくなり、後藤は喫煙もかね屋上へ逃げた。

 

 

 

「なんだか、営業の人たち元気だねー」と厚生課の本郷 すみれ(スミレ・ホンゴウ)

 

 少し離れた応接間兼休憩室では、彼女と同じ課の五十川 やよい(ヤヨイ・イカルガ)が茶をしばいていた。

 

「元気って言うか、ただのバカだよ」とやよい。

「アハ、ハハ・・・・・・」

 

 めがねがずり落ちて、微妙な笑いのすみれ。

 

(やよいちゃんにバカって言われる人たちって、・・・・・・)

 

 厚生課でも抜群の能力の低さで、任されるのはゴミ捨てとお茶くみというやよい。いや、もうひとつの特技があった。飲み会のセッティングと一発芸だ。

 今は旅行・観光ガイドブック『ぶるる奥多摩』をにらんでいた。

 やよいの目が釘付けになっている。〈ちょっと()ってきな!赤乃井、秋の蔵開き〉の文字が躍っていた。

 

「行きたいな~。でも、あとのことを考えるとな~」

 

 複雑な気持ちは、笑いながら眉間にシワを寄せるその顔に表れていた。

 以前、飲み会終了後、公園の噴水に飛び込んだことのあるやよい。翌朝まで放置され風邪を引いた。

 赤乃井こと赤井酒造は都下を東西に流れる多摩川上流のほとりにある。10月下旬に酔った勢いで川に入れば、間違いなく命はない。蔵開きには誰かと一緒に行った方が良い。

 ぱりん、という小気味よい音。向かいのソファのすみれがせんべいをほおばっていた。

 

(すみれちゃんはお酒飲めないからなぁ~。人生のすべてを損してるよ、ウン)

 

 小柄な同僚を見て、やよいはひとりうなずく。

 その時、彼女の視界の端を男が行き過ぎる。

 

「マッシマー!」奇声を上げるやよい。

 

 暮巳との口喧嘩からイライラしながら、タバコでも吸いに行こうとしていた真島は、ぎょっ、となった。

 

「赤乃井の蔵開きに行こう! いや、行くべきだ! いやいや、行かねばならない!!」

「マッシマーはやめろ! 変形ロボっぽいから!! とりあえず、順序立てて説明しろや」

 

 言いつつ、やよいの提案を聞く。

 

「いいぜ。俺も今度の土曜は暇だしな」と快諾(かいだく)する真島。

 

 この場に偶然、社長の菅 浜子(ハマーン・カーン)、そして来栖 麻里(マリーダ・クルス)がいなかったことは、幸運だったのだろうか? それとも不運か?

 いずれにしろ、このやよいとの約束が真島の取り巻く事態をさらに混乱させることになるとは、予想していなかった。

 

 

 

 どきどきどきどきどきどき。

 自分の心臓が耳の横にあるのかと思う。

 

(もちつけ! い、いや、落ち着け。私は地球圏を恐怖させたアクシズの摂政だぞ!!)

 

 壁に背を預けたピッグテールの『はにゃこ(はにゃーん)』こと、菅 浜子(ハマーン・カーン)はひとつ深呼吸する。

 そして、『例のあの能力』を展開した。建物の壁や鉄骨を貫通してその気配を感じ取る。

 

(来た!)

 

 ちょうど真島は夕方、最後の小休止を終え、屋上からオフィスへ戻るところだった。待ち伏せていた浜子(ハマーン)が、階段の曲がり角から姿を現す。

 

「奇遇だな、真島 世路。タバコか?」と浜子。

「あ、ども、社長。会議、終わったんすか?」と真島。

「うむ。まあ、・・・・・・な」

 

 なにやら、歯切れの悪い浜子の様子に、真島は「?」となった。

 そして、浜子は前触れもなく叫ぶ。

 

「土足で店の座敷に上がるな!!」

「え、・・・・・・いや、上がらないでしょう。普通」

(む、いきなり過ぎて話が通じぬか。ならば)

 

 浜子は額に汗を浮かべながら続ける。

 

「も、もちろんだ。居酒屋の座敷ならば大問題だ。だが、仮にイタリアンレストランであればどうだ?」

「どうだって言われても、洋食屋に座敷はないでしょ。普通」

「さ、さすがだ、真島。その類まれな洞察力。私が見込んだだけのことはある」

「はぁ、どうも」

 

 完全に虚を突かれた雰囲気の真島。

 

(社長、どうしちゃったんだ? 随分、詩人モードだな)

 

 しかし、洞察力ってことは、裏に隠されたことを読み解けってことか? って何を!?

 そんな真島の思いを知ってか知らずか、浜子は胸に手を当て再度深呼吸する。

 

「そうだな、こんな芝居じみたことはレウルーラ(リク○ート)事件の蛭田 道三(ヒル・ドーソン)の領分だったな」

「??」

 

 なにか決意したらしい。きっ、と眉と唇を引き締める。

 

「真島っ!」

「はい?」

「わ、私と来てくれれば、そ、その」

 

 続きが出ない。『一緒にイタリアンレストラン「エル・ビアンノ」に食事へ』と。

 

「現場っすか? 行きますよ。どこすか?」

「ばばば、場所はまだ言えぬ。週末、土曜だ」

 

 菅 浜子、なぜこの程度のことでどもってしまうのか?

 

「えっ! 土曜っすか!?」

「不満か?」

 

 『はにゃこ』の姿で生前ネオ・ジオン摂政のプレッシャーを噴き出す浜子。

 

「いや、別に(休日出勤かよ。やよいとの約束もパーだな)」

「と、とりあえず、新宿アルタ前に午後6時集合ということとする」

「はぁ? 新宿アルタ? 午後6時?」

「なにか問題か?」

 

 再び噴出するプレッシャー。

 

「いえ、別に(あの辺にウチの案件あったっけ? しかも、6時から現場視察ってどういうことだよ)」

 

 真島は首をひねる。

 

(ま、いっか。6時ならやよいとの約束もなんとか守れそうだし。飲み過ぎないように気を付けないとな)

 

 二人の様子を廊下の端に隠れながら双眼鏡で見ていた秘書の入谷 はこべ(イリア・パゾム)。拳をぐっ、と握り持ち上げる。

 

(グッジョブです、社長)

 

 目尻をハンカチで拭う。娘を嫁に出す母親のようであった。

 

 

 

 週末。

 

「なんでスーツなんよ?」

 

 JR青梅線、奥多摩行きの電車内でやよいが尋ねる。

 

「いや、夕方から社長と現場周りでさぁ。まいったよ」応える真島に、

「ほぁー。できる男は辛いねー。その分、私が飲んどくから安心したまえ!」と、ない胸を張るやよい。

 

 それを見た真島は「ほどほどにな」と苦笑するが、一転ひどく渋い顔になった。

 

「しかし、今朝もまいったよ。なんか麻里(マリーダ)が付いて行きたいみたいなこと言ってたからさ」

「麻里ちゃんが? 意外ぃ。なんで連れてこなかったんよ?」

「あいつ未成年だろ。いくらなんでも酒蔵のイベントに連れて来るのはちょっと早いだろ?」

 

 それは半分は事実ではあるが、

 

(このごろ、あいつの視線や付きまといがちょっと、いや・・・・・・だいぶ気味悪いんだよなぁ)

 

 これが真島の本心である。

 職場のトイレから出てくれば、自分用とは別に真島のためのハンカチを用意して、待っているし、

 

「忠犬ハチ公か、お前はっ!」

 

 休憩時に屋上でショートホープをくわえれば、速攻で火を差し出す。

 

「ホントの、ホントに夜学に通ってんのか?おっ、コラ!歌舞伎町にあるんじゃねーだろーな!?」

 

 今朝も玄関を出ると、ジンネハイツの外階段の下に麻里は待ち伏せしていた。季節には早いチャコールのロングコート、大きなきのこを連想させる黒のキャスケット帽。帽子の下からは周囲へ鋭い視線が張り巡らされ、兄たる(マスターの)真島に悪い虫でも付かないよう、にらみを利かしていた。

 ここに至り真島は確信した。もうほとんど不審者である、と。

 

「絶っっっ対に付いてくんな!!」

 

 最寄り駅まで付いて来た麻里に厳しく言うと、彼女は泣き出しそうな顔になりながらうなずき、改札をくぐる真島の姿が見えなくなるまで立ちつくしていた。彼の言動が()()()()()であることを匂わせる服従ぶりであった。

 

 再び電車内。

 

「麻里ちゃん、けっこう飲めると思うけどなぁ」とやよい。

「いやだから! あいつまだ16だし」と真島。

「え? 『お酒は15(じゅうご)になってから』って」

「いうかー!!」

「またまたぁ♪ 私が小学生のときには、学校を休むのは二日酔いのときぐらいで」

「どんな女子児童だよっ! そんなもん、見たくねーわっ。普通に未成年の飲酒だろうが」

「ホントに~? おかしいなぁ地元(ローカル)ルールじゃ・・・・・・高知県じゃ酒は10歳から」

 

(※飲めません。お酒は二十歳になってから。未成年の飲酒ダメ、絶対)

 

 不思議な二人の会話は意外とはずみ、列車は青梅線赤井駅へと向かった。

 

 

 

 ところ変わって菅邸。浜子の自室。

 彼女は非常に悩んでいた。

 今日の真島との待ち合わせ。ブラジャーにパットを入れるかどうか、である。

 

「貧乳は高貴な品位(ステータス)だ。だが、それを解さない人間もいる。シャアだ。いまいましい」

 

 ブラジャーとショーツ一枚の浜子は拳を固める。

 いや、貧乳は関係ない。シャアは彼女のねばりつく一途さが嫌だったんだと推測できる。さらに、グリプス戦役で再会したときにはハマーンも歳を取り過ぎていた。ロリコンには耐えがたい。

 

「それに、」

 

 拳を解き、浜子は全身鏡の前に立つ。左手を腰に置き、曲げた肘と上半身のラインで綺麗な二等辺三角形を作る。右手は斜め下方にスラリと伸ばし、なにやらモデルのようなポーズを取った。

 視線の先に映る、小ぶりながらも綺麗な二つのふくらみ。

 

「そう、私は大きくないだけ。Bだ! むしろ、重要なのは形である」

 

 『貧乳は高貴』と言った主張はどこへいったのか?

 

「いずれにしろ、私は真島の好み・・・・・・せ、せ、せ、性癖というものをまだ分かっていない。うかつにこれ(パット)を使えば、後々の禍根(かこん)を残すことにもなりかねん」

 

 浜子の妄想は加速し、食事の後、真島とベッドに臨んだときの場合をシュミレーションし始めた。あわてて頭を振り、熱くなりかけた思考を戻す。

 

「と、とにかく、敵の目標がはっきりしない以上、うかつな作戦は取れん! ここは最低限成功する場合を想定し、体の線が出ないコーディネートで行くべきだな。うむ」

 

 以前のショートスーツの好反応を意識しつつ、違う戦法へ変えていく。これはこれでなかなか難しい。

 浜子'sセレクションは永遠とも思えるほど繰り返され、部屋中に衣類が散らばった。

 

 

 

 改札をくぐり、多摩川方向へゆるい坂をくだること数分。赤乃井(赤井酒造)に到着したやよいと真島は、まずは酒蔵見学に参加する。

 やがて、他の見学客ともなし崩し的に酒盛り、いや試飲会が始まった。逆富士山型の酒杯グラスになみなみと透明の液体をつぐや、ぐいっ、と一気にあおる。

 

「く~~♪ キクー」とやよい。

「姉ちゃん、いける口だねぇ」とは見知らぬオヤジ。

「おじさ~ん♪ 『しこみたて一番しぼり』がなくなっちゃったよ~。お・か・わ・り♪」

 

 早速、四合ビンをカラにしたやよいがそれを振りながら、自分ではかわいいと思っている声を出す。

 

「あれ? マッシマー? どこ行った?」

 

 気付けば真島の姿がない。赤乃井には美しい樹木が自慢の庭園が併設されていた。

 

「さては、花を見ながら一杯なんて思ってるな。にくいね、こんにゃろ」

 

 ふわっ、とした足取りで立ち上がる。「姉ちゃん、だいじょぶか?」というオヤジの声に片手で応え、外に出た。

 庭園の端はがけになっており、そこは雨後で水量を増した多摩川の濁流がうねっていた。

 

 

 

「まいったな」

 

 トイレに立った真島は軽く迷子になっていた。今、彼の目の前には古い酒蔵がそびえている。半開きになった引き戸が好奇心をわかせた。

 

「誰かいますかー?」

 

 しかし、誰もいないんじゃないかと思いながら戸に手をかけ、のぞきこんだ。だから、暗がりに目が慣れ、その内にいる人影に気が付くと、

 

「わっ!?」

 

 声を上げ驚いた。さらに、その人物は真島の方へと向かってきた。真島が後ずさり、蔵から何者かが出てこようとして、

 

 ズデン! ガシャ!

 

 引き戸の敷居(レール部)に足を引っ掛け、その男が盛大に転倒した。

 彼は端正な作りの顔を上げ、つぶやく。

 

「認めたくないものだな。ボソッ」

(何がだよっ!? ていうか、暗いとこでサングラスなんかかけてるからこけるんだろうが。バカなのっ)心で叫ぶ真島。

 

 先程の何かが割れるような音は、男がかけたサングラスが壊れた音だった。

 そこへ、また別の男がやってくる。

 

「坊ちゃん!? こんなところにいたんですか? 早く来てください。すごい酒豪のお客さんが来てて、手が回らんのです。あれ、お客さん?」

「いやー、迷っちゃって」と真島。

 

 食品白衣姿、少し腹の出た中年男は先程酒蔵見学で説明してくれた副杜氏(※次長クラス。部長の下)で名前は確か、

 

「『坊ちゃん』はやめてくれないか、戸連(とづれ)。死んだ駆馬(ガルマ)を思い出す」とサングラスだった男。

「いや、駆馬さん、生きてましたから。勝手に殺さないでください」と中年男、改め戸連。

「ふっ、冗談・・・・・・」

「ではないですよ、本当に」

 

 一瞬、奇妙な間があった。

 

戸連(とづれ)、私を誰だと思っている」

「はいはい、若旦那さま。とにかく! 申し訳ありませんがご足労いただけますか?」

 

 縮れた長いもみ上げを指で掻きながら、戸連の片目は器用に閉じられていた。

 

「ふっ、水臭いな、今更・・・・・・。私、赤井 粋清(あかい・すいせい)がその酒豪とやらを相手しようというのだ!」

(えええぇぇぇ!? なんだこいつ。会話がおかしいぞ。微妙におかしいぞ)

 

 ふたりのやり取りを聞きながら、真島は脇に嫌な汗をかいた。

 その後、戸連の案内で試飲会に戻るが、やよいの姿がない。

 

「ええいっ、情けない。酒豪を見失うとは!!」と粋清。

(いや、そこまで落胆する必要なくね!? バカなのっ)と真島。

「おう、兄ちゃん。連れの姉ちゃんならあんたを探しに出てったぞ。川の方にでも行ったんでないかい?」

 

 オヤジが真っ赤なすっかり出来上がった顔で答えた。それを聞いて、真島はあわててまた飛び出していった。

 

 

 

 やよいは庭園の一角にあるその店が、みやげ物屋かなにかだと思った。しかし、引き戸を開けると、

 

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

 

 ややつり目だが、落ち着きのある栗毛の少女がカウンターの椅子を引く。どう見ても、赤提灯風の居酒屋であった。

 真島を探していたやよいだが、ねじり鉢巻の少女に言われるまま、席に着きお品書きに目を通していた。

 

「やっぱり、ここは赤乃井さんのお酒しか出さないのかい?」

 

 やよいの問いに、少女は口の端をゆがめ、挑戦的とも言える笑みを浮かべた。

 

「フフ、ご希望であれば他のお酒も出せますよ。例えば土佐が誇る秘蔵古酒、『幻十(げんじゅう)』とかね」

「な、なんだってー!!」

 

 やよいが腰掛けていた椅子が床に転がった。

 

(ひや)でよろしいですか?」と栗毛の少女。

 

 不敵な笑みを浮かべたまま彼女は厨房に戻り、やよいは起こした椅子に呆然と腰を下ろした。

 やがて酒が出た。

 

「むっ! こ、これは、・・・・・・間違いない。このまろやかさ。舌に残る甘みとも旨みともいえる感触。400年の歴史を感じさせる香り。まさに『幻十』!!

 これなら、つまみはお塩をお願い♪」

 

 ところが、

 

「すみません。今、塩は切らしていて」

 

 申し訳なさそうな声を出したのは栗毛の少女、ではなく厨房から姿を見せた中年の板前だった。カウンター越しのやよいにも男の腹の恰幅(かっぷく)のよさが見て取れる。調理服の左胸には、『田村』という刺繍が白衣の中に黒く映えていた。

 

「えっ、塩が無いの?」

「この間の戦いで倉庫に直撃を食らってね。あん時、塩がやられたんですよ」と板前・田村。

「おじさん、意味不明だよ~! いつの戦い? 昭和初期生まれなの?」

「塩がないと戦力に影響するからなぁ」

「だから、なんの話~?」

 

 かみ合わない。深刻そうな顔で、全ての状況を無視する田村である。

 

(塩なんかスーパーでもコンビニでも、買ってくれば良いのに~。なんで、無いかな~・・・・・・はっ! まさか)

 

 なにかを悟ったようなやよい。

 

「お、おじさんっ! いや、大将っ!!」

「いえいえ、そんな! 私はただの中尉ですよ」

「いや、『大将』っていうのはね、板前さん全般に対する呼びかけで~、軍隊の階級の意味じゃなくてね。今回の用法では、・・・」

 

 うはっ! めんどくさっ!

 説明しながら、ひどくうんざりした。

 

「と、とにかく」

 

 やよいは両手で横に物をずらす動作をする。

 

「このお店のお塩は只モノじゃないね?」

「お客さん、(つう)だね。その通り! ウチの塩は中央アジアの塩湖ロブレイクの水から作った幻の塩なのさ」

「やっぱり!でも、もうないのか~。残念だな~」落胆するやよい。

「ちょうど今日辺りに時空の扉をくぐれば、シルクロードに行けると思うんだが、見ての通り、この体格だろ? モビルスーツのコクピットに腹が収まらなくてね。

 私は元々料理長だし。アハハ・・・・・・」と、遠い目の田村。

 

 やっぱり、意味不明だ。

 

「でも、お嬢さんは元パイロットだろ? なら、さまよえる湖ロブレイクを探し出せるんじゃないか?」

「ホントかい、大将?」

 

 田村が言っていることを半分も理解しているかどうか怪しい。トロンとした目つきだ。

 

「やるか、やらないかはお嬢さん次第。見つかるか、見つからないかは腕次第」

 

 田村は、ドンッ、と音を立て、やよいの左側に今日の支払い伝票、右側に『幻十』の四合ビンを置いた。

 やよいは少し考えた後、にやり、と口元をゆがめ、先程栗毛の少女と同じく不敵に笑った。ぐいのみの残りをあおるや手を伸ばす。

 

「約束だからねっ♪」

 

 

 

 やよいが居酒屋を去ってしばらくして、

 ガラッ!

 

「えっ。 ここ、はざま?」

「昼の営業は終わりだよ! 夕方、出直すんだね」

 

 戸口に立ち尽くす真島に、カウンターへ水拭きをかけていた栗毛の少女が言い放つ。

 

「あ、あれ? お前、(プル)?」

「わ、私は風美(プルツー)だ。私は風美(プルツー)だっ!」焦る少女。

「なんで2回言う? そんなに大事なことかよ」

 

 麻里(マリーダ)もアクシズ建設で働き始めてからは、毎朝きっちりと整髪してくるので、来栖三姉妹(トリプルズ)の外見はそっくり。

 

(額に数字でも書いとけ!)と思ってしまう。

 

 それはさておき、今はやよいだ。

 

「ここに極貧乳の酔っ払い女が来なかったか?」

「もう帰ったよ」

「まいったな。社長と待ち合わせに間に合わなくなる。ていうか、川に落ちたりとかしてないだろうな・・・・・・。

 わりぃ、風美。ちょっと探すの手伝ってくれ!」

「ちょっ、ちょっと、離せっ! 私はもう宇宙世紀に行きたくな・・・・・・」

 

 真島に後ろえりをつかまれた風美が抵抗する間もなく、ピシャッ、とはざまの出入り口が閉じられた。二人の体は時空の狭間(はざま)に引き込まれていった。

 

「・・・・・・あれ? 助っ人の子、連れてかれちゃったよ」と田村。

 

 ひとり、後頭部をかいた。

 

 





(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:明日 修道(あした・しゅどう)

♪デ、デ、デ、デ~ン♪

「無理やり宇宙世紀に連れ戻された風美(プルツー)
 昔の英雄さんと鉢合わせて大変なことに。
 おい、真島さん! 妹(キャラ)を危ない目に合わせないでくれよ!
 次回、アクシズZZ『ヤヨイ出撃(中編)』
 風美、頑張りすぎ!」



(登場人物紹介)

ブライト・ノア → 野阿 武光(のあ・たけみつ)

シャア・アブノーマル → 赤井 粋清(あかい・すいせい)

ドレン → 戸連(とづれ)

タムラ中尉 → 田村大将



(あとがき)
 拙作はフィクションです。実在のアズナブル氏とは関係ありませんので、ご了承ください。
 ブライトとシャアは出したかったから無理やり出した。おかげで無駄に文字数が増えるという。最近減らすように心がけているんですが、本末転倒。
 最近おかしい。三十路前なのに、がんばって真島の気を惹こうとしている浜子がなんだか、少しだけ、米粒ぐらい、かわいく思えてきた。病気だね。

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