「予定通りシーマが動いたようだな」
「はい。しかし、シャアは取り逃がしました。シーマとフェンリル隊の生き残りを扇動して始末させるつもりでしたが、まさかユーリ・ケラーネと」
「まぁ、よい。奴がアジア戦線に行っただけでも
そこで、
「ご自分の死が遠のいたことにご安心ですか?」
闇に蠢く男女に、新たな女が割り込んだ。
「そうな・・・・・・。飼い犬に咬まれるというのは面白くない。もっとも、お前はそのシャアにかまっても、もらえなかったんだろう?」
「少なくとも私を女として扱ってくれたわ、あの
「ふふ、言うこと。それは利用された、あるいは辱められたの間違いではないのか?」
二人の間に激しい憎悪と怒りが渦巻いた。
「ユーリとシャアが共闘するのは、危険です。後処理に参ります」
男はその場を逃げるように、
女たちはまた対峙する。
「お前はどうするのだ? あやつに男の
「身の程もわきまえない野心家にやられるほど、赤い彗星は落ちていません」
「ほぅ」
「あの自己中心的な男に引導を渡すのは、私です」
*
西暦1989年、11月。東京、佐備建設・西東京支社の建設予定地。
「おーし、真島! 今日も
「へーい!」
「じゃ、これ今日の日当な」
アクシズ建設が消滅した今、
『飲んで歌えるカラオケ喫茶・オデッサ』での飲み会の後、そして、宇宙世紀における激闘のオデッサ作戦の後、西暦に帰ってくれば、アクシズ建設は倒産し
三姉妹の養父・神根は、今春の真島と
「あぁ? 女は
養子? あのなぁ・・・・・・、養子ならもう足りてるわ! 『俺は穴の鍵だっ!』なんて豪語してる中坊がいるのに、ピチピチの女子高生がウチにいるわけないだろう!」
彼女たちの存在自体が神根の記憶から消し去られていた。
(歴史が変った!)
真島は愕然としたが、覚えがないことではない。
夏には、爆弾テロで殺されたはずの神根の妻子は、死なない歴史に改変された。
だが、
(なんでアクシズ建設が倒産して、
分からない。
一連の
が、再会も突然であった。
*
夕日に染まる帰路の途中、足元に目を落としていた真島は、バサリ、という物音に気づく。見れば、向かってきた人物が落としたビニール袋から、おからとパン耳がはみ出していた。
さらに、視線を上げ、
「しゃ、社長!?」
「ま、真島・・・・・・世路」
見違えた。
以前の彼女は昭和臭全開のおかっぱ、もしくは
「あ、あの」
「・・・・・・ッ!」
真島が何か言いかける前に、唇を噛み締めた
が、即座に真島はその手をつかんだ。
「古いドラマみたいな展開は止めましょうよ。何があったか知りませんけど」
真島は
「あれから宇宙世紀に行っていない」
ポツポツと語り始めた。
「私は・・・・・・歴史を変えたことが怖い。
西暦の菅家は、借金のために一家離散した。父も、母も、貧困の末に首を吊った。姉は、
向こうの、アクシズだって、どうなっているか・・・・・・」
浜子はカウンターに突っ伏した。
かつてダブリンにコロニーを落とし、マシュマーを強化した上、戦死しても『手駒が減ったか』と冷笑を浮かべた女帝も、毒気を抜かれすっかり臆病になっていた。
真島と木矢良は困惑し顔を見合わせる。
「社長、よく言ってましたよね? 『自分の仕事に誇りを持て、責任を持て!』って。まだバンザイしちまうには、早すぎるでしょ」
「そうですよ! あの自信とプライドにあふれていた菅社長はどこ行ったんです!」
ふたりのセリフが浜子の胸に染み渡る。
そうだ、マシュマー・セロはなんと言った? 私もその言葉を感じたはずだ。
『己の肉が骨から削ぎとれるまで戦う』と。
キャラ・スーンは!?
『それでいいのです、お美しいハマーン様』と。
潤んでいた浜子の瞳は急速に乾き、潮が引くように酔いが醒めていった。すくり、と上体を起こす。
「そうだな、真島、木矢良。ならば私も戦おう。そして、今行くべきは・・・・・・アクシズ!」
*
UC.0081年11月。地球圏から遠く離れた
そこは電力供給もままならず、永遠の夜だった。空気は冷え、通りに人影はない。
いや、いた。
「ここが、アクシズ、……なのか?」
「なんだか、寂しいところだねぇ」
時空跳躍した浜子は愕然とし、木矢良はのんきな感想をもらす。
「寒いっす! 雪でも降るんですかね? あっ、あそこに飲み屋があるみたいですよ」
真島が一軒のバーを見つける。頼りなく点滅する看板の照明は、今のアクシズを象徴しているようだった。
3人は店の扉を開ける。
「よぉ。新顔だな。何にする? って言っても、
マスターが自動的動作でショットに透明な液体を注ぐ。真島たちの前に置かれた。
「ウゲェ! なんじゃこりゃぁ!」
口をつけた真島がコンマ数秒で舌を出す。喉が焼けるどころか、口が燃えるほどのアルコール度数であった。
「んだよっ、るせぇなぁ」
カウンターに潰れていた男が顔を上げる。ぼさぼさの髪と口ひげ。
「
それはこの世界ではまだ生存しているリカルド・ヴェガ(※後のロベルト)であった。
「みんな死んじまったのに、酒でもやらなきゃやってられるかってんだ!」
「みんな死んだ、とはどういう意味だ?」
「あんたら木星帰りか何かかい?」
浜子のセリフにマスターがせせら笑う。リカルドはまた轟沈した。
「しかし、連邦のコロニー潰しぐらい知ってるよな?」呆れるマスターに、「コロニー、潰し、・・・・・・?」戸惑う浜子。
不吉な単語の並びだった。
「おいおい、本土決戦を忘れちまったのか!」
「本土決戦? あんたいつの人? 太平洋戦争の話なの?」
「真島、少し静かにしていろ。ア・バオア・クーの後に戦闘があったのか?」
真島は捨て子犬のような目をしてうつむき、マスターは盛大にため息をつく。
おもむろに、マスターは口を開いた。
「……80年1月10日、連邦が奪取したマハル・コロニーがサイド3に突っ込んできた。本国防衛軍は獅子奮迅。連邦軍に猛攻を浴びせ、ズム・シティへの直撃コースをなんとか回避する、にはした。が」
「が・・・・・・?」
浜子は唾を飲み込んだ。
「ズム・シティに最接近したマハルは積まれていた核弾頭を爆発させた。まるでビリヤードさ。吹っ飛んだマハルの隔壁がズム・シティを引き裂き、ちぎれたズム・シティが隣のコロニーまでぶっ飛んでく」
「バカな! 条約違反ではないか!」
思わず、手にした合成
ブライト・ノアが聞けば、「ダブリンにコロニーを落とした女が何を言うのか!」と憤慨しそうではある。
「しかし、先に条約を無視して、
(サイド6への核攻撃!?)
アルコールで燃える浜子の脳内で疑問が渦巻く。だが、
「では、月のグラナダ艦隊は何をしていた!」
「ハッ! 裏切り者のキシリアなんか! ギレン総帥に全部罪を押し付けて、連邦に寝返りやがったのさ。今じゃ月面連合の女帝さ」
(そもそも、なぜ奴はア・バオア・クーで死んでいない!?)
ふとよぎった「死」が聞きたくない問いを浜子に言わせる。
「・・・・・・何人くらい死んだ?」
「さぁねぇ。コロニー10基壊滅だから、ざっと5億ぐらいか?」
生き残ったコロニーは別のサイドに移送され、この世界の旧サイド3は第二暗礁宙域という無間の魔が広がっていた。
「私がオデッサで、あんなことを、したせいで、……」
だが、その後の歴史の過程が分からない。(なぜ……)の嵐が吹く浜子は、重要人物たちの行方が気になった。
「シャアは、……シャアは一体何をしていた!? それにゼナさまやミネバさまは!」
「死んだよ。アズナブル
ガタッ!
リカルドが椅子を蹴って立ち上がる。
「おう! そうか、あんたらそんなに『シャアの十六機斬り』を聞きたいか! よしよし」
ひとり、しきりに頷いて声を張り上げる。
「ところはチベット、ラサ! 味方の《ザンジバル》を逃がすため、岩山をまさに『赤い彗星』となって駆け下りるゲルググ!」
「
「真島、静かにしてろ」
プレッシャーで黙らせる。
「麓に
身振り手振りを交えたリカルドは足をもつれて倒れた。グラスからこぼれた液体が、よれよれのスーツをぬらす。それまでの威勢もどこかへ失い、しゃがみこんだ。
「俺は見た・・・・・・。
シャア少将がMS1個中隊をひとりで全滅させて、連邦は後退していった。俺は《ザク》で別働隊で戦ってたけど、少将と合流できた。でも、『先に《ザンジバル》へ行け』と言われて。嫌な予感がして、振り返ったんだ」
「・・・・・・何を見たというのだ?」
「《ゲルググ》の後ろの森から光が走った。それに貫かれて、・・・・・・あっという間に爆発した。狙撃のMSがいたんだ。赤い彗星があんなにもあっけなく」
その後は鼻水を啜り上げる音で聞き取れなくなった。
(な、なんだか、とんでもないところに来ちゃったみたいだね)
(え、えぇ。まるでお通夜ですよ)
事態がイマイチ、というよりまったく理解できない木矢良と真島は居心地が悪い。
と、また店の扉が開閉する。
目のやり場に困っていたふたりは幸いと、そちらへ顔を向け、
「あ、あんたは!」と木矢良。
「厚生課の
その男は、西暦では
浜子はよれよれの白衣を着たその初老の男を見やり、閃いた。禿頭、貧相な顔つき。
(こやつ! もしや、グレミーのところにいた)
この場の彼はニュータイプ研究所のマガニー博士であった。
マガニーはすでに酔った目で浜子たちを
「研究者がこんなところで油を売るどころか、
浜子の問いに、マガニーは前歯のない自嘲を見せた。
「すべて凍結された私が何をしようというのだ。クローン兵士の研究はもう終わりだ」
マガニーが語るには、資金不足からニュータイプ研究所自体が閉鎖されることになったらしい。
(
浜子の中でひとつのパズルピースがはまった。
正史のオデッサの後、マ・クベが
(今、その金塊はどこにあるのか?)
ふと浮かんだ「どこ」という単語が、ある子供たちを思い出させた。
「聞くが、プルシリーズには初期ロットがいたはずだ。あの双子たちはどこだ?」
「ふふ、あの子ら、か。人工子宮器の中だ」
「すでに3、4才の幼女であろう? 子宮器が必要なものか。・・・・・・成長を早めてなにをするつもりだ?」
マガニーは無言でグラスを見つめた。一息にあおり、またいう。
「本土決戦の生存者もこのアクシズにはいる。あの娘らは・・・・・・宇宙放射線患者の臓器パーツにされるだろうな。
わしは最後に見たあの蒼い目が、一生、ウッ、忘れられ・・・・・・」
マガニーの口から、すすり泣きがもれた。
意外だった。
(こやつのこと、冷血漢だと思っていたが。
それにしても、
ショットを空けた浜子の目には、生気と闘気が戻っていた。