ひょっとしたら、元に戻すかもです。
西暦1989年、東京。
地下鉄有楽町線、月島駅から徒歩10分。隅田川河口と運河に囲まれた埋立地にその高層ビルはあった。
その高層階、
突如、室内に響く硬質な音。
「いい音色だろ?」
豪華な革張りチェアーに腰掛けた九部が手にした白磁の壺、その首を指で弾いたのだった。
「はぁ。良い物なのですか?」と浦賀。
「北宋だな」と九部。
その鑑定にも、太い眉を横一文字にした浦賀は、(ふーん)という感じである。
「私はな、浦賀。毎朝、このコレクションをあの娘に磨かせようと思う」
それを聞いて浦賀は目尻を少し下げる。自分のくだらない仕事をその『娘』がやってくれるかもしれないからである。
(っていうか、職場に有田焼の大皿とか持ち込むなっ!邪魔でしょうがないわ!!)
浦賀はポーカーフェイスで(割ってやりたいわっ!)と思う。だが、同時に新たな疑問も沸く。
「あの娘といいますと?」
「
浦賀は、キスでもするかのように飛び出した九部の唇に、鳥肌が立った。
「いやむしろ、・・・・・・あの娘を『コレクション』に加えるといったほうが正しい、か」
九部は始業開始時間まで、延々と手にした白磁を撫で回していた。
そう。まるで女の肌を愛撫するかのように。
10月4日。雨。
鳥ノ宮駅に向かうタクシーの中で、アクシズ建設社長・
親会社の佐備建設の重役ともなれば、私用同然で社有の黒塗り高級車を特権的に使用できた。一方、アクシズ建設の社用車は現場視察用の商用バンばかり。そのバンも今日は朝からフル稼働で出払っていた。
「・・・・・・新規プロジェクトの概要はそんなところです。どれだけウチが食い込めるかが鍵ですね。・・・・・・ただ、」
珍しく入谷の歯切れが悪い。
「何か?」
背を押すように浜子が促す。綺麗な入谷の眉が歪んだ。
「佐備が、・・・・・・単価下げろ、と」
「またか!」
ここ数年、都内は高層マンションを筆頭に建築ラッシュが続いていた。地価はうなぎ上りに暴騰。将来的には、『庶民は東京に住めぬ』とまで囁かれていた。
そんな状況であるから、他社では『建築単価を上げろ』とまで言わなくとも、『ああ、それでいい。やってくれ』とドンブリ勘定の見積もりでもすんなり通る案件が多い。
にもかかわらず、佐備建設は下請けのアクシズ建設に対して、嫌がらせとも思えるほど厳しいコスト削減を求めてきた。
さらに、浜子の頭を悩ましている問題がある。メインバンクとの関係。ようは金である。
どうも裏で佐備の重役が銀行に圧力をかけている噂があった。その噂の影に見え隠れする男が・・・・・・、
「実は、・・・・・・あの男、佐備建設専務の
「なっ!?」
ぐっ、とトーンを落とした入谷の声に、さすがの浜子も二の句が続かなかった。
(あの男、・・・・・・私のみならず、入谷にまで、・・・・・・)
「しかし!私は骨の髄まで菅 浜子社長とアクシズ建設に忠誠を誓った身。それを捨てることなどどうしてできましょう!」
「入谷・・・・・・」
「かくなる上は。・・・・・・社長、命令してください。ダンプで突っ込んで、佐備の奴等にカチ込みます!」
「ちょっ、ちょっと!落ち着くのだ
浜子はさすがに、タクシー運転手を気にした。先ほどから彼は、チラチラとルームミラーでこちらをうかがっている。
「そんなことしたら、本当に捕まるか、死んじゃうでしょうが!」
それは、・・・・・・昔は私だってアクシズをゼダンの門にぶつけたり、コロニーをダブリンに落としたりもしたけど、・・・・・・。それはシャアの言葉を借りて言えば、『若さゆえの過ちというもの』では済まされないし、『認めたくないもの』と言っても認めなければいけないと、最近は思っている。
「入谷。お前の気持ちは分かる。だが、まだその時ではない」
「しかし、このままでは資金繰りが、・・・・・・
社員の首を切ってる時間なんてありません。アクシズそのものが、・・・・・・」
その先の言葉を、ぐっといい淀む入谷。
太いため息をつき、つぶやいた。
「せめて、駆馬さんがご存命でしたら、ここまで
彼の後を継いだのが、定義の次男・
彼女は低迷する佐備建設をグループ内で一、二を争う利益をたたき出す組織に建て直し、その手腕を認められて、あっという間にトップへと上り詰めた。
次期政界入りも囁かれる女傑である。
そして、この
(私は・・・アクシズ建設を利用して
浜子は表情を曇らせながら、流れる車外の風景に目をやる。
(そんな、アクシズでも、・・・私のために潰すわけにはいかない。社員たちを路頭に迷わせるわけにはいかない!)
浜子の脳裏にふと、『かんぱーい!!』と威勢よくジョッキをぶつけ合う
(いやいや、あいつらは論外にしても、・・・・・・。
中卒夜学勤労少女の
頑張る社員たちの気持ちを裏切るわけにはいかない!
ならば、私一人が全てを背負えば。それで済むのであれば、)
浜子は決意する。
(私も姉さんと同じ道を行こう・・・・・・)
宇宙世紀で
浜子の瞳に映るサイドウインドウを滴る雨だれ。彼女にはそれが流れ落ちる涙のように見えた。
「いやー、やっぱ、やよいマジ面白いわっ!」
ほろ酔い加減で一人呟きつつ、この日もアクシズ建設営業課の
彼は先ほど厚生課のやよいと一緒に新宿、靖国通りの横断歩道を渡りながら、
「「コマネチ!コマネチ!コッ、マッ、ネッ、チッ!!」」
と連発していた。すでに二人で2軒ほどハシゴした後である。
「いらっしゃいませー♪」
はざまには例によって、どう見ても未成年の栗毛の店員さんと、冷酒のグラスを挨拶代わりに軽く上げる浜子がいた。
真島は席に着き、
「えーと、じゃぁ・・・・・・ハイボールとキムチでいいや」
「はーい、ハイボールフロートとキムチパフェですねー」
「全然ちげー!気持ち悪いわっ!!」
真島の「きみ、注文聞いてた?」というセリフを無視して、小さな店員さんは「プルプルプルプルー♪」と奇声を上げながら、厨房に駆け戻っていった。
「なんなんすかね、あの店員?大家んとこの自由すぎる三姉妹にそっくりなんですけど。アハハ・・・・・・」
真島の乾いた笑いに反応がない。いつもの詩人モードの浜子であれば、
『こんな店に入った己の身を呪うがいい!』
だとか、
『客の都合というものを洞察できない店員は、排除すべきだ! 』
とか、半分意味不明ながら、
いや、何か口ずさんでいる。
「・・・・・・♪やさしいめをしたおとこに、あ~い~た~い~♪」
(男かよっ!社長も欲求不満、たまってるなぁ・・・・・・)
真島は苦笑に顔を引きつらせたが、次の瞬間、
(えっ!!??)
もの哀しい浜子の横顔。閉じた瞳から一筋の涙がこぼれ落ちるのを見た。
「どっ、どうしたんすか、社長!?何か、あったんすか?」
思いのほか大きな声の真島に、浜子もやや驚きながら彼を見た。
その瞳がまだ潤んでいた。今さっき以上に真島は、どきっ、とする。
すぐに自分を取り戻した浜子はその表情を隠し、不思議な笑みを口元に浮かべて言う。
「いや、実は私は社長を辞めることになった」
「なっ、なんですってー!?」
真島は椅子を蹴って立ち上がった。
「落ち着け、真島。辞めるといっても、・・・・・・配置転換のようなものだ」
何とか腰を落ち着ける真島と、彼の方を見ない浜子。
「佐備建設の九部 真専務の・・・・・・。
彼の・・・・・・、専属秘書として・・・・・・。
出向することが内々定だが・・・・・・、決まった・・・・・・」
そして、真島の方を向くや、今まで見たことがないような笑顔で言う。
「心配するな!私がいなくなっても、入谷がいる。新しい社長には浦賀辺りが来るだろうが、私からも彼によく・・・・・・」
真島はもう何も聞こえてなかった。
真島世路は唐突に小学生のときの思い出が蘇った。
「俺、もうこの町にいられないんだよ」
親友だった友達が夕方、急に真島宅を訪れ世路に言う。彼の親はヤクザに莫大な借金を背負わされていた。夜逃げするつもりだ。最後の別れを言いに来たのだ。
真島少年は何か力になってやりたかった。しかし、さよならの言葉しか少年の口からは出てこなかった。
だが、今なら・・・・・・。
「絶対ダメっす!!そんな顔、俺許さねっす。俺らがいる限り社長がそんなことする必要ないっす!」
あまりにも強い真島の口調に浜子は、ぼーっ、と彼の顔を眺めている。熱く語る真島は気付いていないが、飲んでも白くなるばかりの浜子の頬が薄桃色になっている。
「九部って、社長がしょっちゅう、『あの俗物がっ!』って言ってた男でしょ?そんな奴の下で社長が働くことねっす!!」
聞いた浜子は、「ふっ!」と鼻で笑うような声を出し、うつむいて垂れた髪の中に心を隠した。
次に、顔を上げた浜子はいつもの彼女に戻っていた。
「真島っ!今日は飲もう、とことん」
「付き合いますよ、社長っ!!」
その日の二人は大いに飲み、かつ、空虚な馬鹿笑いを上げた。
そして。
隣には酔いつぶれた浜子がカウンターに突っ伏している。
真島はつぶやく。
(何が変わるか、)
いや、何も変わらないかもしれない。……でもっ!
「それでもっ!可能性があるならっ!」
死んだはずの
真島は目を覚ます気配のない浜子を抱え、はざまの
しばらくして、
ガラッ!
「姉さん!真島さんは?」
勢いよくはざまの出入り口を栗毛の少女が開ける。真島の会社の後輩であり、大家・神根の養女・
「帰ったよ。浜子さんと一緒に。肩、抱きながら~♪」
姉・
「ねぇ、いいもの、貸してあげよっか?」
満月の夜。
月よりも明るく廃墟を映し出す照明弾。
戦争が生み出した瓦礫の山。そこからジャンプした巨人のシルエットを照らし出す。
それはジオン公国軍主力MS《ザクⅡ》。頭部には隊長機および
そして、月明かりと照明弾の光の受け、赤い機体色が夜の闇に鮮やかなコントラストを生み出す。
「背を見せて逃げる、だと・・・・・・?おかしい・・・・・・、陽動?ということは・・・・・・」つぶやく《ザクⅡS》のパイロット。
先ほどまで地球連邦軍新型MS、通称『白い奴』を追っていたシャア・アズナブル少佐は跳躍しつつ、機体を回頭させ、6時方向の背後を確認する。
ズーミングした高感度モニターに映し出されたのは、倒壊したビル群の先、ドーム球場の中に隠蔽する巨大な『木馬』、敵の強襲揚陸艦だった。
「伏兵して、背後からの奇襲・・・・・・。いい作戦だ。・・・・・・復讐に使わせてもらう」
つぶやきつつ、通信ボタンを押す。
別枠のモニターに端正な容姿の青年が映し出された途端、
『待っていた、シャア』と、青年。
「MSが逃げるぞ。その先に木馬がいるはずだ。追えるか?」とシャア。
『追うさ!!』
即座に応えた青年の画像が消えると共に、《ザク》の上空を熱核ジェットエンジンの轟音が通り過ぎて行った。
西暦ではありえないシルエットの航空機である。翼幅に比べて前後長は極端に短い。全備重量は980トンに達し肥大した胴体部は翼を広げたフクロウを連想させる。
ジオン公国が開発した輸送/爆撃機《ガウ》である。2連装メガ粒子砲2門、大きなペイロードの爆弾倉をほこる。汎用機動兵器MSの搭載も可能で、まさに『攻撃空母』の二つ名にふさわしい。
ビル影に機体を隠したシャアは『白い奴』を追う《ガウ》の飛行編隊をモニターに映す。
「さらばだ、友よ」
(次回予告)
(※BGM「アニメじゃな~い?」、ナレーション:
♪デ、デ、デ、デ~ン♪
「昔、アクシズで
真島さんがすっかり本気で!
あの《ザクⅢ改》でサイコフレームもないのに、また無理しちゃって。
モビルスーツで殴り合い?柔道?何の光りー?
意味不明だよぉ。
次回、アクシズZZ『ガルマ・ザビ(中編)』
真島さん、Gガンダムじゃないんだからね」
(登場人物紹介)
ウラガン →
キシリア・ザビ →
(あとがき)
次回はちゃんと戦闘シーンあります。