天秤大陸の断頭台(一旦完結)   作:弐目

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屍食鬼 Ⅹ

 

 

 

 傭兵カージスと魔獣の戦闘に乱入した少女、その慟哭によって生まれた僅かな空白の時間。

 真っ先に動き出したのは屍食鬼(グーラ)で、刹那に遅れてカージスが続いた。

 

 最悪、少女に弓で射られることも考慮しつつ、それでも中断してしまった魔獣へのとどめを実行せんと鋼の棍が振り上げられ――だが、より単純な行動を選択した屍食鬼(グーラ)が先んじる。

 その胸部が、乳房の膨らみとは別種の形で異様に膨らんだ。

 

「■■■■■■■――――ッ!!」

 

 病的な白さの喉より迸ったのは、耳をつんざく絶叫にも似た咆哮。

 人間の可聴域を超える高音と、聞いた生物の神経を逆撫でする不快な金切り音を複合させたような叫びは、その場のみならず、離れた場所で戦いの趨勢を観察していた多くの森の動物達――その殆どを竦ませ、硬直させた。

 弓を構えたイオは全身を強張らせて完全に動きを止め、至近距離でそれを受けたカージスも魔装の武器を振り下ろす動作をほんの僅かに遅らせる。

 その一瞬を逃さず、鈍ってなお凄まじい速度で振るわれた鋼棍を紙一重で躱し、背後へと跳躍する屍食鬼(グーラ)

 次の瞬間、短い唸り声と共に森の茂みや頭上に延びた樹木の枝の上から、小柄な無数の影が飛び出す。

 一斉に現れたのは全て屍喰(グール)だ。数は十を超えていた。

 爪を、牙を剥きだし、一直線に自分達の女王を傷付ける傭兵(にんげん)へと襲い掛かる。

 

「タイマンで勝てないと分かった途端にコレかよ」

 

 次々と襲い来る魔獣達を前に、傭兵の皮肉気に歪めた口元から吐き捨てる形で愚痴が溢される。

 鋼棍が一閃し、彼に向かって飛び掛かった数匹が針で突かれた水風船のように破裂した。

 

 普段は秘匿している能力をほぼ解放したカージスにとって、下位の魔獣など幾ら数がいようが脅威にはなり得ない。

 本来は屍喰(グール)程度であれば、今の彼を認識した瞬間に背を向けて遁走を初めてもおかしくはないのだが……上位種たる屍食鬼(グーラ)による命令は生存本能すら凌駕するのか、軽々と粉砕される同族を見ても怯えや躊躇は全く見せず、全力で襲いかかってくる。

 

 繰り返すが、脅威では無い。屍喰(グール)では何匹いようとも、命の危機どころか傷を負う可能性すら無きに等しい。

 だが、数が多ければ四方八方から襲われる事になり、僅かな時間ではあるが行動は制限される。

 

 一薙ぎで更に複数の屍喰(グール)が血煙か肉片に変わった。

 雑魚を散らしても意味は無い。本命から一瞬でも視線を切ってしまった迂闊を悔やみつつ、直ぐに視線を転じる。

 カージスの目に映ったのは、配下の群れの一斉攻撃に紛れて奇襲を狙ってくると踏んでいた屍食鬼(グーラ)が背を向け、立ち竦んだ赤毛の少女に向かって跳躍した姿だ。

 

「ヒッ!?」

 

 手を伸ばす異形となった師を前に、少女の喉から引き攣るような短い悲鳴が洩れる。

 傭兵は周囲に残った魔獣を一旦無視し、その背に追い縋ろうとするも、既に動き出していた屍食鬼(グーラ)の方が早い。瞬時にイオの背後に回り込み、彼女を抱きすくめる形で拘束した。

 

「動くな」

 

 その言葉は、対峙する傭兵と自身の配下である魔獣の群れ、両方に告げたものであったのか。

 いずれにせよ、その一言が発されたのを切欠に、その場にいる全ての者達が動作を停止させる。

 樹々や岩が粉砕され、血肉が潰れて破裂する凄惨な戦闘音に満ちていた夜の森に、奇妙な静けさが下りてきた。

 自らが作り出した静寂を前に、魔獣達の女王は九死に一生を得たとばかりに一息つき、満足気に頷く。

 そうして腕の中を少女を見下ろすと、双眸を弓なりに細めて猫撫で声で語りかけた。

 

「あぁ、本当にいけない娘ねイオニーナ。こんな危ない場所に考え無しに飛び込んで……眠りを誘う花弁を水に混ぜただけじゃ、足りなかったのかしら?」

「ね、ねえ、さん……」

 

 困惑と混乱、怯えと疑念。

 それらがぐちゃぐちゃに練り込まれた縋る様な声で、イオが師を呼ぶ。

 

「でも、正直助かったわ。アナタが乱入していなければ、そこのこわーい傭兵さんに頭を潰されていたもの。ありがとうね?」

 

 そう言って優しく頬を撫でる掌の動きは、少女の記憶にある(エルシェル)、そのままで。

 だがその掌は、腕は、病的に白く、赤黒い血管が浮き出ていて、歪で節くれだった指からは鋭利な爪が伸びていた。

 それでも、この魔獣はエルシェルだ。

 眼前のその姿がどれほど信じ難いものであっても、イオはそう確信してしまった。

 

「どう、して……ねえさん、なんで……」

「話をしてあげたいけど、今はちょっと無理なの。大人しくして頂戴」

 

 聞きたい事が多すぎて、結局は最初に叫んだ言葉を繰り返すだけとなってしまった。

 そんな切実な問いかけを穏やかに拒絶すると、一見は包み込むように優しく、だが身じろぎすら許さぬ万力の如き力でもって、少女を腕の中に閉じ込める女形の魔獣。

 それに対し、周囲の屍喰(グール)を睥睨していたカージスが底冷えする眼光を向ける。

 

「人質のつもりなら、見当違いも甚だしいな」

「この娘を助けたいなら大人しく死ね、と言うとでも? 貴方がそれを聞き入れるお馬鹿さんなら、今頃私の誘いに乗って野営地で睦言でも交わしているはず。そうでしょう?」

 

 両者のやり取りは、ある意味で傭兵や冒険者といった職にある者達にとっての真理であった。

 余力があれば、他者を助けるのも悪くはない。

 相対するのが人であれ、魔獣であれ、戦いと血臭が付きまとう商売を行う以上、ある程度の人道に沿った行為は真面な人間性を保持するのに必要ですらある。

 だが、その善意・善行が乗せられた天秤の反対側に、自身の命が乗ることは無い。

 イオを盾に無抵抗を要求されれば、カージスは無視して即座に襲い掛かるだろう。

 この世界における腕利きの傭兵然とした反応を見せる男に対し、屍食鬼(グーラ)も当然とばかりに頷いてみせる。

 

 ――が、それと同時にイオの頬を再び撫で上げ、笑みを深くした。

 

「自分の命を犠牲にしてまで、この娘を助ける義務も利も、貴方には無い。でも、命ではなく、私をこの場では見逃す、ただそれだけなら?」

「論外だ。それを呑んだところで、それこそ何の得もない」

 

 更に言うのなら、そのまま連れていかれたイオが無事に解放される訳も無い。

 ほぼ確実に、逃げ切った途端に殺されるだろう。その後に食料として乱雑に解体(バラ)される可能性すらある。

 そんな皮肉を込めた傭兵の拒否の言葉に、屍喰(グール)達の女王はハッキリと首を横に振った。

 

「殺さないわ。私がこの娘を害することはない、誓っても良い」

「口約束にすらならんな。実際に人質にしているこの状況で、屍食鬼(おまえ)の言葉にどれだけの価値がある」

 

 にべもない返答と共に、じりじりと摺り足で間合いを詰めようとするカージスを前にしても、屍食鬼(グーラ)に先程までの焦りは見られない。

 赤毛の少女を更に強く腕の中に閉じ込めると、ひどく残念そうに、大仰な仕草で溜息を吐き出した。

 

「あぁ、本当に……本当に残念。御馳走だと思った相手が手に負えない怪物だったなんてね。御蔭で描きたかった絵図も、一度全部白紙に戻さなきゃならない」

「安心しろ、もう一度描き起こす手間はない――お前の絵図とやらは、ずっと白紙のままだ」

 

 逃がしはしない、ここで殺す。

 暗にそう告げる言葉に殺意を滲ませ、鋼棍を握りしめて低く構えるカージス。

 その姿に、伝わって来る肌を灼くような殺気と威圧に、屍食鬼(グーラ)の腕に囚われたままのイオは息を呑んだ。

 

 このままでは、また二人が戦いを始めてしまう。

 そうなれば、死ぬ。おそらくは、(エルシェル)の方が。

 自問自答する。何を言えばいいのか、何が言いたいのか。

 止めたい――けど、止めるべきなのか? そもそも何を、どうやって? 

 

 あまりにも衝撃的な現状に滅多打ちにされ、千々に乱れた思考と感情は結局形にならず。

 途方に暮れた少女は俯き、唇を嚙みしめる。

 腕の中で項垂れるイオの髪を指先でくるくると弄びつつ、屍食鬼(グーラ)は一瞬で却下された提案を再び傭兵へと投げつけた。

 

「私が死んでも生態系暴走(スタンピード)は完全には止まらない。けど、見逃してくれるなら屍喰(こども)達に発生の規模と時期を限界まで抑え込むように言いつけるわ、勿論――」

 

 尚も重ねられる言葉を断ち切るように、傭兵は無言で地を蹴った。

 イオを盾として翳される前に致命打を与えんと、全開の身体強化が爆発的な瞬発力を生み出す。

 静止状態から一気に加速。踏み込みで土が抉れ、小規模の爆発が起こったように土砂が宙に跳ね上がる。周囲に残った屍喰(グール)達は、疾走するその背に追い縋ることも出来ない。

 標的(グーラ)との距離は、瞬き一つの間で潰れた。

 目標の頭部を間合いに捉えた棍が、魔力を迸らせて振り抜かれようとして――。

 

「――来なさい」

 

 刹那、少女と傭兵の耳朶を打ったのは、落ち着き払った屍食鬼(グーラ)の声。

 次の瞬間、四方八方から飛び出して来た大量の屍喰(グール)の奇襲に、傭兵の姿が飲み込まれた。

 最初に飛び出してきたのは二十ほど。すぐに後続が次々と現れる。

 藪の中から、樹々の隙間から、樹上から。

 おそらくは森に生存する全ての屍喰(グール)――百を超える数が殺到し、中心にいる傭兵を圧殺せんと次々と飛び掛かってゆく。

 

「最初の奇襲は巨人(アレ)を仕留める為に用意していた子達よ。集めた魔核を少しだけ分けて、簡単な魔力制御を覚えさせたの。周辺を囲ませていても分からなかったでしょう?」

 

 無数の屍喰(グール)に集られ、埋もれているカージスに悪戯が成功した、と言わんばかりの表情で笑いかける魔獣達の女王。

 

「う、あ……よ、傭兵……」

 

 一見、魔獣達に圧殺されて一瞬で食い殺されたように見える光景に、イオが驚愕と動揺に罅割れた声で呻く。

 そんな彼女の顔を少々意外そうに見下ろした屍食鬼(グーラ)は、拘束は緩めぬままに少女の身体を小脇に抱え直した。

 そのまま両の脚に力を込めて跳躍。

 その場から離脱すると、放たれた矢のような速度で駆け出す。

 

「さて、今の内に逃げるとしましょうか」

 

 揃えた手駒(グール)も、生態系暴走(スタンピード)寸前まで整えた森の環境も、全てを投げ出し。

 身一つとなった屍食鬼(グーラ)は弟子であった少女だけを抱え、森から脱出する為に南へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 道など無いも同然の夜の森を、少女を捕らえた魔獣が風を切って駆ける。

 腕の中で顔色を失くして黙り込むイオを見下ろし、屍食鬼(グーラ)は優し気な声色で語りかけた。

 

「彼が心配? なら安心なさい。私の(シモベ)になった全ての子達を使って襲わせたけど……正直、時間稼ぎにしかならないから」

「……! そ、そうなの……?」

「えぇ、アレで二級なんて悪い冗談。等級詐欺にも程がある」

 

 魔獣へと変じた師の姿に怯えながら、それでも嘗ての彼女そのままの口調や声色に、イオがおずおずと反応して、屍食鬼(グーラ)も人間であった頃のように軽く応じて苦笑いを浮かべる。

 

「少しずつ増やして、強化していた子供達もあれで打ち止め。ここまで全部台無しになるといっそ清々しいわね――でも、あの傭兵を相手に逃げ切るためなら安い対価だわ」

 

 少女との会話を続けながら、その脚が止まる事は無い。

 跳ねるように駆け、ときには前を塞ぐ樹々を足場にして悪路を一気に飛び越える。

 それを可能とする四肢の形状は紛れもなく魔獣のソレであり、肌の色や浮き上がる赤黒い血管も屍喰(グール)のものと同じだ。

 だというのに、その声は、その仕草は、その横顔は。

 どこまでも少女(イオ)の知る(エルシェル)であった。

 

「……貴女は、先生(ねえさん)、なんだよね?」

 

 自分の中に、そうであるという確信はある。

 だとしても、喜べばよいのか嘆いて泣きだせばよいのか分からない。

 そんな複雑極まる表情での問いに対して、屍食鬼(グーラ)の返答は実にあっさりとしたものだ。

 

「えぇ、そうよ。ちょっと手足とか爪とか、色々伸びちゃったけどね」

「……どうして、そんな姿に……」

 

 冗談めかした、いっそおどけた口調で応じる屍食鬼(エルシェル)に、イオは気になって仕方なかった疑問をようやっと投げかけることが出来た。

 

「あの巨人をなんとかしようとして返り討ち。死にかけてるところを屍喰(グール)に囲まれてね。気が付いたら()()だったわ」

 

 自身の変異、その経緯を語る傍ら、魔獣は無造作に伸ばした指先を樹の枝に引っかけ、一瞬で樹上へ登る。

 木から木へ飛び移り、川を跳び越えると大地へと着地。再び走り出した。

 

「あの傭兵の言葉を信じるなら、本当なら憑依した精霊に身体と記憶を奪われて勝手に使われるみたいなんだけど……今でも私は私のままよ。少なくとも、人間だった頃の意識や人格をそのまま引き継いでる自覚があるわ」

 

 その言葉は甘く、危険であり。

 だがイオにとって縋らずにはいられない希望であった。

 それも仕方のない事だろう。彼女にとってなにより重要なのは(エルシェル)であり、これまでのように共に過ごす日々を取り戻すことが、一番の望みなのだから。

 

「貴女を傷付ける気が無いのも本当。さっきは成り行きで人質みたいな形になったけど……」

「……う、うん、大丈夫。正直、まだ混乱してるけど……先生(ねえさん)がそう言うのなら、信じる。信じたい」

「ふふっ。ありがとう、イオニーナ」

 

 半ば拘束されて荷物のように運ばれているイオだが、その体勢も彼女にとって危険である速度を維持したまま、安全を確保しつつ負担もかけないためのものだ。

 本当に傷つけるつもりは無いのだろう。それに気付いてからは、身体の緊張もいくらか和らいだ。

 会話を繰り返す内に屍食鬼(グーラ)がエルシェルであると、人であった頃と変わらないのだと、そんな思いを深めてゆく。

 

 ――それが、どれほど愚かで甘い夢想であるのかも知らず。

 

 あるいは、傭兵と屍食鬼(グーラ)のやり取りを最初から見ていれば、イオも現実を理解できていたのかもしれない。

 だが、彼女が目を覚ましたときには既に両者の戦いは始まっていた――故に、彼女は気付けない。

 森を走破する中、魔獣と少女の会話は続く。

 

「これからどうするの?」

「そうねぇ……傭兵(かれ)が諦めたとしても、後日に討伐隊が組まれるのは確実だし……もっとずっと離れた地域に移動して、棲みやすい森か山を見繕うとか?」

先生(ねえさん)がそういうのなら、アタシはそれでも良いけど……そうだ! 人間に戻れる手段を探してみるのはどう? 魔法でも遺跡の遺物でも、何か方法があるかも!」

 

 名案だとばかりに掌を打ち合わせ、イオは瞳を輝かせて提案した。

 実際、延々と逃亡生活じみた暮らしをするのは現実的ではない。

 どうやら(エルシェル)はこのまま自分も連れていってくれるらしいが、足手まといには違いないだろう。

 どこかで限界は来る。ならば、可能性は低くても元に戻れる方法を探してみるべきだ。

 無事に戻れたら、そのまま別の街で新しい生活を始めれば良い。なし崩しではあるが、あの村とも縁が切れる。

 道程は厳しい――が、上手く行けばイオにもエルシェルにも理想の生活が待っている。

 ある意味では子供らしい――苦難はあれど、結末は希望に満ち溢れた"これから"を思い浮かべて、少女は気分を高揚させた。

 ……だが。

 

 

 

「――元に戻る? どうして?」

 

 

 

 喜びに胸を湧かせたのは、心底不思議そうな、その声を聴くまで。

 思わず顔を上げると、あり得ない話を聞いた、とばかりにキョトンとした顔の師と眼が合う。

 

「……え、ぇ? だって……」

「うん……? あぁ、そういうこと。相変わらず優しい娘ね、貴女は」

 

 尻すぼみに言葉を小さくさせるイオを見て、何かを察した様子でエルシェルは頷いた。

 

「大丈夫よ、イオニーナ。私はこうなった事を嘆いたりしていない。逆に喜んでいるくらい――なにせ、もう我慢なんてしなくて良いんだから」

 

 そう嘯いて、魔獣は笑みを浮かべた。

 月明かりの下、少女の記憶にある笑顔そのままに。けれど、何かが決定的に違う笑みを。

 

「バカバカしい。人間だった頃の私は、何故あんなに必死になって耐えていたんだか。気に入らないなら、潰してしまえばいいのよ。あの忌々しい故郷も、下らない連中ばかりだった街も」

 

 屍食鬼(エルシェル)は、冒険者のエルシェルであれば絶対に口にしなかったであろう、嘲りと悪意、そして憎しみに満ちた言葉を吐く。

 

「私の屍喰(こども)達だけで蹂躙できたなら、それが一番良かった。でも流石に数が足りないから、生態系暴走(スタンピード)の主導権を握りたかったの。組合の依頼でやって来たのがあの傭兵でなければねぇ……あの村の全員、心臓を抉りだして屍喰(こども)達に喰わせてあげるのは大分先の話になりそうだわ」

「…………ッ! そん、な、そんなの……!」

 

 少女の喉を震わせて零れ落ちた声は、今にも泣きださんばかりであった。

 声に込められていたのは、どうしようもなく根底の在り方が人から外れてしまった師への失意か、単なる怯えか――あるいはその両方であったのか。

 いずれにせよ、イオがひどく衝撃を受けているのを察した屍食鬼(エルシェル)は、表情を一変させて好意や庇護欲にあふれた笑みを向ける。

 

「あぁ、そんな顔をしないでイオニーナ。村に居た頃は、優くてか弱い貴女が間違っても傷つかないよう、色々と気を廻す必要があったけど……それも今なら解決できる」

 

 魔獣は駆け続けていた脚を止め、立ち止まり。

 少女を地に下ろすと、その頬を包み込むよう、優しく両の掌を添えて告げた。

 

「適当な隠れ場所を見つけたら、先ずは新しく私の屍喰(こども)達を増やすわ。必要な数だけ産んで、育てたら――すぐに貴女を抱かせましょう」

「…………えっ……?」

 

 しっかりと至近で聞いたはずの言葉を理解出来ず、イオは呆けた声と表情を晒す。

 目の前に在るのは、紛れも無い慈しみを湛えた瞳。どこまでも優しく頬を這う掌の感触。

 本当の家族、そう呼ぶに不足ないだけの情を込めた――しかしどこまでも悍ましい台詞の意味を理解すると、少女の顔から一気に血の気が引く。

 

「――抱っ!? なにを言ってるの!?」

「大丈夫、大丈夫よ、イオニーナ」

 

 咄嗟に身を引いて距離を取ろうとしたイオを、屍食鬼(エルシェル)がそっと抱きしめ、再び拘束した。

 

「私のように、死ぬ直前の状態であの子達の精を受ける必要はないわ。その分、回数と量は増えるかもしれないけど……貴女なら、きっと私と()()になれる」

 

 イヤイヤと首を横に振る少女の抵抗を、駄々をこねる幼子をあやすように優しく抑え込む。

 耳元で子守歌のように囁くのは、人間(ヒト)にとってどこまでも異質で悍ましく、だが紛れもなく本心からの願いだ。

 

「そうなれば、これまで通り一緒に居られる。二人で屍喰(こども)達を産んで、増やして……いつかあの村や街を平らにしたら、あとは静かに暮らしましょう?」

「い、嫌……まって、待ってよ先生(ねえさん)……!」

 

 尚も抵抗激しく身を捩り、なんとか逃れようとするイオに、屍食鬼(エルシェル)は今度は苦笑にも近い笑みを浮かべる。

 

「話を急ぎ過ぎたわね……ごめんね、ちょっとだけ眠っていて? 起きたらもう安全な場所だから」

 

 何某かの魔法、もしくは屍食鬼(グーラ)としての固有能力を発動させようと、少女の額に掌が翳され――。

 

 凄まじい速度で飛来した『何か』が魔獣の頭部を掠め、背後の樹木へと着弾した。

 

 軌道上の全て粉砕しながら回転するソレは、砲撃の如き威力を以て樹々を爆砕し、腹に響く重低の轟音と共に大地を抉り、突き刺さる。

 一拍遅れて屍食鬼(グーラ)のこめかみから血が噴き出し、その美しい横顔が赤黒く染まった。

 

「――ッ、これ、は……!」

 

 頭部の傷には頓着せず、目を見開いて()()を見つめる。

 大地に隕石孔(クレーター)じみた陥没痕を刻み込み、その中心にめり込んでいるのは()()()()()()――屍食鬼(グーラ)自身が深い湖の真ん中へと放り込んだ筈の、魔装の武具であった。

 

「下僕を捨て駒の死兵にしておいて、自分はとんずらしながら弟子とイチャコラか? 良い身分だな女王様」

 

 皮肉がたっぷりと利いた台詞と共に、ドチャ、という水音の混じった重い足音が夜の闇に響く。

 馬鹿げた破壊力の投擲によって舞い上がった粉塵。

 それを裂いて現れたのは、鋼棍を肩に担いだ傭兵カージス。

 枝葉の隙間から差し込む月明かりに照らされるその全身は、撲殺した魔獣の血肉色で染め上げられ、ぐっしょりと湿っている。

 

「そんな、馬鹿げてる……いくら"渡り人"でも、こんな短時間であの数を……!」

「言ったはずだ――絶対に逃がさん、お前はこの森(ココ)で死ね」

 

 恐れと驚愕に歯噛みし、少女を抱えて後退る魔獣を前に。

 カージスは静かな殺意を黒瞳に滾らせ、棍を一振りして突きつけた。

 武器を構えたその姿を見て、つい先程まで(エルシェル)に感じていた拒否感や恐怖も忘れ、イオが声をあげる。

 

「ま、待って! この人は……!」

「いくらガワが同じで記憶を持っていても、ソイツは人喰いを良しとする魔獣だ。現実を見ろ」

 

 揺れて迷って、混乱したまま口にした制止の言葉は、断固たる口調で一刀両断された。

 鋼棍の石突を油断なく突きつけ、機会を窺う傭兵の言葉には迷いも躊躇いも感じられない。

 先の宣言通り、確実に、絶対に此処で殺す。そんな意思がひしひしと伝わってくる。

 

 イオに言われるまでもなく、カージスとて()()である可能性を考慮はした。

 屍食鬼(グーラ)は人類種の雌体に憑依して生まれる。

 だが、ただの村人と腕利きの冒険者では肉体強度からして違う。魔法的な視点で言えば別格の生物と言っても良い。

 霊的な憑依や侵食といったものに対する根本的な抵抗値が違うのだ。骸といえど、低級の精霊程度が好きに操れるものなのか? という疑問はあった。

 憑依自体が不完全――あるいは、憑依対象の抵抗力の高さから、()()()()()こともあるのではないか? そういった可能性を考えつくのも当然と言える。

 

 ――だが、これらの推察が真実であったとしても大して意味は無い。

 

 憑依した亜精霊がエルシェルのフリをしているにしても、エルシェルの自我が残っているにしても、どのみち人間であった彼女は死んでいるのだ。

 ここに居るのは、人であった頃の負の記憶を基に、村を、街を滅ぼしてそこに住まう者達を喰らおうと画策する屍喰(グール)達の女王である。

 会話が可能であっても、共に歩むことや寄り添うことは不可能――そう断言できてしまう程度には、その在り方はヒトであった頃から変質してしまっていた。

 

 事実、エルシェルが屍食鬼(グーラ)となっても確かな情を向けるイオに対し、心からの善意と親愛を以て行おうとしている行為は、当のイオ本人にとって恐怖と嫌悪を掻き立てるばかりのものだった。

 屍喰(グール)の群れに彼女を犯させ、魔獣化させる――勿論、そんな乱暴な方法が成功する可能性は極めて低い。

 そもそもエルシェルが魔獣化したこと自体、水棲巨人(スヨトロール)の封印が破られたことよって森の生態系のバランスが狂ったことを発端とした、最悪の奇跡と偶然が重なり合って発生した現象だ。再現性など皆無である。

 実行に移したとしても、その悍ましい行為に耐え切れず、イオの精神と肉体が壊れて終わるだけだろう。

 人であった頃の(エルシェル)ならば、教え子にそんな危険性(リスク)を負わせる行為は選択肢にすら入れない筈だ。

 

 少女もそれを分かってはいる。つい先程のことなのだ、嫌と言うほど思い知ってしてしまった。

 だが、どれほど思考や価値観が人間からズレていても、魔獣(エルシェル)が向けてくれた笑顔は、親愛は、間違いなくこれまでと同じもので。

 理性が傭兵の言葉を正しいと感じても、これまで師と積み上げた記憶が、思い出が、それを受け入れてくれない。

 故に傭兵の言葉を否定も肯定もできず、戦いに乱入したときのように唇を噛みしめて黙り込むしかない少女を見て、彼女を腕に抱える屍食鬼(グーラ)が咎めるような視線を眼前の男へと向けた。

 

「……あまり苛めるような物言いはしないで欲しいわね。この娘は、組合に登録すらしていない見習いなのよ?」

「その小娘を、自分の同類に変えようとしている化け物畜生が言う台詞か」

 

 じりじりと後退する屍食鬼(グーラ)に、強烈な皮肉を込めた嘲笑が突き刺さる。

 大量の屍食(グール)の返り血を浴びて濡れそぼった黒髪、それを棍を握るのとは逆の手で鬱陶し気にかき上げ、カージスは一歩踏み出した。

 

「――で、追いつかれた途端に大切な可愛い弟子とやらはまた人質扱いか? いくら人間(エルシェル)を気取ろうが、クソみたいな(ケダモノ)の性根が透けてみえるんだよ、魔獣」

「……良い(オトコ)って評価は撤回するわ。嫌な奴ね、貴方」

 

 病的に白い喉から、焦燥と苛立ちを滲ませた低い唸り声が洩れた。

 実際、傭兵が直ぐに殺しにかからないのは魔獣の腕の中にあるイオが理由だ。

 イオニーナ。魔獣となったエルシェルにとって、それでもなお、家族にも近い存在である少女。

 人間でなくなった後も変わらず大切だと謳いながら、生き延びるために人質として利用している矛盾を、屍食鬼(グーラ)自身も分かってはいるのだろう。

 内心で苦慮する点を無遠慮に突かれたれたことに小さくない不快を感じ。

 だが、その判断は冷静だった。

 

(……どうやったのか知らないけれど、湖に沈んだ斧を回収した上であれだけの屍喰(こども)達を皆殺しにする時間は、無かった筈)

 

 手段は不明だが、本来の武装を取り戻して増した破壊力を用いて、壁となった屍喰(グール)達を強引に突破してきたのだろう。

 あとは単純な速度差で置きざりにした――逆に言えば、時間を稼げば生き残った屍喰(グール)達も追いついて来る。

 そうなれば、この窮地をもう一度離脱出来る可能性も生まれる筈。幸い、地にめり込んだ手斧の位置は自身の背後だ。回収してしまえば傭兵の最大火力も再び封じられる。

 

 僅かに、自身に死神たる男を刺激しないように摺り足で後退しつつ、屍食鬼(グーラ)は時間稼ぎを試みようと口を開く。

 

「私と同じになるのは、この娘を守るためにも必要なことよ――人間(いま)のままじゃ、この娘はあの村の外への希望を捨てられない……そうして、外に出て――大して変わりはしないと絶望するわ、きっと」

「……弟子への教育内容がちぐはぐだったのは、それが理由か」

 

 状況を把握してない筈もない傭兵は、だが棍を突きつけたまま屍食鬼(エルシェル)の動きを眼で追うのみだ。

 先刻と違って即座に殺しにかからない事に、訝しさはある。

 だが、魔獣にとってその『待ち』の行動がありがたいのは確かだった。

 

「どういう経験をしたのか知らんが、教え子が同じ末路を辿ると決めつけるのは阿呆の所業だぞ」

「知った風な口を利かないで欲しいわね――大層な力を持つ"渡り人"の男に、市井の女冒険者の気持ちが汲める訳がない」

「それこそ知った風な口だな」

 

 傭兵が口元を歪めたのは、異界よりこの世界に落ちて来た己の過去を思ってか、魔獣へと変化したエルシェルが冒険者を語る事に対する皮肉であったのか。

 どちらにせよ、彼が屍食鬼(グーラ)を見る目は変わらず殺意に満ちていながら冷徹であり、僅かな動作も見逃さんと一挙手一投足を観察している。

 そのまま途切れるかと思われた会話を続けたのは、カージスの方だ。

 時間を稼ぐための会話を望んだのは屍食鬼(グーラ)であったが、それに応じた男の舌鋒は鋭さのみならず、猛毒に濡れていた。

 

「随分な師弟愛だ――それとも、弟子を使って過去の自分を慰めてるつもりか?」

「…………!?」

「…………ッ! お前っ……!!」

 

 傭兵の皮肉を耳にした瞬間、俯いていたイオの顔が上がり、その眼が見開かれ。

 同時に屍食鬼(グーラ)の眦が吊り上がって般若の如き形相となる。

 

「……ねえ、さん……?」

 

 言葉の否定を望むイオの声には応えず、無言で彼女を捕らえて抱きしめる腕に力が込められた。

 先の傭兵の言は、屍喰(グール)達の女王となった嘗ての女冒険者(エルシェル)にとって、逆鱗を蹴りつけて唾を吐きかけるも同然のものだ。

 イオに基礎技術自体は丁寧に仕込みながらも、頭を使った応用や同業者相手の心構え、対人関係における立ち回りに一切触れさせなかったのは、将来、地力がついた彼女が街へ向かうのを阻止するため。

 同じ屍食鬼(グーラ)へと変異させるのは、今のままでは自分と共にいるのは力不足(きけん)であるから。

 同時に、それが原因で離れていかないようにするためでもあった。

 そして、それら全ては嘗ての自分に限りなく近い境遇である少女を、己の傍において、己の手で守り続ける、只そのためである。

 その思考は、真っ当とは言い難いのだろう。歪んですらいる……それこそ、人間であった頃も含めて。

 エルシェルという女にとって、それは胸の裡に隠しておきたい仄暗い執着心(秘め事)であったのだ。

 それでも、彼女が弟子である少女に向けた親愛自体は偽りの無いもので。

 おそらくは全てを看破したであろう傭兵は、それらをただの執着であると、弟子を利用した下らない自慰行為であると一蹴したのである。

 冷静さを奪う為の挑発とは分かっていても、看過できる台詞ではなかった。

 現時点では眼前の傭兵を殺すのは到底不可能であるため、屍食鬼(グーラ)は胸中でドス黒い怒りと殺意を溜め込みながら怒りに燃える瞳をギラつかせる。

 忌々しいが、殺せる機会に関しては気長に待つしかない。差し当たっては、この場を逃げ延びた後、先の発言の報復として"渡り人"の傭兵について情報をばら撒いてやろう。

 煮えた思考でそのような事を考えて、持ち去る予定である背後の斧に向け、更にゆっくりと後退する。

 

 一方、そんな屍食鬼(グーラ)の様子を見据えていたカージスは胸中で呟いた。

 

(……頃合い、だな)

 

 追い詰められた状況、そこに微かに残る生存への可能性――そして、挑発に次ぐ挑発による、憤激。

 

 人間(ヒト)と変わらぬ知能や思考力を有する魔獣に、思考を狭める為の"種"を存分に撒き終えたと判断した傭兵は、()()()()()()()()()とばかりに前触れなく動き出す。

 

 突きつけていた棍が、くるりと手の中で回った。

 

 何気ないその動作に、押し殺した怒りの表情を強い警戒のソレへと塗り替える屍食鬼(グーラ)だが、特に何も起こる事なく反対側の石突が向けられ――。

 

「――《(イン)》」

 

 同時、夜の森に静かに響いた声が、その場に居る者達の耳朶を打つ。

 次の瞬間、屍食鬼(グーラ)の肩に()()()()()()()鋼の刃が喰い込んだ。

 

「グ……ギィッ!?」

 

 魔獣は身を打つ衝撃によろめき、咄嗟に歯を喰いしばる。決して離さぬようにと少女を捕らえていた腕の力も、一瞬緩んだ。

 背後の一撃(バック・スタブ)の正体は、大地に深々と突き刺さっていた筈の傭兵の手斧だ。

 先の一言に反応して凄まじい勢いで跳ね飛んだ魔装の刃は、軌道上の屍食鬼(グーラ)を肩を抉りながら回転し、本来の持ち主の元へと飛来する。

 

 カージスは既に前方へと跳んでいた。

 

 無造作に突き出された鋼棍の石突が、しかして寸分の狂いなく斧の柄尻と打ち合わされ。

 鍛えられた鋼が火花を散らして噛み合い、重厚な金属音が夜闇の静寂を叩き潰す。

 一瞬で本来の姿を取り戻した斧槍(ハルバード)の刃が、降り注ぐ月明かりを弾いてギラリと光る。

 既に標的は間合いに捉えている。跳躍の勢いを乗せ、身を捻りながら魔装の武器は振り上げられた。

 

 本来ならば防ぐも避けるも不可能。

 秘匿している魔力(ちから)を解放した上で本来の武器を振るうカージスの斬撃は、高位の魔獣の身体能力を以てしても到底追いつかない。

 辛うじて視認できるか否か、という一閃であり、その威力は掠めただけで致命傷となり得る。

 

 ――だが、その過剰ともいえる威力故に、まだ生き延びる為の"芽"はあった。

 

 雑に叩きつけるだけで容易く屍食鬼(グーラ)を両断するであろう一撃は、今も魔獣の腕の中にいるイオを巻き込めば文字通り粉砕してしまう。

 命がけとまではゆかずとも、斧槍(ハルバード)を振るう傭兵自身にも人質となった少女を助け出そうとする意志はあった。

 となれば、自然と攻撃の軌道は限られてくる。

 狙いは横薙ぎによる首、或いは頭部の切断。

 そう予想した屍食鬼(グーラ)は、崩れかけた体勢を捻って強引に身を傾けようとする。

 結論から言えば、その予測は正解であった。

 繰り出された必殺の一撃を回避し、そこから死にもの狂いの逃走に移ることも出来る――筈だったのだ。

 

 ここで屍食鬼(グーラ)、そして傭兵にとっても予想外の一手が差し挟まれる。

 

 上体を目一杯に傾げ、耳を削り飛ばされながらも断首の一閃を凌いでみせた屍食鬼(グーラ)に向かい、複数の影が飛び出した。

 

「――!? こ、のっ……!!」

 

 予想だにしなかった相手から虚を突かれ、屍食鬼(グーラ)の口から短い悪罵が吐き出される。

 

 襲撃を仕掛けてきたのは、数匹の山精(バーゲスト)の群れであった。

これまでの戦闘であちこちに痛手を負い、今も絶殺の斬撃をかろうじて躱したことで隙を晒す屍喰(グール)の女王に向け、狼や山犬の姿を得た魔獣達はここぞとばかりに襲い掛かる。

 無謀にも思える山精(かれら)の行動だが、現在の森の状況を考えればそう不自然な事でもない。

 水棲巨人(スヨトロール)による捕食と、女王の命を受けて魔核集めに奔走する死兵同然の屍喰(グール)達の襲撃。

 この二つの脅威に晒され、急速に個体数を減らしていた山精(バーゲスト)にとって、原因の排除は種の存続がかかった命題だ。

 自分達が滅ぶかもしれない原因――その片割れをどうにか出来る状況が用意されたのなら、個々の身の危険は度外視してでも行動を起こすのは当然ですらあった。

 

 文字通りの死に物狂いで強襲を仕掛けた山精(バーゲスト)達は、屍食鬼(グーラ)――そしてその腕に抱かれたイオも諸共に、牙を剥きだして喰らいつく。

 

 自身はともかく、人間であるイオには致命傷になりかねない。

 

 刹那にその判断を下した屍食鬼(グーラ)は、半ば反射的に腕を振るって身の程を知らない下位魔獣達を薙ぎ払った。

 山精(バーゲスト)達の頭や四肢が千切れ飛び、黒ずんだ大量の血液が月光に照らされて宙を舞う。

 特攻じみた強襲から、蹴散らされて全滅まで秒とかかっていない。戦力比を考えれば、妥当に過ぎる結末であった。

 

 だが、その僅かな時間――固執する少女を庇う為に選んだ反射の行動が、屍食鬼(グーラ)の明暗を分けた。

 かろうじて逃れたはずの絶殺の念籠る一撃が、再び巡る。

 

 空中で放った横薙ぎの勢いを利用し、身を旋回させたカージスは着地を待たずに二撃目を振るっていた。

 高速回転の遠心力を乗せた斧槍(ハルバード)は大気を裂き、風切り音すら置き去りにして――切っ先から音の壁を斬り砕く音を響かせる。

 

 先の一撃を更に超える斬撃。

 迫るソレを前に、屍食鬼(グーラ)は一手、完全に出遅れたことを理解する。

 そしてそれは、どうしようもなく致命的な一手であった。

 それでもなお、己に迫る魔装の刃――巨人の四肢すら容易く抉り、竜すら斬り裂くであろう絶死の破壊力を前に、咄嗟に腕は動いて。

 

 トン、という軽い音と共に、その腕の中にいたイオが横手に突き飛ばされる。

 

「――――え?」

 

 倒れ込み、呆けた顔でこちらを見上げる少女。

 魔獣(エルシェル)は、その位置ならばデタラメな威力の斬撃に少女が万が一にも巻き込まれることは無いと、そう確信して。

 

「あぁ、よかった」

 

 そんな風に安堵の吐息を吐き出しながら、斧槍(ハルバード)の刃に首を刎ねられたのだった。

 

 

 




多分、次話で一旦〆となります。

※6月25日、30日に加筆修正しました。
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