とある国のとある病室に、無機質な機械音とむせび泣く声が反響している。病室のベットに寝ている少年の手を握っていた1人の女性の頬を伝う雫が滴り落ちた時、もう見えているかさえ分からない少年の瞳は、誰にも悟られないほど静かに微笑んだ。
普段はひょうきん者でとらえどころのない1面もあったが、1本芯の通った人柄の少年を愛する人は決して少なくなかった。そしてその人々がそれぞれの思いを胸に抱く中、少年は優しく、穏やかに息を引き取った。心肺機能が停止した音とともに少年はその短すぎる一生涯に終止符を打ち、もう二度と目を覚ますことは無い。
はずだった。
穏やかに流れる川。静かに頬をかすめる風。飛び回る小鳥たちのさえずり。心地いい芝生の上で、体全体で五感を味わいながら僕は目を覚ました。そう。目を覚ましたのだ。僕はたしかにみんなに看取られ、あの病室で息を引き取ったはず。
なのに今僕の目の前に広がる光景はそれを全力で否定してくる。見上げればレトロな街並みや、大きく、果ての見えないほど長い川。そして一際目を着くのが、計り知れないほど高く、辺り一面を覆うようにそびえ立っている壁のような物…ぐらいだろうか。
…僕が知りうる中でこの壁のようなものに心当たりがあるのは一つだけ。だが、そんなフィクションのようなことはあるのだろうか?
しかし、1度死んだはずの僕がこうして目を覚ましているのも事実。走馬灯だとしてもアニメの情景をここまでリアルに見られるということは無いだろうから、その可能性もかなり低い。死ぬ直前の長い夢である可能性はまだ否定できないが…川の水で顔を洗い目を覚まそうとするも、何も変化は感じられない。ついでに自分の容姿についても確認したが、少なくとも「僕では無い誰か」である事は確認できた。
普通に考えれば死ぬ直前に見ている、最後の夢つまり走馬灯というやつだ。普通じゃない考え方をするならば…それは僕の死をトリガーに、進撃の巨人の世界に入り込んでしまったということ。
前者ならばありがたい限りだ。一瞬のうちでも、もう二度と出来ないと思っていた事がまた出来るようになったのだから。こんなに気持ちの良い青空の下を走れるのなんて、もう何年ぶりの事だろう。
後者ならば…あまり考えたくはない。ただでさえ人がひっきりなしに死んでいく漫画だ。一般人として生きようがどこかの兵団に所属しようが、気がつけば死んでいた…なんて可能性も十二分に有り得る。どこか現実味を帯びないまま宛もなく歩みを進めていると、つんざくような鐘の音が耳へ届いた。
「調査兵団が帰ってきたんだ!!」
「正面の門が開くぞ!」
民衆達が道を空け、ちょうどパレードの時のような形で調査兵団を迎え入れる。しかしそこに流れる空気は心躍るようなものではなく、むしろ酷く陰鬱なものだった。まだ幼く、大人の半分ほどの背丈しかない僕の視界に映るのは、少しの隙間から見える僅かなものだけ。だが、その僅かな情報だけでもその惨状は痛々しい程に伝わってきた。これがエルヴィンが団長になる前の調査兵団。長距離索敵陣形による索敵の効率化が行われる前の、言うなれば死に急ぎ集団。ただでさえ低い生存率に加え、五体満足で帰還した人間は指で数えれる程だ。そのあまりに異様な空気に耐えられなくなり、踵を返そうとした僕の耳に届いたのは、あまりにも有名なセリフだった。
「今回の調査で…我々は…今回も…何の成果も!!得られませんでした!!」
その鬼気迫るかのような声色に思わず足を止めると、キース教官…今は団長か。の声がさらに続く。
「私が無能なばかりに……!!ただいたずらに兵を死なせ…!!ヤツらの正体を…!突き詰める事が出来ませんでした!!」
民衆のざわつきが加速し、少し離れたところでなにやら揉めているような声まで聞こえてきた。あまり騒ぎになっても面倒なので早めにその場を離れつつ、もう少しで地獄と化す街並みを見渡しながら思考を続ける。僕の考えすぎであって欲しいという願いは潰えた。現実から逃避してしまうのは簡単だが、それで2度目の死を迎えるというのも少しばかり気に触る。まぁ、現実と言うにはあまりに夢物語なのだが。
助けたい命なら数え切れないほどある。だがその命を救うには今の僕はあまりに非力だ。齢は10かそこら。虚弱体質と言う訳では無いが、それでもどこにでもいる普通の10歳児の体で出来ることなど、有事の際邪魔にならないように速やかに内地へと避難することだけだ。
10分程歩いただろうか。かなりの人数が乗れそうなほど大きな船に、ポケットに入っていた泣け無しの硬貨を使い乗り込む。ゆっくりと動き出す船に揺られつつ、今後の動きに僕は頭を悩ませていた。
開拓地に行くのも良い。あの厳しい環境は心身を鍛えるには持ってこいだ。だが、体を鍛えるだけでは足りない。結局はこの進撃の巨人の世界において、敵とは世界そのもの。
力だけでは原作の結末を変える事など出来ないし、そもそもアッカーマンの力に対抗する程のポテンシャルは僕には無いだろう。かと言ってアルミンやエルヴィン並の知力も持ち合わせていないし、ピクシス司令のような果断な指揮能力を持っている訳でもない。
なら僕に出来る事は何か。それは、本来の未来では存在しないはずのイレギュラーである、僕というジョーカーを好きなように動かせること。
始祖がもたらす影響に過去も未来もないならば、その過去にも未来にも存在しないはずの僕が世界ごと何もかもを変えてみせる。なんだかんだ言っても、僕は前世で1番好きなアニメを聞かれた際、迷いなく進撃の巨人と答えるくらいにはこの世界が好きなのだ。病弱で人より創作物に接する時間が多かった僕は、一際異質な雰囲気を孕むこの作品の魅力に取りつかれてしまった。
アニがパイを貪り、それをコニーたちが笑って見てる様な平和な時間が続けば良いと思うくらいには進撃の巨人のキャラクター達は皆大好きなのだ。原作通りのトゥルーエンドにさせない為にも、僕に出来る事ならなんだってしてみせるさ。
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ようやくまとまった思考を1度ストップし、ようやく到着したトロスト区で船を降りる。トロスト区と言えば、表、裏社会のどちらにも精通し、トロスト区奪還作戦の際市民の避難より財産の運搬を優先するような外道かと思いきや、リヴァイの人柄を気に入り、危険を顧みずに調査兵団と契約を交わした、商人らしい2面性を持ち合わせた男。ディモ・リーブスのお膝元だ。
訓練兵団に入るまでの2年間、ただ体を鍛えるだけでは足りない。裏の仕事もこなし、リーブスに取り入り、今後僕が調査兵団の中で低くない地位を手に入れるための基盤を作らなくては行けない。それに、中央憲兵がリーブスに命じてエレンとヒストリアを誘拐しようとした際、僕が動いたら手を引いてくれるかもしれない。
問題は2年という短い時間でリーブスのお気に入りにならなければいけないのだが…まぁ、トロスト区随一の大物なのだから、人を見る目はあるだろう。そのお眼鏡にかなうだけの人間になればいいだけだ。前世からの記憶を持ち、この世界の事を誰よりも知っている僕にかかれば、そこらの有象無象に埋もれる方がむしろ難しい。まずは末端でも、すぐに上に登ってやるさ。
特にこれといって大幅な変更は無いですが、前作を読み直した時の違和感や、文字数が少なすぎて場面が飛び飛びになっているところをある程度修正しています。とりあえず前作が出ていた所まで、話数と文字数を倍程度に増やして書き進めていきますが、文字が多くて読み辛いなどのご指摘あれば随時調整させていただきます。