昨日の適性診断をクリアできなかったのはどうやらエレンだけだったようで、全員が見守る中エレンの2度目の適性診断が始まる。が、その前にキース教官に報告をしなければ。
「キース教官!よろしいでしょうか!」
「…なんだ。リアム・スコット」
「イェーガーの使用していた装備が1部破損しており、正確な適性診断が出来ないと考え、ベルトの交換を行っております!」
「…そうか。イェーガー。今後は自分から発言するように」
「ハッ!」
報告を済ませ、教官が合図をおくるとゆっくりと吊るされていくエレン。その姿勢は崩れることなく、及第点以上の姿勢制御を見せる。
「ほ…ほんとにリアムの言う通り、急に出来た…」
「…スコット。イェーガーのベルトはどこが破損していた?」
「ハッ!整備項目にはない金具の部分です!」
「そうか…そこが破損するなど聞いたことがないが…新たに整備項目に加える必要がある」
「では…適性診断は…」
「…問題ない…修練に励め。」
たかだか姿勢制御がうまく行っただけで、なんて嬉しそうな顔してるんだエレンは。こんな事であんな大はしゃぎするなら全て終わってミカサと結婚なんてした時のはしゃぎ具合が全く想像つかないな。
原作ではかなり可哀想な役回りをだったし、僕が全力でハッピーエンドへのレールを引いてあげなれけば。さて。ようやく適性診断も終わり、これでようやく全員で午後の訓練に移れるというわけだ。基本的に訓練は朝〜昼と昼過ぎ〜夕方までの2部制で行われており間に少しだけ休憩がある。
どちらかが兵法講義か技巧術と言ったいわゆる座学系。どちらかが対人格闘や馬術、立体機動と言った運動系。時間のかかる兵站行進には丸々1日使い、次の日はオフか午前休で午後に座学のみ。
やはりというかなんというか、人体の構造において、その限界を求める上で最適な訓練内容となっている。人体を成長させる上で欠かせないポイントをしっかり抑えており、理想的なトレーニングで心身を鍛えて実践に近い立体機動では緊張感と命の危機を持って挑むという、非常にバランスの良い訓練内容となっていた。
そのあまりのクオリティに心の中で手放しに賞賛を送る。今後の座学で運動系の訓練内容等について深堀りもされるはずなので、どんなその次の訓練である兵法講義のある教室へと向かう。元々午前中に適性診断を受け直したのがエレンだけなのもあり、他の訓練兵には半休のようなものだったのだが…一応は立体機動に属される訓練だったので午後は座学の兵法講義が行われる。
この兵法講義だが、実は僕にとって一番の曲者なのだ。壁内王政の歴史や、巨人を殺すことに特化した戦術の分析なんて、前世からの記憶を持つ僕には苦行でしかない。前世での知識が空回りしてごっちゃになってしまうのだ。
まぁ、初めの方ならば巨人の弱点や長距離索敵陣形についての講義がメインになるだろうから杞憂に終わるかもなのだが。
さて。この座学だが、基本的に席指定などはされていない。視力の関係もある為、自分の見えやすいところに座れるようにする為だ。
なので、基本的にアルミンやマルコといった、賢く真面目で分かりやすく教えてくれそうな人間の身近に座りたいところではあるのだが…ふむ。ゆっくり来すぎたせいで、席がある程度埋まってしまっている。
初回の講義だし、兵法講義の前提知識や巨人との戦い方といった初歩的な事になりそうなので後ろの方の席の少し開けた部分に座る。いくら座学と言えど、普通に命に直結するので、後ろの席に座りたがるのはアホ2人を除けばそう居ない。
聴き逃したことはアルミンか誰かに聞けば良いし、なにかゆっくり考え事をしたい時には丁度良いのだ。…が、クリスタがチラチラこちらを見てくる。もういつ教官が来てもおかしくない時間なのだが、余程気になるようでチラチラと横目でこちらを伺ってくる。
先日の適性診断の時からずっと視線は感じていたが、どうやら初日の夜の事が未だに気になっているのだろう。隣に座っているユミルに断って、僕の方へ近づいて来た。
「ねぇ…リアム。ちょっといい?」
「どうかした?クリスタ」
「うん…初めてリアムと話した時の事……ずっと気になって…」
うぅん。ユミルが居たら確信めいた事は言えないと思い少し含みを持たせたが、そのせいで余計頭を悩ませているみたいだ。しかし、まだ3日しか経ってないにもかかわらず、はやくもヒストリアは女神ポジションを獲得しているようだ。
誰かに聞かれて困るような内容の話では無いが、少しデリケートな部分ではあるため、誰にも聞こえないように顔を近づけて話している。たったのそれだけのアクションで、男女問わず突き刺すような視線が僕へとぶつけられる。彼女がアクションを起こして来たのが女神として磐石になる前でほんとに良かった。
「うーん。確かに僕の伝え方もちょっと悪かったかも。分かりにくかったならもう少し噛み砕いて説明するから、時間がある時に2人ではなそうか」
「本当!?ありがとうリアム!」
どこか切なさを感じる雰囲気から一変し、その愛らしい顔を破顔させて自分の元いた席に戻るヒストリアに、思わず見とれてしまう。
数秒固まっていた後、教官の到達によって意識を取り戻した僕は、講義の内容や教官の名前などをメモに残しながらヒストリアが僕に聞きたいはずの事についての思考を始める。
僕があの夜彼女に話した内容は、「良い事をするのは僕がそうしたいから。損得では無く誰かの為に動くのも良いが、そのせいで自分を苦しめるのなら人を頼っても良いと思うよ」と言った内容だったはずだ。
良い人だと思われて死にたいというある種の死にたがりの精神を持つ彼女にとって、良い人だと思われるために苦しむのも、その為に命を落とすのも、なんら厭わる事では無いのだろう。だか、それはまだ何も知らない12歳であるが故のもので、成長とともに彼女にも生きる意味が生まれてくるのだろう。
今はまだ父親の望むがままに生き、神として壁内人類を守るのが使命だと思っている現在のヒストリアには少し伝わり辛かったのかも知れない。
良い子にもなれないし、神様にもなりたくない…が、自分なんて要らないと泣く子がいるならば、そんなことは無いと伝えに行く…。原作でエレンの鎖を解きながら、つい己の気持ちを吐露してしまった時のセリフが彼女の内面を表す全てだ。
なにか大きなことを成し遂げたいわけでも無く、他人を認めることで、自分の事も認めて欲しい。フリーダ以外の一族から疎まれ、存在そのものを否定されてきた彼女だからこそ、ありのままの自分を受け入れ、必要としてくれる人が居ることを知ってもらわなければ。
◾︎
軽い自己紹介と巨人の弱点や戦い方、立体起動装置の軽いマニュアルについて教わり、まだ日も落ちきらぬうちにその日の訓練は終了となった。自由時間ではなく、自主トレーニング時間なのだが、夕食前なのもありこの時間に動く者はそう居ない。
なにか志を持っている訳でもなく、世間的な体裁を守るために訓練兵に所属した殆どの少年少女たちにとって、訓練後の時間とは体を動かす時間では無く体を休める時間なのだ。
部屋へ戻り動きやすい服に着替え、少し体を動かそうと思っていた僕に話しかけてきたのは、昨晩の僕のアドバイスを受け見事適性診断に合格した男だった。
「なぁ、リアム。これからトレーニングに行くのか?」
「ん?あぁエレンか。一応そのつもりだけど…どうかした?」
「いや、昨日は自分の事に集中しすぎて気にしてなかったけど、今日適性診断を合格して教官から貰ったメニュー、昨日もしてたよな?なんつーか、ストイックだと思ってよ」
ストイックか。よりにもよってエレンにそれを言われると思ってなかった。基本的に僕は無理のない範囲でしか無理をしない。
自分の限界をきちんと把握し、オーバーワークにならないよう気をつけている。が、このエレンという男は放っておけばいくらでもオーバーワークをする、刃牙で言うところのジャックハンマーだ。
さすがに日に30時間のトレーニングはしないだろうが、それでもアルミンやミカサに強制的に辞めさせられるまで続ける程の無理はよくする男からストイック認定されるとは、我ながら少し驚いた。
「僕は調査兵団志望だからね。自分の10倍以上の大きさの相手と日常的に殺し合うわなきゃ行けないんだ。いくら準備してもし足りないよ」
「!リアムも調査兵団志望なのか!?」
「うん。だから君たちとは長い付き合いになるって言ったろ?別に自殺志願者って訳じゃないし、出来る限りの事はしていたいからね。エレンもだろ?」
「もちろんだ!…でも、そうだな…俺も見習わねぇと。……なぁ!リアム!俺もトレーニング一緒にしていいか?」
「うん。もちろん。お互い高め合った方が成長するしね。でも、メニューまで同じにして体のバランスが崩れちゃいけないし、エレンの体にあったトレーニングをしなきゃだよ。立体機動はバランスが最重要項目だ。君が1番動きやすい肉体の黄金比を見つけて、それを維持しつつ少しづつ伸ばしていこう」
事実、巨人の体を切り裂く動きや、立体機動による強烈なGを受けながらパルクールをするには、多少なりとも筋肉は重要だ。だが、バランスが自分の脳内と少しでもズレてしまっては、繊細な動きを求められる立体機動で大怪我に繋がる可能性がある。力だけではどうにもならないから難しいのだ。
「あぁ!…にしても、リアムはすげえな。俺らと同い年なのにスタートから差をつけられてる気分だ」
「焦っちゃダメだよ。成長期なんだし、自分のペースで成長していけば僕と君との差なんて気にならなくなるさ」
「そうか?…で、リアムは今日は何するんだ?」
「今日は全く体を動かしてないし、軽くロードワークするだけだよ。トレーニングってほどでも無い。明日は対人格闘の訓練だし、動きが鈍らない程度にしておくつもりさ。一緒にトレーニングするなら、明日からになるから、エレンは自分に足りなそうな筋肉と、そのトレーニング方法をリストアップしてるといいよ」
「おう!ありがとな!リアム!」
「気にしなくて良いよ。じゃあ明日からよろしくねエレン」
「あぁ!」
さて。入団3日目にして早くもエレンと高めあう良い関係性が築けた所で、ヒストリアに見つかりやすいように軽く流しながらロードワークをこなす。
こちらの世界の人からすれば見なれない光景であるため、通りすがりにチラチラと見られているのが少しくすぐったい。広めのグラウンドを少し小回りで2〜3週したところでこちらに近づいてくる小さな影が見える。
「いた!リアム!全然見つからないから逃げられてるのかと思っちゃった」
「逃げては無かったけど、体がなまらないように少しね。今日は体を使う訓練はなかったし」
「…リアムはすごいね。ごめんね?時間を取らせちゃって」
「気にする事ないよ。することが無かったからとりあえず動きたかっただけっていうのもあるし、僕もクリスタと話したかったからね」
「えぇ!?本当…?」
「うん。本当だよ。それで、クリスタは僕に何が聞きたいの?」
「えっと……リアムは自分の良い事を損得でしてるの?」
「うん。僕がそうしたいからってのは僕に益がある時だけだね。と言っても見返りじゃなくて僕がその子の笑顔にしたいかどうかなんだけどね」
「…それだけなの?」
「うん。それだけだよ。だけど、それが僕にとって何より大事なんだ」
ただでさえ不遇なキャラが多い進撃の巨人の世界の中で、ハッピーエンドで終わったものはそう多くない。にも関わらず彼らが笑顔を絶やさなかったのは、進撃の巨人という残酷な世界で鍛えられたその強靭な精神によるもの。
若干20歳にして全世界の命運を分ける戦いに挑み、その後も世界と戦い続けるために身を粉にする働きをする少年少女たちに、幸せになって欲しいと思わないなんて、僕には無理だ。
「そっか…ねぇ、私はどうしたら良いと思う?」
「ダメだよクリスタ。君の行く道は君が決めないと。じゃないと君は僕なしで判断出来なくなってしまう。君の人生なんだから進むべき道は君が決めないとね」
「……」
「難しいなら直ぐに答えを出そうとしなくても良いんだよ。僕らはまだ12年しか生きていないんだ。そのうち譲りたくない1本の芯が見えてくると思うよ。もう夕食の時間だし、今日はゆっくり考えるといいさ」
相も変わらず含みを残したまま僕はその場を離れる。まだ彼女には自分の意思がない。今僕が何を言ったとしても余計困惑させてしまうだろう。アニとはまた違った感情を持つ彼女には自分の価値を知り、自我を持ってもらわなければならない。
ヒストリアは僕が居なくても十分周りに恵まれている。僕がするのは最後のひと押し。ユミルとヒストリアの仲を絶対に引き裂かせないことだけだ。