電脳安楽椅子   作:kurakuraun

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From:クマファリン

To:電脳○○椅子

【鏡】


南極熊の病識

 

 

フォールダウン……。

 

 

 

私は意識のレベルを落としてから椅子に座る。

 

 

 

理想の……、憧れの……、いつまでも遠くを揺蕩っているモノに体を滑り込ませるためだ。

 

 

 

その人間は天才ではない、だが……、決して凡人ではない。

 

目を閉じられない病気を持った哀れな生物である。

 

ドライアイになろうと、心臓を露出させられ他人に掴まれても、涙を流すことがあってもいつまでも目を閉じられない。

 

 

 

目の奥は世界の真ん中で、脳味噌は世界のすべてであるが故に……。

 

 

 

「ああ、もう先にいたのか。」

 

 

 

「おお~、白熊。大分遅い登場だが、準備はできたか?」

 

 

 

「おいす~。」

 

 

 

先客二人、いや、病人二人が各々が描くヘンテコな椅子に座っている。

 

白熊の頭を被り、背もたれのある椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預ける。

 

 

 

「今日も、まだだな」

 

 

 

私には顔はない。ただ、他人の顔を見ることは出来る。そして、白熊の顔も見ることは出来る。だからこそ、いつもここに来る時はあのかぶり物を被る。

 

彼らはこれがファッションではないことだけは知っている。だが、その意味は知らなかったかもしれないし、知っていたかもしれない。

 

だが、私が聞くことはない。理由は特には無いが。

 

ラジオのような雑多な音が無口な方の男から流れてくる。

 

鳥のシンボルを肘掛けにつけている普通の男だ。体の大きさ、太さはぼやけているから分からないが、背もたれに体を預けていないこと、下駄を履いている事だけは分かる。

 

もう一人?は王冠だった。頭にきらびやかな王冠を乗せている幼女。本人の声的には男だが、なんかキャラメイクとかしたのだろうか。私も体が豊満な女性になってみたいという下卑た欲望を心にしまいながら、キャラメイクの方法について聞いてみた。

 

結果は散々だった。不定形の化け物しかできない。

 

怒りはない、ただただ困惑しただけだった。

 

幼女は馬鹿みたいに笑い転げ、鳥は『ええ』と困惑している。

 

一番困惑しているのは私だというのに……。

 

だが、上手く出来ないのは理解している。というか、私にとっては難しすぎることだというのは王冠には分かっていたみたいだ。

 

アバターを作るのは強いセルフイメージが必要なのだ。

 

王冠は自己が認識した物が自己であると定義できるため、自由自在に体を変えることができる。その気になれば世界にだってなれるチーターだ。欠点はその過程で何回もクラッシュして社会からぶっとばされたところだが、王冠は嗤って『こちらの方が心地が良い。白熊と鳥もいつかはこっちに来るんだ。』と手招きしているのが実に腹立たしい。

 

鳥は鳥で自分のアバターを的確に作れているみたいだ。いつも同じモザイクをかけながら、鳥のアイコンをひっさげて体を一切動かさずに本を読んでいる。

 

私は……何をしているんだ?

 

 

 

---------------------------------

 

「ここは、どこだ?」

 

周りを見渡してみると、何も無い世界。足、手、体、重力、光、空気なにもかもがない。

 

私もない。

 

『アインが誕生しました。観測者よ、現在進行しているプログラムを記憶し、記録し、魂に刻み込み、解釈をしなさい。』

 

そこに一つのグリッドが落ちてくる。

 

世界に線が現われ、囲まれた空間が誕生した。

 

『アイン ソフが設定されました。観測者よ。観測者よ、現在進行しているプログラムを記憶し、記録し、魂に刻み込み、解釈をしなさい。』

 

「あれはなんだ?」

 

パッとグリッド内に一つの点ができる。そこには秩序の崩壊、無の崩壊、鋭い力があると観測できた。

 

「何故、私はそれに力があると観測できたのだろうか」

 

『アイン ソフ オウルが発生しました。直ちに光に焼かれ、新たな世界へと旅立ってください。』

 

 

 

その後は一瞬だった。

 

次元が多数にでき、増えたり消えたりして可能性が消えていく。

 

『哀しいですか?虚しいですか?』

 

誰かが問いかけてくる。

 

「さぁ、知らないな」

 

ただただ映画を見せられているだけの私に何を感じろというのだ。

 

目の前で訳の分からないことが起こっているだけじゃないか。

 

目を閉じてしまいたいと渇望したのは何故だろうか。

 

 

 

そこからはゆっくりと世界は進んでいった。

 

見える世界がどんどん狭くなり、ある一つの惑星に固定された。

 

そこには重力があり、液体の水があり、植物があり、動物があり、建物があった。

 

『質量5.972x10の24乗㎏、表面積、5.100x10の8乗km、水が液体で存在する奇跡の惑星、地球』

 

 

 

ガタンゴトン

 

気が付いたら電車の中だった。

 

席に深く腰掛けていて、冷たくなった液体が頬を伝い太腿に落ちる。

 

大多数の人間は私に気が付かないか、気が付いていたとしても視線をわざとらしく逸らしていた。

 

不意に前方に座っている女児に目が奪われる。不気味に嗤っているのが、歪んでいる世界でも分かった。

 

ロリボデーとクリオネパーカーコートにメビウスモチーフの黒い骨で組まれた尻尾、そしていつもの左眼二瞳右眼四瞳と王冠を備えている女児だ。

 

女児自体には見覚えはなかったが、目と王冠には見覚えがあった。

 

 

 

気が付けば、ガタンゴトンという音はピッピッという電子音に変わっていた。

 

規則正しい音は列車のジョイント音より早くなり、1秒間に1回くらいの早さにまで変わっていた。

 

鼻に異物感を感じ、目を開いてみると、鼻からは灰色の管が2本流れ出てきており、そのまま大きな装置に繋がっていた。対面の座席にさっきの幼女と和服を着た大柄な男が座っており、ここは……一面緑色の場所だった。

 

ぼんやりとした意識がはっきりしてきた頃、電子音のリズムが速くなり、秒間2回ほどに上昇したことを音で知らせる。

 

 

 

「ふむ、白熊の精神世界はこんなになっているのか。まるで患者みたいじゃないか」

 

 

 

幼女は笑いを隠さず、満面の笑みで喋りかける。

 

 

 

「なぁ、白熊。この心電図はいったいなんなんだ?」

 

 

 

大柄な男が私にはディスプレイが見えない心電図を見ている。

 

 

 

「ディスプレイの背面を見ていたって、なにも分かることはないさ」

 

 

 

「おお、そうか悪いな」

 

 

 

大柄な男は全員に見えるようにディスプレイを回し、幼女と私の近くへと戻ってくる。

 

 

 

「これは……、心電図もどきだな……。ここにいる全員に電極が付いてないし、それに、心拍数の表記もない。因みに心電図では心拍数は1分間の回数を表示させることが多いぞ」

 

 

 

この心電図もどきは、めまぐるしく数値が変わっていて、x----(-はかすれて読めない)/secと書かれている。2~3を行ったり来たりして、偶に5くらいに跳ね上がる。勿論、間隔が狭くなったり、広くなったりしながら波形が刻まれていく。血圧、SPO2の表記がないのがとても気になるのはおいておいて、波形が少しおかしい。幼女もそれに気が付いたようだ。

 

 

 

「なぁ、白熊。心臓の病気でもしたか?」

 

 

 

「いや、そんな大きな病気はしたことはない。割と頑丈だったからな。スギ花粉は強敵だったね。と言えるが」

 

 

 

「なぁ、白熊、王冠、二人だけの世界に入らずに……。『私も混ぜてよ』」

 

 

 

「出たな、鳥のものまね。割と特徴掴んでるのがちょっとツボるんだよな」

 

 

 

「そうか……?勢いだ……。何でもない、これ以上言うと頼んでもいないウーバーイーツが来てしまうかもしれない」

 

 

 

「んで、心臓とか何とか言ってたけど、それなんなのん?」

 

 

 

「鳥。大きく上がるところのちょっと前に鋭く大きく下がる場所があるだろ?これは心筋が壊死して反応しなくなったときに、裏側の筋肉の電気信号が心電図に計測されてできるやつなんだ。だが、私は心筋梗塞で運ばれた記憶はないしな……」

 

 

 

「十中八九、ロボトミされている場所から取られているんだとは思うんだが……、まさか脳波か?」

 

 

 

「あれ?脳波って全く心電図とは違うというか、いくつもあるはずだけど、どうしてだ?」

 

 

 

「イメージングの問題だろう。そこにいる白熊が私達に分かりやすい状況を無意識に作ったんだ。情報が多いと整理しづらいだろ?」

 

 

 

「それはそうだが……、いや、なにも言わないでおこう」

 

 

 

「いやいや、鼻にぶっ込まれるとかやばいでしょって話」

 

 

 

「でも、白熊の空間であることには間違いないから」

 

 

 

「白熊はマゾってことぉ!?」

 

 

 

「やめ……やめろぉ!」

 

 

 

患者と幼女、そして大柄の和服の男が楽しそうに会話している。

 

まるで脳腫瘍を摘出しているときのように、精神を壊さないように脳の異常だけを取り除く。だが、この腫瘍は忘却という方法でしか取り除けない。永遠に増殖する楔は受け入れられればどれだけよいことか。

 

患者は心の中で嘆く、この楔さえなければこんな手術室でこんなことをされる必要はなかったのにと。

 

 

 

この手術室を作らせたのは白熊自身であり、王冠の場所に行けばお互いの話したことが直接解釈され、文字に起こされる石版のような物が乱立しているだろうし、和服の男の場所に行けば、どこまでも続いている川を見ることが出来るだろう。

 

まぁ、それも白熊自身の視点から見た景色であり、他人にはそう見えているかは甚だ疑問ではあるが。

 

 

 

閑話休題、今は手術室にいて、白熊は沢山の情報という腫瘍を一旦外に手術を受けているわけだ。

 

その情報は不定形であり、濃度が異なり、どこまでも体を蝕む毒ではあるが、白熊を構成している成分であることには変わりはない。

 

 

 

人間は恥を知ることで成長する。失態を犯すことで問題点が見えてくる。

 

とかく、方向性をしっかりともって成長させるためには受動的になり、方向を見定めねばならない。

 

だが、一歩を踏み出さねば、失敗は無い。

 

失敗を経験するために、白熊は脳内に腫瘍を作り続ける。そうして、成功しなかったという結果を持って、腫瘍と特定し、手術を受けながら腫瘍を摘出し、共有していく。

 

腫瘍を摘出した後に残るのはいくらかの安堵感と、自身への絶望である。

 

だが、白熊はやめられない。腫瘍は勝手に増殖していくものでもあるからだ。

 

酒で感覚を鈍磨しても、心臓が握りしめられる。いくら誤魔化していても、逃れることができない。

 

だが、面と向き合う覚悟は無い。

 

故に摘出するのだ。

 

そして、また手術台に上り、王冠と和服の男に腫瘍を摘出してもらうのだ。

 

そして、別の薬を脳内の取り込み、前への道を見つける。

 

それが白熊の電脳○○椅子の在り方である。

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