俺の一生を懸けて貴方を幸せにする。   作:Cyanotype

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一話 可惜夜

寝起きは最悪だった。

 

夢見が悪かったのは覚えてるけど、内容は思い出せない。寝汗もひどい。しかもこの布団、加護さん家のだ。汚したくない。

 

「……バイト行かないと」

 

芽衣子さんが亡くなって、加護さんも大変な時期だ。少しでも力になりたい。

 

顔を洗って挨拶すると、今日の予定を告げられた。

 

「じゃあ、羊のこと頼むね、司君」

 

……羊さんと一日中、図書館にいることだった。

 

「え、加護さん。バイトは? 俺、働いて少しでも――」

 

「だから、今司君にしてほしいのは、羊と図書館に行くこと」

 

「……わかりました」

 

俺、役に立てないのか。そんな気持ちを見抜いたように、加護さんが続けた。

 

「勘違いしてるみたいだけど、羊の面倒を任せてるのは、“司君だから”なんだよ」

 

「え?」

 

「会社の仕事は、正直誰でもできる。でも羊のことは、司君にしか任せられない」

 

「……なんでですか?」

 

加護さんは少し笑った。

 

「まだわからない? 司君なら、大事な一人娘を預けてもいいって思えるんだよ」

 

泣きそうだった。まっすぐな信頼。裏表のない言葉。

 

だけど――俺は、芽衣子さんとの約束を守れなかった。

 

だから、俺は――

 

「司君さ。芽衣子が亡くなったとき、僕は羊に寄り添えなかった。会社のことで手一杯で、羊は不安定になった」

 

「……そうでしたね」

 

羊さんは、あの日からまるで赤ちゃん返りのようになった。あの時、俺はできる限り彼女のそばにいた。

 

「君があの時、羊のそばにいてくれたこと、今でも感謝してる。君のことも、もう家族みたいに思ってるよ」

 

「ッ……はい。ありがとうございます」

 

こんなに気にかけてもらって、本当にいいのだろうか?

 

「はぁ、また考えすぎてる顔。今の司君には休養が必要だよ。今日は羊と、ゆっくりしてきなさい」

 

……その通りだ。今日は、羊さんのことだけ考えよう。

 

「……分かりました」

 

一日中、図書館にいた。

 

帰りの車の中、羊さんは心地よさそうに船を漕いでいる。冷房の効いた車内が効いてるんだろう。

 

図書館と家と、ずっと空調の中にいる彼女。将来ちゃんと外でもやっていけるのか、少し心配だ。まあ俺も暑いの苦手だけど。

 

……なんか、今日は西日が妙に鬱陶しい。気が立ってるのかもしれない。

 

「司君……」

 

「ん? どうした、羊さん」

 

「いつも……ありがとう」

 

「ッ……羊さん! 俺の方こそ……!」

 

「……すう。……すう」

 

「……なんだ、寝言か」

 

びっくりした。彼女は人見知りで、普段はあまり口数も多くない。でも、最近の俺の様子に気づいてたのかもしれない。

 

「……そういうとこ、本当に芽衣子さんにそっくりだな」

 

あなたたち家族は知らないだろうけど、俺はどれだけ救われたか分からない。感謝してもしきれない。

 

だから――迷惑にはなりたくない。

 

「ただいまー」

 

「おかえりー。あれ? 司君は一緒じゃないの?」

 

「うん。スケートするって言って出かけちゃった」

 

「そっか。……まあ、うじうじしてるよりマシか」

 

「うん。司君のそういうとこ、好きじゃない」

 

「……結構はっきり言うね、羊」

 

「だって、かっこいい司君が見たいもん」

 

「ッ! ……そうだね。でも羊、まだ司君にはやらないからな!」

 

「はぁ……お父さん、台無し」

 

「あれ? 誰もいない……?」

 

今日はいつものリンクじゃなく、名城クラウンに来てみた。が、なぜか無人だった。

 

「貸し切り!? こんな機会もうないかも……!」

 

頭の中のモヤモヤが一気に吹き飛び、体が勝手に氷の上へ向かっていた。

 

「やっぱ、スケートが好きなんだな、俺」

 

ここを、居場所にしたい。でもやり方が分からない。

 

……いや、今は練習しよう。そう思った瞬間、視界の隅に動く人影が見えた。

 

小学生くらいの女の子が滑っていた。

 

初めて夜鷹純を見たときとは違う意味で、目が離せなかった。

 

彼女のスケートは痛々しかった。まるで「私を見ろ」と叫んでいるようだった。

 

何度も転倒し、そのたびに立ち上がり、また飛ぶ。その姿が、なによりもかっこよく見えた。

 

「おっさん。そんなとこ突っ立ってると邪魔」

 

「! ……ご、ごめんね」

 

夢中で見ていた。彼女は小学校高学年くらいだろうか。ジャンプまで飛べるなんて、すごい。

 

「おっさん、ジロジロ見すぎ」

 

「ッ、ごめん。でもすごいよ。君みたいな子を天才っていうんだろうな!」

 

「……ッ! だまれ! 実叶ちゃんみたいなこと言うな!」

 

しまった。何か踏んではいけない地雷を踏んだようだ。

 

「ごめん。でも、本当に君の滑りはかっこよかった。傷だらけでも前に進もうとするその姿に、俺は勇気をもらったよ」

 

「……」

 

無言でこちらを見る彼女。目が「何言ってんの、こいつ」と語っている。

 

「あっそ」

 

それだけ言って、彼女はまた滑り始めた。

 

……練習しよう。彼女は俺にないものを持ってる。

 

踏切、締め、着氷姿勢。すべてがきれいだった。

 

「俺も、飛ばないと」

 

今、このタイミングで――

 

「ッ! ……いってぇ」

 

やっぱり、すぐには上手くいかない。でも彼女を見て、頭の中で修正していく。

 

「よし……やってやる!」

 

「はぁ……こんなに跳んだの、久しぶり。全身打撲だけど……」

 

「ねぇ、おっさん。なんでジャンプ飛べないの?」

 

突然話しかけてきたかと思えば、いきなりのダメ出し。

 

「いや、ジャンプってそんな簡単じゃ……ていうか俺、まだ18だよ?」

 

「ふーん。でも、おっさんならできるでしょ。最後のほうは飛べてたじゃん。なんで今までできなかったの?」

 

「……え? マジで? 俺、飛べてた!? やったぁ……!」

 

嬉しい。彼女がそう言うなら、間違いない。

 

「ありがとう。あ、そういえば名前聞いてなかった。俺は明浦路司。君は?」

 

「……いるかでいい。苗字は嫌い。あけ……あけう……もういい、おっさん」

 

「諦めるの早いよ! でも、よろしくね。いつもここで練習してるの?」

 

「うん。スケートしか、私の価値はないから」

 

「……え?」

 

「でも、実叶ちゃんがいないと意味ないか……」

 

「いるかさん?」

 

「……しゃべりすぎた。あんたといると調子狂う」

 

「ねぇ、実叶さんって……」

 

「じゃあね。おっさん。もう会うこともないでしょ」

 

「あ、待って! いるかさん……」

 

帰ってしまった。

やっぱり触れてはいけないところに触れたのだろうか、まだ聞きたいこともあったが何より時々見える痣とあの言動あまり家庭環境が良くないのだろうか....。

何か助けになることを...いや、余計なお世話だろう。

第一俺に何ができる。そうだ....結局

 

 

 

ーーーー スケートができることしか私の価値はない

 

「ッ!」

 

子どもが、そんなこと言っていいはずがないだろ!

 

まだ追いつける。走れ!

 

なにうじうじしてんだ俺は!子どもがあんな顔してあんな言葉を言っていいはずがないだろ!

まだ走れば追いつく急げ!

彼女はもっと愛されていいはずだ。幸せになるべきだろう。

 

「いるかさんッ! 待って!」

 

「うお!なんだよおっさん....。ストーカーか私みたいに何もない奴の何がいいんだか-----」

「違う! お願いがあるんだ!」

 

「あ?」

 

―――

 

「俺のコーチになってください!!」

 

「.....はぁ?」

 

 

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