二次創作初挑戦です。
穏やかな心でお読みください。
4月◯日、日本の多くの高校で始業式があった週の土曜日。
「よぉ〜し、着いたー!」
大きく伸びをしながらそう言って電車から駅に降り立ったのは、伸ばした前髪で右目を隠
した少年。数日前に高校2年生となった吉野順平だ。
彼が降り立ったのは山梨県南都留郡、河口湖駅。神奈川県にある彼の自宅からは、電車を2本乗り継いで3時間弱ほどかかる。運賃は2780円であった。
河口湖駅といえば、2013年にユネスコの世界文化遺産に登録された、日本最高峰の3776mを誇る霊峰、富士山に最も近い鉄道であるとうたう富士急行線の終点駅である。
そんな駅に降り立ったということは、吉野は富士山登山でもするつもりかと問われれば、どうやらそうではないらしい。
駅の最寄りのバス停からバスに乗ることおよそ20分、目星をつけた場所の近くまで向かう。着いた時点で午前10時過ぎ。おおよそスケジュール通りである。
周囲を見渡すと、どうやら針葉樹林であるようだ。まあ、針葉樹林目当てでここまで来たのでそうでないと困るのだが。樹種としてはヒノキ6割、残りはアカマツ、モミといったところか。場所柄ウラジロモミかもしれない。モミが思ったより少ないのが気になるが、まあなんとかなるだろう。
お、あそこに見える桜の木は所謂フジザクラだろうか。確か種としてはマメザクラだったはず。
そんなことを考えながら、林内を進んでいく。
さて、「森の哲学者」に会うとしよう。
まだまだ肌寒いこの時期、林内にはそこまで下草が生えておらず、お目当てのものを探しやすそうだ。中腰となり目線を低くし、地面を舐め回すように見ていく。
30分経過
「いないな……」
1時間経過
「いない……」
2時間経過
「………」
まずい。本格的に見つからない。なんでだ?時期も場所も外していないはずなのに……。いや、やはりモミが少ないのが原因か……。
高二とは言え、中腰で数時間さまようのはかなりしんどい。
時刻は午後1時に差し掛かろうとしている。そろそろお腹も空いてきたし、道中で買ったコンビニおにぎりでも食べるか。
あ、そこにいい感じの倒木がある。あれに座っ……て……
……うん?
……!!!
「い、いたあああああああーーーーーーーー!!!!」
~~~~~~
シャグマアミガサタケ、というキノコがいる。フクロシトネタケ科に属する子嚢菌だ。北半球の温帯以北を分布域とし、日本では北海道と本州で確認されている。赤褐色でしわの多い形状をしており、しばしば脳みそのようだと形容される。「森の哲学者」という別名も、その見た目が由来のようだ。
春先にマツやモミなどの針葉樹林内の地上に発生するが、そこまで多く見られる種ではなく、三重県や大阪府など、絶滅危惧種としてこの種を選定している都道府県もある。
ちなみに、アミガサタケと名前につくものの、フランス料理の高級食材であるモリーユこと無印のアミガサタケはアミガサタケ科であるため、近縁という訳では無い。
そんなキノコを、吉野は片道3時間かけて探しに来たのだ。そう聞くと、さぞかし美味しいキノコなのだろうと思われるかもしれない。
しかしこのキノコ、
国内屈指の猛毒菌である。
保有する主な毒成分はギロミトリンC4H8N2O。
生食した場合、食後数時間後には嘔吐や痙攣、腹痛、発熱などを引き起こす(キノコの生食は基本してはいけないが)。
では加熱すれば良いのかと言うと、そうではない。
このキノコを煮沸すると、含まれているギロミトリンが加水分解により揮発性の高いモノメチルヒドラジンCH6N2(単にメチルヒドラジンとも)となる。蒸気と共にこの物質を一定量吸い込むと、脳浮腫による意識障害や各種臓器の出血などの症状が現れ、最悪の場合2〜3日で死に至ることも。
この物質についてはぜひ厚生労働省の安全データシートを確認していただきたい。物騒な事柄のオンパレードである。なんだミサイル推進薬って。生物が作り出せて良いものじゃないだろ。
それでは、吉野はただこのキノコを見るためだけに3時間かけて富士山まで来たのだろうか。
突然だがここで、このキノコの学名を見てみよう。
シャグマアミガサタケの学名は、「Gyromitra esculenta」。
属名の「Gyromitra」はギリシア語が起源で、直訳すると「球形の頭巾」という意味である。これは見た目が由来だろう。本種の持つギロミトリンの名前もここから来ているようだ。
問題は種小名である。
「esculenta」
これはラテン語で、「食用の」という意味である。
~~~~~~
「いや〜よかった!見つからなかったらどうしようと思ったよ。」
吉野は心底安心したように、苦労して見つけたシャグマアミガサタケを眺めている。傘の部分の大きさは丁度握りこぶし程。この種としてはそこそこ大きい方だ。
「1つ見つけたら後は……ほらあった!って2つも!!」
なんと、近くにもう2本生えていた。この種は稀に群生するのだ。
「うん。見れば見るほどカッコいいなぁ。」
背負っていたリュックから一眼レフカメラを取り出し、撮影を始めた。高校の入学祝いに母親に買ってもらったものである。
「よし!時間もいい感じだし、この3本だけ持って帰ろうかな。」
そう言ってリュックからタッパーを取り出す。余談だが、吉野はこの日のために自然公園法を入念に勉強してきており、この林が自然公園法における区域外であることも確認済みであるため、心置きなく採集が可能だ。
……というか、持って帰るの?
~~~~~~
何故、あれだけとんでもない毒を持っていながら「食用の」などという名前がついたのか。
それは、このキノコを食べる文化がある国が存在するためである。
その国は北欧のフィンランド。他にもヨーロッパの一部地域で食用とされているらしい。では、どうやってこんなものを食べるのか。
先ほど、「煮沸するとギロミトリンがモノメチルヒドラジンとなる」と述べた。そしてモノメチルヒドラジンは揮発性が高い。
つまり、煮沸しまくってモノメチルヒドラジンを全て気化させてしまえばいいのだ。
フィンランドの食品安全局は、毒抜きの方法を次のように示している。
「キノコを大量の水(キノコ1に対し水3の割合)で少なくとも5分間、2回茹でる。茹でるたびに、大量の水で十分にすすぐ。」
先ほども述べたが、この際発生する蒸気を吸い込むと中毒が起きるため、十分に換気をする必要がある。
まあ、本場フィンランドですら中毒事故がしばしば起こるのだが……。
とにかく、絶対に食べられないキノコではないらしい。
そう、吉野はシャグマアミガサタケを食用に採集するためにここまでやって来たのだ。
~~~~~~
「ただいまー」
午後5時、帰宅。駅までのバスを一本逃したり、せっかくなのでお土産を買うなどしていたため、予定より少し遅くなってしまった。
「順平おかえり」
「おかえりー」
リビングから2人分の声が聞こえる。声からして若い女性のようだ。
「ただいま
美々子、菜々子」
~~~~~~
「母さんは買い物に?」
「うん、さっき出てった」
「あと30分は帰ってこないんじゃない?」
「そっか」
「そうだ!お土産!」
「買って来たよ。はい、桔梗信玄餅。」
「お〜、テレビで見たことあるやつ」
帰りの電車の待ち時間に駅で買ったものを取り出す。山梨県土産と言えば、と考えたときにまず思いついたものである。8個入りで1617円。4人家族なので1人2つ食べられる。
「あとこれ。清月のイタリアンロール」
「「美味しそう!!」」
これは向こうで初めて知ったものだ。シュー皮を巻いたロールケーキで、これも有名らしい。プレーン味のハーフサイズで1430円。今をときめくJK2人の目には信玄餅よりこちらの方が魅力的に写ったようだ。
母親から渡されていたお土産代は3000円。我ながらかなり良いセレクトではないだろうか。
イタリアンロールを冷蔵庫にしまう。あまり日持ちはしないため、今日か明日で食べてしまいたいところだ。
さて、お土産披露もほどほどに、本題に取り掛かろう。
吉野は鍋とカセットコンロとタッパーを持って庭に向かう。屋外で行うようだ。確かにその性質上、室内で換気をして行うよりは幾らか安全だろう。
「あ、ちょ、ちょっと」
「うん?菜々子?」
「……ほんとに、大丈夫なんだよね?」
どうやら二人には吉野が何を行おうとしているかの説明はされているらしい。そして心配をしているようだ。当然である。そもそも本場でさえ未だに死者が出ているのだ。絶対に事故が起きないという保証はどこにもない。
「そうだね。このままだと危ないから、
澱月」
そうつぶやくと、吉野の前方にどこからともなくクラゲのような半透明でゼリー状の物体が現れる。傘の直径は1m程で、クラゲにしてはかなり大きい。そして、何本かの細く長い触手をぶら下げながら、吉野の頭上程の高さをふわふわと浮かんでいる。
「じゃあこれ、お願いね」
吉野は採集してきたシャグマアミガサタケを1本手に持ち、その物体に差し出す。
するとその物体は自身の触手で受け取り、傘の中に引き込んだ。
「これでもう安心。あ、二人は中にいてね。ドアも開けちゃだめだよ。」
カセットコンロにガスボンベを取り付け、鍋に水を入れてコンロに置き点火。ところでフィンランド食品安全局の言う「キノコ1に対し水3」は重量比なんだろうか。
……少し多めに入れておこう。
沸騰してきたのでいよいよキノコを投入する。
空洞が多いので浮いてしまう。箸でつつきながら茹で続けると、次第に泡立ってきた。湯気も出ている。当然この中にはモノメチルヒドラジンが含まれているのだろう。引火性物質とはいえキノコ2本分程度では引火しないらしい。
蒸気を吸わないように風上に移動し・・・
「ちょっとだけ……スンスン」
おいバカ
「おお!ちゃんとキノコの香り!澱月も嗅ぐ?」
……すごく楽しそうである。
7分が経過。5分以上とのことなので丁度いいだろう。
茶色く濁った煮汁を捨て、キノコを水でよくすすぎ、再度茹でる。
〜また7分後〜
相変わらず煮汁は濁っているが、水ですすげばこれで毒抜きは完了。
お待ちかねの実食だ。
水気を取ったキノコの石づきを落として食べやすい大きさに切り、少量のバターと共にフライパンで炒める。
シャグマアミガサタケのバター炒めの完成だ。
シャグマアミガサタケを育む山梨の自然と、食べ方を見つけてくださったフィンランドの人々に敬意を表して。
「いただきます」
心配を隠せていない視線を左右から受け止めながら、吉野はそれを箸で掴み、特に躊躇うことなく口に運ぶ。
「……」
「「……」」
「……お」
「「……お?」」
「おいしい!!」
「「(かわいい)」」
お目々キラッキラである。左しか見えないが。
「あんなに茹でたのに味がしっかり残ってる。バターに負けてない!」
確かに、普通に市販のキノコ類を調理する際と比べたら倍以上の時間火を通しているし、水に晒した時間もかなりのものだ。それなのに、しっかりとしたキノコらしい旨味が口に広がる。
「というか、クセが全く無いな。キノコ嫌いな人でも食べれそう。」
そして非常に食べやすい。もともと量が少なかったのもあるが、もう完食してしまいそうだ。
「……あげないよ?」
「「いや、そうじゃなくて」」
2人の視線を感じながら最後の一切れを口に運び、しっかりと味わう。
「ごちそうさまでした!いやー美味しかった。ただ、いかんせん手間がかかるなあ」
普通に考えて、市販のキノコ類を買う方が100倍安全で楽である。
「ま、当分はいいかな。もしフィンランドに行く機会があれば食べよう。いろんな料理で
食べてみたいし」
現地ではクリームスープやキッシュなどにすることが多いらしい。
何はともあれ目標達成である。
ありがとうシャグマアミガサタケ!
~~~~~~
「ただいまーっと。お、毒キノコ食べた?」
「母さんお帰り。もう食べたよ。量は少ないから晩御飯も食べれるよ」
「お母さん聞いてよ!順平ってば毒入りの湯気をめっちゃ吸ってたんだよ!」
「JK2人にこんなに心配されるとは罪な男だねえ~」
「そこなんだ」
夕飯後はイタリアンロールを食べた。大変美味しかった。
これは呪術廻戦の二次創作と呼べるのか・・・