今回は、まぁプロローグ的なものです。
スズメバチなどに刺されたことによるアナフィラキシーショックでの年間死亡者数は、だいたい10〜20人程らしい。
僕はその内の1人だった訳だ。
大学2年の夏休み、何気なく向かった近所の林で羽音に気づいたときにはもう遅かった。
右側の首筋に激痛が走る。咄嗟に振り向いた視界の端に見えたのはおそらくキイロスズメバチだろう。気づかないうちに巣に近づき、攻撃するつもりだとみなされたらしい。
ポイズンリムーバーもエピペンも今日は持ってきていない。
呼吸ができない。意識が朦朧としてきた。マジか。アナフィラキシーだ。何回か経験はあるが、こんなに重いのは初めてだ。
なんとか仰向けにはなったが、もうダメそうだ。
間もなく意識が落ちる。
~~~~~~
幼い頃から生き物が好きだった。小学校時代には公園でトカゲを追い回してたし、虫かごいっぱいにショウリョウバッタやオンブバッタを詰めて家に持ち帰っては、親に叱られていた。これくらいならやったことのある人もいるだろう。
中学に入った辺りだろうか。僕が特に魅力を感じる生き物の共通点が分かってきた。
毒である。
生物由来の毒を一般にToxin、その内、咬んだり刺したりすることで注入するものをVenomと呼ぶ。ここで考えてみよう。
毒針を持つもの。体から分泌するもの。体外に出すことはなく体内に持っているもの。代謝の過程で作り出すもの。他の生物の毒を利用するもの。それぞれの例の中にも実に色々なタイプがある。しかも中には容易に人を殺しうるものまで。
僕が惹かれたのはそこだ。
ありとあらゆる分類群において、有毒種というのは存在する。哺乳類や鳥類にもいると初めて知ったときの驚きは凄まじいものだった。
そのとんでもない多様さが僕を惹きつけた。
いつ使うのか。どう使うのか。何に効くのか。どう作るのか。
そんな疑問が絶えない。
初めてスズメバチに刺されたのは中学1年の夏。忘れもしない。オオスズメバチだった。
別に意図して刺されに行った訳ではない。昼休み、教室の中に入り込んだ個体をトイレットペーパーの芯を使って窓から逃がそうとしたところ、左手中指の付け根をブスリ。
当たり前だが、痛かった。それはもう痛かった。ちょっと泣いた。だが、先生に慌てて保健室に連れていかれる僕の心は高鳴っていた。
そこからは好き放題やった。流石に死にたくはないため、命に関わるようなことはしなかったが、身近な有毒生物を片っ端から観察していった。
浜辺で漂着したカツオノエボシを探し、港湾地域でセアカゴケグモを探し、マムシを捕まえてコップに毒液を絞り出したり、アカエイを釣りに行ったり。
そんなことをしているものだから、自分が痛い目に遭うのは当然であった。
特に、スズメバチ、アシナガバチの仲間にはよく刺された。スズメバチ属なんて本州に生息するものはコンプリートしたんじゃないだろうか。
~~~~~~
走馬灯って本当にあるんだ。キイロスズメバチは3回目かな。やっぱりアナフィラキシーっていつ起こるか分からないもんだな。なんてことを考える。
……うん?
走馬灯終わったよ?
僕、死んだよね?
「順平~ママだぞ~」
……
……はあ?
~~~~~~
死んだと思ったら転生してた。ちなみに神様には会っていない。
え、やっぱり漫画とかゲームの世界だったりするのかな。
その答えは生まれて数日で判明した。
ここ、呪術廻戦の世界でした。僕も読んでたよ。
……
……なんで分かったかって?
僕がその登場人物の一人、吉野順平君だからさ!!
……
作中死亡キャラじゃん!!やだ!死にたくない!
そう、この吉野順平という人物、細かい説明は省くが、作中でしっかり死ぬのだ。殺されるのだ。
もう前世の記憶は曖昧になってきているが、高校でいじめられていた吉野順平が、特級呪霊である真人にたまたま出会うことがきっかけだったはず。
だ、大丈夫だ。僕は前世では世渡りが上手い方だったと思っている。前世と同じく成績優秀限界生物オタクを続けよう。いじめられなければ原作キャラ達と絡まなくても生きていけるはず……。
そう思っていた時期が僕にもありました。
あれは確か3歳の頃。ふと夜中に目を覚ますと、目の前に何かが浮いている。
目をこらしてよく見てみると、なんかクラゲっぽい。クラゲ……呪術……
澱月いいいいいいいいい!?!?
なんっでだよ!!あれは真人に脳を改造されたから出てきたんだろ!?
確かに元から術式は持ってたらしいけど!
……もしかして中身が僕だからか?毒ヲタが吉野順平にinしたからなのか!?
……もういい。好き勝手やってやる。せっかくの二度目の生だ。そうだ、海外のヤバい毒蛇とかたくさん見に行こう。あとカモノハシとかも見たい。あ、前世は結局本物の「死の天使」を見に行けてないのか。ズグロモリモズもいいな。
高専の人達に見つかるのも時間の問題かもしれないが、その時はその時だ。
しかしまぁ、人生って色んなことが起こるんだなぁとつくづく思う。
だから、
「順平かまえ~」「信玄餅食べていい?」
僕と血の繋がりのない双子姉妹が僕の部屋でくつろいでるのも、
その双子の苗字が「吉野」なのも、
別におかしくはないのだ。
……ちょっと無理があるか。
~~~~~~
「きょうのごはんちょっとたくさんだった。」「ね。」
そんな会話をしていた気がする。
夜は好きだ。人のしゃべり声が聞こえないから。
世界に私たち2人だけになったように思えるから。
この時期は丁度いい。程よく涼しく、耳をすませば虫の鳴き声が聞こえる。
真夏は当然暑いが、意外となんとかなる。小屋の中は昼間でも日の光がほとんど差してこず、水さえあれば夜まで我慢できる。まあ、もらえないことの方が多いが。
問題は冬だ。この辺りは雪もかなり積もる。普通に考えて、この服の体裁をなしていない襤褸切れごときでは、全身凍傷まっしぐらだ。もちろん裸足。よく死ななかったと思う。
何故閉じ込められているのか。何故皆は私たちに蔑むような視線を送るのか。
なんとなく分かる。
いつからだろうか。視界に異様なものが見え始めたのは。形や大きさは様々で、何をするでもなくそこにいたかと思えば、人に絡みつき出したり、乗っかったり。
人の頭が齧り取られるのを見たときは心底恐怖した。それからも片足が吹き飛んだやら、目を潰されたやら、そんな話を聞くようになった。結局何人死んだんだっけか。
他の人には見えないらしい。私たちだけに見えるらしい。
そのことが分かった時の大人たちの表情が脳裏にこびりついて離れない。
それからはもう、殴られ、蹴られ、閉じ込められて。食事も一日に一回茶碗一杯の米がもらえるかどうか。
元からそっけなかった親と最後に会ったのはいつだったろうか。
私たちが呼んだのだろうか。私たちのせいなのだろうか。
小屋から出たいかと聞かれれば、頷いただろう。しかし、もう諦めていたのだ。たかだか6、7歳にして、このままそう遠くない内に、誰にも悲しまれることなく、最初から存在しなかったかのように死ぬことを悟っていた。
「「っ!」」
外から足音が近付いてくる。今までこの時間に人が来たことは一回も無かった。
がらがらがら
小屋の扉が開いていく。
2人で息をひそめる。
「うわ、ホントにミミナナじゃん……。んんっ こんばんは!あっやべ声デカかったかな」
~~~~~~
「……」
「「……」」
私達と同い年くらいの少年だった。村では見たことがない顔だ。
「……だれ」
「おっと失礼。僕は吉野順平っていいます!」
「……はさば、ななこ」「……みみこ」
「ですよねえ……ありがとう。じゃあ、早速だけどちょっと質問するね?
ななこちゃん、みみこちゃんたちはさ、
これ、見える?」
彼がそう言うと、彼の頭上に半透明で複数の触手が生えた大きな物体が現れた。
「「ひっ!!」」
私達にしか見えない、他の皆には見えない「あれ」が頭をよぎる。咄嗟に2人で身を寄せ合う。
「ああ、びっくりさせちゃったかな。ごめんね。でも大丈夫。君たちに何かすることは無いよ。名前は澱月。あ、触ってみる?」
彼は優しくそう言い、その「おりづき」を私たちの前に持ってくる。
よく見ると青みがかっていて幻想的だ。目や口らしきものは見当たらない。くらげ、だったか。本で見た生き物がこんなだった気がする。
ただふわふわと浮いている。柵の隙間から恐る恐る手を伸ばす。
「わっ」「……ひんやり」
「気持ちいいでしょ。この時期まだ暑いもんね」
濡れてはいないが、ほどよい冷たさとぷにぷにとしたなめらかな感触が心地よい。
「「……」」
「……」
「「……はっ」」
「ふふ。いいよ触ってて」
つい夢中になってしまった。
「……君たちは、閉じ込められてるってことでいいんだよね?」
「……うん」
「それは、こういう他の皆には見えないものが見えたりするから?」
「……うん」
「じゃあさ、ここを出て、僕と一緒に来ない?」
「っ……だしてくれるの?」
「うん。というか、少なくともここからは無理やりにでも連れ出させてもらうよ。こんな所に長い間いたら病気になっちゃうよ。カビ毒って怖いんだよ~」
「……そのあとは?」
「とりあえず、おいしいものをお腹いっぱい食べてもらいます!そしてお風呂に入って、ふかふかの布団でぐっすり寝てもらいます!これは絶対ね!……あ、そうだ」
彼が近付いてくる。
「「……?」」
「ななこちゃん、でいいかな?ちょっとそのほっぺたのアザ見せて?」
右頬にできた大きなアザ。数日前にできたものだ。
「なに、するの?」
「ちょっと触ってもいい?大丈夫。痛くはしないから」
恐る恐る顔を寄せる。彼の手が柵越しに伸びてくる。
「っ」
指先が触れた。
「……」
「……」
5秒ほど経っただろうか。
「……よし」
「……?」
「どう?まだ痛い?」
「え……あ……いた、く、ない」
「ななこ!きず、なくなってる!」
なかなか痛みが消えなかったアザがきれいさっぱり無くなり、痛みも消えた。信じられない出来事に目を白黒させる。
「よかった。これね、すっごくたまに出来る人がいるんだって」
そんなこと聞いたことも無い。ただ、彼が傷を治したのは事実。
「じゃあ、みみこちゃんも。おでこ見せて」
「う、うん」
こちらは古い切り傷だ。彼が触れること数秒。
「い、いたくない!」
「残りの傷はここを出てから治すから、ちょっと我慢してね。ほら、ずっとここでしゃべってると誰か……『ったくこんな時間に連れ出しやがって……』……言ったそばから」
「「っ!!」」
『いやぁすいやせん……なんか妙な声がしたもんで』
『一人で行け一人で!』
『いやぁそう言われましてもねぇ。最近物騒なことが続いてるじゃあねぇですか』
まずい。人が来ている。
「ひときちゃう!はやくかくれて!」
「……じゃあ、二人は寝たふりしてようか」
この小屋には彼が隠れられるような空間は無い。このままじゃ彼が見つかってしまう。
がららら!!
勢いよく扉が開く。
「……ほら、あのガキだけだ。なんもねえぞ」
「……ほんとですねぇ。聞き間違いでしょうかねぇ」
……見つかっていない?
薄く目を開く。
すると、「おりづき」に全身がすっぽりと包まれた状態で宙に浮いている彼の姿が目に入った。
「(しぃ~~)」
意外と中がはっきり見える。静かにしろ、とのことだ。
「はぁ〜眠い。俺は帰るぞ」
「いやぁすいやせんでしたねぇ」
足音が遠ざかっていく。危機は脱したようだ。
「ふぅ〜。危なかった。さっきのやつ初めてやったんだよね。やっぱり中に入ると見えないんだね」
「じゃあ、そろそろ行っちゃう?」
2人そろって何度も頷く。
「よし!じゃあ決まりだね。澱月〜」
彼が呼ぶと柵に近づき、触手で柵をいとも容易くへし折った。
「ありがとう。あ、ついでに」
立ち上がろうとすると、「おりづき」が近づいてくる。心做しか先ほどより大きくなっている気がする。
「「わっ」」
傘の部分を広げてこちらに向けてきた。
「二名様、ごあんな〜い。ほら、中入っていいよ。」
どうやら乗れということらしい。恐る恐る中に足を踏み入れる。
触ったときにも感じたやわらかい感触が足裏に伝わる。
「わあ……」「……すごい」
私達二人を包み込んだまま浮いている。不思議な高揚感を感じる。
「あ、二人共何か持っていきたい物とかない?というか今更だけど、お母さんとか……」
「ない」「だいじょうぶ」
ここでの思い出なんて無い。私達がいなくなった方が向こうにとっても都合が良いだろう。順平が訪ねてくるが、即答する。
「そっか。じゃあしゅっぱ〜つ!」
「「わあ!」」
ふわりと浮かび上がった。澱月の中でしゃがみながら、順平を見下ろせるほど。
こんなにわくわくするのはいつぶりだろう。
空を見上げる。満月だ。月を見るのは好きだったが、今日はいつもより輝いて見える。
ちゅうしゅうのめいげつ?だからか、あるいは。
〜〜〜〜〜〜
「あら順平。どこいって・・・た・・・」
「虐待されてた双子姉妹拾った!」
「????」
……まぁ、こうなるよね。
〜〜〜〜〜〜
懐かしい夢を見た。あ、今の物語の導入っぽい。
5時か。今日は日曜。よし、二度寝コースだ。
その前に。
「すう……すう……」
「……んふふ」
相変わらず可愛い顔をしている。さっきショタ平を見たので成長を堪能できる。
得した気分だ。
後から聞いたことだが、彼はあの場所の近くにお母さんと二人で旅行に来ていたらしい。なんでも、あの辺りにしかいない虫がいて、泊まっていたお宿が丁度あの村の近くだったとか。
なんという偶然。虫さんありがとう。
昨日は二人でごねて結局一緒に寝ることになったんだっけか。いやぁしょうがないよね。心配かける方が悪いよね。頭では分かっていても、心では、というやつだ。
彼の左腕を抱き寄せる。多分右側でも同じことをされているのだろう。
お母さんも言っていたが、全く罪な男である。責任取れこのやろー。
……真面目な話、妹分としてしか見られていない節がある。確かに、戸籍上は妹だけども。
一緒に暮らし始めて10年ちょっと。小学生のときなんかずっとくっついてた。慣れてしまうのも仕方ないと言えば仕方ない。
こんなに一緒にいるのにラッキースケベ的な展開が全く無いのも由々しき事態だ。
もっとさ、こう、なんかあるでしょ!
「順平じゃないと、やだよ?」
耳元で囁く。あわよくばこれでそーゆー夢でも見てほしい。そして意識しろ。
ほどなくして眠気がやってくる。彼の腕を抱き寄せ、さらに身体を密着させる。
……
ああ〜やばい。多幸感がすごい。良い夢が見られそう。いや、さっきの続きかな?まあそれも良い夢か。
「だいすき」
順平「澱月で遊んでて5,6回死にかけたら反転術式できるようになったとか言えない……」