くれぐれも皆様はオリ主君の真似はしないように…。
4月末。気温が上がり始め、夏日に迫ろうかという日も出てくる頃。
「お、この辺だ」
自宅から電車とバスを乗り継ぎ2時間弱。やってきたのは、埼玉県のとある山間の水田地帯。
「え〜っと。確か浅い池が何個かあるのは…こっちか」
スマホ片手に目星を付けた場所まで歩いていく。
いやしかし、里山という言葉がよく似合う場所だ。特に保護活動などがなされていない場所で、こんなにも風情のある環境が現代に残っていたなんて。
「うわ、この水路ヤバいでしょ…」
田舎でも今時珍しい素掘りの用水路である。緩やかな流れに揺蕩っている黄緑色の細長い葉はミクリの仲間のものだろう。ナガエミクリ辺りだろうか。全国的に数を減らしている抽水植物である。
「どれだけ探してもオオカナダモがいない…まず帰化植物がいない…やば…」
さて、とんでもなく良い環境なのは分かった。今回の標的への期待が高まる。
「うわ、サワオグルマめっちゃ生えてる」
「カキツバタだ。ちょっと早いかな」
「おお!これコイヌガラシってやつじゃない?」
「あのハンノキ葉っぱの形が……もしかしてサクラバ?」
水田の周辺や林縁を歩くと、里山という環境を象徴するような湿地性の植物が出迎える。サワオグルマ、カキツバタ、コイヌガラシは埼玉県のレッドリスト(2011)の掲載種であり、特にカキツバタとコイヌガラシは環境省のレッドリストで準絶滅危惧にランク付けられている。ハンノキも、サクラバハンノキであれば環境省の準絶滅危惧だ。
そして極めつけは
「うわーー!!サワトラノオじゃん!!すご!!」
サワトラノオ。サクラソウ科の湿生植物で、白い小さな花を多数付けた太い花穂が直立していることが特徴。
環境省の絶滅危惧ⅠB類で、埼玉県の絶滅危惧ⅠA類選定種。加えて、埼玉県の県内希少野生動植物種に指定されており、無許可での採取が禁止されている種である。要するに滅茶苦茶珍しい植物だ。
「まずい。楽しすぎる。これ本命より嬉しいかも」
到着して早くも3時間が経過。他の珍しい植物に目移りしてしまい、未だに目的の場所にすらたどり着けない。
「これは時期を変えてまた来よう。夏とかすごいでしょ」
その後も様々な植物に気を取られながら歩き続けること数十分。
「お、これが一つ目の池かな?」
ようやく目的の場所にたどりついた。イネ科やカヤツリグサ科の抽水植物が多く生えた、水深の浅い池である。林縁の外側に位置しており、日当たりの良い環境だ。
「さーて、いるかなー?」
しゃがみ込み、水際に生えた植物達を片っ端から見ていく。
「……これ」
本命のものを見つけたのだろうか。小さな茂みに手を伸ばし、何かをつまみ、引き抜いた。葉をちぎり、匂いを嗅いでいる。
「うん、セリだね。さあ、ここからが大変だ」
見つけたのは、セリ科セリ属のセリ。国内全域の水田や河川敷などの湿った地面に生える植物だ。春の七草の一つで、食用として栽培もされている。葉や茎に爽やかな特有の香りがあり、香草としても用いられる。
ここはどうやらかなり大きなセリの群落になっているようだ。市街地でも普通に見られる種なので、これだけ環境が良い場所ならなおさらだろう。
時期的に若葉であるセリの群落を眺める。
「まぁ、群落の中にいることはないのかな?」
少し池の周囲を歩き、セリ群落から外れた所を注意深く見ていく。
「う~~ん……お?」
群落の外側、まばらになり始めたセリの葉の上にオレンジ色の物体が乗っている。
「……。…っ!これ!オナガカツオゾウムシ!やっぱりいるじゃん!!」
オナガカツオゾウムシ。湿地に生息し、セリ科のある特定の植物を専門に食べるゾウムシの一種だ。局地的な分布を示し、食草を見つけられなければ狙えない珍種である。
「これがいるということは、だよ?いるでしょホスト!」
そう、今回の狙いはこの虫が餌としている植物である。俄然期待が高まる。とはいえセリを食べている例も確認されているため、この大量にあるセリから発生したという可能性も否めないが…。
「?これは……ちょっと大きくないか?」
一見すると辺りに大量にあるただのセリである。しかし何か違和感があったのか、つまんで、引き抜……
けなかった。
「きた!こいつだ!」
すぐさまリュックから小型のスコップを取り出し、その植物の根元を掘り出す。
「あったあった!地下茎!」
傷つけないように慎重に掘っていく。若葉からは想像出来ないほど地下部分が大きいため中々掘り出せない。
苦戦すること数分。ついに全貌が地上に出てきた。
「よぉーーし!これ絶対そうだね!うん、匂いも違う!」
「あ、素手で触るのも良くないんだっけ」
~~~~~~
ドクゼリ、という植物がいる。
国内全域に広く分布する湿地性のセリ科の多年草だ。花期は夏で、複散形花序に多数の小さな白い花をつける。「オオゼリ」という別名があるように、成長すると高さが1m近くなることも特徴だ。
所属する科や見た目からも分かる通り、セリと見た目がよく似ている。特に春先に見られる若葉の形状は瓜二つであるが、実際にはドクゼリはドクゼリ属に分類され、地下部に太い塊根をつくることや、葉や茎からセリ特有の香りがしないことなどで見分けることができる。
前述の通り河川敷や池の水際などの湿地に生息する植物であるが、近年、良好な湿地環境の減少により全国的に生息数を減らしている。現在19の都道府県でレッドリストに掲載されており、地域によっては絶滅判定がなされている場合もある。
そんなドクゼリ。名前を見れば分かる通り、毒草である。
それも国内トップクラスで、「日本三大有毒植物」の一角に名を連ねる猛毒種である。
保有する主な毒成分はシクトキシンC17H22O2。
全草有毒であるが塊根が最も濃度が高く、誤食するとシクトキシンが延髄や中脳を刺激し、食後30分以内に嘔吐や痙攣、精神錯乱、呼吸困難などを引き起こす。シクトキシンのヒトの致死量は50mg/kgであり、部位にもよるが、ドクゼリ5g以上の摂取で死に至る可能性がある。
また、シクトキシンは消化管からだけでなく皮膚からもされることが知られており、かゆみ止めとして本種の塊根の汁を患部に塗り、死亡した例も報告されている。
シクトキシンは科学的に不安定であるため、このシクトキシンだけで考えれば加熱調理をすれば無毒化できる可能性もある。しかし、本種にはシクトキシン以外にも科学的に安定していて、かつ毒性のあるアルコール類が含まれているため、生食、火食問わず摂取は避けるべきだ。
しかし、見た目が似ていて、しかも同様の環境に生えるセリとの誤認や、塊根をワサビと誤認することによる食中毒事故が、頻度は少ないものの起きている。最近では2013年に新潟県の飲食店で職員の男女4人で本種による集団食中毒が発生、内1人が重症となるという事故が起きた。
今となってはかなりの希少種であるため遭遇する可能性は低いが、見分けが付きにくい時期にセリを採集する際には、塊根や匂いの有無の確認を行うことが重要だろう。
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「よく見ると、セリとは形が違う気もしてくる…かも?。なんというか、葉っぱがスラっとしてる?あとは全体的におっきいよね」
掘り出したドクゼリを観察する。若葉であるため違いが分かりにくい。これは誤食事故が起こる訳だ。
「でも、匂いはセリとは全然違うね。だいぶ弱いし。あれ、シクトキシンの単体はニンジンみたいな匂いがするんだっけ?いやニンジンもセリ科だから似たような匂いしそうだけど…」
汁を絞ってみたい衝動に駆られるが、今は我慢。
観察と写真撮影を終え、ドクゼリを密閉袋に入れる。
「……と、いうことはだよ?」
先ほどドクゼリを掘り出した付近に生えているセリらしきものをつまんで軽く引っ張ると……。
「やっぱりだ。セリより深い場所に群生するっていうのは本当っぽいね。ここからこっち側は全部ドクゼリか」
2株目、そしてそれに引き続きドクゼリの群落を発見。とても分かりづらいが、セリとドクゼリの群落が隣り合っている。
「まぁ持って帰るのはこの一株だけでいいかな」
全国的な希少種である。一か所から大量に採取するのは避けたいところ。
「いや〜ほんと来てよかった!次は花を見たいね。7月かな。というか三大毒草がこの場所だけでコンプリートできそう」
この場所は林と湿地が隣接している。日本三大有毒植物の残りの2種もこのような里山的環境を好むのだ。
「どうか工事とかありませんように……。どこかに報告しようかな。サワトラノオとかもしかしなくても市初記録あり得るよ。ここ別に保護区とかじゃないもん」
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「ただいま~」「「おかえり~」」
午後4時、帰宅。
「おみやげ!」
「ありませーん」
「そんなぁ~」
バイトもしていない高校生なのだ。毎週末のように遠出するのに、それに加えて毎回お土産も買ってきていたら金欠まっしぐらだ。確かに駅で見た十万石まんじゅうに惹かれはしたが。
キッチンに立ち、今回の食材を並べる。密閉袋が二つあるようだが…。
「やっぱり食べ比べしたいよね」
ドクゼリと、もう一袋は普通のセリのようだ。確かに見た目で区別がしにくい2種類、味でも区別出来るのかは気になるところ。
「せりご飯は味の違いが分かりにくそうだし……。ここは素直におひたしでいこう」
それぞれ根を落としてから洗う。
二つの鍋で湯を沸かし、塩を少量入れ、10秒ほど茹でるたらざるに上げて冷水で冷ます。この際、茹ですぎると香りが飛ぶので注意。
さらにもう一つ鍋を用意し、漬け汁を作っていく。醤油と味醂を小さじ一杯ずつ、水を大さじ2杯入れ、ひと煮立ちしてからポン酢を入れる。これは母親に教わったものだ。
漬け汁完成。器に移し冷ましておく。
冷ましたセリとドクゼリの水気を切り、5㎝ほどに切る。バットに並べ、漬け汁を注ぐ。冷蔵庫で20分ほど漬ければ完成だ。
「よし。あとは待つだけ~」
(順平キッチンめっちゃ似合うよね)
(わかる。エプロンかわいい)
(後ろからぎゅってしたい)
(それで「こら。包丁持ってるから危ないよ」って言われたい)
さて。
「これ、どうしよう……」
おひたしには向かないだろうと思い取っておいたドクゼリの塊根である。ちょっとワサビっぽい。せっかくだから食べてみたいが…。
とりあえず縦半分に切ってみる。中には節があり、タケノコのようだ。
「まぁ半分は澱月にあげるとして…。生ですっておひたしに添えるか」
よりによって一番やっちゃいけない食べ方で食べようとしている。もはや不謹慎まである。
そうこうしているうちに20分が経過。冷蔵庫からバットを取り出し、二種別々に皿に盛りつける。
セリとドクゼリのおひたし 〜すりドクゼリ塊根を添えて〜、完成。
「いただきます」
まずはセリから。
ぱく
「おお!香りすごい!食感も良いね。我ながら良い出来だ」
さすが奈良時代から食べられているだけある。上品で、かつしっかりとした香りが口に広がる。
「一人だけおいしそうなもの食べてやがりますよ美々子さん」
「許せませんね菜々子さん」
「……食べる?」
「食べる!」
「こっちだけだよ。はい、あーん」
「あむ。…。…え、おいし」
「私も」
「あーん」
「…。…これもうお店で出せるよ」
「あらありがとう。やったね」
「順平は良いお嫁さんになるね」
「ね」
「ありが……うん?、おかしくなかった?ねぇ?ちょ、待っ…」
「……」
……気を取り直して。
「よし。ドクゼリ食べよう。いただきます。」
セリとの比較がしたいため、まずはそのまま。
ぱく
「……うん?……うん」
「…味が、薄い、のか?」
先にセリを食べたからだろうか。生で嗅いだときも匂いは控えめだったが、それにしたって薄味だ。良く言えば癖が無い。悪く言えば無個性。とても人を殺せる程の毒草を食べているとは思えない程の刺激の無さ。
「強いて言えば、良く分かんないハーブ的な香りを感じる。ディルとかこんなじゃなかったっけ?」
今度はすった生のドクゼリを付けて食べてみる。
「…。お?ちょっと香りが強い。生だしすったから当然か」
「あ~。セロリっぽくてちょっと甘いって、確かにそうかも。セリとは全く違うな。ワサビみたいな辛味も無いし。というか、シクトキシンのニンジンのような香りって、結局これなのかな?」
火を通していないため香りは少し強くなったが、やはり主張が弱い。海外のサイトで塊根はセロリのような香りとほんのり甘い味がすると書いてあるものがあったが、なるほどと思う。セロリもセリ科。似た香りでも不思議ではない。
「いやこれはびっくり。総じての評価としては、適した調理法なら美味しく食べられちゃいそう、ってところかな。お店でセリとして出されても、味付けがちゃんとしてれば気付かず食べちゃうかも。セリを食べたことが無い人とか特に」
過去の事例を調べていて、違和感があり吐き出したなど、食べる直前で気付いたというような例が無かったことが気になっていたが、なるほどそういうことか。
どんどん食べ進めていく。ドクゼリは一株だけだったため、難無く完食。
「ごちそうさまでした」
ありがとうドクゼリ!
~~~~~~
~後片付け中~
「あ、順平〜?セリ採ってきたんよね?」
「あ、母さん。うん、そこそこ残ってるかな」
「今日鍋だから入れるか!」
「お、やった」
「…やっぱりあんたキッチン似合うね」
「母さんは…どちらかと言うと似合わない?」
「特に野菜ね。ネギとか」
「料理は美味しいのになぁ」
「褒めても何も出ないぞ~」
セリ鍋は、言うまでもなく美味しかった。
ドクゼリの食レポぐらい世の変態さんたちが出してるだろうと思ったのですが…海外の方で辛うじていらっしゃるだけでしたね。
ちょっとだけ情報の精度に不安があったので、ドクゼリ、食べてみました。丁度近所に生えてる所があるんですよね。
葉っぱを一枚だけ頂戴しておひたしです。念には念を入れて30秒茹でて、味わってから飲み込まずに捨てました。味は、まあ書いた通りです。ぶっちゃけ海外のサイトの情報だけで良かった気も…。
食べてから3週間経過しておりますが、私は元気です。