前世有毒生物オタク、吉野順平になる   作:みくくく

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お、お久しぶりです……。
色々立て込んでましたが、元気です。ピンピンしてます。
評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます。


アンボイナ

 

 

 

 

沖縄旅行二日目の朝。

 

 

ホテルの朝食ビュッフェでブランド牛である「もとぶ牛」のステーキを堪能した後、やってきたのはとある砂浜。

 

今日はここで海水浴だ。

 

複数の旅行サイトでおすすめとして紹介されていた場所である。白い。とにかく白い。今日の強い日差しもあって、まともに直視できない程眩しい。

 

「しっっっろ!そして海あっっっお!」

 

「うちの近所とは全然違うね…」

 

「いや~こりゃ、すごいな」

 

気温は26℃と、絶好の海水浴日和だ。観光客らしき姿もちらほら見受けられる。

 

 

そんな楽し気な雰囲気の中、明らかに他の3人と目線が異なる男が一人。

 

「……順平?おーい」

 

「…うん?」

 

「今なんて考えてた?」

 

「いや…あそこの岩場良いなーって…」

 

「ダメでーす!今日はこっち!」

 

「うぅ…はーい」

 

ずっと誰もいない岩場を見つめていた吉野。しかし彼は良識あるオタク。自分の趣味以外のことに時間を使わなくてはという気持ちはあるのである。

 

よってこの時間は生き物探しはお休み。妹達の気持ちを汲み取ってあげよう。

 

「ちなみに……その……」

 

「えっと……」

 

「?」

 

 

「水着……どう……かな……」

 

「……」

 

「「……」」

 

「日焼け止め塗った?」

 

「「塗った」」

 

汲み取ってあげよう?

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

少し沖合のサンゴ礁付近まで行って魚を見たり、母親、凪の圧倒的コミュ力で知り合った他の海水浴客とビーチバレーをしたりと、はしゃぎにはしゃいでもう昼前。

 

全員、少々疲れも出始めてきた頃。4人は波打ち際で打ち上がった貝殻やサンゴの欠片を拾っていた。所謂ビーチコーミングという行為だ。

 

なお、沖縄県では沖縄県漁業調整規則及び漁業法により、海岸での砂やサンゴの欠片、貝殻の持ち帰りは禁止されている。拾い集めても、写真を撮るなどに留め、持ち帰らないようにしよう。

 

 

「あ、ヤドカリ」

 

「オカヤドカリの仲間だね。ナキオカヤドカリかな?」

 

「へぇ~」

 

「触っちゃダメだよ」

 

「え!」

 

「あ、知ってる。逮捕されるんだっけ」

 

沖縄を始めとした南西諸島には、かなりの数のオカヤドカリの仲間が生息している。その可愛らしい見た目からペットとしての流通もしており、見つけたら捕まえたくなるかもしれない。

 

しかし日本国内に分布するオカヤドカリの仲間全7種は、全て国の天然記念物に指定されており、無許可での採集が禁止されている。最近では外国人が無許可で販売目的に大量に採集し、逮捕されるという事件もあった。

 

今回見つけたナキオカヤドカリはこの仲間の中でも比較的小型の種で、海沿いの砂浜や海岸林に生息しており、県内で最も簡単に見られる種の一つだ。

 

 

「お、ホシダカラだ」

 

「すごいつやつや」

 

 

「ホネガイだ!カッコいい!」

 

「トゲやば!」

 

 

「順平~。これなに~」

 

「うん?…ガンゼキボラじゃん!」

 

 

さすが南国。貝の形や色まで凄まじい。

 

 

「……なにこれ?」

 

「……ひらがなの『と』だね…」

 

「『と』が落ちてるってなに?」

 

 

 

「わわっ!これ!昔のお金じゃない!?」

 

「教科書で見るやつ!なんだっけ?かんえーつーほー、だっけ」

 

「寛永通宝!すごいね。ていうかまだ文字読めるじゃん」

 

「これすごいんじゃない?」

 

「これは持って帰って良いでしょ」

 

 

 

「うわ!すごい『いかにも』な瓶!なんか紙入ってるし!」

 

「めっちゃエモいな。ボトルメールって言うんだっけ。こういうのホントにあるんだ…」

 

「開けてやろ~」

 

 

「どれどれ…『たまねぎ、じゃがいも、にんじん』……」

 

「カレーじゃん」

 

「肉じゃがかも」

 

「ぶふっwwあっははwwwなんでwww」

 

「なんっでだよ!なにを海に流してんだよ!」

 

「買ってきて欲しかったのかな?」

 

「ヤバいwwwツボったwwww」

 

「お母さんのゲラが発動した」

 

 

時折妙な漂着物が拾えるのもビーチコーミングの醍醐味と言えるだろう。

 

 

 

歩いていくと、ちょっとした岩場に差し掛かる。

 

「順平こういうところ好きでしょ」

 

「5分で良いから見させて……」

 

「しょ~がないなぁ~」

 

 

 

「んー?」

 

 

ここで菜々子、何かを見つけた。

 

「順平ー?なんか、貝?みたいなのいる」

 

「はーい」

 

 

大きさは10㎝以上あり、そこそこ大きく感じる。巻貝だろうか。茶色くて一見地味だが、良く見ると細かい白色の三角形が散りばめられており、中々綺麗だ。

 

岩の窪みに丁度嵌まっている。どうせ順平が見に来るだろうから、引っこ抜いておこ――――

 

 

 

 

「触っちゃダメ!!!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

アンボイナ、という貝がいる。

 

イモガイ科に属する巻貝で、巻き(螺塔)は低く、角張った肩と、そこに並ぶ複数の小さな角状の突起が特徴だ。殻の模様には個体差があるが、概ね褐色地に小さな白い三角形の斑紋が不均等に散らばるものが多い。殻高は10㎝以上になり、この仲間では大型の種である。

 

インド太平洋周辺の熱帯域に分布し、和名も、本種が多産するとされるインドネシアのアンボン島に由来している。日本では伊豆諸島以南で見られるが、琉球列島周辺に多く、潮間帯から水深30m程までの浅い海の、サンゴ礁や岩場混じりの砂地に生息する。夜行性で、昼間は砂に潜ったり岩やサンゴの隙間に身を隠している。

 

本種に限らず、イモガイ科の貝は全種が肉食性で、食性により、魚食性(魚など脊椎動物)、虫食性(ゴカイなど環形動物)、貝食性(貝など軟体動物)に分けられる。その中でもアンボイナは魚食性だ。

 

 

いかにも動きの遅そうな巻貝が、どうやって魚を捕らえるのか。

 

 

巻貝にはしばしば長い吻を持つ種がいるが、イモガイの仲間はその吻の中から、歯舌というヒトの歯にあたる器官を餌生物や外敵に向かって高速で撃ち出すことが出来るのだ。

イモガイの仲間の歯舌を特に矢舌と呼ぶ。長さは数mmから1cm、太さは0.2mm程で、先端に返しが付いた銛のような形をしており、刺さると抜けにくい。

 

 

そしてこの矢舌、神経毒の詰まった毒球に繋がっている。

 

 

捕食性のイモガイの仲間が保有する毒素の一つに、コノトキシンというものがある。11個から30個のアミノ酸が鎖状に繋がった多数のペプチドの混合物だ。効果としてはカルシウムチャネルを塞いで神経の伝達を阻害するというもので、これにより獲物を麻痺させる。LD50は0.005〜0.025mg/kg程だ。

 

現在、作用部位の異なる数百種類が発見されており、イモガイの種によってその構成や比率は異なるという。

 

そんな猛毒コノトキシンだが、モルヒネの100倍から1000倍もの鎮痛効果があると言われ、2005年から鎮痛剤として使用されていたりもする。アメリカの連邦食品医薬品局が2004年に承認したコノトキシン由来の鎮痛剤ジコノタイドは、モルヒネ耐性が出来た患者への投与で、疼痛に対して効果が確認されているとのことだ。

 

 

そしてアンボイナはこれに加えて、他のイモガイの仲間、ひいては他のあらゆる生物にも見られないとある「毒」を保有している。

 

 

その「毒」とは、インスリンの一種を主成分としたものである。

 

 

インスリン。ヒトでは膵臓のランゲルハンス島β細胞で作られる、血糖値を下げるペプチドホルモン。

多くの生物が生きていくのに欠かせないこの物質を、アンボイナは毒として用いるのだ。

 

用いられるインスリンは、魚類の持つインスリンから様々な効能を削ぎ落し、低血糖の誘導に特化させたものであることが判明している。

 

この殺意マシマシな魔改造インスリンを主成分とし、その他複数の、獲物を昏睡状態に陥らせる働きを持った化合物(コナントキンというペプチドの一群)を含んだ混合毒には、「ニルヴァーナ・カバル」という、なんとも異能バトルの技名みたいな名前が付いている。

 

 

要するにアンボイナは、複数種のコノトキシンと、混合毒のニルヴァーナ・カバルをさらに混ぜ合わせた毒液という、神経毒ペプチドをこれでもかと盛り込んだ毒を用いるのだ。

 

そのため刺されると、麻痺やそれに伴う呼吸困難という典型的な神経毒症状を筆頭に、嘔吐、眩暈、血圧低下などの症状が現れる。

 

気になる致死量についてだが、先程、コノトキシンのLD50は0.005mg/kg〜0.025mg/kgであると述べた。これだけでも前回のオニダルマオコゼの10倍以上強力だ。

しかしこれにニルヴァーナ・カバルが加わり「アンボイナの毒液」となると、LD50は驚異の0.001〜0.003mg/kg。

 

さらに恐ろしいことに、アンボイナが一本の矢舌に充填出来る毒液、つまり一刺しで獲物に注入することが出来る毒液の量はなんと0.06〜0.2mg。LD50の60〜200倍である。計算によればこれはヒトのLD80以上に相当する量だという。絶対に殺すという強い意志を感じる。

 

さらにさらに恐ろしいことに、刺される際の痛みがとても小さいのだ。それもそのはず、先にも述べたが矢舌の太さは0.2mm。毒も激痛を発生させるようなものでは無いため、刺されたことに気付かず症状が進行してしまう可能性が高い。刺された後20分程で症状が出始め、死亡例は40分〜5時間の内に発生している。

 

刺されたことに気付けた場合は、傷口から毒液を吸いだすことや、患部より心臓に近い箇所を紐などで縛ることも効果がある。ちなみに血清は存在しないため、人工呼吸器による補助を受け、専ら毒が代謝されるのを待つ対処療法を行うことになる。

 

日本国内で確認されているアンボイナによる刺症例は27件、その内死亡例は8件である。最後に刺症例が確認されたのが1996年と、ここ最近は発生していないとされる。しかし、南西諸島近海での海水浴やダイビング中の水死事故の中には、本種やオニダルマオコゼなどを始めとした有毒生物が原因のものも含まれているという推測もあるため、いずれにしろ注意が必要である。

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

菜々子は思う。普段温厚な人が突然鬼気迫る表情で大声出すと怖いなあ、と。

 

ただならぬ雰囲気に、3人の間に緊張が走る。

 

 

「大丈夫!?触ってない!?」

 

「う、うん」

 

「良かった〜。肝が冷えたよ〜。あ、念のため皆水から出ようか。それと母さん。車の鍵貸して」

 

凪から車の鍵を受け取り、車からバケツと火ばさみを持ってきた。

 

 

「うわ~~アンボイナだ。すご。まじか。あ、言ってなかったけどこれ毒持ちね。それも超ヤバいやつ」

 

事態が飲み込めていない3人に対して簡単に説明する。

 

 

「こっっっっわ!!普通に鷲掴みしようとしてたんだけど!!」

 

「順平いなかったら菜々子死んでんじゃん」

 

「ファインプレーすぎる……」

 

 

「いや~それほどでも」

 

3人の反応を背中で受け止めながらも、目線はアンボイナから離さない。何せ昔から図鑑で見てきた憧れの存在である。シャッターを切る手がまるで止まらない。

 

 

「この白い三角がいっぱい並んでるの、めっちゃお洒落だな」

 

「おー!吻伸ばした!いいねいいね」

 

「ああ腹足!良い!かっこいい!」

 

 

「出た順平の限界オタクモード」

 

「目がね。ヤバいよね」

 

「声が上擦る感じね。スイッチ入ったね」

 

若干引いている女性陣。

 

 

 

「やっぱり昼間だから元気無いな……。よし。待たせてごめんね」

 

 

「う、うん……。……順平?なんでバケツに水汲んでんの?」

 

「え?いや」

 

 

がしっ

 

 

 

ぼちゃんっ がこん

 

 

 

「持って帰るし」

 

「そんなこったろうと思ったよ!!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

ビーチの近くのソーキそば屋で昼食をとった後、一旦ホテルに戻ることに。

 

「いってらっしゃーい。お土産よろしく!」

 

3人は本部町のお隣の名護市に向かうらしい。なんでも、パイナップルのテーマパークがあるそうだ。

 

 

 

さて。

 

 

 

「おー。元気」

 

生きたまま持ち帰ったアンボイナ。バケツに蓋をして暗くしていたせいか、元気に這い回っている。しかしこうして見ると、腹足がかなり大きい。よくこれが殻に入り切るものだ。

 

殻を軽くつつき、軟体を収納させ、まな板に置いてよく観察してみる。イモガイの仲間というだけあって、殻口がとても狭い。そのため軟体が収納されると外から見えなくなり、「身無し貝」という別名が付いた。イモガイの仲間にしばしば「〇〇ミナシ」という和名の種がいるのはそのためである。

 

殻口を見た吉野、ふと思う。

 

「身、上手く出せるかな……」

 

サザエなどは生きたまま身を取り出すことも出来るが、殻の形がまるきり異なるアンボイナ。

 

「加熱はなあ…。お刺身食べたいし、毒ももしかしたら変性しちゃうかも?ペプチドだし大丈夫だと思いたいけど…」

 

殻を割ることも考えたが、これだけ立派な個体であるため、綺麗に残したいところ。

 

「まあ、頑張るか!」

 

 

 

細部の観察を終え、いよいよ調理に移る。まずは軟体を取り出さないことには何も始まらないが、果たして。

 

先の尖った長めのピンセットを右手に、左手にアンボイナを持つ。そのまま海水の入ったバケツに両手を入れ、軟体が出てくるのを待つ。

 

 

じっと待つこと3分。恐る恐るといった感じで、少しずつ軟体を伸ばしてきた。

 

「吻伸ばすなよ…」

 

殻頂を手前に向けて持っているため、軟体は奥に向かって伸びている。慎重にピンセットを近付け……

 

 

ぶすり

 

 

十分に伸びきったところで、内臓が位置していないであろう、腹足の後方に深く突き刺す。

 

「よし」

 

そのまま勢いに任せて殻を回転させ、身を引き出『ちくっ』―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

左手、親指の付け根。

 

 

 

「……ははっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アンボイナ肉抜きRTA、はーじまーるよー」

 

最速は無理でも、40分は切りたいですねー。

 

 

(……じゃなくて、刺された。刺された刺された刺された。アンボイナに刺された。すごい。全然痛くなかった。海で刺されたら気付けないかも。でも鋭い感じはクラゲっぽかったな。どのくらいで症状が出るんだろう?平均は20分だったか。ていうかどのくらい注入されたんだろう?充填式だから刺さってる時間が長い程注入量増えるよね。割とすぐ抜いたつもりだけど返し付いてるから絶対ちぎれて残ってるよね。充填量が全部入ったと見ていいでしょ。そして最初の症状は何だ?めまい?喉の渇き?呼吸困難?人によって違ったりする?

 

 

 

 

応急処置は

 

 

 

 

 

しなくていいか)

 

 

「すぐに死ぬ訳じゃない。身を出して、毒のある部位取って、澱月にあげる。よし」

 

一瞬の隙をついて軟体が殻の中に引っ込んでしまったが、まだピンセットは刺さっている。本当なら刺した勢いで引きずり出したかったが、作戦変更だ。

 

持ってきていたドライバーセットからキリを取り出し、殻頂付近に直径2mm程の穴を複数開ける。水道に持っていき、蛇口から水を出して穴に水が入るようにする。

 

このまま軟体を引っ張れば……。

 

……ダメだ。抜けない。

 

 

一旦アンボイナを手放し、部屋のゴミ箱を漁る。あった。朝食時に誰かが飲んだドリンクに付いていたプラスチック製のストロー。どうせポリプロピレンだろう。

 

鞄からライターを取り出し、ストローの真ん中に火を数秒程近づける。柔らかくなったのを確認して、引き延ばす。細さ1mm程になった部分をハサミで切れば、即席のアタッチメントの完成。試しに先ほど殻頂に開けた穴に通してみる。完璧である。

 

口に水を多めに含み、そのままストローの太い方を咥える。細くした方を殻頂の穴に入れ、口内の水を強く吹き出しながら、ピンセットを捻って引っ張り―――――

 

 

ずるっ ずるずるずるっ

 

 

「ぷはっ。げぇっほげっほ。ん゛んっ。あー。よし」

 

ようやく殻から軟体を引き摺り出すことに成功。しかしまだ安心は出来ない。ここから有毒な部位を取り外す作業に入る。

 

この時点で刺されてから10分が経過。先程から感じる眩暈と息苦しさは気のせいだと思いたい。ちなみに左手はとっくのとうに使い物にならなくなっている。

 

小型のハサミに持ち替え、軟体を注意深く見ていく。

 

「これが、吻鞘」

 

吻鞘。その名の通り、矢舌を撃ち出す吻を覆うように存在するラッパ状の膜だ。イモガイの仲間はこれを広げ、毒で弱らせた獲物を丸呑みにする。

 

吻鞘を切り開くと、吻の全体が見えてきた。さらにそのまま表面の薄い膜を切っていくと、様々な内臓類が露になる。

 

先程からもう誤魔化しようが無い程視界が揺れている。ここからが重要な所なのでなんとか持ちこたえて欲しいが。

 

 

「これ、が、歯舌嚢。ひゅっ。はぁっ。えっと、毒球は……。……あ、った」

 

黄色がかった細長い袋は、複数の矢舌が収納された歯舌嚢。そしてそこから細長い毒管が伸び、奥にある白く大きな毒球に繋がっている。

 

なんとか毒関係の器官一式が発見出来た。破れて中身が出ないように丁寧に切り離す。ついでに唾液腺らしき部分や中腸腺も取り外し……

 

 

「澱月!!」

 

タイマーストップ。記録、28分42秒。

 

「……はぁ゛っ。はぁ゛っ。…げほっ。ひゅ゛ーっ。ははっ。やっば……」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「いや〜凄かったね。まさかあれだけの時間であの症状とは」

 

 

とん、とん、とん

 

 

「真核生物最強格は伊達じゃないね。手を刺された場合は…致死率83%か。あの症状で17%に入れる気がしない…」

 

 

とん、とん

 

 

「そういや反転利かなかったな。ある程度は構造把握してるつもりだったんだけどなー。ペプチドの組成も覚えないとダメな感じ?誰も知らないよそんなの」

 

 

 

「でーきた」

 

 

まな板の上に、様々な大きさの茶色く薄い物体が並んでいる。アンボイナの成れの果てである。

 

大きな腹足は短冊切りに、殻口辺りの厚い部分は薄造りに、そして肝の部分は一口サイズに。最後に、薄い吻鞘は縦に半分に切って広げる。綺麗な扇形だ。

 

部位ごとに小皿に盛り付ける。その辺からちぎってきたニシヨモギも添えて、

 

アンボイナの刺身、完成。

 

「割と量が出来たね。いただきます!」

 

沖縄ならではの塩醤油を付けて頂く。まずは腹足から。

 

 

ぱく

 

 

「ん!ふんふん。食感いいね!あと、ちょっと甘い?」

 

貝の刺身と言えばしっかりとした歯ごたえがあるものが多いが、アンボイナはどちらかというと柔らかめで、どこか粘性を感じる。くにくに、といったところだろうか。

そして、ほんのりとした甘味。薄口の塩醤油との相性が抜群だ。

 

「次は……この厚いところ」

 

 

ぱく

 

 

「おー。なるほど。こっちの方が貝っぽいね。なんだろ。バテイラとか似てるかな?」

 

腹足よりは歯ごたえがあり、回転寿司で食べる巻貝類らしい食感だ。もう少し厚く切っていると食べにくかっただろう。

 

続いて、生殖腺やら消化器官やらがつまった肝に手を付ける。色は割と薄いが、果たして。

 

 

ぱく

 

 

「……。ん。んん。苦…っていうか、えぐい?」

 

食べられない程ではないが、しっかりと主張してくるえぐ味。サザエでは色が白いと雄で濃厚な旨味、緑や黒だと雌で苦味があると言うが、吉野は両方美味しく食べられる人間だ。しかしこのアンボイナの肝、妙に美味しくない。旨味も全くと言っていい程感じられない。

 

「時期にもよるのかな……。この子は雌だったんだよね。あとは、食性?」

 

まあこれも、新たな知見を得られたということで。最後に、気になる吻鞘だ。

 

 

ぱく

 

 

「!!なるほど!食感!もっと柔らかいのか」

 

一噛みして分かった、不思議としか言いようがない食感。最初に食べた腹足をさらに柔らかくしたようで、しかし歯切れが良い。むちむち、とでも表現しようか。他に似た食べ物が思い浮かばない、なんとも面白い食感である。

 

「そしてやっぱり甘いね。これは美味しい貝だ」

 

肝の色の付いた部分を除けば、どの部位も中々に美味しく食べられる貝だろう。

 

「というか、塩醤油が美味しい。え、買って帰ろ」

 

ものの数分で完食。もちろん肝も残さない。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

 

「19、20、21……22本か」

 

ピンセットを持ち、まな板の上を凝視する吉野。数えているのは、先程アンボイナから取り外した歯舌嚢、その中に入っている矢舌である。

 

その一本をピンセットで摘まみ上げる。

 

「いや~ほっそいね。これは痛くない訳だ」

 

魚の小骨のような質感で、先端は尖り、返しが付いている。

 

 

 

 

 

「せっかくだし右手にしよう」

 

 

 

 

ぷつっ

 

 

 

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 

 

「「「ただいまー……」」」

 

「おかえりー。…って、大丈夫?」

 

「「「はしゃぎすぎた……」」」

 

「午前中もあんなに遊んだのに……。楽しかった?」

 

「「「すっごく……」」」

 

「全くそんな風に見えない……」

 

「……で、なんで順平はさっきから手をぐっぱぐっぱしてるの?」

 

「世界中で誰も知らないことを知っちゃったんだよね」

 

「「「???」」」

 

 

 

 

 

 

 




あのゴキブリ君に早く会わせたいです。もしくはバッタ君。
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