目が覚めたら、錆びた鎧だった。〜記憶も声もないけど、とりあえず人助けを頑張ります〜   作:とれりか

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7話 ミア「革新のための言葉」

 掲示板をあらかた見終わった私は、公会堂の小会議室に足を踏み入れた。

 

(初めて来たわね…)

 

 採光窓から取り入れられた日光が、部屋全体を照らしている。

 少なくとも日中であれば、明るさに困るということはないでしょう。

 

「少し、学院の教室にも似てるわね」

 

 その理由の一つに、部屋の奥に備え付けられている書板がある。

 そこには、幾重にもチョークで書き留められたであろう痕跡が残っていた。

 日々職人たちが、ここで技術を高め合っていたのでしょうね。

 

「ちょっと、懐かしいかも」

 

 商売や経済の知識を蓄えるために忙殺されたあの日々。

 大変だったし、嫌なこともあったけれど、やっぱり私にとっては大切な思い出だ。

 

「おう、待たせたなミアちゃん」

 

 少しばかり感慨に耽っていたところに、マリウスさんがやってきた。

 彼の後ろには、集まってもらった職人のみなさんもいる。

 

 と言っても、皆さんの顔に浮かんでいるのは困惑や苛立ちで、マリウスさんが半ば強引に集めてきたのが容易に想像できるわ。

 

「皆さん、お忙しい中ご足労いただき感謝いたします。私は、ミア・ゴトウィートと申します」

 

 職人たちの中には顔見知りの人もいれば、初対面の人もいる。

 無理矢理にでも来てもらった手前、私に悪印象を抱かせるわけにはいかないわ。

 

 皆さんに着席を促し、私は書板の前に立った。

 

「早速ですが、皆さんに集まってもらったその理由をご説明いたします」

 

 すぅ、と一呼吸置き、私は会議室中に声を響き渡せた。

 

「この街の職人の皆さんで、大祭に向けて商品を作りたい、そのために協力してほしいのです」

 

 ざわめきが部屋中に巻き起こった。

 多くの人々は、私の言ったことが飲み込めていないようで、咀嚼に時間が必要なようだ。

 

「お嬢さん、それはどういうことを意味するか、分かって言ってんだよな?」

 

 いち早く反応したのは、この場で最も職人歴が長い老人だった。

 取引したことはないが彼の名は知っている、革職人のゴードン・ハイド氏だわ。

 

 私を試した時のマリウスさんよりも更に彼の眼光は鋭く、その声色からは私の意見に反対だというニュアンスが多分に含まれているのがわかる。

 

「はい、私も大祭に来たことは何度かあります。皆さんの参加作品も、勿論拝見いたしました。いずれも素晴らしい品々だったと記憶しています」

「だが、それではあんたは物足りないと?」

「率直に言えば、足りませんわ」

 

 バチリ、と視線で火花が散った感覚を覚えた。

 でも引き下がる気はない、元より反対意見が出ることなんて分かりきっていたことだもの。

 

「無礼を承知でお聞きします、皆さんは大祭の主役でしょうか?」

 

 この問には、反対意見を述べたゴードンさんさえも沈黙した。

 

「皆さんの作品は本当に素晴らしいです、それは祭りの時も、普段の時も変わらず。このクレセンティア…引いてはアステリアの誇りだと私は思います」

 

 偽りない本心を述べる。

 間違いなくこの人たちの技術は、世界に誇るべきものなのだから。

 

「でも、私にはみなさん自身が、その価値を曇らせてるように思えるのです」

「……具体的にどのような点で、そう思われるのでしょうか」

 

 別の男性がそう質問してきた。

 彼は確か、マリウスさんが強引につれてきたルシアンさんね。

 師匠とは違って、冷静で几帳面な印象を受けるわ。

 

「先程の問いに、皆さんは沈黙しました。それはつまり、他ならぬ皆さん自身が『王国大祭の主役は演奏家たちの音楽である』と認めてらっしゃるからではないですか?」

「むぅ……」

 

 部屋の中で、誰かが唸った。

 顔をしかめている人もいる。

 

「それではいけないと、私は思います。皆さんの技術と、作品と、魂のために」

 

 あなた達も主役に踊りだせ、言外にそう伝えた。

 ちらりとマリウスさんを見れば、彼は満面の笑みを顔に浮かべている。

 

「なるほど、あんたの言い分はよく分かった」

 

 ゴードンさんが再び口を開いた。

 目を瞑り、私の言葉を反芻しているようだ。

 

「俺の意見を言おう、それでもなお反対だ」

 

 彼はそうハッキリと断言した。

 職人一同が、固唾を呑み彼の方を見る。

 

「確かに、大祭の主役を譲っている、こればかりは言い返せんな。だがそれでも俺達は、それぞれの誇りと信念を持って祭りに参加してきた」

 

 歴戦の職人たる彼の言葉もまた真実だわ。

 祭りの商品はいずれも精緻を極めているのだから。

 

「俺達の誇りとは、魂とは即ち、遥か昔から受け継ぎ、磨き上げてきた工房の技術そのものだ」

 

 そう、だからこそ彼らはそれを他の工房と交じらわすことに、強い忌避感を覚える。

 それは当然のことよね、誰だって自分の資産は大切だもの。

 

「故に他者に容易く開示するわけにはいかん。信頼の置ける奴同士で技術を共有するだけならともかく、全く関わりのない連中と仕事をするなんて以ての外なんだ」

 

 同じクレセンティアの職人街に住んでいても、全員が顔見知りというわけではないわ。

 似たような専門職同士で工房が固まっていることも珍しくはないし、例えば陶器職人と楽器職人なんて仕事上でも付き合いができることなんてまずないわね。

 

「はい、よく分かります。商人の立場としても、似たようなものですもの」

「なら結論は出たな?」

「いいえ、出ておりません」

 

 何?とゴードンさんが眉尻を上げてこちらを睨みつけてくる。

 私はその視線に堂々と受けて立ち、思いっきり啖呵を切った。

 

「私がその信用を担保いたします。職人間の技術交流、大祭での成果、そしてあなたたちの更なる発展を」

「……随分と大ぼらを吹くじゃねぇか、小娘」

「聞かせたいほらがあるからこそ、吹くのですわ」

 

 しばしの間、会議室には沈黙が訪れた。

 席を立とうとしたゴードンさんも、今は動かない。

 

 沈黙を破ったのは、ルシアンさんだ。

 

「ミアさん、そこまで仰るからには、なにか具体的な計画案があってのことなのですか?」

「はい、あります」

「お聞かせください」

 

 ありがたいわ、彼自身は見極めるための提案だったのかもしれないけれも、私にとっては助け舟よ。

 

 彼の言葉に一つ頷いて、私はチョークを持ち、書板に一つ一つ要点を書き連ねていく。

 

「まず、今回の計画の大きな利点が2つ。それは皆さんの負担軽減、そして若手職人の活性化です」

 

 今までの大祭では各工房が全力を以て少数の製品を仕上げていた。

 これに対し、今回の計画では少数高級品から大量生産品まで幅広い価格帯の製品を揃える。

 これら製品にそれぞれ必要な技術レベルを設定し職人を割り振り、さらに工房間で協力することで一つの製品にかかる負荷を軽減できる。

 これが1つ目の狙い。

 

 2つ目については、若手職人も普段の製品とは違い、割り振られた製品を主体的になって仕上げることができる。

 さらに、彼らには大祭時の臨時共同店舗に立ってもらうことで、実際に自分の努力が実を結ぶシーンを見てもらう。

 これらの経験は、きっと大きな財産になるはずよ。

 

「…以上が、まずお伝えしたい事項です」

「なるほど、メリットについてはよく分かりました」

 

 彼はその点については問題ないと理解を示してくれたが、その後に「しかし」と続けた。

 

「これでは先程あなたが仰っていた『我らの魂のために』という意味が通らないように思えます。未熟な技術を外に出すことになるのでは?」

 

 尤もな疑問よね、もちろんこれに対する回答も用意してあるわ。

 

「最も大事なのは、あなた達が大祭の「おまけ」に甘んじないことだと思っていますわ」

 

 集まってくれた人たち、全員を見渡す。

 

「この街に来た人々が、私のような商人や、あるいはグレゴリーさんのような音楽家でなくとも、あなた達の技術に目を触れる機会をもたらすことが最重要なんです」

 

 それは今のままでは不可能な話だわ。

 みんな、街に来たらすぐに丘の上に上がってしまうのだから。

 

「だからこそ、今の貴方たちの価値観では『恥』であるかもしれない、若い技術を使ってあげてほしいのです。市井の人々が、あなた達のことをより身近に感じられる商品が必要なんです」

 

 言いたいことは、全部言った。

 あとは誠意を伝えるべく、下げられるだけ頭を下げる。

 

「お願いします、どうか私に、機会をくださいませんか」

 

 私のお願いを最後に、会場は静まり返った。

 何秒、あるいは何十秒か、最初に答えてくれたのは、意外な人だった。

 

「……分かった」

 

 この声は、最も否定的だったゴードンさんのものだ。

 私は思わず、バッと視線を上げて彼を見た。

 

「あんたの意見は、俺のようなジジィには革新的にすぎる。だから、全部をいきなりは信じきれん。だから、確かめさせてくれ」

 

 彼は、自分自身の肚を決めるように、大きく深呼吸をした。

 

「一週間だ、まずはその期間で、若手共がどんな物を、そしてどのくらい作れそうなのか、見せてくれ」

 

 ゴードンさんは私の要請通り、機会を与えてくれた。

 逃す手なんて、あるわけがない。

 

「はい、勿論です!」

 

 さあ、やってやるわよ!

 

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