目が覚めたら、錆びた鎧だった。〜記憶も声もないけど、とりあえず人助けを頑張ります〜 作:とれりか
夜の自宅のベランダから、魔法灯の明かりに包まれた街並みを見下ろす。
澄み切った青空から降り注ぐ陽光とは違い、暗闇の帳になんとか抗うための灯火は、それそのものが人が進歩した証なのだろう。
「進歩……か」
そういったことに思いを巡らすと、当然たどり着くのは、己と弟子に取ったあの二人のことだ。
ヨロイと出会ってから、3週間は過ぎただろうか。
ヨロイは、めきめきと腕を上げている。すでに簡単な曲程度なら演奏できるほどに。
アムもアムで、手にしたミニ楽器セットを楽しげに奏でている。
あやつらは、今の俺にないものを持っているように思えてきた。
「音楽を楽しむことも、圧倒的な速さで上達することも、かつては出来ていたはずだがな……」
かつて、俺は自他ともに認める天才だった。
下町に生まれたが、たまたま音楽の才能を見込まれた俺は、そのままスポンサーがついた。
そしてヴァイオリンを手にし、並外れた速度で奏法をマスターした。
(だからこそ、俺は今の
しかし今の俺は、かつての俺より先に進めているのか?
辿り着いたということは、進んでいないことの裏返しではないのか?
そして、そもそも……。
(俺が渇望していた物は、この程度だったのか?)
この自問に答えられないことこそが、大祭に向けた調整が上手くいかない理由なのだろう。
翌日、すっかり日課となったレッスンで、ヨロイがまた一つ上達した。
「ある程度弾けるようになったな、目覚ましいことだ」
《ありがとうございます》
「本当に上手になったで!」
ヴァイオリンに触れてからここまでおよそ2週間半、常人であれば数年分の技巧を奴は積み上げた。
(やってみるか)
ここに至って、俺は一つの思いつきを試すことにした。
「ヨロイ、それにアム、セッションをするぞ」
「せっしょん?」
「俺たち3人で、曲を弾くという意味だ」
アムが目を輝かせるようにこちらを見てくる。
余談に過ぎんが、この期間の付き合いで、こいつの表情がなんとなく分かるようになってきた。
《でも俺たち、楽譜とかは読めませんよ》
「別にそんな拘ってやる気はない。最初に公園で演奏した時のように、自由にすればいい」
細かいフォローはこちらがすればいい。
何よりも、俺自身がこやつらと共に音を奏でたいと思っているのだ。
「だったら、アムやってみたいわ!」
《わかりました。俺からも、お願いします》
「うむ、やるぞ」
俺とヨロイのヴァイオリンと、アムのマリンバの調べが室内に満ちる。
好き勝手に奏でるため、当然調和など取れるはずもないが……。
(楽しい、か)
思えばそんな感情、いつぶりに覚えたのか。
この地位に至ってからは、常に孤独だった。
(音楽とは、万人に向けるもの)
今もそう信じているし、だからこそ大祭での演奏にも取り組んでいる。
(だが、今の俺はそう信じていると思い込んでいるだけでは?)
空虚な部屋でただ一人、誰に向けるでもなく祭りのためと称し、練習に取り組む。
なるほど、宮廷音楽家らしい振る舞いかもしれん。
(……くだらん)
俺が、かつて、求めていたものは。
(そんな程度のものではなかった!!)
己の感情を思わず弦に乗せ、弓をヴァイオリンに叩きつけてしまう。
弓が弦を引き裂くような、フォルティッシモの鋭く荒々しい音が室内を支配した。
(しまった……)
一流としてあるまじき行い、ヨロイとアムを補佐するはずが、なんたる愚挙だ。
だが、その後悔も一瞬。
奴らは俺の激情にも関わらず、演奏を中断することはなかった。
(……生意気な奴らめ)
『思う存分叩きつけろ』 言葉もなく、そして表情も見えない連中が、音に込めた想い。
それが真実かどうかは知らん。ただ、おれはそう受け取った。
(ならば、どこまでも響かせるまでよ!!)
カーテンを開け、窓を全開にする。
音が乱れるだの何だの、そんなことは構わうものか。
世界よ聞け、俺の音楽を。