目が覚めたら、錆びた鎧だった。〜記憶も声もないけど、とりあえず人助けを頑張ります〜   作:とれりか

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15話 グレゴリー「楽しさ」

 夜の自宅のベランダから、魔法灯の明かりに包まれた街並みを見下ろす。

 澄み切った青空から降り注ぐ陽光とは違い、暗闇の帳になんとか抗うための灯火は、それそのものが人が進歩した証なのだろう。

 

「進歩……か」

 

 そういったことに思いを巡らすと、当然たどり着くのは、己と弟子に取ったあの二人のことだ。

 

 ヨロイと出会ってから、3週間は過ぎただろうか。

 ヨロイは、めきめきと腕を上げている。すでに簡単な曲程度なら演奏できるほどに。

 アムもアムで、手にしたミニ楽器セットを楽しげに奏でている。

 

 あやつらは、今の俺にないものを持っているように思えてきた。

 

「音楽を楽しむことも、圧倒的な速さで上達することも、かつては出来ていたはずだがな……」

 

 かつて、俺は自他ともに認める天才だった。

 下町に生まれたが、たまたま音楽の才能を見込まれた俺は、そのままスポンサーがついた。

 そしてヴァイオリンを手にし、並外れた速度で奏法をマスターした。

 

(だからこそ、俺は今の地位(・・)に辿り着いた……)

 

 しかし今の俺は、かつての俺より先に進めているのか?

 辿り着いたということは、進んでいないことの裏返しではないのか?

 

 そして、そもそも……。

 

(俺が渇望していた物は、この程度だったのか?)

 

 この自問に答えられないことこそが、大祭に向けた調整が上手くいかない理由なのだろう。

 

 

 翌日、すっかり日課となったレッスンで、ヨロイがまた一つ上達した。

 

「ある程度弾けるようになったな、目覚ましいことだ」

《ありがとうございます》

「本当に上手になったで!」

 

 ヴァイオリンに触れてからここまでおよそ2週間半、常人であれば数年分の技巧を奴は積み上げた。

 

(やってみるか)

 

 ここに至って、俺は一つの思いつきを試すことにした。

 

「ヨロイ、それにアム、セッションをするぞ」

「せっしょん?」

「俺たち3人で、曲を弾くという意味だ」

 

 アムが目を輝かせるようにこちらを見てくる。

 余談に過ぎんが、この期間の付き合いで、こいつの表情がなんとなく分かるようになってきた。

 

《でも俺たち、楽譜とかは読めませんよ》

「別にそんな拘ってやる気はない。最初に公園で演奏した時のように、自由にすればいい」

 

 細かいフォローはこちらがすればいい。

 何よりも、俺自身がこやつらと共に音を奏でたいと思っているのだ。

 

「だったら、アムやってみたいわ!」

《わかりました。俺からも、お願いします》

「うむ、やるぞ」

 

 俺とヨロイのヴァイオリンと、アムのマリンバの調べが室内に満ちる。

 好き勝手に奏でるため、当然調和など取れるはずもないが……。

 

(楽しい、か)

 

 思えばそんな感情、いつぶりに覚えたのか。

 この地位に至ってからは、常に孤独だった。

 

(音楽とは、万人に向けるもの)

 

 今もそう信じているし、だからこそ大祭での演奏にも取り組んでいる。

 

(だが、今の俺はそう信じていると思い込んでいるだけでは?)

 

 空虚な部屋でただ一人、誰に向けるでもなく祭りのためと称し、練習に取り組む。

 なるほど、宮廷音楽家らしい振る舞いかもしれん。

 

(……くだらん)

 

 俺が、かつて、求めていたものは。

 

(そんな程度のものではなかった!!)

 

 己の感情を思わず弦に乗せ、弓をヴァイオリンに叩きつけてしまう。

 弓が弦を引き裂くような、フォルティッシモの鋭く荒々しい音が室内を支配した。

 

(しまった……)

 

 一流としてあるまじき行い、ヨロイとアムを補佐するはずが、なんたる愚挙だ。

 だが、その後悔も一瞬。

 奴らは俺の激情にも関わらず、演奏を中断することはなかった。

 

(……生意気な奴らめ)

 

『思う存分叩きつけろ』 言葉もなく、そして表情も見えない連中が、音に込めた想い。

 それが真実かどうかは知らん。ただ、おれはそう受け取った。

 

(ならば、どこまでも響かせるまでよ!!)

 

 カーテンを開け、窓を全開にする。

 音が乱れるだの何だの、そんなことは構わうものか。

 

 世界よ聞け、俺の音楽を。

 

 

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