デモンズエデン ~死にゲーを生身で、現代社会を美少女エルフで戦うハメになってしまった~ 作:ぎむねま
「おい、無茶だ!」
「oooh crazy!」
司令部に悲鳴が木霊する。
自衛隊と米軍の共同作戦本部は予期せずアリスの……柏木ヨウのダンジョン攻略を見守る会となってしまった。
映像の録画や、ドリームフレームの状態を確かめる技術班、および連絡員は関係機関への状況説明に大忙しだが、戦力として構えていた大半は見ている事しか出来なくなった。
とは言え、こんな事態も小林1佐は覚悟しなかった訳では無い。
だが、そうなった場合はおっかなびっくり戦う少女を見守る事になるだろうと覚悟していた。
なにせ彼は未成年で戦闘のプロでもないからだ。
だが……
「なんだあの動きは?」
刀を抜いた少女は洞窟の壁面を走っている。
「矢吹さん、デモンズエデンにはああ言う魔法が有るのだろうか?」
小林1佐はデモンズエデンの開発元。イリーガルソフトの矢吹氏に確認する。自分の間抜けさを自覚しながらだ。
なにしろ、現実化したゲームの世界というのが埒外の存在だ。発光して一瞬で着替えたのだって訳が解らない。ゲームで出来るならそういうモノと飲み込むしかないと小林1佐も覚悟しての質問だった。
……だが。
「いやいやいや、こんな仕様はありません。まして序盤も序盤ですよ? こんなに自由度があったらデバッグ出来ませんって」
矢吹氏は全力で首を振る。度肝を抜かれた様子であった。
「……? つまり、コレはゲームのシステムではないと?」
「そりゃそうですよ、こんな事ゲームでは出来ませんって!」
「何だって? 矢吹さん、彼女はゲームでシミュレーションして任務についたのでは?」
小林1佐は、アリスこと柏木少年はゲームでダンジョンの予習を済ませていると聞いていた。だが、現実には開発者も腰を抜かすような動きを見せている。
「以前お伝えした通り、柏木くん……いやアリスの体はドリームフレームが使えませんでした。ドリームフレームが脳へ接続が出来なかったからです」
「……それは聞いています。ですが、攻略動画や手順は3Dマップを見せながら何度もレクチャーしたとのお話でしたが?」
「その攻略手順をすっ飛ばしてるんですよ柏木くんは」
本来は、狭い通路でゴブリンを迎撃。数を減らしてから洞窟中央にある高台に陣取って登ってくる無防備なゴブリンを順番に倒すだけ。いわゆるハメ技の様な手順で安全に倒せると聞いていた。
それが、どうだ?
「どうも、アリスは一気に中央の高台を目指してるようで……」
「それにしても、あの壁走りはおかしいでしょう?」
「はぁ、今にして思えば、マップ説明のときにも壁の角度をしきりに気にしてまして。実はあの壁、下の方は45度ぐらいなんですね。ゲーム中ではただの壁なのですが……」
「現実化、とやらで走れるようになっていると?」
「……まぁ、おそらく」
話している間にもアリスはゴブリンの海を渡っていた。進路を邪魔しようと手を伸ばすゴブリンには、すらりと刀を抜き、一閃させる。そのまま横を素通りすると、一拍の間を置いて、飛んで来たゴブリンの頭部がカメラを掠めた。
壁を駆けざまに、首を切り飛ばしたのだ。
「wao!」
「きゃぁ!」
ノリの良い外人の声と、詰めていた女性士官の悲鳴。
だが、小林1佐は声も出なかった。
武芸一般を修めたので解る。素人の剣捌きではない。
再び矢吹氏を見やる。
「あれは?」
「いや、知らないですよ!」
ゲーム的仕様では、ないと?
小林1佐は散々見た柏木洋の資料を思い出す。しかし、剣道や拳法を囓った形跡はあれど大した実績もない。飽きっぽくて何をしても長続きしないと母親は言っていたので気にも留めていなかった。
「こりゃあ、とんでもないじゃじゃ馬だ」
小林1佐はアリスなんて可愛らしいコードネームは似合わないな。と反省したが、不思議の国のアリスだって相当なモノだったなと思い直した。
ただし、見物するにはとにかく心臓に悪い。頼むから死んでくれるなよと、祈るしかないのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひゅー」
俺は、急勾配の壁を駆け抜ける。
何故って、作戦が上手く行かなかったからだ。
狭い通路に釣り出してなるべく一対一を維持するのが作戦だったが、実際に戦うと狭い通路で揉みくちゃになりそうだったのだ。
ゲームの攻略動画を見たときから怪しいなとは思っていた。
だって、明らかに壁に隙間があるのにソコからゴブリンが入ってこないのだもの。ゲーム的には判定があるから入れないとか言っていたが、現実化したらそうじゃ無いだろうと思っていた。
洞窟でも色々試したが、ゲームでやったグールを柱に引っ掛ける攻略も失敗しがちだった。細い隙間なら無理やり体をねじ込んでくる。だから、ゲームの攻略がそのまま流用出来ないのは解っていた。
なにせ、洞窟には無数のゴブリンが居て、ゾンビの様に群がって来る。
しかし、ゲーム映像では、みっちり詰まった無数のゴブリンが、一匹のゴブリンの背中に阻まれて、行儀良く待ってくれていた。賢い集団制御AIがそうさせるのだと矢吹さんが自慢気に語っていたもんだ。
しかし、現実じゃそうはならないだろう。グチャグチャになるに決まっている。
集団が押し合いへし合いするエネルギーは相当なモノである。時には人間が圧死するような事故だって起こる。
最後尾は軽く押したつもりでも、最前列では人が死ぬ圧力に変わっている。
ゴブリンの津波に呑まれて圧死だなんて考えたくも無い。
だから俺は打って出た。
約45度の壁面、隙間からゴブリンが入ってくるなら、俺なら走れるハズだった。
失敗したらゴブリンの海に飲まれてさようなら。
だが、ゴブリンに押しつぶされるよりずっとマシな死に方に思えた。
攻略法だかなんだか知らないが、俺は誰かを恨みながら死ぬ気はない。
死ぬかも知れないなら、納得出来る死に方を選ぶのみ。
俺を止めようと手を伸ばす不埒なゴブリンの素っ首を切り裂いて、壁面を走る。
マップを見たときから走れそうだなと思っていたのだ。楕円形の部屋はオーバルコースみたいに見えた。走っていれば落ちる事はない。
ゲームで手に入れたブーツも高性能だ。ガタガタの壁面。たまに走れない部分もあるが……
「やっ!」
ゴブリンの頭を踏み台に走り抜ける。ブーツはグリップも良いし、なにより丈夫だ。
思わず笑ってしまう。何が高性能スーツだ。そんなモノよりゲームのアイテムのがずっと頼れる。
そんな自嘲した笑みが『狂戦士』だなんだと司令部で恐れられているとはいざ知らず、俺は洞窟中央に辿り着く。少し高くなっていて唯一高台に手が掛かる場所だ。
高低差のあるダンジョン。見下ろすと崖下はゴブリンの海と化していた。
高台までのルートを守る二匹のゴブリンを駆け抜けざまに斬り殺す。
聞いていた通り一匹一匹はグール以下の雑魚だ。目指す高台は高台とは名ばかりで、鍾乳洞の石柱が途中で折れたような形で、本当に小さい。
「うわっと」
手をかけて登ろうとすると、上で待機していたゴブリンに棍棒で殴られそうになった。ゲームではここのゴブリンは騒ぎが起きてもボーッとしていて、背後から安全に殺せると聞いていたが酷い嘘だ。
しかも、高台で待機するゴブリンは他より強く設定されていると言う。起動させず背後から一撃で殺せと言われたが無理ゲー過ぎる。
「オラッ!」
だが、やりようはある。
重い棍棒で足元を攻撃しているのだ。手元を掴んで軽く引っ張ってやればバランスを崩して転げ落ちる。何せ狭い足場だしな。
「ふぅ」
入れ替わる様にして、高台の上に辿り着いた。
それにしても狭いな、折れた柱の上に立っているようなもんだ。
ゲームではココに辿り着いた時点で勝ち確と言うが果たして?
「残念でしたー」
「ギャッ! ギャギャッ!!!」
さっき落としたゴブリンが果敢に登ってくるが、その顔面を突っついてやる。悲鳴をあげてゴブリンは落下した。死んだだろう。
ふむ、なかなか悪くない。
「ほらほら、ざこが! ざーこ!」
メスガキみたいな言動は我ながらどうかと思うが、楽しくなってきた。
この高台。もとい柱。
高さは四メートルぐらいあるし、なんとか登れそうなのは俺が登った一箇所ぐらいで、そこだってかなりの急勾配。両手を使って這いつくばる様に登ろうとするゴブリンを順番に処理するだけだ。
思った通りと言うべきか、この攻略に関しては現実でも効果を発揮した。たまに石を投げてくるゴブリンも居るが、上に投げつけるのはそれなりに難しいし威力も出ない。むしろ多くが誤爆して同士討ちになっている。
思わぬ副次効果もあってニッコリだ。
「オラオラ」
景気良くゴブリンを蹴落とし、殺す。するとまぁ来るわ来るわゴブリンが。何匹かは本当に圧死していて、武器を振る事すら出来ず死んでいく。
ちょっと可哀想かもな。
ゴブリンはまさにイメージ通りの醜悪なモンスターなのだが。現実化した世界ではちゃんと生きた生命体としての格を感じる。たとえば後ろから押されてふざけんなと怒鳴り返したり、興奮して大声上げまくるやつとか、仲間に突き飛ばされて気を失って壁でぐったりしてる奴とか個性があって可愛いもんだ。
上から見てるとその辺も良く解る。余裕があるから楽しくなってきた。
と、調子良く十匹ほど殺した時だ。
「あれ?」
ゴブリンとの距離が近い。一方的に斬りつけていたのに、こっちの足にブンブンと棍棒を振り回してくるヤツが居る。
背がデカい個体か? 違う!
「マジか」
コイツら、俺が殺したゴブリンや圧死したゴブリンを踏み台にしているのだ。虫かよ。仲間を踏み潰して、気にする素振りも無いと来た。
俺はソレでも高所の有利を手放す気はない。襲ってくるゴブリンを更に二、三匹倒した時だ。
「は?」
足を掴まれた。それも、戦いの最中、後ろから。
「マジかよ!」
振り向けば4メートルの高さ、ゴブリンが肩車に肩車を重ねて登って来ようとしてるじゃないか。慌てて振り払うが、時間を食った。ゴブリンがコチラに乗り上げようとしてくる。
ココに来て俺は高台での戦闘を諦める。後ろから攻撃されたんじゃ狭い足場がリスクにしかならないからだ。
俺は、4メートルの高さを覚悟を決めて飛び降りた。一番ゴブリンが手薄な場所を狙ってだ。
トンッと、思ったよりも軽い衝撃。体重が軽い女の子の体ってのはこう言う時に有利だ。いや、男の体だったらゴブリンを体格で圧倒出来ただろうから善し悪しか。
あとは走りながら囲まれないように一匹ずつ倒すしかない。あと何匹だ? 群がっていたゴブリンが一斉に向かって来るだろう。数を確認するべく振り返った、その時だ。
「おいおいおいぃぃ」
アリのように群がっていたゴブリンの塊がグラりと傾いていく。まるで蜘蛛の糸を切られた亡者の群れだ。
そのままゴブリンタワーがコチラに倒れ込んでくる。
「ギャー! ギャギャギャ!」
けたたましいゴブリン達の悲鳴。そして衝撃。
押し寄せる砂煙に思わず女の子みたいに髪を押さえた。女々しい動きだなと思ったけど、良いんだ。今の俺、女の子だし。
目を開ければ酷い有り様。骨折したゴブリンがギャーギャー泣きながら転がっている。
「大漁じゃー」
もちろん、こんなチャンスを黙って見過ごす俺じゃない。無抵抗なゴブどもをジャンジャン撫で斬りにしていく。
こんなのはゲームでは絶対にあり得ない攻略法だ。
現実化したデモンズエデンはゲームとは違う。
だが、それら全てがコチラに不利に作用する訳じゃない。ソレが解った瞬間だった。