デモンズエデン ~死にゲーを生身で、現代社会を美少女エルフで戦うハメになってしまった~ 作:ぎむねま
その日、マキシミリアンは緊急で動画を回していた。
「久しぶりだなお前ら」
マキシミリアンは50万人の登録者を抱える人気配信者だ。
それが、ここ数週間の配信に穴を空けていた。
予定されていた新作ゲームの実況もおじゃん。
SNSの更新すら放り出し、死亡説まで流れていた。
そこになんの予告も無く突然の配信。
時刻は米国で夜の20時。
配信が最も活発になる夜の時間だが、マキシミリアンの映像は違っていた。
「おい、ヒデェ寝癖だな」
「髭ぐらい剃れよ」
「※彼が死ぬ直前の映像でお送りします」
英語でコメントが流れていく。
茶化しつつも、視聴者もただ事ではないモノを感じていた。
マズ時間が違う。
「仕方ねぇだろ、コッチは朝の九時だ。こんな早起き生活はガキ以来だ」
「ナードが九時に起きてるだと?」
「災害の前触れ⚡」
「※彼は既に亡くなっています」
「どこだよ?」
「どこ?」
画面は Where ? がズラリと並ぶ。
「ココは、日本だ」
マキシミリアンはしょぼしょぼの目で言う。
「日本?」
「まさか?」
「ナミキノ?」
「噂はマジなのか?」
コメントは加速する。
「マジだ、俺はドリームフレーム事件に関わっている」
突然の報告に、コメント欄はブチ上がる。
「早く自首しろ」
「いつかやると思ってた」
「奥さんは俺が貰っといてやる」
マキシミリアンは大あくびをして失礼なコメントを見送った。
「違うに決まってんだろ。協力してるんだ。ここはナミキノのドリームフレーム事件共同作戦基地」
「マジか!」
「撮って良いのか?」
「ダメだったから配信出来なかった。それがようやく解除された。今度記者会見がある。みんな見逃すなよ? トンでも無いことが起こってるぜ? 神や悪魔を信じるハメになる。俺だってそうだ」
「マジか」
「無神論者のマキシが?」
「あり得ねぇ」
もはやコメント欄は目視出来る速度ではない。
そうやってカメラを回していると、とうとう米兵に見つかった。
「おい何してる、まだ基地内を撮るのはダメだ」
「ケチな事いうなよ。どうせ後三日だ」
「ふざけるな、賠償金をふんだくってやろうか」
「はいはい、解りましたよ」
マキシミリアンは首根っこを掴まれるようにして自分の部屋に連行された。
「見てくれよ。このイケてない部屋を」
元々は製薬会社の社員が夜勤する際の仮眠スペースだ。何も無い殺風景な小部屋であった。
「まるで犬小屋じゃねーか」
「似合いだぜ」
「よくベッドからはみ出さないな」
好き勝手書かれている。
多いのは、ナードのマキシミリアンが何も無い部屋でよく我慢出来るなとのコメント。
「安心しろ、俺のスペースは別にある」
彼のPCや配信機材。オタクグッズは別の場所に運ばれていた。
実際は共有スペースなのだが、すっかりマキシミリアンに占領されている。
「ココが今の俺の城さ」
と、自慢のPCをひけらかすのだが、普段は誰も居ない共有スペースに今日は先客がいた。
「よぉ、珍しいなドコに行ってたんだ?」
ソファーからのっそりと起き上がったのは、柏木ヨウ。アリスの姿であった。
コメント欄はもう発狂状態だ。
「マジか!」
「カシワギ!」
「ヨウ!」
「呼ばれてるらしい。アリスって」
「アリスってダサくね? 誰のセンス?」
しかし、コレはマキシミリアンにも予想外だった。
アリスは翻訳機にスイッチを入れている。マキシミリアンを待っていたに違いない。散々ふてぶてしい態度をとって来ただけに、向こうから会いに来るなど今までになかった事だった。
「お、おい、良いのか? 配信してるんだぞ」
「まぁ、良いだろ、学校の動画は馬鹿みたいに流れてるし」
「お前が良いなら良いけどよぉ」
マキシミリアンはチラリとアリスを見る。
しかし、アリスの姿は制服では無い。
ジーンズにタンクトップだけのラフな姿だ。
ごく薄いタンクトップ。ブラジャーを付けていないように見える。
細身のアリスとは言え、確実に『ある』のだ。
「マキシ! 胸部をアップにしろ」
「ズーム、プリーズ」
コメントは無視。クールに振る舞う。
「そっちこそ珍しいな。なんか用か?」
「ソレがな……あ、チョコバー貰って良い? 売店に無いんだよ」
アリスはゴソゴソとお菓子ボックスを漁りだした。
見慣れないアメリカのお菓子が詰まっていて、宝箱みたいに見えたのだ。
「おいおい」
マキシミリアンは困惑しつつも、どこかドキドキしていた。
箱を漁るアリスの尻が配信に大写しになっていた。
コメント欄は大盛り上がり。
そんな中、アリスは一本のチョコバーを取り出した。
「ブラックエレキだ! 日本のチョコバーってどうなん?」
「悪くないが、ヘルシー過ぎるな」
「マジで? ブラックエレキがヘルシー? 嘘だろ? どうなってんだよアメリカのチョコバー」
「驚け。コレ一本で、成人男性一日分のカロリーだ」
ニヤつくマキシミリアンが取り出したのは、デカいチョコバー。
(アリスの肩越しに箱に手を突っ込んだモンだから、少しドキドキしたのは秘密だ)
中身はキャラメルとナッツがギッシリ詰まっている。
「重っ!?」
「俺はこのチョコバーを一日に十本は食うぜ」
「また盛るなぁ。いい加減にしろよ虚言癖」
呆れるアリスに構わず。マキシミリアンは雑にチョコバーのパッケージを開け、中のチョコバーに噛み付いて引き出した。
首を振るような仕草で一口には大きすぎるサイズにパキリと割ると、見せつける様に丸ごと口に含んで咀嚼する。
「嘘じゃねぇ。ところで何の用だ?」
「……その前に、ソレちょっと食って良いか?」
ワイルドな所を見せつけようと豪快に振る舞ったが、アリスはチョコバーに目を奪われていた。物欲しそうにソワソワしている。
マキシミリアンは「良いぜ」と言おうとして……
「あっ」
アリスはマキシミリアンが食いさしのチョコバーに噛み付いた。
一本丸ごとあげるつもりだっただけに、虚を突かれた。
アリスにしてみれば、そんな巨大チョコバーを一本貰っても持て余す。もちろん、間接キスってワケじゃない。マキシミリアンは豪快にチョコバーを割ったので歯形が付いてるような状態ではなかった。
……だが、アリスが小さい口で噛み付いた歯形はしっかり残ってしまったのだが、美少女の食べかけなら問題無いだろと、本人は思っているのであった。
「ふぅむ、モグモグ」
呆然とするマキシミリアンの横でアリスはゆっくり咀嚼する。
「甘ぁ~」
脳が痺れるドギツい甘味。
強烈に甘いねっとりしたキャラメルと、ゴリゴリに油っぽいナッツがギッシリ詰まっているから当然と言える。
普段のヨウなら絶対に買わないタイプのチョコバーだ。
だが、居合の練習と、ギター練習をこなしたばかりのアリスには染みた。
たまにはこんなのも良いかなと思えた。
唇についたキャラメルをペロリと舐めると、ニシシと笑う。
「美味かった」
「あ、ああ……」
猫みたいに笑うアリスに、マキシミリアンは圧倒されていた。
既婚者であるにも関わらず、見惚れてしまった。
「あっ、それで用件なんだけど、動画編集やってくれない?」
「はっ?」
聞けば、膨大な量の動画を編集しなくてはならないそうだ。
もちろん「あっち側」の映像だ。
無編集の映像ならマキシミリアンもたっぷり見ていた。だが、あれだけの動画を編集するとなればスタジオが必要だ。
クオリティや話題性を考えたって、片手間にやっていい作業には思えなかった。
NDAは一旦解消されたが、マキシミリアンにして数億のビジネスの話を突然振られても困る。
動画編集のチーフになれと言う話なら、しばらくそっちに掛かりきりになってしまう。
自分のチャンネルを抱えるマキシミリアンには素直に頷けない話であった。
「悪いが、膨大な時間が必要だ。ちゃんとしたプロに依頼した方が良い。絶対に元は取れる。それは保証するぜ」
「でもなぁ」
アリスは渋った。
記者会見を前に流出するのは困るし、権利絡みで揉めるのも避けたい。人死にが掛かってるだけに、自由に引っ込められる状態にしたいのだ。
いきなりアリスが死んで、映像が使えなくなって、映像会社が潰れました。ってのも良くないだろう。
個人で扱えるようにしておきたい。
なるべく権利は独り占めしたかった。
それに、父親はああ言ったが、最初からプロっぽい編集でガツンとやらず、素人丸出しの動画でも構わないとアリスは思っていた。
アレだけの映像なら、編集など最低限で十分。むしろ迫力が出る。余計な味付けは要らないハズだと。
そう話すと、マキシミリアンは考え込む。
「それでも最低限、見やすいようにはするべきだ。冗長なままなら違法な切り抜きに人が流れちまうからな。それぐらいなら俺が教える事は出来る。コツがあるんだ。編集ソフトの使い方はもちろん、編集点の付け方や重み付けのバランスみたいのが重要なんだ。PC操作に慣れたヤツなら問題ない」
友達に、やれそうなヤツは居ないのかと言われてしまう。
またソレかと、アリスは悩んだ。
その『やれそうなヤツ』がマキシミリアンだったのだ。
しかし、PCに詳しいヤツってだけならば、どうだ?
「あっ!」
アリスには閃くモノがあった。
「居るかもしれない」
「じゃあ、連れて来い。叩き込んでやる」
「ああ、なるべく厳しくしてくれ」
「優しくじゃなくてか?」
「出来る限り厳しく頼む」
アリスが思いついた相手は三人。
あのクソオタク共め、三人まとめてあの世に送ってやる、と。
徹底的にとっちめて、ただ働きで絞れるだけ絞ってやろうと心に誓った。
なんと良い考えなのだろう。
アリスはニコニコ。
「ありがとなマキシィ、頼むぜぇ」
肩を組み、マキシミリアンのアゴ髭をジョリジョリと触る。
「さ、触るなよ」
「なんだ? 照れてるのか? ナード王」
アリスはゴキゲンだ。
テンションは高く、顔を赤くしている。
その様子はまるごと全部配信されていた。
スマホの画面を覗き込んで、訊ねる。
尋常じゃない速度で流れるコメントも、アリスには見えていた。
「なぁ? コイツらなんて言ってんの? エロい事?」
アリスの音声翻訳機では、書かれている事は解らない。
だが、流れるAdultery の文字には不穏な響きがあった。
アダルト。18禁みたいに言われているのだろうか?
そんなに過激な事をしてるつもりはないのでアリスは気になった。
「不倫だよ。お前の距離が近いから、俺が不倫してるってからかわれてんの」
「へぇ~」
迷惑だってニュアンスを込めたつもりだが、アリスには通じなかった。
アリスは18禁かと思った勘違いが恥ずかしくて、照れていた。
誤魔化すように、強がる。
マキシミリアンの虚言癖がうつってしまった。
顔を赤くして、挑発する。
「じゃあ、してみる? 不倫」
「はっ?」
時間が、止まった。
PCが奏でるコイル鳴きだけがチリチリと響く。
気まずい。
マズったなと、アリスも思った。
更に誤魔化すように、顔を近づけメスガキムーブ。
「バーカ! 本気にすんなよ」
それだけ言って、踵を返す。
「動画の件、頼むな」
言うだけ言って、その場を去ってしまう。
「あっ」
マキシミリアンの口から、ポロリとチョコバーが落っこちた。
気が付けば、配信のコメント欄は酷い事になっていたのだが。もうそれどころではなくなっていた。