デモンズエデン ~死にゲーを生身で、現代社会を美少女エルフで戦うハメになってしまった~ 作:ぎむねま
「こちらアリスって、通じるわけねーよな」
長いエルフ耳に入ったインカムは陶器のガラクタに変わっている。
転移したのはダンジョン入り口付近の小部屋。
危険はナシ。ホッと一安心。
さっさと着替えとこう。
5秒でお着替え完了だ。装備セット一括切り替え機能は神。
あっちではまだデモンズエデンを立ち上げ中だろうが、変身シーンを見せる必要はない。
白鞘の日本刀に、ボロボロの袴。おまけにブーツのいつもの姿にチェンジ。
ゴブリンダンジョンで拾ったグローブは結局装備していない。手の感覚が器用さ特化のアリスに向いていないからだ。あれはヨウの体の時に使っている。
……と、そろそろ録画も始まっているだろう。
じゃあ、行きますか。
俺が転移した先は、ダンジョンのエントランス。
古代文字で『汝の勇気を示せ』と書いてある石版だけがある部屋だ。
ここは、かつて栄華を誇ったゼーラシアって夜の都のダンジョンなだけに、人の手が入った石畳のダンジョンである。魔力の不思議な光で視界も良好だ。
人の手で整備されたダンジョン。
じゃあ楽かって言われると……逆だ。嫌らしいトラップが山盛りなのがこの手のダンジョンのお約束。
天然の洞窟型ダンジョンの方がずっと簡単。
それでもこのダンジョンを選んだ理由は、ひとえにこのダンジョンのアイテムがそれだけ魅力的だから。
そして、トラップは所詮トラップ。
あらかじめみっちり予習しておけば脅威は半減。
それでも、このダンジョンのトラップは嫌らしい。『勇気を示せ』じゃねーんだよ。
せめて、ヨウの体だったらもっと楽に攻略出来るのだが……
まぁ、言っても仕方無い。
ダンジョンの中扉を開けて、次の部屋に飛び込む。
部屋でキッチリ区切られてるのがこのダンジョンの特徴だ。
部屋ごとに試練があって、全部クリアーした先にボスが居て、倒すとアイテムが手に入ってオーブで脱出。
そんな流れ。
で、試練の内容なんだが。
「……怖ッ!」
扉を抜けた先、俺は奈落の底を覗き込んで心底後悔した。
そして、部屋の奥まで続く橋の細さたるや。
つまり、綱渡りだ。
いや、流石に綱では無いが。
高所に張られた細い石橋を渡るだけ。そんなダンジョンなのだ。
しかも、攻略するまで出られないと来たもんだ。
ただし、手すりもなんもなくて、足を踏み外すと即死。
更には、渡っている途中で嫌らしいトラップまであったりする。
ビビってよろめこうモノなら足を踏み外して即死亡。体力もなんも関係無い。
ゲームでもこの手のステージが一番面倒だよな。
「行くか!」
覚悟を決めて、細い石橋を渡る。
忘れちゃならないのが、デモンズエデンは元々VRゲームだって事。
フルダイブじゃない時代から、VRゲーは高所の怖さってヤツを従来ゲームとの差別化に活用していた。
下を向けば奈落の底ってのは、最も簡単に根源的な恐怖を呼び起こせるギミックだ。
この手の綱渡りは、原始的なVRゲームの時代から数多の知見が溜まっている……らしい。
デモンズエデンの開発者である矢吹氏がそう言っていた。
つまり、どうやってビビらせるかをガチガチに計算尽くでトラップを仕掛けているのだ。
マジで勘弁して欲しい。コッチは初心者なんだぞ。
「元々、高い所はそんなに得意じゃねぇんだよ」
ってか、誰だって怖いだろ。
即死だぞ? 即死。
と、慎重に足を進めていた矢先、早速来た。
「うわっ!」
視界が暗転する。
ダンジョンを照らす魔法の光が一斉に消えたのだ。
こうなっては何も見えない。
……いや、違う。
照明が消されたのではなく、俺の目が潰された。
完全な暗闇。
俺は暗黒の宇宙に投げ出されてしまう。
視界不良トラップだ。
しかし、VRゲームでずっと画面が真っ暗なんて許されるハズがない。
真っ黒な宇宙に、ひとつ、ふたつ。星が現れる。
星は次々と数を増やし、まるで光の洪水だ。
俺は銀河の海に投げ出されていた。
……幻影だ。
トラップが俺の視覚を乗っ取って、まるで銀河の中を漂うような幻影を見させられている。
360度、どこを向いても星々が煌めく。
美しく、冷たい、銀河の景色。
ここが不安定な石橋の上でさえなければ、何時間でも見ていられるほど美しい。
ただ、この足場で視界を奪われちゃ先に進めない。
……攻略方法は単純。
フルダイブVRなので、這いつくばって手で道を確認しながらよちよちと進むだけ。
だがな、俺はそんな事はしない。
そんな事をしていたら何時間かかるか解らないからだ。
視界を奪われた状態で、這いつくばって移動なんてしていたらどんなイレギュラーが起こるか解ったモンじゃない。
じゃあ、どうするかって?
歩くんだよ。普通にな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「デモンズエデン。起動しました」
その少し前、扉の外では自衛官の遠藤がデモンズエデンを起動していた。
イレギュラーに対応するため、ドリームフレームも現地に持って行く運用に変わったのだ。
映像は司令部まで転送すれば良いし、現地での実験やデータ収集を優先した格好。
今回は、アリスが入った後の扉をドリームフレームのカメラで確認などのシークエンスがあったため、若干ながら起動が遅れた。
今回はトラップへの対策がメイン。長丁場を覚悟している。
最初の数秒の録画が無くても、大きな問題はないと思われた。
……だが。
「もう、橋を渡っている」
アリスの攻略は思いの外早かった。
そして、トラップがメインだから危険は少ないと言う判断が誤っていた事にようやく気が付く。
モニター越しに見ても、奈落は深く、暗かった。
ゲームではこのダンジョン。万が一にも無事に落下させないように作られている。
もし無事に落下してしまえば、落ちた先で閉じ込められて詰んでしまう。ゲームとしてソレは避けたい。
なので、落下した先の空間には即死判定のフィールドが張り巡らされ、脱落者を確実に死に至らしめるように出来ているのだ。
「即死判定のフィールド」だ。
ゲーム的な『即死判定』を異界はどう解釈したか?
渦巻く暗黒はあまりにも不気味で、死の概念そのものの様だった。
モニター越しにでも、人間の根源的な恐怖を揺さぶる。
「こんなのって……」
女性ながら、遠藤も訓練された自衛官だ。
高所でのレンジャー作業などモノともしない。だが、ソレにしても、自分はこの橋を渡れるだろうかと思うと、自信がない。
何時間も悩んだ末、渡るしかないのだと覚悟を決めてようやく足が進むかどうかに違いなかった。
なのに、アリスはホイホイと橋を渡っていく。
正気とは思えない。
しかも、足場の悪い橋では卑劣なトラップが待ち受けている。
「来た……」
視界ジャックトラップ。
モニターするドリームフレームの映像はどうなるかと思ったが、こちらも同様に影響を受けるらしい。
モニターは暗転し、その中にポツンとアリスだけが映っている。
まるで宇宙のはじまりのようだ。
次々と星が生まれ。銀河の海にアリスが佇む。
幻想的で美しい光景。
だが、足元に死が揺蕩っている事を知っていれば、実際はどれだけ恐ろしいか知れない。
ここからは、這いつくばって道を確認しながらゆっくりと進むしかない。その手筈。
だが、こんな風に視界を奪われて、見込み通りに動く事など可能だろうか?
遠藤は知っている。
恐怖に駆られ、高所で突然動けなくなる人間は少なくない。
高所から降りられなくなった要救助者の大半は、それまで平気で高所で作業をしていた人間だったりする。
ちょっとした視力の悪化、平衡感覚の喪失で、高所での恐怖は増大する。
ましてや視界をジャックされ、宇宙に投げ出される映像を見せられれば、もはや天地も解らない。
目を瞑って平均台の上を歩いてみれば解るが、見えていればなんて事の無い綱渡りも、見えないだけで途轍もなく難度があがる。
平衡感覚は失われ、どこに立っているのかも解らなくなる。
実際、ゲームでもこのダンジョンのクリアは長期戦になりがちだと聞いていた。
ここに居る皆が長期戦を覚悟していた。
……だが。
「??? 歩いてる?」
外部モニターに映し出された光景は、誰もが目を疑うモノだった。
アリスは、見えない宇宙をゆっくりと歩く。
歩くのだ。
何かに導かれるように、宇宙のなかをゆっくりと。
背景の銀河も相まってあまりにも神々しい。
「これは?」
何かのスキルだろうか?
そう言えば、気配察知のスキルがあった。
いや、それはヨウの体が持つスキルで、アリスは使えないハズなのだが……
「杖?」
良く見れば、アリスは日本刀の鞘でカンカンと床を叩いている。
それだけで、銀河の煌めく宇宙を歩いて行く。
「正気じゃない……」
誰かが呟いた声は、皆の気持ちの代弁だった。