デモンズエデン ~死にゲーを生身で、現代社会を美少女エルフで戦うハメになってしまった~ 作:ぎむねま
「またこうやって歩く目に遭うとはなぁ」
見渡す限りの宇宙。星々の輝く広大な銀河。
平衡感覚がグチャグチャになる。
美しくて見蕩れてしまうが、こんな景色なら見えない方がマシだ。
俺はゆっくりと目を瞑ると、刀を腰から抜いた。
俺は白鞘を白杖代わりに、左右に揺らしながら床を叩く。
「狭いな」
当たり前だが、道幅の狭さに辟易する。
しかし、コツは掴んだ。
「意外と使えるかもな」
刀はちょっと反っているが、その分人差し指は添えやすい。
道幅の狭さにも慣れてきた。
――カッ、カッ、カッ、カッ
鞘が床を叩く音だけが響く。
視力を失った時は、こうやって歩いていたんだ。
ドリームフレームを手に入れるまでの数ヶ月って所だが、慣れたモノ。リハビリの先生も筋が良いと褒めてくれた。
懐かしいと同時に、また視力を失う事を想像すると恐ろしい。
俺がこんな目に遭ってもドリームフレームを憎めない理由だ。初めてカメラの映像を脳に入れた時は感動したモノだ。
――カッ、カッ、カッ、カッ
黙々と歩いていると、気付けば橋を渡りきっていた。
目を開けると視界ジャックも終わっていた。石畳と青白い魔法の光が目に眩しい。
今回は、盲目だった時の経験が活きた。あっと言う間に橋を渡りきった。
だけど、這いつくばって移動した方が安全だったとは思う。
そうしなかったのには、ちゃんと理由がある。
「やっぱ、出てくるよな」
俺が歩いて来た橋を、よたよたと追いかけるグールが居た。
矢吹さんが言うには、テストプレイをした時に、高所の恐怖で固まってしまうユーザーが続出したんだとか。
恐怖のあまり一歩も動けず、時間を無駄にしてしまう。
だったら、いっそ後ろから追い立てるモンスターが居れば良いのではないかとなったらしいのだ。
死にゲーなんだから、死ぬのを恐れず何度もチャレンジした方が結果的には速くクリアー出来る。高所にも早く慣れる。
視界ジャックされた状態でも、迫ってくるグールだけは見えるようになっていて、焦らせるために存在しているギミックだ。
事前に動画で確認したが、銀河の中をゆっくり歩いて来るグールの映像はシュールだった。
ちょっと見過ぎてトラウマになったかもしれん。
もちろん、這いつくばって橋を渡っても大丈夫なぐらい、グールの進みは遅い。
心理的にプレッシャーをかけるためだけの装置だが、命懸けになった今となっては余計な事をしてくれたって思ってしまう。
グールが『肉入り』の可能性がある。ゲーム通りに遅いとは限らない。
這いつくばって進む気にはとてもならなかった。
視覚を奪われ、細い足場で戦うなんて考えたくも無い。まして這いつくばっていたら抵抗も出来ない。
落下死の恐怖と天秤にかけ、おれはペースを落とさずに歩く事を選んだ。
……だけど、流石にビビリ過ぎてたかもな。
ちょっとペースが早すぎた。
後ろからグールに噛み付かれる恐怖に、早足にすらなっていた。
モニターで見ている方はガクブルだったに違いない。
グールを観察すると、橋をようやく渡り始めた所。
橋を渡りきるまで一時間、いや二時間ぐらい掛かるんじゃないか?
動かないヤツを脅かす為のギミックだ、遅くてあたりまえ。こりゃ肉入りでもなんでも無い。本当にビビリ過ぎていた。
だが、言わせて貰えば細い足場で後ろを振り返る方がずっと怖い。
確認する事など出来なかった。
「まぁ次に行きますか」
扉を開けて次の試練へ。
「だけどまぁ、大筋は変わらないんだよな」
このダンジョンの試練は全部この手だ。
俺は奈落を見て辟易する。
次の橋のギミックは非常にシンプルだ。
「橋が切れてるんだよな」
つまり、ジャンプして渡れって事だ。
踏み外したら即死の橋をジャンプして渡る。
ふざけてる。
一応、簡単なダンジョンに分類されているのだが、それは何度もやり直せるゲームだからこそ。
現実にやらされる方の身にもなってくれ。
「まぁやるけどな」
ここまで来たら引けない。帰り道なんて存在しないのだ。
同じように細い橋を渡っていく。緊張感が半端じゃない。
油断すると手汗がヌルヌルになっている。
一度気になり出すと、もうダメ。
何度も何度も手汗を拭う。
一歩ごとにやるもんだから、ちっとも進まない。
悪い想像がグルグルと脳内を占拠する。
足を踏み外して、咄嗟に手で橋を掴んで耐えるものの、手汗が滑ってご臨終。
グールが追いかけて来て刀で応戦しようとするが、上手く刀が握れずやられてしまう。
そんな妄想だ。
数歩歩くごとにゴシゴシと手汗を拭いて、深呼吸を繰り返す。
「くそっ」
問題の場所に辿り付いた。
1m程度の隙間だ。
ちょっと足を上げて大股でも越えられる程度の隙間。
それでも怖い。足を踏み外したら奈落へ真っ逆さまだ。
「覚悟を決めるしかねーよな」
大きく息を吐く。手汗を拭き取る。
呼吸を整え、一度目を瞑る。精神を集中させる。
たっぷり時間を使い、奥歯を噛み締め、意を決して跳ぶ。
「ととっ!」
跳びすぎた!
僅か1mで良いところを2mも跳んでしまった。
想像より軽いアリスの体重と、緊張で力んだのが良くなかった。
しかも、想定外の大ジャンプに焦ってしまい、空中での姿勢制御に失敗する。
前傾姿勢になって上手く着地出来ない。
「うわっ、と」
橋に抱きつくようにしてなんとか着地。平均台を踏み外してべちゃりと倒れた時を思い出した。
「はぁーはぁー」
怖かった。
全身の汗が噴き出す。心臓がバクバクと鼓動する音さえ聞こえる。手汗もぐちゃぐちゃだ。こうなると、立ち上がるのも怖い。
ゆっくりと息を整えながら、慎重に立ち上がる。
こんな隙間があと三つもある。
「しんどいぜ……」
ハッキリ言って、こんなの何のペナルティも無いなら簡単だ。
それこそ、VRゲームとしてデモンズエデンを遊んでいたなら、楽しくちゃちゃっとクリアした自信がある。
だが、現実化した異界なら話は別。
なにせ命が掛かっている。死のリアリティが半端じゃない。
「いや、死んだつもりだったろうが」
初心を思い出せ。
なんか記者会見やら動画やら、最近ちやほやされて、初めの覚悟を忘れていた。
死んだつもりでビビらず無茶苦茶やるって決めただろうが。
特に、こう言うアスレチックはヘタにビビるとロクな事にならないんだ。その証拠に、ドードーの居るサーミット山では、もっと難しいアスレチックを華麗に攻略しただろうが。
万一死ぬかもってなると、たった1mの幅にビビっておっかなビックリ。情けない。
今の俺が落下したらどうなる?
カメラは俺の姿を追跡し、美少女が挽き肉になる所を映し出すだろう。
マニア垂涎のスナッフビデオの完成だ。俺だってメキシコの怪しいグロ動画を良く見たモノだ。自分がそうなる版が来ただけ。ビビるな!
息を整え、なんでも無いように歩く。
怒りに任せて、不遜に大胆に。死んだらそれまで、それで良いじゃねーか。
ビビった映像を残してどうする?
どうせ死ぬなら格好付けた映像を残して死ね。
割り切った。するとどうだ?
「よっと」
1m程度の隙間なんて、軽くジャンプすりゃ越えられる。
手汗もすっかり引いて、今日の晩飯に何を食うかなんて考える余裕まである。
まぁアレだ、流石に晩飯は逃避だ。
だが、死ぬ事を考えてビクビクするよりよっぽど良い。
「よっと」
すると、20分もしないうちにあっさりとクリアーした。
次の扉に入る。
と、その前に、気になって振り返る。
時間制限用のグールはまだ来ない。
早過ぎたか……いや。
橋の向こう、バンッと大扉が開き、グールが現れた。
よちよちと歩いて橋を渡ろうとする。
……ゲームの通りだ。
一定時間でグールが登場。ゆっくりと橋を渡り始める。
現実化したらルールが変わるモノかと思っていた。
何故って、あまりにもゲーム的過ぎる。
「気にしても仕方ないか」
俺は最後の試練への扉を開けた。