俺はまたマリンフォードに帰ってきた。今回は二ヶ月ほど留守にしていたから、またセンゴクにたっくさんモフられた。
また心配をかけたらしい。
やはり首輪をつけるべきか、なんて話もされたが、それは拒否。飼いポケモンになる気はない。
「今度はどこにいってたんだ? 毛並みがボサボサだぞ」
「ソル」
白い町での日々はマリンフォードに比べると悪かった。またろくに食べられてないし、毛並みも整えられてない。
あの町の悲惨な末路については、かわいそうだが災いの知らせを理解できなかったのだからしょうがない。鉛中毒があの病気の症状なら、珀鉛が災いだとわかってももう遅かったかもしれないし。
しかし阻止こそできなかったとはいえ、災いを知らせる事で本能が落ち着いたのも事実。なんとも言えないな。
センゴクに念入りにブラッシングしてもらい、毛艶を取り戻した俺は、食堂に来ていた。やはりまともに食えていないと体力が落ちる。食わねば生きられない。
今日は大盛りカレーにした。
「ま〜たどっか行ってたのかい」
お、ボルサリーノだ。今日は焼き鯖定食か。
「不思議な生き物だね〜。ほんと、どこでなにやってたんだい?」
災いを知らせる仕事だ。と思いつつ、俺はカレーを食べるのに集中している。
ボルサリーノは俺がどこに行っているのか、さほど興味がないのか自分も食事に戻った。
視線を感じる。食堂の海兵達だ。
何ヶ月ぶりかの俺の姿。しばらく留守にするとあにまるせらぴー? が無くなって不安になるそうだ。
海兵というのはストレスも多い仕事らしく、俺はたまに「モフられ屋」をしている。
1回5分100ベリー。俺をモフり放題のサービスだ。
あまりにも俺をモフモフしたい海兵が多かったから、クザンが「金取ったら?」と提案してできたのである。
因みにいただいた代金は俺のブラシ代やおやつ代に還元される。
俺が気が向いた時にモフられ屋のクッションに座れば開始されるので、開催は不定期である。
死んだ目をして100ベリーを連コインしてくる海兵達にも慣れたものだ。
俺も撫でられるのは別に嫌いじゃないが、吸われるのは微妙な気分になる。吸って何になるんだ。
しかしまぁ、海兵達の顔がどこか疲れているのも事実だ。これでは疲労からのヒューマンエラーが起きかねない。
しょうがない、と俺は食べ終わったカレー皿をボルサリーノに戻してもらうと、モフられ屋のクッションに座った。
「ヤイバがモフられ屋になったぞ!」
「おい今財布に小銭無いって!」
「二ヶ月ぶりのモフモフだぁー!!」
モフられ屋のクッションの前に置かれたグルトンみたいな形の貯金箱に男どもが群がる。
あんまり騒がしくすると怖い上司が怒りにくるので、コインを入れたやつから順番に整列した。こういう所は訓練されている。
タイマーをセットし、俺は順番に海兵にモフられていく。くるしゅうない、くるしゅうないぞ。
中にはモフるのではなくブラシ持参で俺のブラッシングをする奴もいる。それが癒しになるらしい。
首元の毛に顔を埋めてひたすら吸い続ける奴もいる。人間は息を吐かないと死ぬんだぞ。
「……」
あ、サカズキだ。
無言で100ベリーを貯金箱に入れている。手にはジャーキー。サカズキは俺のおやつのレパートリーがジャーキーしかない。
そしてモフられ屋の時のサカズキは俺におやつを渡して、それを食べる俺を眺めて一切触れずに終わる。それで満足できるのかはよくわからない。
全ての動作が無言だし、顔も眉間に皺が寄っているから機嫌がいいのか悪いのかもわからん。
でもわざわざ並んでまで来るってことは悪感情ではないだろう。
ジャーキーはありがたく受け取っておく。カレーではちょっと足りなかったのだ。
「おーおー、大人気だね『モフられ屋』」
「二ヶ月ぶりってのもあるだろうねぇ〜」
クザンがボルサリーノと話すのが聞こえる。
俺は基本モフモフされる以外にアクションを起こさないのでモフられ屋をしている時はまま暇である。
「あの貯金箱にいくら入ってんだろ。マージンとか貰えばよかったかもな、提案者として」
「あの中身はセンゴクさんが厳重に管理してるからね〜、専用金庫付きで」
「本人はモフられ屋に来たことないのに」
センゴクは最高責任者でいつも胃を痛めてるんだ。こういう場所に来られないのも仕方がないのだ。
最近はマリンフォード全体に災いの気配がない時はセンゴクの執務室にいることも多い。俺は誰かの膝に乗るにはデカいし重いから、床に丸くなって寝ていたりする。
たまに撫でられる感触があるからセンゴクの邪魔にはなっていないのだろう。センゴクはなんだかんだ俺を一番可愛がってくれているので、100ベリー取らずともモフられてやるのだ。
このモフられ屋は一般海兵に向けてのイベントと言える。まぁサカズキみたく割といつでもモフれるやつが来たりするけど。
でもそろそろ俺だけに使うには無理がある金額になってきた気がする。モフられ屋が盛況しすぎているのである。
中には「お布施」として100ベリー以上の金額をねじ込んでくる奴もいるから、金庫の金額も相当なものになっていそうだ。
俺はただモフられているだけなのだから、そこまでの金額を使わせてしまうのはなんだか気が引ける。
どうしたものかな……と考えていたら、食堂の掲示板に良さそうなものを見つけた。
「ん、どうしたヤイバ」
俺は貯金箱を咥えると、掲示板のポスターを指差す。
ポスターの内容は「海兵遺族支援募金」というもの。マリンフォードに住んでいる海兵の家族に、その海兵が死んでしまった時に支給される支援金を募る内容だ。ちょうどいいじゃないか。
「……もしかして、モフられ屋の売り上げをこれに寄付しろって言ってるのか?」
「ソル」
クザンの言葉に頷けば、辺りが一瞬シン……となった後、どっと海兵達が泣き始めた。
「ヤイバァ! お前はそんな事まで考えてくれるのか……!」
「海兵の中の海兵だよお前は!」
「ヤイバ先輩! 一生ついていきます!」
いや俺は海兵ではない。
俺にばかり大金を使わせるのは申し訳ないからこれに使ってくれと言っただけだ。実際、街の中では海兵の夫を亡くした母子とか結構いるのだ。そういうのを見てきた身からすると多少なりとも力になりたいのは当たり前だ。
海兵が抱きしめようと寄ってきたので回避する。モフるのはいいが抱きしめるのは色々危ないので却下。モフられ屋も今日は店じまいだ。
「おれがセンゴクさんに伝えとくよ。お前はほんと人間に優しいんだな」
俺は人間に優しいのではなく、災いの目を潰しているだけなのだ。
生物を守ることが本能に刻まれているから、これは俺のためでもある。つまり、そんななにか高尚な精神だとか慈悲の心だとかそういうんじゃない。
俺がもっと優しかったら、救えなかった生き物をもっと偲んでいただろうし、救えなかった自分を許さなかったはずだ。
元の世界でも、この世界でも、案外命というのはあっけなく散る。
雪崩の意味を知らず洞窟の外に出て巻き込まれてしまった幼いポケモンや、俺を信じずに火山の噴火に巻き込まれた人間。
そういう存在を、もっと覚えていたはずなのだ。
「あんまり自分を安売りするなよ」
クザンにそう言われたが、俺はむしろ自分の身体を高いと思っている方だと思う。
ここまで生き延びてきているんだからな。滅んできた生物達を置き去りにして。
貯金箱をクザンに預け、俺は市街地へ散歩に向かうことにした。
この島も、何十年後かにまだ健在かはわからないのである。
◇アブソル:人に触られることに慣れているのでモフられることはストレスではない。でも抱っこやハグは爪やツノが危ないのでNG。助けられなかった命を理由に病まない。