「早速の稽古じゃあ!」
ガープに捕まったまま、俺はなにやら海兵たちが取っ組み合ってる部屋に入った。どうやら訓練場らしい。
とくに体術関連の部屋なのか、降ろされた床は若干柔らかい。打ち付けられた時に痛みを和らげるためだろう。
突然入ってきた上司と謎の獣に海兵たちは一旦訓練を止めた。無理もない。
俺は海兵になるなんざひとっことも了承していないのに、このおっさんやけに自由だし人の話を聞かない。こういうタイプは苦手だ。
「ほうれ、かかってこい!」
ガープが構える。といっても俺にやる気はなかった。なぜ好き好んで人間を傷つけないといけないのか。アブソルは平和が好きなんだぞ。
俺の刃や爪の威力は人の命を簡単に奪えることを知っている。だからこそ、こんな訓練だので生身の人間相手に振るう気はない。
もー俺の負けでいいって。とその場に座った。
「ぬぅ、やる気がないのか?」
はい。
「ではこちらから行くぞ!」
はい??
あ! ガープが 殴りかかってきた!
思いっきり振り上げられた拳を紙一重で避けた。そのまま追撃の第二の拳もひらりと避ける。
コイツ、問答無用かよ!! ふざけんな!!
次々と繰り出される乱打を俺はひたすら避けまくる。
上上下下左右左右ジャンプジャンプ。なんか違う世界のコマンドな気がしたがひたすら避けまくる。
おま、おまえ、本気の風圧だろそれ! ガチで殴りかかってんじゃねーか! 何が稽古だ!!
意地でも人を傷つけたくない俺はひたすら避けた。海兵から歓声が上がるくらいには華麗に避けていたと思われる。
ポケモンの身体能力についてこれるこのおっさんもおかしいが。
何度か「やめろ」と声をかけたが聞く耳を持たない。
「ほらほらぁ! 反撃せんかぁ!!」
別に隙を見つければ反撃はできる。これでも長年生き抜いてきた野生ポケモン。これより酷い目になんて沢山あってきた。特に唐突に喧嘩を売ってるドラゴンポケモンとかな! ふざけるなよ。
腐ってもレベル100。この程度の乱撃ならなんとでもなる。
しかしそれをしないのは、本当に俺が人間と戦いたくないからである。たとえ訓練だろうと俺の力では生傷を作ってしまうだろう。
俺は一度ガープから大きく距離をとって、ため息を吐いた。
その様子に、ガープが拳を再度握りしめるが鳴いて静止する。
そして俺は、訓練室の片隅に置いてあるサンドバッグに向かった。なんの変哲もない、ただのサンドバッグだ。
俺はそれに向かって頭のツノを一振りした。
サンドバッグが一刀両断され、中身が床に散らばる。
この程度、わざを使うまでもない。
舐めるなよ、俺は簡単にこのくらいのことができちまう。アンタとやり合わないのは危険だからだ。と鼻を鳴らせば、ガープは「見事!」と大笑いした。
……本気でわかってるのか? 拳にツノが当たった瞬間裂けてたかもしれないんだぞ。それなのによく笑っていられるな。
「お主は人間を傷つけたくはないんじゃな?」
「ソル」
是の返事をする。
俺は基本的に守る存在であって戦う存在ではない。世の中には好戦的なアブソルもいるだろうが、少なくとも俺はそれに該当しない。
サンドバッグだって海軍の備品だろう、壊すのに少し躊躇った。
わざを使えば、この訓練室まるごとボロボロにだってできる。それをしたらマリンフォードを追い出されそうだったからしなかったが。
サンドバッグはセーフだと思いたい。
「思ったより穏やかな気性の様じゃのう……これでは海賊とも戦えんか」
「た、戦わせる気だったんですか!? ガープ中将!?」
耐えきれないと海兵のひとりがツッコんだ。俺だって海賊とは戦いたくない。人間同士で争うなら勝手にやってくれ。人間同士の争いに余計な乱入をすると碌なことにならないんだ。長年で学習した。
自衛はするが、それでも極力逃げたり無力化したりの方向に持っていきたい。血は見たくないものだ。
ガープ中将は勿体無いのぉと言いつつ、しょうがないと稽古を止めた。俺の戦いたくないオーラが伝わった様で何より。
なにやらアフロのおっさんがガープを怒鳴って呼んでいるので、ガープとはここで一旦お別れだ。
俺はテキトーにこの海軍本部内をうろつくとするかね。
実はちょっと気になっていたのだ。市街地とは違う要塞みたいなこの施設がどんな仕組みになっているのか。
入っちゃいけない部屋もあるだろうから廊下をうろつくだけだが、なんだか面白いものが見つかりそうだ。
市街地では災いの気配もしないから、今日は平和な一日なんだろう。安心して要塞の探検ができるってもんよ。
何があるかな、何があるかな。と、あたりを見回しながら歩いていると、誰かにぶつかった。あぶね。
「んん〜? なんで海軍本部に犬がいるんだ?」
見上げれば、モサモサ頭の背の高い男がこちらを見下ろしている。
誰だか知らんがぶつかってすまんね。俺はアブソルです。
と会釈すれば、「これはどーも」と相手も会釈を返してくれた。
いい人だ。
「で、キミどこから入ったの」
どこって、正門からですが。ガープに連れてこられたのでね。
と言おうにも伝わるはずもなく。
「まぁいいか。おれ食堂行くけど一緒に来る?」
ほう、食堂。そういえば動いてお腹が減ったな。俺用の飯とか出してもらえるだろうか。
ついていく。と返事をして、モサモサ頭のおっさんの後ろを歩き始めた。
食堂は近かったのか程なく着いた。昼より少し前だからか空いている。それでも人はいるので、現れた俺の姿に何人かは不思議に思っている様だ。
「何食べよっかな〜。お前は何食べる? ドッグフードは流石にないんだけど」
ドッグフードが何か知らんが俺は美味しければなんでもいい。
食堂のカウンターに吊り下げられたメニューは、焼肉定食、アジフライ定食、カレー……。
お、カレーあるやん。俺はガラル出身なのでなかなかカレーとは馴染みがあるぜ。
俺はなんとか二足で立ってカウンターのメニュー表にあるカレーの欄を爪でつついた。
「カレー? カレー食えんのお前」
「ソル」
食えるよ。渋口で頼む。ミクルのみでもリュガのみでもなんでもいいぞ。トッピングはあってもなくてもいい。俺が好きなのはトロピウスのフサが乗ったやつ。あれ美味いんだ。数回しか食ったことないけど。
モサモサ頭のおっさんは俺の分のカレーも頼んでくれた。おまけに俺が食べやすい様に深皿の皿に入れてくれる様にも頼んでいた。なんて親切なんだ。
モサモサ頭のおっさんは唐揚げ定食を選んだらしい。
席について……俺は床だが……料理完成を待つ。
あまり待たずに完成したのは空いているからだろうか?
「ほれ、その綺麗な毛を汚さねぇようにな」
モサモサ頭のおっさんがカレーを運んできてくれた。フサは乗ってなかった。残念。
でも具材がゴロゴロ入っててボリューミーで美味しそうだ。
俺はいただきますと一声鳴いてから食べ始めた。
うーん、若干辛いな。渋さはない。まぁこれでも美味しい。
黙々と食べる。カレーを食べるのも久しぶりだ。雪山に篭ってからてんで食えなくなってしまった。もう少し人里に近いと食べれてたんだが。
うまうまと食べていると、モサモサ頭のおっさんの対面にサングラスをかけたおっさんが座った。サングラスのおっさんはアジフライ定食だ。
「ん〜? なんだいその白いのは」
「本部内をうろついてた犬」
「犬……かねぇ〜?」
俺の姿を見て首を傾げるサングラスのおっさん。俺はイヌポケモンではないぞ。アブソルだ。正真正銘。
「なんでまた犬……? が本部にいるのかね」
「しらねぇけどかなり賢い。自分でカレー食いたいってメニュー指さしたんだぜ」
「へぇ〜……あ、ガープさんが珍しい生き物を捕まえてきたって言ってたけど、それかねぇ」
捕まえてきた? 俺に助けられたの間違いだろ。
俺は断じて捕まっていない。トレーナーの手持ちにはならないぞ。
ペロリと平らげた皿を咥えて、食べ終わった皿を戻すカウンターに置きたいのだが、どうにも体高が足りない。
困っていると、ひょいと体が持ち上げられた。
「なにしちょるんじゃ、この犬は」
イヌじゃない、アブソル。
しかし助かった。これで皿を返却できる。
カウンターに皿を置き、「ありがとう」の意味を込めて一声鳴いた。
フードのおっさんはそれを聞いて俺を床に降ろしてくれたが、俺が何者なのかはわかっていないらしい。
「おいクザン、なんじゃこやつは」
「ガープさんが拾ってきた謎生物」
「はぁ……?」
それがなぜ食堂で飯食っとるんじゃ。とフードのおっさんは首を傾げた。
俺としてはさっきまで稽古に付き合わされていたので、ガープには迷惑している。ガープを飼い主とは認めたくない。
「なんじゃ不思議な生物じゃのう。頭はいいようじゃが」
「ガープさんも変なの拾ってきたねぇ」
変なのとはなんだ、変なのとは!
◇アブソル:争いは嫌いな個体。試合としてのポケモンバトルも嫌。平和に暮らしてたいタイプ。自衛しないとは言っていない。カレーは親切なトレーナーがご馳走してくれたのを食べたことがある。
◇ガープ:どうやら争い事自体が嫌いらしいというのを理解した。自衛手段はあるっぽいがその力を正義に使えないのは勿体無いなぁと思っている。
◇クザン:なんか変な犬がいたから飯に誘ってみた。思った以上に賢くてびっくり。
◇ボルサリーノ:なんか同僚が変な犬と飯食ってた。人間のご飯食べて大丈夫なのかちょっと心配。
◇サカズキ:変な犬が食堂にいるしなんか皿返却してる。なにこれ。