やってきたのは新緑溢れる緑の町。
島の中央には巨木が立ち、どうやら中をくり抜いて建物になっている様子。
さーて、その巨木から災いの気配がガンガンする。頭痛いくらいに。
というか島全体がもう死ぬのか? ってくらい災いに満ちてる。
こりゃ骨が折れるぞ。
俺はとりあえず、災いの元になっている巨木から人を遠ざけようと思った。この島から出ないとたぶんみんな死んでしまうから、本当は船にでも乗せたいんだが……あいにくこの島には港らしい港が無く、船も無かった。
巨木の中は図書館になっているらしい。無数の本が並ぶ空間に圧倒されるが、すぐに自分の役割を思い出す。
ということで、中にいるお前達、外に出ろ。
「な、なんだぁ? この獣!」
「狼でも豹でもない、新種の生き物か?」
「うわわ、なんで押してくるんだよ!」
図書館内にいた人間達をなんとか外に出そうとする。外どころか島からも出て欲しい。この島は直に終わる。
どうやってそのことを伝えようか。残念ながら俺はテレパシーなんて使えないから人間の言葉を話せないのだ。
ここ、危ない、逃げろ。
それだけ伝えられたらいいんだが……人間達は学者なのか、俺の生態に興味を持ち始めてしまった。
そうじゃない!
「耳はどこにあるんだ? ツノはどの部位が進化したんだ?」
「文献が無いか漁ってみるか」
「おーい、生物学得意な奴呼んで来い!」
だーもー、図書館の中に入るなって言ってるだろ!
なんとか図書館から出そうとするが、学者達は人数が多く、俺だけでは留めきれない。
ならばと学者のうち一人を背中に乗せて、俺は海岸へ向かって駆けた。
「な、なんだぁ!?」
この島、危険! はやく逃げろって仲間に伝えろ!
クソ、通訳係がいれば楽なのに。某喋るニャースみたいな都合のいい奴はそうそういない。
海岸に連れてきて外へ向かうことを促そうとしたのだが、学者にはうまく伝わらない。
他の学者も海岸に連れてきたりしたが、そういう遊びだと思われてしまった。
「生き物を運ぶ習性が?」
「魚を獲れと言っているのかもしれんぞ」
「お腹空いてるの?」
学者の中にいた黒い髪の女の子がこちらを見つめるが、全くもって違う。魚なんて要らないから、島の住民全員ここから離れろ!
俺はこの世界の文字が読めない。言葉はわかるが、文字にされると読めなくなるのだ。だから、爪で文字を書くとか、そういうのもできない。
ボディランゲージでなんとか伝えるしかない。
学者達は賢そうなのに、俺の言いたいことを全然理解してくれない。むしろ俺が新種の生き物で、論文にすれば大発見かもしれないと話している。
俺はなかなか伝わらない真意にイライラして少し呻った。図書館や町を破壊して、強制的に退去させる方法も考えたが、今の俺は一応海軍で過ごさせてもらっている身。俺が暴れると海軍に迷惑がかかるし、なにより破壊行動はしたくない。
平和的にここが危険であることを理解させたいのだが……クソ、クソ、どうすればいいんだ?
学者達はなにやら俺に識別用のタグを付けようとしてくる。研究材料になんかなってたまるか。俺は一度作戦を練り直すことにして、森の中へ逃げた。
一晩を森で明かし、未だガンガンと頭に響く災いの気配を感じながら、俺は食糧を探して森林をうろついていた。
リンゴでもオボンのみでも、この際味に文句は言わないから食べたいのだが……見つかったのは子どもに石を投げられるあの時の女の子だった。
「妖怪女!」
「やーい、やーい!」
投げられる石は女の子の体を打ち、血を流させる。
見ていて気分のいい光景ではなかった。
なにより、「わざわい」ポケモンとして迫害されてきた頃を思い出して、ムカムカする。
俺はわざと低く呻りながら、茂みを掻き分けた。
突然現れたツノを持つ猛獣に、子ども達はビビって逃げていく。フン、クソガキどもめ。
女の子はその場に残ったまま、意外そうにこちらを見ていた。
「助けてくれたの?」
人同士の諍いにはあまり口出ししないのだが、今回はなんだか自分と重ねてしまって介入してしまった。つまり、ただの気分だ。
アブソルとして褒められたことではない。
俺はバツが悪くなって、さっさとその場から離れようとした。
「ま、待って!」
女の子が引き止める。なんだ、またタグを付けようとするならお断りだぞ。
ジロリと見つめると、女の子はポケットから袋を取り出し、開いて地面に置いた。
中身はクッキーで、枚数は少ないが美味しそうな焼き目がついている。
くれるのか? と顔を上げれば、「肉食だったかな」と残念そうにつぶやかれた。
俺は雑食だ。
くれるというならありがたくいただこう。ちょうどお腹も空いていたし。
俺はクッキーを齧る。バターの風味が効いててなかなか美味い。菓子類はほとんど食べたことないから、新鮮だ。トレーナーに飼われているポケモンはポフィンやらポフレやらを毎日のように食べているのだろうか。
まぁ俺はきのみで満足できるが。
クッキーを完食し、「ごちそうさま」と礼を言う。女の子は野生ポケモンとの距離感をわかっているのか、触ってくることはない。
「ありがとうね」
その言葉は素直に受け取れないが、まぁ、次も助けてもらえるとは思わないことだ。これは本当に、ただの気まぐれなのだから。
*
島で一ヶ月ほど過ごしていた。未だにわかってくれない学者達に、だんだんと大きくなっていく災いの気配に俺は消耗していた。
ある時は図書館の前でひたすら鳴いてみたり、隠し部屋らしき場所に入らせないよう図書館内に入る人全員外に出したりした。
図書館を出禁になった。
民間人ならわかってくれるかもしれないと町に姿を現せば、猛獣が出たと猟師が駆り出された。
俺はすっかりこの島のはみ出しものだ。
別に俺が嫌われようがどうでもいいが、もう逃げられるかわからないほどに災いが大きくなっていっている。
焦燥感に身を焼かれながら、俺は無駄に時を過ごしていた。
今は森の中でどうしようか考えている。最近まともに食事を摂れていないから頭が回らない。
そんな頃だった。
島に砲撃音が響いた。
衝撃で空気が揺れる。
海賊か、と海辺の方を見れば、砲撃しているのは海軍の船だった。
何故だ? 海軍は人を守る組織だろう、何故民間人がいる島を攻撃するんだ。
そして俺は災いの気配が最高潮に達してしまったこと、もう逃げられないことを悟った。
図書館に火がついた。
未だ砲撃音は止まず、学者達は逃げればいいものを本を湖に投げ飛ばすのに必死だ。
何故海軍がこんなことをするのか、俺には全くわからない。俺は海軍の本部に住んでいるが、別に仕事に関わっているわけではないから。
しかしなんとなく、これをあの優しいセンゴクが決行したとは思いたくなかった。
そして問題は、これが人と人との争い……いや、一方的な蹂躙であること。
人同士の諍いに、俺は無闇に突っ込めない。
人同士の問題に下手に介入すると大火傷を負うのだ。
巨人が暴れているのが見えた。
俺は何ができるだろう。これは人同士の戦争で、俺はポケモンだ。
災いの知らせを彼らは受け取れず、最終的には無視した。
人によってこの島は滅びようとしていた。
「島にお母さんが……!」
崖の上からあの女の子が泣いているのを見た。
何故か、いや、海軍の船があるんだから当然か。クザンがいる。クザンもこの作戦に賛同したのか? この島を地獄に変えたのか。
心が少し冷える。
クザンは女の子と数回会話して、女の子を船に乗せた。
女の子は半ば放心状態のまま、船でまっすぐ島を出ていく。
それを見つめるクザンの前に、俺は降り立った。
「! お前……」
よぉ、随分なことやってるみたいだな。これが「正義」とやらのやり方か?
皮肉を込めて鼻を鳴らせば、クザンはただ黙り込んだ。
島はもうほとんど燃えかすだ。
「なぁ、ヤイバ……」
クザンは俺に語りかける。いや、ほとんど独り言なのかもしれない。
「正義って……なんだろうな」
それを俺が知るかよ。
お前は人殺しで、俺は救えなかった馬鹿だ。
それ以上でも以下でもない。
俺はクザンの元を去り、ちょうどよく現れた空間の亀裂に飛び込んだ。先はマリンフォードだ。
背後にある軍艦のマークが、少し揺らぐのを感じた。
女の子の行先は、知らない。
◇アブソル:助けられなくても真正面からそれを受け止めるタイプ。人と人との争いに無茶に干渉して死にかけた経験があるため人との争いを極力避ける性格になった。自分はポケモンで、人間とは別の存在ということを強く意識している。
別に本人は正義で動いてはいない。
◇クザン:サカズキのまさかの行動に正義とは何か考え直すことになる。ヤイバがどうしてオハラにいたのかはわからないが、海軍の闇の部分を見られて見限られないか不安。
◇ロビン:唯一生き残ってしまった。クッキーは学者の誰かから貰ったもの。