災いの獣、大海に侵入する。   作:月日は花客

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8:海鳴

 

 深夜。

 街灯すら寝静まり、マリンフォード全体が静かな海風だけを感じている時間。

 俺は未だ起きていた。

 いや、起きていたと言うのは的確では無い。気配を感じて、睡眠から目覚めたのだ。

 今日の俺の寝床は海のさざめきが耳に心地いい波止場だった。

 その波止場の前の海に、見知った……知り合いの気配を感じたのである。

 

 俺は立ち上がると、波止場の下の海面を覗き込んだ。そこには金の瞳が爛々と輝いている。

 ゆっくりと浮上してくるそれは巨大で、海の怪物という形容が相応しいか。

 

『よう、“災いの”』

 

 お前もこっちに来てたんだな。

 ……カイオーガ。

 

『旧知の仲のやつがいきなり雪山から姿を消したって聞いてな、探すのに苦労したぜ』

 

 ああ、あの引きこもり野郎のせいでこんな世界に来ちまったんだよ。ちょうど暇してたから、別にいいんだけどな。

 お前はなんだか、随分と機嫌が良さそうじゃないか。

 

『ここは海が圧倒的に広いんだ。深さもあるし、グラードンのやつに見せてやりたいくらい海に満ちてる。最高だぜ』

 

 ああ……確かに、大陸らしい大陸は珍しいらしいな。ほとんどが島だとか。

 俺はマリンフォードからほとんど出ないから、この海全体のことは知らないけれど。

 

『たまにデカい生き物が喧嘩売ってきたりするが、たいして強くないしな。俺が過ごすには最高の環境だ。で、しばらく観光してたんだが……そろそろ一回お前に会っとこうと思ってな』

 

 そうかよ。それはどうも。こっちはこっちでそこそこ楽しくやってるぜ。

 人同士の争いが絶えない世界みたいだから、そこは面倒だけどよ。

 

『はっはっは、お前に害をなす奴がいたら適当に津波でも起こすから、いつでも呼んでくれ』

 

 過保護め。俺はそんな柔じゃねーよ。自分に降りかかる火の粉くらい自分で払える。

 

『そりゃ悪かったな。でもお前が死んだら、いろんなデケェやつが動くだろうしよ。危ないと思ったら助けを呼ぶってこともわかっておくんだぞ』

 

 親戚のおっさんみたいなこと言いやがって。

 しっかし、お前はどうやってこの世界に来たんだ? ここは元の世界とは違う明らかな異世界だ。

 

『あの引きこもりがなぁ、お前さんだけだと心配だからって知り合いを片っ端からこっちに送ってるらしい。観光途中で他のやつとも会ったぜ。それぞれ好きにこの世界を満喫してるようだ』

 

 過保護め……。確かに俺はお前らと比べたら種族値にも力にも劣るが、そう簡単にくたばる自分じゃねぇっつーのに。

 

『はっはっは、皆心配なのさ。“流星の”はまだ寝てるらしいが、近々来るだろうよ』

 

 お前達伝説のポケモンの「近々」は信用できん。

 あの寝坊助のことだ、まだあと何十年かは寝てるだろうよ。

 

『それでも待つんだろう? 健気なことだ』

 

 腐れ縁だからな。願いを叶えてもらった分は生きてるさ。

 お前、この世界を観光してきたんだろ? なにか面白い事は無かったのか。

 

『そうさなぁ……ホエルオーみたいな船に乗った男は面白かったぞ。あれはグラードンが好きなタイプだ。アイツはまだこっちにきてないみたいだから紹介できないのが残念だぜ』

 

 ふぅん? お前が人間を気にいるなんて珍しいな。人と関わるタイプじゃなかっただろ。

 

『まぁそう言うなよ。結構深く潜水してたのに気づかれてな、攻撃してこなかったんでしばらく遊泳に付き合ってもらったのさ。いやぁ豪快なやつでなぁ、人の割に力もありそうだったし、背中に乗せたら楽しかったかもしれん』

 

 伝説のポケモンがホイホイ人を背中に乗せるなよ。海の怪物の二つ名が泣くぜ。

 

『んなこと言われたってなぁ、広い海にテンション上がってんだ。次は深海にでも行ってみようと思う』

 

 そうか。あんま目立つと面倒ごとに巻き込まれそうだから、程々にしておけよ。

 ふぁ……こんな深夜に起こしやがって。

 

『悪いな、昼に来たらここの人間を驚かせるだろう』

 

 配慮はありがたいけどよ。……俺はもう寝るぜ。お前はさっさと深海に潜っちまえよ。

 明日も早いんだ。眠いままだと訓練に支障が出る。

 

 俺がそう言うと、カイオーガは「じゃあ、またな」と海の中に潜っていった。随分と静かに潜水したのは、波の音で人を起こさないような気遣いだろうか。

 カイオーガは俺の知り合いの中でもそこそこまともな方だから、こういう細かな配慮をしてくれるのはありがたかった。

 いや、喧嘩相手のグラードンがいないから機嫌がいいのかもしれない。

 俺はまた静かになった波止場で、欠伸をして丸まった。どうせ明日もガープの訓練に付き合わされるんだ。しっかり寝ておこう。

 

 *

 

 俺がマリンフォードに来てから半年。

 すっかりマリンフォードの一員となった俺は、一部海兵からは「ヤイバ先輩」と呼ばれ尊敬を集めていた。

 三人の中将を軽々相手取ったあの回避トレーニングが主な原因と思われる。

 新兵も本部に入ってきて、特に19歳のロシナンテってやつが俺の中で注目している。

 こいつ、すっごいドジなのだ。

 何がすごいって、何もないところで転ぶわお茶はひっかぶるわ書類は破くわ。

 もう本人が災いに憑かれてるんじゃねーのってくらいドジる。ドジで済ませていいのかわからないほどに。

 

 だから最近はツノが微量の災いを感知したと思ったら大体こいつだ。もはやわざとかってくらいやらかしやがる。

 その割に戦闘能力は高い。どうして?

 ナギナギの実の能力者らしく、音を消すことができるらしい。たまに本人が能力の消し忘れでミュートで喋っている。

 

「お、ヤイバ先輩だ。おはよーございまーす!」

 

 だから、最近の俺はロシナンテにつきっきりである。

 まず挨拶と同時に足を滑らせて転ぶので身体で支えてやる。

 その次に起きあがろうとして俺のツノを触りそうになるので回避し、少し押して立ち上がらせる。

 これはロシナンテとのいつものあいさつのような動作だ。

 

 そしてロシナンテは士官学校を出たばかりの新兵なので雑用が主な仕事となる。

 上司にお茶を入れようとしてお湯を沸かすのを忘れているので代わりにコンロのスイッチを押してやり、お茶っ葉の量を間違えるので計量スプーンを渡す。

 アツアツのお茶が入った湯呑みを持とうとして溢すのでミトンを渡し、トレーを持ちながらギリギリでドアを開けて溢すので先にドアを開けてやる。

 こうしてようやくロシナンテは一切のドジなく上司にお茶を渡せるのだ。

 

「いつもお疲れ様だ、ヤイバ。お前のおかげでおれは熱いお茶をひっかぶらずに済む」

「ドジっ子でスミマセン……」

 

 ロシナンテは大量の前科があるので、基本的に雑用や書類仕事に関するミスはもはや通常となっている。

 しかし戦闘訓練では高い成績を残しているのだから、わからないものだ。まだ19歳なのに背も随分高いし、身体能力には優れているのかもしれない。

 

 ロシナンテに俺がつくようになってから、あの大量のドジが見違えるように減ったとセンゴクが泣いて喜んでいた。いや、俺がいなくてもドジらないよう頑張らせろよ。あの天性のドジっ子はどうやったら治るんだ。

 ロシナンテはセンゴクの秘蔵っ子のようなものらしい。ふーん。しかし贔屓は見えないのと、本人がドジっ子なりに頑張っている気のいい性格だからか他海兵との関係も良好なようだ。

 あ、でも俺と過ごす時間が少なくなった三鳥トリオからはちょっと妬まれている。しょーがねーだろコイツ目を離すとすぐドジって怪我負ってんだ。生まれたてのピチューかよ。

 

「いつもありがとうなぁ、ヤイバ先輩」

「ソル」

「でもヤイバ先輩といると一部中将の目線が怖いんだよなぁ」

 

 諦めろ。あれはただの醜い嫉妬だ。

 訓練やら散歩やらには構ってやってるんだから、もうちょっと心を広く持てばいいのにな。

 そう考えつつ、また転びそうになったロシナンテの体を支えるのであった。

 いい加減にしろ。








◇アブソル:ロシナンテ係と呼ばれている。やることなすこと全てがドジに繋がるロシナンテが心配。でも戦闘はちゃんとできるから不思議。ロシナンテに特別なついていると言うわけではなく、保護者目線。

◇カイオーガ:海がめっちゃ広くてヒャッホー。クジラの船のおっさんとはまた会いたい。

◇ロシナンテ:今日も今日とてドジっ子している。ヤイバのことは早々に先輩呼びしだした。仕事にやる気はある。ドジっ子なだけ。
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