俺がマリンフォードに来てから、はや数年が経とうとしていた。
この数年間で、俺はすっかり「マリンフォードの安全装置」として街の人を守ったりしていた。
なんだか知らないが地位も高くなったのか、新兵は俺に敬語を使う。「マリンフォードに家族がいるなら、ヤイバ先輩には挨拶しておけよ」みたいな言葉が出回ってる。
俺としては新兵の家族なんて顔も知らないのだが、災いが来たらそこから救うだけだ。それは本能であって俺の正義ではない。
何度か首輪をつけられそうになったり、階級の高いやつがつけてるマントを着せられそうになった事があったが、全力で拒否させてもらった。俺はマリンフォードに住んでいるが海軍の下につく気はない。俺は自由が好きな野良なのだ。
ロシナンテは任務だとかでマリンフォードから去ってしまった。だから日々の災いの数は激減し、俺もそこそこ暇な日々を送っている。
ガープの訓練に参加するのもいいが、勝手に参加するとセンゴクに怒られるので結局散歩になってしまう。
年単位でここにいればすっかり住民も俺のことを仲間と認識し、俺の散歩も日常の光景となる。
平和だ。平和だが、なんというか……本能の仕事ができなくてちょっと不満だ。
暇は人を殺すというが、それはポケモンだってそうだ。俺は災いを知らせる事が本能に組み込まれているから、これを適度に発散できないとストレスが溜まる。
平和なのはいい事だが、平和すぎると己の存在意義なんかを自問自答してしまって、落ち着かないのである。
ロシナンテがいた頃はあのドジをひたすら防いでいたから、それが急に無くなって身体が対応し切ってないのもあるだろう。
ロシナンテは今どこで何をしているんだろう。きっとドジをしているのは変わりないんだろうな。
あー今日は何をしようかな〜と人通りのないマリンフォードの廊下を歩いていた時だった。
目の前に、亀裂が走る。
図書館の島と同じように、災いの気配を伴って。
俺は迷わず飛び込んだ。今回もきっと大仕事になる。
飛び込んだ先の景色は、真っ白な街だった。
*
白、白、白。どこもかしこも、木さえも白い。
雪が積もっているわけではないのに、一面真っ白な街。
俺は街を見渡せる山に降り立っていた。
見た目は綺麗だが、なんとも言えない嫌な予感が漂っている。
山は鉱山のようで、あちこちに坑道が開いていた。そこから感じられる、濃厚な災いの気配。
中に入ってみると、真っ白な鉱石がある。おそらくはこれを目的に鉱夫は岩を掘っているのだ。
しかしこれは……ダメだな。うん、ダメだ。災いの元がこれだ。
鉱物毒ってやつか。元の世界にも似たような鉱石はあった。そういうのは人間が慎重に管理していたり、ポケモンたちも本能で避けていたり、逆に適応して食べている奴もいた。
だがここの人間はこれの危険性をわかっていないらしい。あの真っ白な街はきっと、全部この鉱石でできている。
さて、どうしようか。
手っ取り早いのはこの鉱石が危ないことを知らせることだ。だが鉱物毒の専門的な知識なんて俺には無いし、伝える術もない。
結局いつもの手段になってしまうな。
俺は鉱夫を坑道で見つけるたびに、彼らを鉱山の外に放り出した。
鉱石の近くに人間を寄せ付けない。鉱石を掘らせない。
こういうやり方になってしまう。
図書館の時もそうだが、こういうやり方をすると……
「なんだ! この獣は!」
「仕事の邪魔をするなよ〜!」
こうなってしまう。
しかしそれ以外に有効な手があるかと言われると思いつかない。
俺はできる限りの人数を鉱山の外に出し、坑道に近寄らせないよう立ちはだかった。
鉱夫たちは困惑している。突然現れた獣に仕事の邪魔をされたらそりゃそうなる。
うーん、元の世界だと、
俺は坑道に戻ろうとする鉱夫を妨害し、なんなら威嚇する。
ここ、危険! この鉱石、危険!
そう伝えたいのだがなぁ。
「真っ白な獣……まるで珀鉛のようだ」
「新種の獣か? この山をナワバリにしてしまったのだろうか」
「一度学者先生に聞いて来よう。襲ってくる気配はなさそうだ」
鉱夫たちは案外冷静で、俺がこの鉱山をナワバリにしてしまったと考えたらしい。
全然そんな事はない。こんな過ごしてるだけで体に毒が溜まっていきそうな山ごめんである。どくタイプは等倍で入るのだ。
呼ばれてきた学者らしき爺さんは、「こんな獣見た事がない。まるでこの街を象徴するかのような神獣のようだ」と俺を評した。
まぁ……俺の体毛は確かに真っ白だし、海軍の奴らが手入れしてくれるから以前より艶も上がったけども。
鉱夫達的には、仕事場を奪われたのはたまったもんじゃないだろう。たとえ神獣のようであろうとも、仕事の邪魔なのは変わらない。
「一度調べてみたい。麻酔銃を持ってくる」
「珀鉛の神様なのかもしれないな」
「珀鉛を山からとっていくおれたちを諌めてるってことか」
……なんだか神様に格上げされてしまった。俺はアルセウスとは気が合わないんだ。やめてくれ。
学者は麻酔銃を持ってきたが、そんなもの簡単に避けれるし眠る気もない。
数発撃たれたが、全て避けるか弾くかして乗り切った。
捕まって解剖でもされちゃたまらない。
「ううん……賢いな」
「しかしこのままだと珀鉛が掘れないぞ」
「数日経ったら気が済んで去るかもしれない。それまで待ってみよう」
俺は数日程度で諦めるほど雑な性格はしていないのだが……。俺が居座ることで珀鉛とやらについて考えてくれると助かる。
俺がどうしてここにいるのか、考察してくれ。
俺は坑道の前の広場にどかりと座り込み、ジロリと鉱夫たちを見る。
お前達が掘っているものの正体は、人を蝕む危険物なんだ。わかってくれよ。
その日は、鉱夫たちは諦めて帰っていった。
*
鉱山に居座って数日。ここに街を象徴するような獣がいると噂が広まったのか、鉱夫以外の野次馬も散見されるようになってきた。
中には子どももいる。
……なんかあの子ども手にメス持ってないか? 「解剖してみたい……」とか聞こえたぞ。怖。
しかし誰も鉱山に入れるつもりはない。近寄ろうとするなら唸って遠ざけた。
その次の日もその次の日も、俺は鉱山に居座り続ける。珀鉛に近づけさせなくする。
学者は興味深そうに俺を観察したり、スケッチしているが、鉱夫たちはそう呑気ではいられない。
このままじゃ仕事にならない。給料がもらえない。
そういう焦りが、明らかに散り積もっていくのがわかった。
「おれたちの仕事場を返してくれ!」
「おれたちにも生活があるんだ、このままじゃあまともな飯も食えなくなっちまう!」
半月ほど粘って、鉱夫たちの不満は爆発した。
向けられた銃口に、俺は冷ややかな目線をぶつける。
きっとこの町では珀鉛を掘る仕事というのは、なかなか重要なものなんだろう。町の土台を担っているようなものだ。
それが崩れたら……そりゃ不安になるよな。
その不安から、珀鉛に頼り切っている現状から、危機感を抱いて欲しかったのだけれど。疑問を抱いて欲しかったのだけれど。
どうやら、それは無理らしい。
発砲された鉛玉を避け、俺は鉱山を去ることにした。潮時だ。武器まで出されたら、もう戦うしかなくなってしまう。それは俺には無理だから。
去っていく俺を見て、鉱夫達は喜んでいた。災いの気配は、大きくなっている。
俺は今度は鉛を加工する工場に足を向けた。鉱山がダメなら、加工工程で注意を向ければいい。
工場内に入り、吠えたり従業員を外に出そうとしたりした。とにかく珀鉛から人を遠ざけようとした。
しかしやはり意図は伝わらず、また銃を向けられてしまった。
鉛玉すら珀鉛でできているこの町はそのおかしさに気づかないのだろうか?
この世界に鉛中毒の概念はないのだろうか。
俺はもう手遅れだと判断した。図書館の島と同じく、俺は見つけ次第駆除または捕獲の対象になってしまったのだ。
自分の身は自分で守れるが、もう人間は俺の言葉を聞いてくれないだろう。
ただ、冷めた目線で楽しげに白い町で笑う人々を眺めることしかできなかった。
「ぎゃああああああ!!」
そうして鉛中毒は国民全員が一斉に発症した。
それを感染症と勘違いした愚かな周辺国は、白い町に攻撃を仕掛けた。
戦争が始まってしまった。
「ああああああ!!」
子どもが叫んでいる。女の悲鳴が上がる、男の断末魔が響く。
「あの獣は警告だったんだ! この事をおれたちに知らせていたんだ!」
そう今更理解した男も、隣の国の兵士の凶弾に沈黙する。
また救えなかった。
俺は燃やされる、真っ赤になった町を横目に、現れた亀裂に潜った。
夜のマリンフォードは炎に満ちたあの景色を消し飛ばすほど静かだった。
◇アブソル:今回も努力はした。フレバンスでは神獣と呼ばれたり害獣と呼ばれたりしていたが、何の感情も湧かない。長年生きているので、救えなかった時は救えなかった時で割り切る。人が死ぬ景色に何も思わないわけではない。