ジャック「… このオレ様が、弱虫泣き虫の裏切り者に負けたってのかよ…」
試合が終わっても、イダテンとの決戦で全ての力を使い果たしたジャックは立ち上がれず地面に仰向けとなり、天を仰いでいる。だが、その顔はどこか晴れ晴れとしており、憑き物が落ちたかのようだ。
イダテン「ジャック……」
ジャック「…ケッ、何シケた
勝者と敗者のセオリー通り、
ジャックは満身創痍ながらも皮肉を返す余裕があるが、勝った筈のイダテンはまだ旧友に勝ったという実感が薄いようで、どこか上の空といった様子だ。
化身に覚醒しようとも、イダテンはイダテンのままなのだろう。
ジャック「…言っとくが、オレは今まで自分がしてきた事を悪いとは1ミリたりとも思っちゃいねェ…」
イダテン「…それでいいさ。多分、おれたちの問題に最初から『答え』なんてなかったんだよ。“あの日”の決別はそれぞれが心の底から正しいと思う『答え』を選んだだけ……なんだと思う…」
ジャック「・・・ムカつくぜ…。まさかテメェから説教される日が来るなんてなァ…。・・・けど、テメェと戦って兄さんの言葉を思い出せた…。……ありがとよ」
イダテン「ーー!!! ・・・うんっ!!!」
突如として放たれた幼馴染からの感謝の言葉に驚きつつも、イダテンの顔にようやく弾けるような笑顔が戻る。一方は逃げることしかできず、もう一方は憎しみをぶつけることしかできなかった。すれ違い続けた幼馴染の絆が、長い時を経てようやく結び直された瞬間だった。
♢♢♢
雷冥「…それで? 貴方とジャック殿にはどのような因縁があったのですか?」
試合に勝利したとはいえ、ボスがすぐに交渉の場を設けてくれるかは別問題だった。
当のボスが激しく消耗していることもあり、雷冥たちは拠点の控室で丁寧な「接待」を受けながら、その時を待っていた。
イダテン「…元々、アンダーマフィアは何個の派閥に別れててね…。それを一つに統一した…つまり、今の形にしたのがジャックのお兄さん、タガー兄だったんだ…」
雷冥「つまりはジャック様は二代目…という事ですか」
今でこそジャックの絶対的な権威のもとで一枚岩となっているアンダーマフィアだが、かつては血で血を洗う抗争が絶えない組織だった。
イダテンが幼い頃、“
そんな惨状を変えたのが、ジャックの実兄・タガーだったという。
イダテン「タガー兄はとっても頭がよくてね…。おれにいろんなことを教えてくれたし、唯一おれの夢を聞いても笑わずに真剣に聞いてくれた…」
雷冥「………」
イダテン「タガー兄はいつも言ってたよ。『同じ人と人が争い、憎しみあうだなんて間違ってる。きっといつの日か“
タガーを語るイダテンの瞳から無邪気さが消え、どこか遠くを見つめる色に変わる。
彼を語る言葉がすべて過去形であること、イダテンの暗い表情、そして二代目ボスの存在――それだけで、タガーがどのような末路をたどったのかは察するに余りあった。
イダテン「ある日、タガー兄は行方不明になっちゃったんだ…」
『行方不明』という単語を用いたイダテンだったが、未だに彼がボスの座に戻っていない事を考えると、どう考えても偶発的な『行方不明』では無い事は明白だった。
イダテン「…うん、ライメイの考えてることで正しいと思う…。タガー兄のいなくなった原因はどう考えても“
雷冥「支配者に不都合な思想を持つ者は、発芽段階からすぐさま刈り取る…独裁者の常套手段ですからね」
イダテン「…1番の問題は他ならないジャックだった…。ジャックは誰よりもタガー兄のことを大切に思ってたからね…。案の定、彼は“
深い悲しみに包まれたジャックは“楽園”への復讐を胸に水面下で牙を研ぎ始めた。当時、組織で孤児の世話をしていたイダテンは、亡きタガーの平和思想に反するジャックに激しく反発。
命がけで友の暴走を止めようとしたが、復讐心に呑まれたジャックの心には届かず、半殺しにされた挙句に“裏切り者”の濡れ衣を着せられて組織を追放されたのだった。
雷冥「…ちょっと待ってください」
ここで雷冥は、決定的な矛盾に気づく。
そもそもアンダーマフィアと接触したのは、イダテンが「組織なら“
だが、兄を殺した敵として“楽園”を憎悪するジャックが、まともな裏のパイプを持っているとは考えにくい。
イダテン「いやいやいや!その点に関しては本当にだ、大丈夫…!! ジャックの計画には役人にバレないように“
雷冥「…なるほど、それでアンダーマフィアには“
イダテン「・・・はい」
ペシッ!
イダテン「覚悟してても痛っ!?!?!?」
雷冥「
不確かな希望的観測だけで行動するイダテンの無計画さに、ついに雷冥の堪忍袋の緒が切れた。自身が右脚を捻挫していることすら忘れ、コブラツイストで愚かな主を容赦なく締め上げる。
イダテン「痛゛い゛痛゛い゛痛゛い゛っ!!!!本゛当゛に゛悪゛い゛と゛は゛思゛っ゛て゛る゛か゛ら゛!!!た゛か゛ら゛、許゛し゛て゛〜〜〜!!!!!」
雷冥「問答無用ッ!!! コレが貴様の第三の試練だーーッ!!!」
イダテン「そ゛ん゛な゛〜〜〜!!」
悲鳴が拠点中に響き渡ること数分。自業自得の報いを受け、痛みに悶絶するイダテンを放置して間もなく――
ガチャ
「…おい喜べ、ボスがテメェらの話を聞いてくださるだとよ」
控え室の扉が開き、使者の男が呼びに現れた。
雷冥「おや、コレは随分早い招待ですね。あの消耗の激しさならば、もう1時間程は待たされると思いましたが…。もしやボスの交代でもあったのですか?」
「んなブラックジョークはよせ。俺達はあの人のカリスマに惹かれて今日まで付いて来てるんだ。たった一度負けたくれーで忠誠心が揺らぐ事などねェよ。…俺達は“
雷冥「それは失礼、では案内をお願いします。行きますよ、イダテン様?」
イダテン「は、はい……」
節々の痛みに耐えながら部屋を出るイダテンの後ろ姿は、まさに自業自得というほか無かった。
♢♢♢
ジャック「よォ、さっきぶりだなァ?」
雷冥「…まずは、交渉の機会をいただいた事に感謝いたします」
ジャック「堅苦しい挨拶はいい。それで?お尋ねモンがオレに何の用だ?」
対峙する“
雷冥「正直にお話しましょう。私の名は稲魂雷冥。時空管理局に所属するタイムエージェントであり、この世界とは異なる時空から連れて来られた人間です」
ザワ…ザワ…
「異なる次元だと…?」
ザワ…ザワ…
「どういうことだ…?」
『異なる次元』という唐突な言葉に、護衛たちの間に動揺が走る。
尤も彼らの反応も当然だ。こんな突拍子もない事実を、はじめから信用してもらえるなど雷冥自身も思っていない。
だが、試合を通して知ったジャックの鋭さには、半端な嘘は通用しない。だからこそ、雷冥はあえて真実だけを叩きつける賭けに出たのだ。
成功すれば交渉のテーブルに立てるが、失敗すれば一蹴されて蜂の巣にされる。
命をチップにした圧倒的不利な大博打。だが、その冷徹な計算の裏には、タイムエージェントとしての確かな経験と勝算があった。
ジャック「・・・ククク…!なるほどねェ…。時空なんちゃらがどんなモンかは知らねェーが、“
ジャックの口元に狂気を含んだ笑みが浮かぶ。完全に信用したわけではないだろうが、少なくとも興味は惹きつけられたようだ。
雷冥「理解が早くて助かります。ならば単刀直入にお願いがあります。どうか私達の“
ジャック「解せねェなァ…。テメェの目的とオレ達の助け…そこに何の繋がりがあるってんだァ?」
射抜くような鋭い視線を受け止めながらも、雷冥は一切の気押されることなく、理路整然と自らの推論を述べ始めた。
イダテンと交わした、必ず“楽園”の地に足を踏み入れるという誓い。
そして“GF”の執拗な追跡行動から導き出される、奴らが時空移動装置を所有しているという極めて高い確証――。
雷冥の発する言葉は、イダテンのような見通しの甘い希望的観測から出たものではない。
タイムエージェントとして積み重ねてきた知見と、徹頭徹尾組み上げられた理知的なロジックに基づく、勝算に満ちた“確信”だった。
ジャック「……ケッ、ったくテメェはイカれてんなァ…。頭の中に冷徹な計算機を入れてるってのに、やる事なす事はイダテン並みにイカれた大博打じゃねェか」
雷冥「褒め言葉として受け取っておきましょう。…ですが、私は彼とは違って、勝算の無い
ジャックは低く笑い、背もたれに深く体を預けた。その瞬間、黒光りする銃口を突きつける男たちの緊張が、わずかに揺らぐ。
ジャック「…結論から言おう。テメェの言う通り、“
イダテン「…本当にタガー兄の仇をうつつもりだったんだね…」
ジャック「当然だ。今日、テメェが現れなかったら数ヶ月以内には実行移してただろうからな」
その言葉を聞いた雷冥は内心で安堵する。
如何に“
たちまち、討伐軍によって鎮圧され、裏道も塞がれていただろう。
ジャック「…だが、テメェらのそのイカれた計算と、生き延びようとする執念……嫌いじゃねェ。“楽園”の鼻を明かしてやれるなら、オレ達が掘った
イダテン「じゃあ……! 協力してくれるんだね、ジャック!?」
ジャック「勘違いすんなよ、クソバカイダテン。オレは“
そう吐き捨てながらも、ジャックの瞳に宿る暗い炎は、確かな“決意”の光を帯びていた。
雷冥「感謝します、ジャック殿。……決行は明日。諸事情あって、【サンダーゲート】が機能不全に陥っている今が最大のチャンスです」
ジャック「サンダーゲートが負けたって噂は事実だったのかよ…。…ケッ、言われなくても分かってらぁ。裏道の整備と手配は今夜中に済ませてやる。テメェらはそれまでにそのボロクソな体を少しでもマシにしておけ。おい!客人にメディカルカプセルを使わせてやりなァ!!オンボロの旧型でも捻挫くらいなら治る筈だかんなァ!!!」
そう短く言い放ち、ジャックは通信機を使って部下たちに矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
互いの利害と因縁が複雑に絡み合いながらも、ついに“楽園”へと続く扉が開かれようとしている。
イダテン「……ありがとう、ジャック」
医療室に向かう最中、友の背中に向かってぽつりと呟いたイダテンの言葉に、ジャックは応える事はない。その代わりに……ただ、背ぐせの悪い肩をすくめただけだった。
タガーは普通の創作物だったら物語終盤に洗脳でもされて敵として再登場しそうなキャラですが、展開的に彼を登場させる余裕が無いので、先にネタバラシをしときますと、彼は“GF”の命令で秘密裏に殺されています。
理由は雷冥の予想通り、“GF”にとって、“楽園”の住人と“奈落”の住人が手を取り合う事は不都合極まりない為です。
ジャックの復讐がこのスピンオフ内で成就するかはまだ分かりませんが、ただ一つ言えるのは、“GF”は殺した人間の顔など基本的に覚えていない事だけです。