奏章Ⅳの???ちゃん、良いですよね。マスターのこと嫌ってくれそうで。
ストーム・ボーダー内部にある食堂にて。人類最後のマスターである彼は、お茶会に参加していた。
本日のメンバーはマリー・アントワネット、シュヴァリエ・デオン、ジャンヌ・ダルクのフランス組だ。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやシャルル=アンリ・サンソンは不参加である。当然、カルデアを去ったジャンヌ・オルタやアントニオ・サリエリもだ。
(サリエリはともかく・・・・・・元から彼女はこういうのに参加するようなタイプじゃ無かったか)
「マスター? どうかしたのかしら」
もう会えない存在に思いを馳せていると、マリーがこちらを心配するように見つめていた。どうやら、不自然に黙ってしまったらしい。
「ああ、ごめん。スコーンが美味しくって。エミヤが作ってくれたの?」
「そうなの! あの赤い弓兵さん、なんでも作れるのね。前にブリオッシュを頼んでみたら、直ぐに用意してくれたわ!」
「かの英霊は、長らくカルデアのキッチンを支える存在ですからね。私も時折、手伝いをしていますが、彼の手際には驚かされます」
話題が移ったのを感じて、彼は内心で安堵した。しかし、それで動きを止めてはまた不審がられるので、ゆっくりと紅茶を口に含む。
いや、もしかしたら彼女たちも気付いているのかもしれない。現に、ジャンヌは悲しそうな瞳でこちらを見ている。居たたまれなさを感じたが、それを表に出す事は出来ない。
「ジャンヌも、今度なにか頼んでみたらどうかしら? 生前は食べられなかった物を口に出来る機会なんて、中々無いわ!」
「・・・・・・そうですね。そう言えば、『ロコモコ』がどうとか、フランが言ってしました。
今度、試してみます」
「ロコモコ、美味しいよ。けっこうボリュームあるけど、ジャンヌなら完食できるんじゃないかな」
「マスター? それは、私が食い意地を張っていると言いたいのですか?」
「そうじゃないって。確かに、ジャンヌの食べっぷりにはいつも驚かされてるけど」
「もう・・・・・・あまりからかわないでください」
むくれた様子のジャンヌに、マリーやデオンが微笑んだ。マスターである彼も、どうにか笑みを作る。
ああ、やっぱりバレていた。この王妃様は、人の痛みを察して、なんでもないようにフォローしてくれている。それが、どうしようもなく、申し訳ない。
彼にとって、マリーやデオンは苦手な部類に入る。自分に対して、理由のわからない好意を向けてくるからだ。
いや、彼女たちなりに理由があって、自分を好いてくれているのだろう。それは嬉しい。でも、それが何故かがわからない。心当たりがない。自分の何を、どこを好きになったのか。もしその部分を失ってしまったら、彼女たちは自分を見限るのでは無いだろうか。そんな猜疑心が、わだかまりとなって積もる。
「けど、安心しました。マスターったら、ここのところ暗い顔ばかりされているんだもの。
どうやら、わたしの思い過ごしだったみたい」
「そう? 心配してくれてありがとう」
また、見透かされている。マリーの微笑みに、彼は作り笑いで応じるしか無かった。
「それは良くない。マスター、君は私のご主人様なのだから、何かあったら頼って欲しい」
「ありがとう、デオン。心強いよ」
重い。フランスの騎士様に、『ご主人様』呼びされてる現状が、意味不明だった。自分の何をそこまで気に入ったのだろう、デオンは。アガルタを共に駆け抜けるその前から、随分と距離が近かった気がする。
「でも、『ここのところ』って、いつから? 自分じゃ、気付けなかったから」
あくまで参考程度に、というスタンスで、彼は問いかける。
彼の記憶は、現在かなり混濁している。気付いたときには自分は『藤丸立香』だったし、そのくせ『Fate/Grand Order』をゲームとして遊んできた記憶もある。それが『いつから』なのか、『どこから』なのか、自分でもわからないのだ。
故に、直近で言えば『ペーパームーン』や『アーキタイプ・インセプション』の記憶を彼は有していた。その時点で、本来の『藤丸立香』とはズレてしまっているのだろう。
「そう言われると・・・・・・私も、正確には答えられないのだけど」
困ったように眉を『ハ』の形にするマリー。それが分かれば、自分がいつから『こう』なったのか、掴める気がしたのだが。
「『オーディール・コール』、でしたか? 今は大きな作戦の最中ですし、気疲れしてしまうのも仕方ないですよ、マリー」
あくまでジャンヌ・オルタには言及せず、ジャンヌは彼を労るように言った。かの聖女にこうも気を遣われると、どうにも座りが悪い。
困ったように笑う彼だったが、ふと背後から足音が聞こえた。話題を逸らす意味も込めて振り返ってみれば、マリーと同じ美しさを持つ、しかし露骨に不機嫌なサーヴァントがそこに居た。
「・・・・・・もう一人の、わたし」
「あら、ごきげんよう。良い子のわたし」
オルタのマリー・アントワネット。天真爛漫な彼女とは正反対の、この世全てを憎む者。そして──彼を、嫌う存在だ。
「お茶の最中にごめんなさいね。マスター、借りるわよ」
「・・・・・・っ」
マリーが何か言いかけたが、萎縮した様子で言葉を飲み込んだ。誰にでも明るく振る舞う彼女がこうなるのは、きっとマリー・オルタに対してのみだろう。デオンはやや険悪な表情で、ジャンヌは困ったような顔で何も言えないで居る。
「ちょっと、マリー・オルタ? 俺は何も聞いてないんだけど」
「ふふふ。そんなに良い子ぶってもダメよ。わたし、悪い子だもの。あなたの事情なんて、知らないわ」
形ばかりの抵抗を見せる彼だったが、マリー・オルタに腕を掴まれ、席を離れていく。その姿を、マリーたちは見送ることしかできなかった。
「──助かったよ、マリー・オルタ。ありがとう。
けど、なんで助けてくれたの?」
「だって。あなた、あんまりに息苦しそうにしてるんだもの。
そのまま溺れ死ぬのを待っても良かったのだけど──相手が良い子のわたしなら話は別よ」
マリー・オルタはそう言って、嘲るように笑った。しかし、それを見て露骨に安心した様子のマスターに、機嫌は急降下する。
「わたしの前で、よりによってもう一人にわたしとお茶をする、だなんて。嫌がらせとしては満点よ、褒めてあげる」
「そんなつもりは無いよ。というか、マリー・オルタが食堂に来るってわかってたら、別の場所にしてた」
つまり、お茶の誘いを断る、という選択肢は存在しないらしい。居心地が悪くて、逃げ出したがっていた癖に。そういうところが、気に食わない。
「そう。なら今度からは見えないところでやってくださる? ふん」
「えっと・・・・・・断った方が、良かった?」
「あら、そう聞こえたならごめんなさい? 受け取り方は、あなたに任せるわ」
「えぇ・・・・・・困るなぁ」
苦笑するマスターに、マリー・オルタは再び鼻を鳴らした。そういう優柔不断さが、自分の首を締めていると、気付いてないのだろうか。いや、気付いていて、変えていないのか。呆れてしまう。
「そうだ、マリー・オルタ。ちょっと、訊いてもいいかな」
「なぁに? 答えたくないモノは、答えないわよ、わたし」
「嫌いなモノって、ある?」
その質問に、マリー・オルタはマスターである彼を睨み付けた。わざわざ、それを訊くのか。これだけわかりやすく態度で示しているというのに。
「全てが嫌い。ぜんぶ、ぜんぶ大嫌い。
あなたのことも、大嫌いよ。マスター」
「・・・・・・うん、ありがとう。ごめんね、わざわざ言わせて」
本気の嫌悪を受けて、それでも尚マスターは微笑んでいた。その歪み方に、マリー・オルタは憐れみを覚えたが──それを口にすれば、彼はきっと、もっと苦しむだろう。彼が苦しむのは構わないが、それを見て何も感じないほど、彼女は悪では無かった。
「本当に、困ったマスター。・・・・・・そうだ。これから、お風呂に入るのだけど。一緒にいかが?」
彼の歪みに、年相応の子供らしさを感じて、マリー・オルタの母親としての部分が刺激されたのだろう。気付けば、そんなことを口にしていた。
「いやいや、駄目でしょ。流石に、そういうのは」
「あら。わたしは構わなくてよ? あなたにその覚悟があるのなら、だけど」
「──近いよ」
「ええ、近づいてるもの。
それで、どうするの?」
「・・・・・・遠慮しておきます」
「そう。残念ね」
まるでどうでも良さそうに、マリー・オルタは笑う。彼のことは嫌いだが、こうして
「ふふふふふ。じゃあね、マスター。せいぜい、誰とも会わないよう気をつけなさい?」
他者からの愛を信じられなくなった、憐れな子供。そのくせ、自分に求められているモノは理解している、
この世界の全てが大嫌いで、憎い──故に、同じだけ、嫌ってあげる。
人類最後のマスター
気付いたら藤丸立香だった一般転生マスター。
英霊たちにとっての地雷がわからなくて日々恐怖している。
最近、溶岩水泳部が特に怖い。
マリー・オルタ
全部が嫌い、だからマスターのことも嫌い。
お風呂が好き。マスターと一緒に入るのは別に構わない。もし頷いたら、お風呂場でギロチンが落とされるだけ。
次回はオベロンの予定です。その前に奏章Ⅳを読むので暫く空けますが。