▼pixivにも同名のものを投稿しています。
拙い文章ですが、どうかご容赦を…
春が嫌いだ。
時間を忘れて、いつまでも眠ってしまいそうだから。
空が霞んで、星が隠れてしまうから。
桜を見ると、散ってしまうことが怖くて仕方がないから。
ジリリリ、とスマホのアラームが鳴った。鬱陶しい音と共に目を開け、停止のボタンを押す。朝七時。今から大急ぎで準備しなければ間に合わない時間。起きなければ、と体を動かす。が、どうも体が動かない。頭も重い。もう一度体を起こそうとする。
やはり動かない。それどころか、起きたくないとも思ってしまう。なぜ今起きなければならないのか、理由が見つからない。黙れ、そんなことを考えるな、と自分を叱る。寝不足だろうか。いや、昨日は比較的早くに寝たはず。ではパトロールの疲労だろうか。おそらくそうだろう。あれこれ考える内に、意識が遠のきーーー
「宇沢、今週で三度目の遅刻だぞ。気を付けろよ」
申し訳ありません、と謝る。声を荒げることもなく、そう諭してくれた。本当に親切な教員だ。益々自分が情けなくなる。
教室に戻ると、丁度休み時間でーー
「レイサちゃん、今日も遅刻?」
「目の隈が酷いよ。大丈夫?」
と友達が声を掛けてくれた。
「あはは…。私としたことが、寝不足がたたってしまって。夜更かしも程々に、ですね」
そう言って笑った。パトロールで疲れて、と言っては余計に心配されてしまう。私なんかをこれ以上気にして欲しくない。これはきっといい嘘だ。そうに違いない。
結局、授業は殆ど耳に入らなかった。教科書の文字も、教員の声も、意味が無い落書きだとか、不愉快なノイズにしか聞こえなかった。頭が、心が漠然とした何かに押さえつけられるようで。言い表せない焦燥と不安が怖かった。窓から外が見える。何の曇りもない蒼天。少し羨ましく思って、目を背けた。
そして放課後。こちらを見ると、心配そうに話しかけてきた友達に断って、自警団任務へと向かった。
やはり今日はどうも体調が悪い。足枷を付けたように一歩一歩が重く、頭痛もする。でも、だからこそ頑張らなければ。スズミさんに顔向けができない。と思っていると、私を呼び止める声が聞こえた。
「レイサさん?」
噂をすれば、と言うべきだろうか。今一番出会いたくない相手だった。そんなことを思う自分に嫌気が差す。とにかく、笑顔で振舞わなければ。
「おお!こんにちは、スズミさん!今日は最!高!の天気ですね!何かありましたか?」
「いえ、特にはーー」
「あれ、もしかして暴動でも起きましたか!」
「このトリニティの一番星こと宇沢レイサ、助太刀に参りますよ!!」
目一杯の笑顔で言った。
「…レイサさん、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
駄目だ。また心配させてしまった。これではまるで貧乏神じゃないか。
「えへへ。昨日は夜更かしが楽しくってつい」
「でも大丈夫です!今日はゆっくり寝ることにしましたから!」
笑って言えているだろうか。それが不安だ。
「隈も酷いですし、今日は休んで下さい。私がこの地域も担当しますよ」
「本当に大丈夫ですから!!!」
「・・・」
最低だ。大声で叫んでしまった。なぜこうも人に迷惑ばかり掛けてしまうのか。
「ごめんなさい。私はもう行きますね」
そう言って走った。何か聞こえた気がするが、これ以上私と話していても迷惑になるだけ。
斜陽が照らすこの公園は綺麗で。でもどこか寂寥を感じさせるようで。座ったブランコが軋む音がする。煩い。辺りの景色を見回す。一つ、満開の桜が目に入った。「私こそが春だ」と言わんばかりに、自信を持って立っている。辛かった。
思えば今日の私は最低だった。嘘をついて、自分を正当化させて、逃げて、逃げて。傲慢で、身の程知らずな行いだ。私の価値は私が一番分かっていると思っていた。とんだ勘違いじゃないか。死んだ方がマシだ。でも死んだらどうなる?きっとあの子たちは優しいから悲しんでくれる。涙も流してくれるかもしれない。そうしたら迷惑だ。思い上がり過ぎだろうか。私は生きても死んでも最悪の人間なのではないか。
考えが渦を巻く。渦に飲み込まれる。脳がぐちゃぐちゃと音を立てる。苦しい。
そんな私を切り裂くように、突然、優しい声がした。
「奇遇だね、レイサ」
「先...生?」
どうして?こんな僻地に何故?
「隣、失礼するね」
考える暇もなく、先生が横のブランコに座った。その振動がこちらにも伝わる。少し揺れた。
暫く経っても、先生は喋らなかった。温かい顔で、夕日を見つめている。いつもは気まずい沈黙も、今はどうも心地良かった。夕日は好きだ。赤く燃える太陽は、嫌な今日を焼いてくれる。部屋で電気を付けず、カーテンを開く。橙色の陽が部屋を照らす。そうするとこの虚しさを、不安を、一瞬だけでも忘れてしまえる。
そう考えていたが、とうとう沈黙に堪え兼ねて、言葉を発した。
「先生は…なぜ、ここに?」
先生がこちらを向く。淡く、透き通るような瞳。思わず吸い込まれてしまいそうになる。
「レイサは星が好きなの?」
私の質問が無かったことのように、朗らかな声で、そう訊かれた。だけれど、不思議とそれで良いような気がする。
「はい…。」
「美しい夕日とか、星を見ると、悲しくなるんです」
「でも、それが心地良くて、好きなんです」
笑顔なんてどうでも良い。
「最近は空が霞んで、あまり見えませんが…」
「…素敵だね」
「レイサも星も、本当に」
違う。先生が思うより、私は陰湿で、卑劣な人間だ。
「レイサは一番星だ」
違う。先生が思うより、私は独り善がりの、悪人だ。
「優しくて、思いやりがあって」
違う。先生が思うより、私は…!
「元気を振りまいてくれる、神様みたいだ」
「違います!!」
泣き出しそうになりながら、そう叫んだ。喉が痛い。教師に対して、なんて態度だ。
「レイサ」
厳しくて、穏やかな声だった。
「きっとレイサは今、底の見えない海で、溺れているのだと思う」
「だから不安で、苦しくて、自分を責めているんじゃないかな」
やめて。
「レイサは十分、頑張ってる」
やめて。
「どうしようもなく辛い時も、私が居るからね」
やめて。
「レイサは綺麗だよ」
「あああぁぁあぁぁぁっ!」
何かが決壊する音がした。そうして泣き叫んだ。陽が沈み、誰そ彼時が終わる。海が凪いでいく。先生は私を抱きしめてくれた。とても暖かくて、だから終わりが怖かった。でも、明日に希望を持ってしまった。ぜんぶ先生のせいだ。
すっかり公園が闇に染まる頃、ようやく泣き止んだ。先生は優しい。だから、「シャーレに泊まっていくかい?」と言ってくれた。流石に断ることにした。これ以上は危ない気がして、恐ろしくなってしまったから。でも「夜道は危険だからね」と提案された。結局断れなくて、家まで送って貰うことになってしまった。
帰り道、改めて「何故この公園が?」と訊くと、
「スズミが教えてくれてね」
「レイサが悩んでいるようで、助けてあげて欲しい」
「レイサならあの公園にいるだろうって」
スズミさんには申し訳ないことをしてしまった。明日謝らないと。
久しぶりの晴天だったからか、少し星が見えた。なんでもない星。
嬉しかった。明るく輝いている。ただ美しい。
きっとこれからだって、朝日も、春も、自分だって嫌いだと思う。
でもほんの、ほんの少しだけ、春が好きになれた気がした。