マキナ・ファンタズマ   作:阿久間嬉嬉(新)

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急速な暗雲

 ――翌日。

 

 時刻は早朝、風向きは南西、天気はおおむね晴れ模様。まだ柔らかな朝の陽ざしが、薄暗いジャンク・シティを仄かに照らす。以前は鳥の鳴き声でも聞こえていただろうこの時間。遠間に聞こえるのは雑多な喧噪、そしてけたたましき何かの轟音。

 

 ああ、とてもいい迷惑――などと言いたげな顔で、現在スマイリーはカフェの倉庫兼用部屋(バックヤード)に居た。服装は昨日の物と同一のパーカー、血濡れに見える意匠付きの包帯もそのままだ。そしてどこか眠そうに見えるその表情は鬱陶しさの現れのようで、欠伸(あくび)のひとつもかまさない。

 

 手には、伝票のような物が握られていた。

 

(定休日だからこその仕込みでしたね。そうなるとこの辺りに件の品が……)

 

 量こそ多くは無いものの、種類自体は一定数あるらしく、個人的に気になったらしい部分を整え直すと、青い空の書かれた袋を手に部屋を出て、一旦置いてから伝票のようなボードに何やら書き込むと、再び持ち直して店内の方へ歩みを進める。

 

 カウンターの奥には既に目を覚まし、サイフォンを起動させつつミルでコーヒーを砕いているフォボスの姿があった。こんな室内のこの時刻でも、サングラスは欠かしていない。背を向けた彼を気付かせるかのように、スマイリーは少し音を立てるように豆の袋を置いた。

 

「おっなんだ早ぇじゃねえか。指定時刻(しごと)はもうちょい先だろ」

「今日はそんな気分でしたので」

「食ってくか?」

 

 フォボスの指さす先には開封前の硬パンがあり、少しずらした目線の先には古いながらもなんとか稼働している冷蔵庫の様なものがある。どうやらそれでサンドイッチでも作るか、と聞いているようだ。しかしスマイリーは小さく首を振る。

 

「いえ、少ししたら《ボックスフード》のバラックに」

「じゃあ俺も後で行くか、先にシュリンプでも注文しててくれ」

「OK、ではオレンジ(とりにく)で」

「具材から違うじゃねぇかバカタレ」

 

 言いながら、フォボスは自分の分を入れる流れで用意したらしいモーニングコーヒーを、ことり……とカウンターテーブルへ置く。小さく手を挙げて礼をするスマイリーに、彼は肩眉を挙げて僅かに笑って挙げ返した。

 

「美味し……」

 

 

 ――コーヒーを飲み終え、仕込みを一通り終えようとしているフォボスに声をかけてから、スマイリーは改めて店を出た。……気にしたのか少し後ろを振り返るも、すぐに向き直ってゆっくり、そしてすぐさませかせかと歩きだした。勢いで腰の剣鉈が揺れ、背のショットガンとカチカチ愉快で物騒な音を奏でる。

 

 入れ違うように、何やら火花散る用具を持った男たちが横切っていくが、スマイリーは気にも留めない。なにせ彼らはバリア……曰くちゃちい(・・・・)バリアの整備士だからだ。電気や水道などのインフラこそ最低限の補修しか見込めないものの、劣化品なら横流しすら当然となったリュミエールウェポンは話が別。

 そもそも生命線の一つでもあるためにこうして【歓楽街】の、正確にはそこを牛耳る“ファミリー”達の雇われの整備士が隔週で点検するのだ。

 

 閑話休題。

 軽くはないが速い足取りで彼女が向かう先は、どうも昨日彼女がフォボスとの会話で出していた、そして今もそこのファミリー関係者とすれ違った名のある巨大ジャンク・シティ【歓楽街】……付近に在する廃屋(バラック)地帯。こんな朝からそんな場所で食べる《ボックスフード》とは、いったい如何なるものなのだろうか?

 

 スマイリーの目線の先、そこから漂う香ばしくも甘ったるい匂いや、まばらに行き交う人々が、その正体を明かしてくれた。

 

「おいおい少ねぇぞ?」

「代金ケチったのはお前さんだろうがよ」

「てめっ割り込み……! 中身減ったのになんだろが!」

「早いもん勝ちだバァーカ!」

「危な……こぼれちゃうかと思ったわ、逃げろ逃げろ」

「うげっあっちはやめとこ」

 

 廃屋の前には大型屋台のような店舗が構えられており、とても平穏とは言えない騒ぎようの中、皆こぞって箱のようなものを買うと、ヌードル用スプーンを手に思い思いに食事をしている。バンドマンのような服装の男やたたずむマスクの巨漢、ややパンクな装いの少女や地味目な格好の女性など、十人十色多種多様。

 

 しかして手に持つ料理は統一されている……とてもアメリカンな中華料理、所謂ファストフードの代表である【箱中華】に。なるほど、これが《ボックスフード》なのだろう。

 

(あちらは無理、そちらはメニューが違うとなると……ありました)

 

 『安定』はしていてもそれだけであり格差などで依然、そして以前より不平等な食事情に影響された焦りなのか……それとも単にこの周辺の住民の血の気が多いだけなのか。

 今にも始まりそう、というより既に始まっている喧嘩を横目に通り過ぎつつ、彼女は《バンブーフェスタ》と書かれた屋台の元へ向かう。そして辿り付くなりメニューを指さし。

 

「エッグロールとシュリンプをひとつづつお願いします」

「あいよ~」

 

 淀みなく即決で注文。そのまま暫し待つと皆も持っている箱、もといその中身であるファストフード的でアメリカンな中華料理が手渡された。『卵巻き(エッグロール)』というから卵系の包み蒸しか何かと思ってみれば……なぜか春巻きだった

 なのだがこれこそがエッグロールで正解らしく、何も言わずヌードルスプーンでぶっ刺し、そのまま口に運んでいく。

 ちなみに廃材の傍において保持したフォボス用の『ムキ海老(シュリンプ)』は普通に海老のナッツ甘露ソース掛けだった。メニューひとつが小さな混乱でも呼びそうである。

 

「おはようだ、スマイリー。昨夜はありがとさん」

「ああ……どうも」

 

 横から来た声に振り向いてみれば、淡いソースが掛かったチキンと角切りの謎野菜たっぷりな箱を手に持つ、ハンチング帽をかぶったヒゲ男がいる。どうやら彼は彼女の働くカフェの常連らしく、スマイリーも差して訝しむことなくすんなりと返答し、喧噪の中へ目を向けた。

 

 飯の場での殴り合いなど日常茶飯事だとばかりに、双方マイペースに食事と並行して眺めつづけている。とは言えまだ武器の類は出していない(・・・・・・・・・・・・・)から放置で良いや、と言う理由も恐らくあるのだろう。向こうも喧嘩こそすれど腰の武器を抜く気配は一向にないあたり、本当に最低限の、店と食事場のご法度とルールは守っている様子。

 

(まあファミリーの縄張りが重なったある種のフリーエリアとは言え、ですからね)

 

 逆に言えばつまるところ、“楽しみ”程度で済むなら誰も止める気は無い、という事に他ならないが……。

 

「こんな朝からとっても元気ですね、私はもう1時間動きたくないのですが」

「なんと言うかフォボス(マスター)と違って怠惰だなぁ」

「血は繋がっていませんので」

 

「理由そこじゃねえだろおサボり娘。今朝動いといてそのザマか」

 

 常連に返したのとほぼ同時、後ろから低い声がしたかと思うと今し方ここへ到着したらしいフォボスがシュリンプの箱を手に取りつつ、スマイリーの頭を軽く小突いた。

 

「何という仕打ち、オレンジが見当たらずシュリンプを選んだワタシの恩に報いて下さい」

「今仇で返してやったよ、あったら本当に頼む気だったなコノヤロウ」

「ははは、相変わらずなことだねぇ」

 

 ちょうどそこで喧嘩も、どちらが勝ったかは分からないが粗方興奮が収まったようで、人々の声の中にから熱の様なものが消えている。大雑把に円を作っていた野次馬たちも三々五々散っていき、これで漸く相対的に静かな朝食の場が訪れる。

 

 流れ弾で食事が台無しになる危険も無くなったからか、スマイリーは廃材に座り直して箱を脇に置き電子端末を取り出す。とは言え流れるニュースの内、大きいモノは特に変わらず、小さな情報や細かい広告が異なるのみ。

 

(『闘聖』起用のケルヒュム・インダストリー社の新製品及び“協会”一派閥のプロパガンダ……『捌ノ番』による【歓楽街】傘下ジャンク・シティ南方局所のレイダー制圧報告……ドミニアは細々とした件以外は特に無し、とこの辺りは聞き慣れたものですね)

 

 昨日フォボスが口にした居住権関連をふと思いついて探すがやはり無く、コロニー観光に関するなるべく守ってくださいね(・・・・・・・・・・・・)、というルールブックが画面を流れるばかり。ならばもう見るものは無いと、端末を閉じて懐へしまい込んだ。

 

 奇しくもそのタイミングでスマイリーの、そして傍で談笑していたフォボスとカフェ常連の少し向こうを、1台のトレーラーの様な物が通りがかる。マーク的なものが側面へ刻まれているようにも見えるが、掠れているため詳しく確認できない。

 されど未だに幻獣鬼がのさばる時代、使い古したものなどさして珍しくもない。通る場所こそ大胆なもののそれ以外は普通と言えた。

 

「搬入の日は先だっつうのに急いたもんだな、何が入ってるのやら……」

「おやそうだったのか?」

「付け加えるならば一昨日あたり既に大型は到着しています。ゆえ本来不必要です」

 

 だが情報通らしきカフェのマスターと、元コロニー出の傭兵もどきは違った所感を抱いていた。芳しくない表情と声音が共通している反応は、言外に双方の心境が一致している事を示している。

 

「どっかのバカがやらかした分を取り返すためのヤク(・・)……いや現実的じゃねえな」

「あの系列の店かい? まあもてなすにしてもそんなもの使うか?」

 

 思い思いの推測と憶測をかわす二人を横目に、スマイリーはトレーラーの、厳密には横の掠れて見えづらい謎のマークを凝視していた。

 

(既視感は覚えているのですがね、はてさていったいどこで見たモノなのやら……)

 

 ドミニア機関でのことか、傭兵の真似事をしていた際か、それともより前の別の時なのか。エッグロールを口に運んではゆるく噛みしめつつ、一旦トレーラーから顔を背け胡乱げな瞳であらぬ方を見ている。

 そんな彼女よりも先に食べ終わったフォボスは箱を握りつぶすようにして折りたたむと、まだ中身1/3ほど残っているスマイリーへと向き直った。

 

「そんじゃ俺は先に店んとこへ帰ってるぞ。一度定期で連絡入れなきゃならねえし、ちゃんと戻って来いよ」

「…………」

「おいおい返事ぐらいしろよ、全く」

「ああ自分も行こうか、少し話したい事が……」

 

 何時もの事なのか苦笑いしつつ溜息を吐き、常連のヒゲ男のひと声を受けてから共にドサンピン(・・・・・)カフェの方へ歩み始める。

 

 

 ―――直後。

 

「は!?」

 

 なぜか、唐突に困惑するフォボスの声を追い越す形でスマイリーが滑らかに常連の男へと近寄り。

 

 無言のままくるりと背を向け、姿勢を低くして。

 

「がっ?」

「…………!」

 

 フォボスが止める間もなく、常連の背をバックキックで蹴り飛ばす―――!

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ……少し遡り、十数分ほど前。

 

 場所は【歓楽街】内部。《ボックスフード》のある廃屋地帯とは少し離れた出入り用大型ゲート側の、広い通りに面する位置。

 

「オレっちも暇じゃねえんだ、是非応えてくれるとうれしいんだがね」

「一目瞭然。“私”がここに来ている時点で、ある程度察しは付いてると思うんだけど?」

 

 表以上に人がまばらなこの場所の一角で、猫背になった長髪の男と部下のような者たち数名が。

 淡い桜の様な光沢を見せる白髪をなびかせる、見かけ背の低い少女と距離を置いて向かい合っていた。

 

 一触即発とまではいかないものの、あまり快い空気という訳でもないようで、特に部下たちは冷や汗を流し続けている。一見すれば少女の方が圧倒的に不利だと言うのにどういう訳か、例えるなら首筋に刃を突き付けられたような(・・・・・・・・・・・・・・・・)顔をしているのだ……タダモノでは無い、という事なのだろう。少女も、それと向かい合える男も。

 

「まさかレイダー云々を鵜呑みにしてる訳じゃあねえよなぁ? 【歓楽街】はボスたちファミリーの統括だ、クズ漁りと一緒に踏む土なんぞ無ぇぜ?」

「同時に疑いをかけられても晴らせるだけのものは持たないぐらいには非合法。あと必要悪云々以前に、救われるものを踏み潰すのはそもそも嫌いなの」

「くくっ、高尚なこって」

「言うほど臨んではないけどね」

 

 からかい跳ねるような軽口と、鋭さを持つ言葉による一閃の重み、周りの部下たちは今にも逃げ出したくてたまらなそうだ。

 

「ま、かの麒麟児ちゃんが来たっつうのはある種の僥倖。何よりデケェ(・・・)しよぉ、ボスも中々隅に置けねえなっ」

「バカにしているの? 触らせることだって許す訳ないでしょ」

「知ってら。急所を潰さず喰らいたがる女に見えるかよぉ。それとも意外と男漁りを――」

 

 呆れて手をひらひらさせる男に少女は一瞬ぴくりと、しかし気のせいだったかと思う程度の動きを見せて、そのままだんまりが続く。

 

「フン!」

 

 ……ことはなく一足飛びに寄って鋭い前蹴りが飛び、男はそれを掌でガード。筋力由来か技量由来か、互いの体重に差があるのか男はメートル単位で後退させられてひっくり返り、結果的に元の距離を保っていた。すぐさま男は跳ね起きるが、自分の非を含めて予想はしていたらしくその顔に怒りはない。

 

「おーいてて、ひでぇことしやがるなぁ。時が時ならそっちの立ち位置問わず【歓楽街】が敵に回る所業だってのに、大胆な麒麟児ちゃんだ」

「何? もう1発喰らいたい? なんなら取り巻きにもぶち込むけど?」

 

 長いツインテールをひるがえす可憐な様相、そぐわぬ猛禽を思わせる相貌。勘弁勘弁と変わらず人を食ったような態度を取る男に対し、周りの部下たちは気が気でない、それどころか標的にされかかっておいおいおいと言いたげに、思わず防ぐポーズを取りながら引いていた。

 

「そんなによぉ……くくっ、血気盛んになるなってぇ。オレっち達はあくまで使い走り、倒したところで次が来るぜぇ、同じようなやり取りのために」

 

 戦い、ではなくやり取りと言った部分に引っかかりを覚えたらしく、少女は足踏みのような動きを一旦止める。

 

「探りに来てんのは分かってる、それも麒麟児ちゃんみたいなのを派遣するぐらい大胆を重ねた方法でなぁ。本命他に居んだろぉ、そしてそれを悟られることも考慮済み」

「まあ自分で行ったけど、私自身の知名度は知ってるつもりだから。あと先日ニュースになったからね、レイダーの件と中堅コロニーの話」

「そんで真っ先に容疑が上がるのは【歓楽街】。ま、今回は提携してるとこでもあったからよぉ、無理もねぇか」

 

 ペラペラしゃべる男に対し、少女の眉根はいっそう潜められる。こうも立て板に水という事は即ち、本当に話しても良い事、つまりどうでもいい事でしかないのだろう。間接的にある種の潔白性を示しているとも言えるが、同時にそこまで重要性の高くない予想しやすい話でもあるため、安易に信用する事はできない。そもそもここは【歓楽街】、無法者の楽園たる豪華絢爛な欲望のるつぼ(・・・・・・)なのだから。

 

 さりとて……そもそも承知の上だろう少女は下がらない。

 

「分かっているなら猶のこと放っとけば良いでしょ? 代わりに探っている人とやらでも逆探知すれば?」

「それが難しいんでなぁ、出来れば麒麟児ちゃんから何とかしたいらしくてよぉ。ボスは」

「笑止千万。探られたくない腹がある事に他ならないね」

「それはお互い様だろぉ? 所属組織はまだしも背部組織や連携組織が『そうじゃない』と言い切れるか?」

「……っ」

 

 ホームグラウンドな事もあってかそもそも情報戦では分が悪く、突っ込んだ話も流石にかわされ始めている。誰の眼から見ても明らかだった。

 と、不意に男の眼が、どういう訳か本心から嫌そうな色を写したように見えて。

 

「それによぉ、こっちも……ちょいと面倒を差し向けられてんだよなぁ。それが先のニュースの……」

「え?」

 

 本心からの呟きとも、敢えての開示とも取れるような呟きに、ツインテールの少女は思わずといった調子で返した。……刹那。

 

「!?」

「ほぉら早速来ちまった……!」

 

 遠間から、明らかに異様な轟音と、悲鳴のような声が聞こえてくる。

 

 

 

 ―――その音の発生源。まさに、バラック地帯がある場所。スマイリーが唐突に常連客を蹴っ飛ばしたその中心部では……。

 

「へ? へぇっ……!?」

「おいおいおい! マジかっ!?」

「…………」

 

 尻もちをつく常連客と、驚愕しながらも銃を構えるフォボス、無言で剣鉈を抜くスマイリー。そして。

 

「ぐぅう……ぁああああ……!」

 

 自らの体を不気味にうごめかせ、鎖鉄球(チェーンハンマー)を振り下ろして固まる、マスクの巨漢が居た。




読者参加型なのでまず「出す」ことが第一、という訳で間接的ながら早々お披露目としました。

ちなみに【箱中華】と聞いてピンとこない方はぜひネットで調べてみる事をお勧めします。特に洋ゲーをやった事がある方、もしくはプレイ動画を見た事がある方なら十中八九「あっ!」ってなるはずですよ。それでさらにこちらの世界観への造詣が深まれば幸いです。

それではまた次回。
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