【完結】自己肯定感ゼロのボクっ子陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました   作:崖の上のジェントルメン

28 / 92
28.二学期の始まり

 

ミーン、ミーン、ミンミンミンミン……。

 

 

蝉時雨が、ボクの耳をつんざいていた。

 

もう9月になったはずなのに、日射しがあまりにも“痛い”。チリチリと皮膚が炙られて、茹でたタコのように赤くなっていた。

 

滝のように流れる汗を腕で拭いながら、ボクは学校に向かっていた。

 

「はあ、はあ……」

 

もともと低血圧気味なボクにとって、夏の日射しはまさしく天敵だった。

 

睫毛の上についた汗の粒が、ぼやけて見えている。足取りも重たく、一歩一歩が牛のように遅かった。肩にかけている鞄も、いつも以上に重く感じる。

 

でも、こんなになってでも、ボクは学校へ行きたかった。

 

(……白坂、くん)

 

今回ボクは、あまりにもラッキーなことに、2回連続白坂くんの隣の席になれた。

 

白坂くんから離れることが辛くて仕方なかったボクにとって、これは本当に幸運なことだった。

 

でもだからこそ、1日1日を大事にしなきゃならないと思っていた。

 

さすがに三回連続、隣同士になるのは確率的にもあり得ない。となれば、今回彼の隣でいられる2ヶ月間が、物凄く貴重なのだ。

 

次の席替えの時まで、1日も欠かさずに来たい。這ってでも来たい。そんな思いから、ボクは照りつけるアスファルトの上を、修行僧のように歩くのだった。

 

「はあっ、はあ……」

 

視界が、チカチカと明滅し始めた。頭がぼんやりとしてきて、足元もふらつき始めた。

 

「い、いけない。な、何か……。水とか、そういうの……飲まないと……」

 

ボクは一旦立ち止まり、呼吸を整えてから、肩にかけている鞄の中からステンレスの水筒を取り出し、蓋を開けた。

 

「あっ……!?」

 

汗ばんでいたのが運のつきだった。ボクはうっかり、水筒を地面へ落としてしまった。

 

中に入っていた水と氷が、アスファルトの上をびっしょりと濡らした。

 

急いで拾い上げたけれど、もう後の祭り。水筒の中は全て流れてしまって、完全に空っぽになっていた。

 

「ええ……?も、もう……。なんで、こんな目に……」

 

自分の鈍臭さにイライラしながら、ボクは水筒を鞄へ入れた。

 

この炎天下の中、水分補給ができないというのはそうとう危険だ。特にボクみたいに貧弱な人間は、学校へ着く前にどうにかなってしまうかも知れない。

 

(コ、コンビニか、スーパーか……ないかな……)

 

ボクはスマホの地図で検索をかけて、付近に飲み物を買える場所がないか探す。

 

だけど、一番近いコンビニでも、ここから歩いて20分以上かかってしまう。

 

さすがに20分もロスするのは、憚られてしまう。学校にも遅刻してしまうだろうし、何より20分も待てない。

 

(ううう……。ほ、本当に何もないかなあ……)

 

ボクはすがるような思いで、辺りをキョロキョロと見渡した。

 

ふと見ると、30メートルほど先に、自販機があるのが見えた。

 

(あ、よ、よかった……。あそこで、買おう……)

 

砂漠でオアシスを見つけた時ってこんな気持ちなのかなと、そんなことを頭の片隅で思いながら、ボクはゆらゆらと自販機の前まで進んでいき、鞄の中からお財布を取り出す。

 

(えーと、水は……140円か。だいぶ値上がりしたなあ)

 

ボクが小さい頃は、100円とか110円とかで買えてたはずなのに……。時代の流れって辛いなあ。

 

(……ん?え、あ、あれ?)

 

ボクは財布の中身を見て、戦慄した。これまた、あまりにも運のない出来事が起きてしまった。

 

財布の中に入っているのは、1000円札が3枚と、500円玉が一枚、そして10円玉が5枚あった。

 

一見すると、140円の水を買うくらい造作もない……全然容易く買える範疇であるはずなんだけど……。

 

1000円札と500円玉が、どちらも新しいバージョンのものだった。

 

この自販機には、コインの投入口の横に、『新札・新500円玉は対応不可』と、そう書かれたシールが貼られていた。

 

つまり、ボクの財布に入っている3550円のうち、使えるのはたったの50円しかないのだった。

 

「え、ええええ……」

 

弱々しい慟哭を上げて、ボクはその場にしゃがみこんだ。

 

困った、本当に困った。

 

神様にいじめられているのかと思うほどに、今日のボクはあまりにも運がない。

 

3000円以上もあって、水の1本も買えないって、そんなことある?

 

「……時代の流れって、辛いなあ」

 

ボクの情けない呟きが、小さく辺りに木霊した。

 

 

「……ねーねー、どーしたの?」

 

 

その時だった。

 

しゃがみこんでいたボクに向かって、声をかけてくる人がいた。

 

顔を上げてみると、そこにはボクと同世代の、学校の制服を着たギャルっぽい人がいた。

 

長い金髪が太陽の光に当たって、キラキラと輝いていた。ボクは最初、それがあまりにも眩しくて、少し眼を細めていた。

 

「もしかして、お腹痛い系女子ー?」

 

「え?あ、い、いや……その……」

 

「じゃあなんで座ってんのー?足挫いたとかー?」

 

「え、えっと、だ、大丈夫です。なんでも、ない、ですから……」

 

いきなりぐいぐい質問攻めにあって、ボクは動揺してしまった。

 

向こうも心配して声をかけてくれたのだろうけど、人見知りの陰キャであるボクには、逆に辛かった。

 

(……あれ?この人、誰だっけ?なんか、知ってる気がする)

 

ボクはそのギャルの人に、どこか見覚えがあった。

 

よくよく観察してみると、同じ学校の制服を着ていたから、もしかすると学校の中で見かけたことがあるのかも知れない。

 

(でも……なんか名前もちゃんと知ってた気がするけど……うーん、誰だっけ……?)

 

ボクは人の名前を覚えるのが凄く苦手で、同じクラスの白坂くんのことも、最初名前が分からなかった。

 

モヤモヤする気持ちを抱えながら、ボクは彼女の顔をじっと見つめていた。

 

「あっ、あーね!お金ない系ね!」

 

「え?」

 

「だって、お財布持ってるじゃん?お金なくて困ってた感じでしょ?」

 

「あ、ま、まあ……はい」

 

「えーとね、ちょっと待ってー」

 

そう言って、彼女は肩にかけている鞄の中をまさぐり始めた。

 

ボクは何をしてるんだろう?と思いながら、ゆっくりと腰を上げた。

 

「あっれー?さっき使ってたのに……。あ、あった!」

 

彼女はニマッと笑うと、鞄からスマホを取り出した。

 

そして、自販機の電子マネー用のタッチパネルにそれを当てた。すると、自販機に並んでいる全ての商品のボタンが点灯した。

 

「はい!どーぞ!」

 

「え?ど、どうぞって……?」

 

「とりま、あーしのPayPai貸したげる!」

 

「ほ、ほんとに?い、いいんですか……?」

 

「うん!」

 

「………………」

 

友だちでもなんでもないはずの間柄で、よくもこんなあっさりとお金を貸せるなあ。

 

ボクは貸して貰える喜びよりも、申し訳なさの方が勝ってしまった。

 

普段のボクなら断ってる場面なんだけど、あまりにも喉が乾いていたこともあって、結局いただくことにした。

 

「すみません、じゃあ、あの、これ……貰います」

 

そうしてボクは、140円の水を買った。それを見たギャルの人は、「えー!?」と驚いた声を上げていた。

 

「マジー!?水とか買うんだね!」

 

「あ、ご、ごめんなさい、ダメだったでしょうか……?」

 

「いや、水って味しないし、美味しくなくなーい?」

 

「え?い、いや、ボ……“私”は、別に全然、水でも……」

 

「へー!すごーい!なんか大人ー!」

 

「は、はあ……」

 

何を言ってるのか全然分かんなかったけど、取り敢えず水のペットボトルを受け取って、彼女に頭を下げた。

 

「えっと、あの、助かり……ました。ご迷惑をおかけして、す、すみませんでした……」

 

「うん!今度100億円にして返してくれたらいいよー!」

 

「え、あ、えーと……」

 

「嘘ウソ!ジョーダンだって!きゃはははは!」

 

「………………」

 

「あ、てかさー、名前なんてゆーの?」

 

「えっと、“私”ですか?」

 

「そーそー!たぶんタメだよねー?どこ高なのー?」

 

「……?あの、一緒の高校だと、思いますよ」

 

「え!?マジ!?そーなの!?あれ?会ったことあったっけ?」

 

「ほら、制服……一緒ですし」

 

「あーーー!!ほんとじゃーん!あーしマジ馬鹿すぎー!きゃははははは!!」

 

「………………」

 

愉快な人だな、と思った。

 

ボクとはまさしく真逆で……明るくて天真爛漫で、人見知りせずぐいぐい人に迫れるタイプの人。

 

金色に輝く髪は、彼女の心をそのまま反映させているかのように思えた。

 

「あ!そうだ!名前なんだっけ?」

 

「あ、えーと、く、黒影 彩月、です」

 

「おっけー!じゃあ“さっぽん”さー!今度2年1組来てくれるー?そこ、あーしんとこのクラスだからー!」

 

「は、はい、分かりました」

 

「あっ!やばー!もうこんな時間じゃん!あーし、宿題やってないからホームルーム始まる前にやんないとやばいんだよねー!」

 

「は、はあ……」

 

「そんじゃ、さっぽんまたねー!」

 

そうして、嵐が去っていくかのように、そのギャルの人は走って学校に向かって行った。

 

(さ、さっぽんって……)

 

いつの間にか、勝手にあだ名をつけられていた。そんな経験今までなかったから新鮮ではあるけど……こんなにも、会ってすぐの人にあだ名をつけるものなのだろうか。

 

(……あ、あの人の名前、聞きそびれちゃった)

 

結局名乗ったのはボクの方だけで、誰なのかもよく分からないまま、お金を借りてしまった。

 

……確かにどこかで見かけた人だと思うんだけど、一体、誰だったろう?

 

「………………」

 

 

ミーン、ミーン、ミンミンミンミン……。

 

 

蝉時雨を聞きながら、ボクは遠くに見える入道雲を眺めていた。

 

夏が終わる気配は、まだまだ感じられなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。