【完結】自己肯定感ゼロのボクっ子陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました   作:崖の上のジェントルメン

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32.自己嫌悪

 

 

 

……僕は彼女の姿を見て、思わずぎょっとしてしまった。

 

お昼休みが終わって黒影さんが帰ってきたと思ったら、彼女は眼を真っ赤にして……涙をごしごしと拭っていた。

 

突然の出来事に、僕は固まってしまった。声をかけた方がいいのでは?と頭では分かっているのどけど、心がそれに追い付いてこなかった。

 

そもそも、なんと言えばいいのか分からなかった。「大丈夫?」と訊くのがオーソドックスなのかも知れないけど、明らかに彼女の様子は大丈夫じゃない。そんな訊き方は黒影さんも嫌がる気がした。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

五時間目を始めるチャイムが鳴った。社会科の鬼塚先生が教室へと入ってきて、「よし、授業を始めるぞ」と僕たち生徒へ告げた。

 

(……うーん、どうしたものか)

 

僕は授業が始まっても、一向に集中できなかった。黒板の方へ顔を向けられず、横目で彼女のことばかり見ていた。

 

(一体、何があったのかな?もしかして、金森さんと喧嘩しちゃったとか?)

 

今日の黒影さんは、珍しく怒っていた。金森さんにぐいぐい来られるのが嫌だと、愚痴を溢していた。

 

てっきり僕は、二人が仲良くなったものだとばかり思っていた。金森さんも『さっぽん』だなんてあだ名をつけていたし、関係は良好なんだと……。

 

 

 

『私、ほ、ほんとは、友だちなんて、ひっく、い、いなくて……』

 

 

 

「………………」

 

以前黒影さんは、そう言って泣いていたことがある。

 

そういう意味でも、僕は黒影さんに金森さんという友だちができて、嬉しいと思っていたんだ。

 

だから、黒影さんが金森さんのことを本当は疎ましく思っていると聞いて、悲しく……なってしまった。

 

それは、金森さんと上手くいっていないこともだし、僕ももしかしたら……黒影さんから疎ましく思われてしまってたんじゃないかと、そう考えてしまったからだ。

 

 

 

『ボクはさ、ああいうタイプの人、苦手なの。ぐいぐい来られるのが、好きじゃ、なくて』

 

 

金森さんほどじゃないけれど、僕も黒影さんに……いろいろと話しかけたりしていたから。

 

それも本当は、嫌だったのかも知れない。

 

そんな思いもまた、黒影さんへ声をかけることを躊躇う要因になっていた。

 

「すんっ、すんっ……」

 

黒影さんは口をへの字に曲げて、小さく鼻を鳴らしていた。

 

「………………」

 

何があったかは分からない。

 

僕が訊いていいことじゃ、ないかも知れない。僕に声をかけられるのは、鬱陶しいかも知れない。

 

でも、やっぱり僕は、彼女のことが気になって仕方なかった。放っては……おけなかった。

 

「………………」

 

どうしようか、ここで事情を訊いてもいいけど、鬼塚先生は私語に厳しい人だ。僕が怒られる分には構わないけど、黒影さんまで怒られてしまうのは忍びない。

 

(よし、ならこうしよう)

 

僕はまず、社会科の教科書を机の中に隠した。それから声をひそめて、彼女へと話しかけた。

 

「黒影さん、ごめん、ちょっといいかな?」

 

「………………」

 

彼女は恐る恐る、こちらへと顔を向けた。

 

「あの、よかったら、教科書を見せてくれない?僕、今日ちょっと忘れてきちゃって……」

 

「……う、うん、わかった」

 

「ありがと、ごめんね」

 

僕は机を動かして、彼女の机とぴったりと合わせた。黒影さんは二人の机の真ん中に、教科書を置いてくれた。

 

よし、これで距離が近づいたぞ。これなら黒影さんへも“見せやすい”。

 

「………………」

 

僕は自分のノートに、『黒影さん、どうしたの?』と書いて、彼女に見せた。

 

彼女は「え?」と小さく声を上げて、僕のことを見た。僕は黙ったまま頷いて、もう一度ノートへ視線を落とすよう目配せした。

 

黒影さんは少し困惑していたけど、僕の言われた通りに、またノートへと目を向けた。

 

そのノートへ、僕はさらに追記していく。

 

『黒影さんが泣いてるのが、心配になっちゃって』

 

「………………」

 

黒影さんは、目を大きく見開いて、唇を噛み締めていた。

 

そして、少しも声を上げずに、ぼろぼろと泣いていた。

 

ノートの上には、滴の後がぽたりぽたりと染みていった。

 

(……何か、よっぽどのことがあったんだな。これは授業どころじゃなさそうだ)

 

そう察した僕は、手を上げて「先生」と告げた。

 

「黒影さんの具合が悪いみたいなので、保健室まで行ってきます」

 

「ん?そうか。気をつけて行けよ」

 

「はい」

 

僕は彼女に身体を近づけて、「ごめんね、一緒に行こうか」と囁いた。彼女は目を伏せて、こくりと頷いた。

 

そうして、僕たち二人は教室を出て、保健室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……保健室には、誰もいなかった。

 

電気もついておらず、窓から差し込む光だけが床に落ちていた。

 

「先生はいない、か。よしよし、好都合だ」

 

「………………」

 

「どうする?とりあえず座る?黒影さん」

 

「………………」

 

彼女は顔をうつむかせたまま、小さく首を横に振った。

 

「それじゃあ、違う場所がいい?」

 

またしても、彼女は首を横に振った。そして、掠れた声でぼそぼそと呟き始めた。

 

「……ボク、に」

 

「………………」

 

「ボクに、優しく、しないで……」

 

「……え?」

 

「ボクなんかが、優しくされて、いいわけ、ないから……」

 

「………………」

 

黒影さんは、また大粒の涙を溢していた。

 

床にぽたぽたと、その滴が垂れていく。

 

……少し前にも、黒影さんが泣いているところを見たことはあった。

 

だけどその時よりも、今回は深刻な印象だ。自分に大しての嫌悪感が著しく激しい。

 

「ぐすっ、ぐすっ、白坂、くん。ごめん、ね……」

 

「………………」

 

「ボ、ボクのことは、気にしなくて、い、いいから……。白坂くんは、授業に、戻って……」

 

「な、何言ってるのさ。そんなことできないよ。黒影さんが心配だ」

 

「うう、うううっ!ぐすっ、はあっ……。違う、違うの、ボクなんかが、君に……優しくされる価値なんて、ないから……。だから、だからあっ……!」

 

「………………」

 

どうしようもなかった。

 

お互いに会話が平行線を辿っているから、全く話に進展がなかった。

 

彼女は頬も眼も真っ赤にして、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。もう何もかも限界というような、そんな表情だった。

 

(……今の黒影さんに、どんな言葉を投げかけても野暮か)

 

そう悟った僕は、彼女へ問いかけるのをパタリと止めた。

 

今の彼女は、とにかく自暴自棄になっている。僕が構えば構うほど、彼女は罪悪感を募らせてしまう。

 

だから彼女の気持ちが落ち着くまで、じっとその場で待った。

 

声をかけることも、背中を擦ることもしない。ただただ、そばにいる。

 

それがきっと、今の僕にできる最善手だと思う。

 

「ぐすっ、うっうう……」

 

「………………」

 

「ひっく、ひっく……」

 

「………………」

 

泣きくじゃる黒影さんの隣に立って、僕はぼんやりと保健室の中を見渡していた。

 

ガラス張りの棚にはたくさん薬が入っていた。そのガラスに、僕たち二人の姿がうっすらと写っていた。

 

「………………」

 

時間が経つにつれて、黒影さんのしゃくり上げていた声はだんだんと静まり、身体の震えもおさまってきた。

 

「……少し、落ち着いた?」

 

僕がそう囁くと、彼女はこくりと頷いた。

 

「もしよかったら、何があったのか、教えてくれないかな?」

 

「………………」

 

「ああ、もちろん、言いづらいことだったら、無理して言わなくていいからね」

 

「………………」

 

黒影さんはしばらく考え込んだ後、「ごめんなさい」と言って眼を伏せた。

 

「まだ、あんまり……上手く口にできなくて」

 

「うん、分かった。じゃあ話したくなったら、いつでもいいからね」

 

「うん、ごめんなさい……」

 

「ううん、いいんだ」

 

「………………」

 

「………………」

 

ふと壁にかかっている時計を見ると、授業を抜け出してから15分ほど経っていることが分かった。

 

僕は黒影さんの方を見ながら、「そろそろ教室に戻る?」と声をかけようとした時だった。

 

「……ボクね、白坂くん」

 

「うん?」

 

「白坂くんにだけは、絶対……嫌われたく、ないの」

 

「え?」

 

唐突に意味深な話が出てきて、僕は一瞬フリーズしてしまった。

 

「ほんとに、白坂くんにだけは……白坂くんだけは……」

 

「………………」

 

「白坂くんに嫌われたら、もうボク、どうしていいか、分かんない……。もし、もし嫌われたら……」

 

「………………」

 

「ボク、死んじゃうかも……」

 

「そ、そんな……死ぬだなんて……」

 

「うう、白坂くん……うう……。お願い、嫌いにならないで、嫌いにならないでぇ……」

 

黒影さんは、またぽろぽろと泣き始めた。スカートをぎゅうっと握り締めて、ぶるぶると震えていた。

 

「うう、うう」と小さく唸りながら、溢れ出てくる涙を必死に拭っていた。

 

僕はずっと彼女の隣に立って、「大丈夫だよ」と言い続けた。

 

「黒影さんのこと、嫌いになんてならないよ」

 

「うう、ううう……」

 

「ね?大丈夫だから……」

 

「ううっ、はあっ、はあっ、ぐすっ……」

 

身体の水分のほとんどを涙に変換しているんじゃないかと思うほどに、黒影さんは延々と泣き続けた。

 

(これは、教室に戻るタイミングは無さそうだな……)

 

授業出れなかったこと、先生へはなんて言い訳をしよう?と頭の片隅で思いながら、僕は黒影さんの様子を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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