【完結】自己肯定感ゼロのボクっ子陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました   作:崖の上のジェントルメン

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80.優樹の過去(1/2)

 

 

……僕は、お父さんとお母さん、そして妹の四人家族だった。この話は、前にも少ししたね。

 

仲のいい家族だったよ。食事の時はいつもみんなで談笑してたし、夏休みなんかはよく旅行に出かけたりしてた。

 

車の中で、スペッツのチェイリーって音楽を流すのが定番でね。お父さんもお母さんもその歌が好きだったから、よく流れたんだ。

 

「愛してる~の響きだけで~♪」

 

「強く~なれ~る~気がしたよ~♪」

 

ああ、懐かしいなあ。みんなでよく歌ってたよ。もちろん違う歌も流れてたけど、チェイリーだけは必ずかけられてたよ。

 

そうだ、みんなで沖縄の竹富島へ行った時が一番楽しかったよ。自転車を使えば1日で一週できるほど小さな島でね、みんなで自転車をレンタルして、島を巡ったんだ。

 

一番はしゃいでたのは、妹の小幸だったよ。あんまり早く走るもんだから、僕たちが置いていかれちゃって。「みんな遅いー!早くこっち来てよー!」って何回も言われたっけ。

 

こういう言い方はあまりよくないかも知れないけど、小幸はね、ちょっと男の子っぽかったんだ。

 

スカートよりもズボンが好きだったし、髪も長いのは嫌いで、いつも短くしてた。僕よりも全然元気で、いつも楽しそうだった。

 

いつまでも、この平和な1日が、ずっと続くって思ってた。

 

 

 

……その日は、12月20日……つまり、僕の誕生日だった。

 

僕は学校の用事で、家に帰るのがいつもより遅れたんだ。学校を出た時には日がずいぶん傾いていて、足元の影が長く伸びていた。

 

『ごめん、今日ちょっと帰るの遅くなるよ』

 

家族のLimeグループにそう送ってから、僕は家へと向かった。

 

着いたのは七時くらいで、いつもだいたい、僕たちはこの時間にご飯を食べていた。

 

もしかしたら、みんな僕が帰ってくるのを待って、ご飯を食べずにいるかも知れない。そう考えて、僕は急いで自転車を駐車して、玄関へ走ったんだ。

 

「あれ?変だな」

 

でも、家にはまだ誰も帰っていなくて、鍵がしまってた。

 

仕方ないから、持ってた鍵で玄関の扉を開けると、中も明かりがなく、暗かった。

 

「ただいまー」

 

そう声をかけても、返事がない。こんな時間までどうしたんだろう?と、そう思いながらも、僕は電気をつけてリビングへ向かった。

 

さっき送ったLimeを見ても、僕のメッセージにまだ既読はついていなかった。

 

(まあ、どこか買い物にでも行ってるのかな?)

 

そう考えて、僕はひとまずリビングにあるソファに腰かけて、しばらくテレビを見ていた。いつも家族で見ていたバラエティ番組がやっていて、僕はそれを笑いながら見ていた。

 

「………………」

 

七時半が、八時になり、八時半を跨いで、ついには九時となった。

 

さすがに様子がおかしいと思った僕は、Limeに何度かメッセージを送った。

 

『いつ頃帰りそう?』

 

『大丈夫?なにかあった?』

 

『どこにでかけてるの?』

 

しかし、やっぱり既読はつかない。

 

いよいよ怖くなってきた僕は、みんなに電話をかけた。

 

父さんにも、母さんにも、小幸にも、それぞれ三回以上はかけたと思う。それでも、誰一人として連絡がつかなかった。

 

外はもう真っ暗になっていて、ぽつんと一人、家の中に残されたみたいで、怖かった。家族に何かあったのかって……そういう不安がふつふつと湧き始めた。

 

それを無理やり消すために、まだ大丈夫だろうという楽観的な気持ちを持とうとしてた。

 

きっと、みんな忙しくて出れないだけだ。僕の家族に、何かが起こるはずがない。

 

大丈夫だ、大丈夫だと、自分にそう何度も言い聞かせた。

 

 

ピンポーン

 

 

その時、家のチャイムが鳴らされた。僕は「はーい」と言って玄関に向かい、その扉を開けた。

 

立っていたのは、二人の警察官だった。

 

どちらとも男性で、片方が20代、もう片方は50代くらいの人だった。

 

「どうもこんばんは、東区警察署の渡部と申します」

 

50代の方が、僕に向かってそう言った。

 

まさか玄関前に警察官が立っていると思っていなかった僕は、「はあ……」と、なんとも気の抜けた返事をした。

 

「白坂さんのお宅で、お間違いないでしょうか?」

 

「……はい」

 

「白坂 辰雄さんは……君のお父さん、ですかね?」

 

「……はい、そうですけど。あの、父に何かあったんですか?」

 

「………………」

 

僕の問いかけに、二人は顔を曇らせた。その時から、僕はもう嫌な予感がしていた。

 

背中にざわざわと、悪寒が走っていた。

 

「……とりあえず、手短に話しましょう」

 

「………………」

 

「19時20分頃、東山通りの交差点にて、軽自動車と2トントラックが衝突。えー、軽自動車に乗っていた白坂 辰雄さんと、同乗されていた女性二人は……」

 

警察官は、言いづらそうに間を置いた後、固い息を吐くようにして、僕に言った。

 

 

 

「先ほど、病院で息を引き取られました」

 

 

 

「………………」

 

「心苦しいところではありますけど、身元確認のために、病院までご同行願えますか?」

 

「………………」

 

「お父さんの辰雄さんはね、財布の中に免許証が入っていたから身元が分かりましたが、他二人が分からないのですよ。おそらく、ご家族とは思いますが」

 

「……あ、ああ、はい」

 

この時僕は、不思議と何も感じていなかった。

 

あれ、僕泣いてないな……なんて客観的なことを考えるほどに、頭の中が嫌にすっきりしていた。

 

たぶん、情報をシャットアウトしてたんだと思う。感情が動かないように、心を無理やり殺して、何も感じないようにしてた。

 

もちろん、現実味がなかったというのはある。何か悪い夢でも見てるんじゃないかって、ドラマのワンシーンの撮影かなんかじゃないかって、そういう風にして自分から遠ざけようとしてた。

 

それから僕はパトカーに乗って、病院へと向かった。運転手は若い方の警察官で、助手席に50代の方がいた。

 

僕は後部座席にいて、何を考えることもなく、じっと手元を眺めていた。

 

「………………」

 

車内は、シーンと静まり帰っていて、咳払いひとつすら躊躇われる空間だった。

 

ふと気がつくと、窓ガラスにぽつぽつと雨の水滴がついていた。

 

それは最初、一滴二滴しかなかったけれど、次第にどんどんと増え始め、いつしか窓すべてを濡らす完全な雨になっていた。

 

 

ザーーーーー……

 

 

病院に着いた僕たちは、雨の中を小走りで行き、入り口をくぐった。

 

すると、女性の看護師から個室を案内されて、そこに行くよう指示された。

 

そこに入ってみると、小さな会議室で、長テーブルが二つ並んでいた。僕はその中央に座らされて、看護師さんから「荷物を持ってきます」と言われた。

 

「その荷物が、どなたのものなのか、教えてくれますか?」

 

「……はい」

 

そうして、テーブルの上に、看護師さんがどんどんと荷物を置いた。

 

ポーチやポケットティッシュ、靴に買い物袋……。見覚えのあるものたちが、僕の目の前に並んでいった。

 

「……このポーチは、母のものです」

 

「お母さん?」

 

「はい」

 

「……お名前は、なんて言いますか?」

 

「白坂 素子です。素直の素に、子どもの子で素子」

 

僕の言葉を受けて、看護師は何やら紙にメモを残していった。

 

「それから、こっちの靴は……妹です。小さな幸せで、小幸といいます」

 

「小幸さん、ですね」

 

そんなやりとりを交わしながら、僕はふたつほど、疑問に思うことがあった。

 

ひとつは、身元を判明させるなら、顔を見せてくれた方が早いのに、なんでこんな回りくどいことをしているのか。荷物の持ち物から割り出さずとも、本人に会わせてくれたら簡単なのに。

 

(もしかして、相当……酷い有り様なんだろうか)

 

僕に見せられないほど、凄惨な状況なのだろうか。だからこんな、回りくどいことをするのだろうか。

 

「………………」

 

僕はもう、そのことについては、それ以上考えることができなかった。なので、もうひとつ浮かんでいた疑問の方に舵を切った。

 

それは、陳列された物の中に、ひとつだけ見覚えのないものがあったこと。

 

そこそこ大きな白い箱で、紙でできていた。上部がぐにゃりと大きく凹んでいて、中のものも潰れているようだった。

 

「……あの、すみません。これ、中を見てもいいですか?」

 

看護師から許可を貰って、僕はその箱を開けることにした。指紋がつかないよう、透明なゴム手袋を借してもらった。

 

 

がさ、がさがさ

 

かぱっ

 

 

「………………」

 

中にあったのは、ケーキだった。

 

シャインマスカットやパイナップル、イチゴにメロン、そしてマンゴーと、あらゆる果物が贅沢に乗ったスイーツケーキだった。

 

でも、せっかく綺麗なそのケーキは、ぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた。果物は箱の中で散乱しており、丁寧にデコレーションされたクリームも、原型を留めていなかった。

 

ケーキの上には、『優樹、誕生日おめでとう』と書かれた板チョコが置いてあって、それも粉々に割れていた。

 

「………………」

 

その瞬間、僕は脳裏に……家族みんなとの思い出が、フラッシュバックした。

 

みんなの顔や声が、たちまち鮮明に浮かび上がった。

 

 

『みんなー、晩ご飯できたわよ~』

 

『ねーパパー!今度の日曜日、モール連れてってよー!』

 

『さてと、ドライブのBGMと言ったら、スペッツのチェイリーは外せないなあ』

 

『あら、あなた。ここ自転車借りれるみたいよ。借りてみましょうよ』

 

『みんな遅いー!早くこっち来てよー!私先行っちゃうよー!?』

 

『今日は、優樹の誕生日ね。あなた、果物の乗ったケーキが好きだったわよね?』

 

『よし、ならお前が帰ってくる前に準備してやろう。とびきりでかいのを買ってやるぞ!』

 

 

「……うっ、うう」

 

「あ……うあっ、あ……」

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

……この瞬間に、今まで堪えていたものが、決壊した。

 

家族との思い出が次々に……湯水のように溢れて、止められなかった。

 

ケーキの上に、ぽたぽたと涙が落ちた。甘い匂いが鼻をくすぐって、それが余計に悲しかった。

 

今頃、これをみんなで食べていたはずなのに。

 

「優樹も中学生か、早いな」って、お父さんが笑って。

 

「ご飯、おかわりあるわよ」って、お母さんが言ってくれて。

 

「お兄ちゃん、ケーキもう少しちょうだい!」と、小幸が甘えてきて。

 

そういう。

 

小さな、日常が。

 

今も続いていた、はずなのに……。

 

「ああああああっ!!ああああああ……っ!!」

 

喉がガラガラになるほどに、僕の絶叫は止まらなかった。

 

これが、何もかもを喪った時の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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