【完結】自己肯定感ゼロのボクっ子陰キャちゃんを全肯定してみたら激重ヤンデレになりました   作:崖の上のジェントルメン

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88.乾いた手

 

……優樹くんのお見舞いへ行けたのは、それから三日後のことだった。

 

本当はすぐにでも行きたかったんだけど、ボク自身にもかなりのダメージが残っていた。やっぱり相当無理をしたらしく、しばらくの間、脚が震えて立って歩くことができなかった。

 

「事を急いてはいけませんよ。少し療養してから、白坂くんのところへ行きましょう?」

 

「そうそう、まずは自分を治せって」

 

みんなからそう言われて、ボクは渋々承知した。

 

食事はみんなが保健室に運んでくれたり、トイレへ行く時は付き添ってくれたりした。

 

「みんなごめんね、ありがとう」

 

「いいってさっぽん、気にしないで!」

 

「そうだよ。私たち、友だちじゃない」

 

「………………」

 

彼女たちの言葉に、思わず泣きそうになったのは、ボクだけの秘密だった。

 

 

 

 

 

 

……そうして、三日目のお昼のこと。ついにボクたちは、優樹くんのいる病院へと向かった。

 

まだバスや電車も復旧していないので、五人並んで歩いていくしかなかった。

 

「それにしても、やっぱり……凄まじい光景だね」

 

倒壊した家々や傾いた電柱を眺めながら、ボクはそう呟いた。

 

「先ほどあった地震も、数日前と同じく、震度7だったそうですよ」

 

「そっか……。ボクたちが怪我もなく生きていられるのは、本当に幸運だったね」

 

「でもなんか、あーし的には二回目のがおっきく感じたんだよね」

 

「震源地が、二回目の方が近いらしいですね。それで、大きく感じたようです」

 

そんな会話を交わしながら、ボクたちは病院へとたどり着いた。

 

「先生!急患です!」

 

「輸血足りない!在庫確認して!」

 

「あーーー!痛い!痛い~~~!」

 

……病院の中は、恐ろしいほどにごったがえしていた。

 

病室だけでは事足りず、廊下にまで患者が溢れていた。比較的軽傷な人はソファに座っており、重傷の人は簡易的な折り畳みベッドで床に寝かされていた。

 

どこそこで呻き声や叫び声が聞こえてきて、看護師さんやお医者さんがバタバタと走り回っていた。

 

病院の中は、血と薬品の匂いが充満していて、思わず鼻を押さえそうになった。

 

「……凄いね」

 

西川さんの小さな言葉に、ボクは「うん」と言って返した。

 

「とりあえず私、白坂くんに電話してみるね」

 

「うん、ありがとう西川さん」

 

 

プルルルル、プルルルル

 

プルルルル、プルルルル……

 

 

「………………」

 

「うーん、ダメだ、繋がんないね」

 

「そっか……。まあ、優樹くんもさすがに寝てるのかも」

 

「なら、自力で探すしかないかな……」

 

「でもさ、こん中で黒影の彼氏探すの、さすがに大変じゃない?」

 

「そうですね……。看護師さんなら居場所を知ってそうですが、こうも忙しそうだと訊きにくいですし……」

 

「とは言え、他に方法もなさそうだし、とりあえず、しらみ潰しに優樹くんを探すしかないね」

 

そうして、ボクと千夏さん、西川さんの三人と、小岩瀬さん、二階堂さんの二人に分かれて、優樹くんを探すことにした。

 

病室の中に入って、それぞれベッドに横たわる人の顔を確認していった。また、個室になっているところは、部屋の前に名札がついてあるため、そこを確認していた。

 

看護師さんたちが忙しく動き回る中にいると、どことなく罪悪感があった。なるべく人の邪魔にならないよう、ボクたちは細心の注意を払った。

 

「………………」

 

時々、ベッドに横たわる人の中で、顔に白い布を被せられている人もいた。

 

「あれって……そういう、こと?」

 

千夏さんが小さな声で尋ねて、西川さんが「そうだと思う」と答えていた。

 

こういうのを目の当たりにすると、つくづくボクたちは幸運だったなと思わされる。そして、早く彼の顔を見て安心したい気持ちが強まってくる。

 

(優樹くん……)

 

病室の一階を見終えたボクたちは、二階へと足を運んだ。

 

この病院は全部で六階まであり、二階堂さんたちは六階の方から探してもらっている。

 

見つけたら電話をくれるよう話していたため、まだ電話がないということは、六階にもいないということらしい。

 

「黒影さんは、白坂くんのおじいちゃんおばあちゃんの連絡先は知らないんだよね?」

 

「うん……。訊いておけばよかったよ」

 

「まあまあしょーがないって。とりま優樹探そーよ」

 

そうして、ボクたち三人は、二階のフロアの捜索を進めた。

 

大部屋へ入り、ベッドに寝かされている人たちの顔をそれぞれ眺めていく。

 

「………………」

 

その時だった。

 

これは、本当に偶然で、ボクもここに“この人たち”がいることは全く知らなかった。

 

ボクのスマホが使えなくなってから、安否の確認ができてなかったけれど、思わぬところで会うことになった。

 

「お母……さん。お父さん……」

 

二人は、それぞれベッドに寝かされていた。

 

二人とも疲れきった顔で眠っていて、小さな寝息を立てていた。

 

どうやらお母さんの方が重傷を負っているらしく、頭には包帯が巻かれていた。

 

「………………」

 

「さっぽん、どーしたの?その人たち知り合い?」

 

「……うん、ボクのお父さんとお母さんだよ」

 

「え!?ほんと!?」

 

千夏さんはやけにテンションが上がっていて、「あー!なんか言われたら似てるかも!?」と、ボクの顔と両親の顔を見比べながらはしゃいでいた。

 

西川さんはそんな千夏さんに対して「病院なんだから静かにしなって」と嗜めていた。

 

「………………」

 

ボクはすっと、お母さんの横に立って、マジマジとその顔を見つめた。

 

お母さんのことは、正直嫌いだった。ボクを支配してくるし、言うこと聞かないと愛さないというプレッシャーを、ずっと与えてきた。

 

だからボクは、ずっとお母さんが怖かったし、同じくらい憎んでた。

 

……でも、こうして眠っているところを見ると、ボクが変に大きく見ていたお母さんはどこにもいなくて、なんの変哲もないおばさんがいるだけだった。

 

手を取ってみると、それがよく分かる。

 

老いて、乾いた手だった。関節も骨ばっていて、くたびれた形をしていた。

 

「……ん」

 

ボクが手を握ったからか、お母さんは眉をしかめて、うっすらと眼を開けた。

 

「……さ、彩月?」

 

「………………」

 

「あ、あなた、無事だったの……」

 

お母さんの声は、老婆のようにしわがれていた。

 

あの地震でどんな経験をしたかは分からないけれど、きっとお母さんも……いろいろと大変な眼に遭ったんだろうなと、ぼんやりとそう思った。

 

「……お母さん。頭の怪我、大丈夫?」

 

「………………」

 

「まあ、とりあえず、命が助かって……よかったね」

 

「彩月、あなた……一体今までどこに」

 

「山之内小学校に避難してたよ。ボクの彼氏が、そこにいたから」

 

「………………」

 

「黒影さん、ごめん。ちょっといい?」

 

西川さんに声をかけられたボクは、彼女の方へ目をやった。

 

「今、二階堂さんから電話があって、五階に白坂くんいたって」

 

「そっか、ありがとう」

 

ボクはひとまずお礼を述べると、またお母さんの方へ顔を向けた。

 

「じゃあ、お母さん。ボク、また来るよ」

 

「………………」

 

「……あの時は、首絞めて、ごめん」

 

「……彩月」

 

お母さんは、目を大きく見開いて、ボクのことを見つめていた。その瞳の中に、妙に大人びた顔をしたボクが写り込んでいた。

 

そうしてボクは、千夏さんと西川さんとともに、その場を離れて五階へと向かった。

 

「さっぽんのママ、頭怪我してたね。大丈夫かな?」

 

「……うん、まあ、大丈夫そうだったよ」

 

千夏さんの言葉に返事をしながら、ボクは……自分の手を見ていた。

 

お母さんの手から伝わる……か細い体温が、ほんのりとその手の平に残っていた。

 

「………………」

 

完全に、許したわけじゃない。

 

優樹くんのことを悪く言われたことは今でも腹が立つし、ボクが今までされてきたストレスを帳消しにするつもりはない。

 

でも……張り合う気力はなくなってしまった。

 

ボクが相手していたのは、熊でも虎でもない。ただのおばさんだったんだから。

 

(お母さん……)

 

胸の奥の方で、ボクは母の顔を思い浮かべていた。

 

この歳になって、ようやくボクは、本当のお母さんに会えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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