イライザの進学《改稿版》   作:C-Mech

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「世世に語り継ぐがいい、世界を暴く者の末路とは如何なるものかを」

 

 

 

 

 


 

2095年4月

 

 イライザはWebページ上の呪体カタログを睨みつけながら、自身の認識の甘さについて内省していた。今この瞬間行っている知覚系の術に対する対抗術式の構築と素材の選定自体、司波達也をもっと警戒していればやらなくて良いことだったのだ。達也を少しばかりからかえて有頂天になり警戒心を解いた。出会ってから1日も経っていない相手に対してだ。これそのものが傲り、慢心、死の呼び水なのだ。時計塔から離れてたった10年で忘れたのか。

 

「お嬢様、もう0時を回りましたが…」

 

 婆やが声をかけてきた。いつもなら入眠のための催眠術で()()()()眠る時間だからであろう。

 

「ああ、すまないね。でもまだ素材の選定すら済んでないんだ。やはり思想鍵門に睨まれないようにするなら東洋思想ベース、インドあたりの術式を使うべきなんだろうが、手頃な価格のものが無くて…」

 

「それは明日でもよろしいのではありませんか。今はそれよりよく眠って、明日に備える方が」

 

「婆や」

 

 イライザはぴしゃりと婆やの言葉を遮った。

 

「………失礼を致しました」

 

「こちらこそ済まない。だがこれも元を正せば自業自得だ。だからこそ呪体選定だけは手早く終わらせる。明日以降は夜更かししない。約束するよ」

 

「かしこまりました。では、ホットミルクをこしらえてまいります」

 

「あ、あれ?婆や話聴いてた?ここはこう、紅茶とか眠気覚まし的なのを主人はご所望だよ?」

 

「真夜中にお紅茶など、呪体選定が終わってから寝付けなくなるようなものは避けるべきかと。それと、その作業は拙もお手伝いいたします。」

 

「え、え?え?あれ?ホントに話聴いてくれてるかい?」

 

「ええもちろんですとも。お嬢様の自業自得は知ってのこと。その上で、拙は奥様よりお嬢様の身の回りのお世話を仰せ使っております。要らぬ準備にかまけて学校は愚か魔導の探求まで疎かになったとあっては顔向けできません」

 

 とん、と胸を撃たれたような気持ちだった。素直な優しさが次第に身体に沁みてくると、喜色ばんで気味が悪くならないように努めて、婆やに言葉を返した。

 

「……ありがとうね、婆や」

 

「なんの。この婆や、お嬢様のお役に立てて光栄でございます。作るのは邪視避け…ハムサですね?」

 

「うん。思想鍵紋を掻い潜って使うにはこの辺が限界かなって。ファティマに関する部分からアブラハムの宗教との────」

 


 

 第三次大戦のきっかけは食料の奪い合いという極めて原始的な理由であったが、その裏に注目すると、世界の危機的な寒冷化が最も有力な原因として挙げられる。その残滓は戦争が終わっても、否戦争関係なくこの世界の平均気温低下というカタチで影響を及ぼしていた。

 

 何が言いたいのかと言うと4月なのに寒いのだ。春満開という風情とは裏腹に本日の気温は全然10℃を下回る。倫敦生まれ世界各地逃げ回り育ちというイライザは環境変化に強い方の生物であると自認していたが、それは服装(体温調節機能)を自由に出来る場合に限るのだと彼女は思い知った。何故横を歩く美月やエリカはあんな薄っぺらい見た目重視の制服とカーディガン一丁で耐えられるのか。コレが分からない。

 

 現在イライザは第一高校の誇りとされる制服の上からコートを羽織ってあり得ないくらい着膨れながら道を歩いていた。驚くべきことにあんなボディラインを強調した半痴女みたいな格好の同級生よりも、ぱつぱつに着膨れた小童(こわらわ)体型のイライザの方が目立つらしい。

 

「人の目を気にして風邪を引くよりよほどマシだがね」

 

「多少は気にしなさいなあんたは。もう人間より小さめの熊みたいなカッコしてるわよ?」

 

 ここ数日で意外にも仲良くなったのは美月ではなく赤髪の千葉エリカであった。元々イライザとは対照的に社交的な性質を持っていたこともあって、ぐいぐいと来られたイライザは敢え無くある程度胸襟を開いて彼女らと接することを決めた。

 

「まあ明日には15℃超えるって予報されてたからなんとかなるだろう」

 

「本当にやんなっちゃいますよね、三寒四温で」

 

 その隣では司波達也と柴田美月が最近の気温に文句を垂れている。達也はあの日以来例の知覚系を使っていないが、それはおそらくイライザが不用意に彼と視線を合わせて警戒されたためだと思われる。明確に距離を置いていないあたり、イライザ側の情報が欲しい、或いはまだ自身の術の詳細までは分かっていないと考えて態度を変えないように努めているといったところであろうとイライザは考察していた。

 

「でもよお、イギリスっつったら霧の街って言われるくらいで平均気温も低いんじゃねえの?」

 

 そして、新たに一味(パーティ)に加わった西城レオンハルトがイライザの寒がり具合に疑問を投げかけた。彼はこの面子の中では唯一の根明(ネアカ)無神経者(ノンデリ)であり、故に気さくでもあったがイライザはその距離の詰め方に慣れずあまり好んで親交を深めたい相手ではなかった。

 

「いやまあそうだが。向こうならこのくらいの気温の時期はまだ上着を着るんだよ。男子はいいよな厚手のコートがあって」

 

「まあ確かに男女平等を謳っておきながら未だに男女で制服が違うのはどうなの?という議論も巻き起こっているそうですが、私としてはこの制服はとても可愛くて好きですよ」

 

 最後に締めくくるのは司波の妹こと司波深雪だ。ほんの二日しか彼らと共に過ごした日々は存在しないが、その間に実兄に男女的な好意を寄せているタイプのブラコンであることが知れ渡った異常者である。

 が、イライザ本人は彼女の性癖含めて好ましいと感じていた。近親の者同士で(つが)うのは魔術師界隈的にポピュラーではないがメジャーだし、ソレを強制されるでもなく心から望んでいるのなら後腐れもないではないか。兄も応えて抱いてやるくらいの度量があればいいのに。

 

 ここまで考えて後ろから聴こえてくるオトナぶりたい子供のような声に、咄嗟に男子の前に隠れた。いきなり割り込まれたレオが『うおっ!?』とか言ってよろけているが気にしてはいけない。

 

「達也くん、オハヨ〜。深雪さんも、おはようございます」

 

 イライザと達也の共通の敵、とまではいかないがあまり顔を合わせたくない相手である七草真由美の出現に、げんなりとした表情を見せる二人であった。

 しかし、幸い真由美が服だるまと化しているイライザに気づいていないと見るや、イライザは全て達也におまかせして聴き耳をそばだてていることにした。

 

 言葉の端々に『本当に一緒に来るんですか?』というガチで嫌そうな雰囲気を漂わせる達也の舌鋒に屈せず、真由美は一年E組と深雪の一団に混じって歩き出した。

 達也の不甲斐なさに内心腹を立てていたイライザだったが、気配を忍ばせるため平穏を保つよう心がける。

 

 イライザが無心になっている間、どうにも話はおかしな方向に転がっていき、何故か達也はなし崩し的に昼休み妹とともに生徒会室に招聘されることが決定した。

 

「何だったら皆さんで来ていただいてもいいんですよ。生徒会の活動を知っていただくのも──ってあれ⁉イライザさん、いたの!?」

 

 達也が煮え切らないのを見て、真由美はここにいる面子ごと攫っていく方向に舵を切って振り返った。そこにはちょうどレオの背後で隠れていたイライザが真正面に来るような形となり、今までのスニークが一切無に帰したことを突き付けられた。

 

「やだも~。居たんならいってくれてもいいじゃな~い!」

 

「おはようございます…。せっかくの申し出はありがたいのですが、その、遠慮させていただきたく…」

 

 イライザは相手が失点がある場合、そこをつついてアドバンテージを確保するタイプの論客である。そのためこのような、ただ単純な善意で押してこられると弱いのである。やめてください。

 そのうえ今日はコンディションも最悪だった。寒いのは辛いのだ。自由に体が動かない上に嫌な思い出が無限にフラッシュバックする。夜更かしもしているのであまり頭も回らない。そんな中で不敵な令嬢気取りをするのは一寸(チョット)無理があった。

 

「あたしもやめときます。あんたらは?」

 

「ん?俺も遠慮したいかな」「わ、私も…」

 

 意外だったのは社交の化身であるエリカが明確に申し出を拒絶したことだった。こういう時一番悪ノリするタイプだと思っていたため拍子抜け、ともするとガクリと来たイライザだったが、もしかして自分の状況をみてかばってくれたのかと了解した。

 

「そうですか」

 

 特別残念そうでもなく真由美は司波兄妹の勧誘に戻ったが、その一瞬の間に何かしらの含みを感じたイライザは、達也と深雪のいない昼休みにとっくりと話を聞き出してやろうと決意した。

 


 

 司波達也は司波家長男でありながら、一族郎党の中で微妙な立ち位置にいる。

 この辺を語ってしまうと原作7巻あたりまでかかるので端折るが、妹が次期当主として立たないと一族の繁栄に悪影響を及ぼすほどの人物であることと、彼自身が特化型の破壊兵器と万能の癒し手(ヒーラー)を兼任していることを発端とした差別にあっていた。

 本人はまったく気にしていないというか、自分の世界は自分と深雪とそれ以外で構成されているため、妹に手を出さないうちは目立って反抗していないというのが実情であった。

 

「つまり、風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を選んでも規定違反にはならないわけだ」

 

 その彼が、どういうわけだか今、風紀委員に任命される感じで話が進んでしまっている。

 

 これは非常にまずい流れであると言えた。確かに達也は入学から現在まで非常に学業優秀であるが魔法の資質に恵まれなかった秀才で、その眼は展開待機状態の魔法式を読み解くことができると露見してしまっている。とはいえそれは本来あまり表に出すと()の仕事に支障が出る可能性を拭い切れぬものであるし、イライザと美月という不穏分子のこともあるから表立って使いたいかと言われると『NO』である。

 

 なにより妹が言い出しっぺであることも拍車をかけている。風紀委員長と生徒会長に対して全力で断れても、深雪が望めば()()()()()()()()()。兄とはかくあるものなのだ。

 とりあえず今は生徒会役員の中で一番気の弱そうな中条あずさ書記をねめつけて風紀委員の仕事内容を説明させているが、このままでは逃れられないのは自明であると彼の優秀な頭脳は予見していた。

 

「あのですね!自分は実技成績が悪かったから二科生なのであって──」

 

 目つきの悪い後輩が目の前でがなり散らして涙目のあーちゃん書記を横目に摩利に詰め寄るが、のらりくらりと躱され結局昼休みはタイムアップとなってしまった。

 

 

 

 

「ははあ…なるほどねえ。大学生の彼氏とは…」

 

「言っとくけど!違うからね!あの兄妹とあたしとお兄の関係を一緒くたにしないでね!?」

 

 HAHAHAと笑って絶対に返答をしない。こういう時明言を避けるのが長生きのコツである。

 イライザはエリカを連れ出してしつこく朝方のことを聞き出していた。最初は頑として口を割らなかったエリカであったが、エリカがイライザにやったような距離の詰め方を実演してやると、とうとう『敗けたわ…』と言いながら自身と風紀委員長との確執を語った。

 

 曰く、彼女の兄(修次というらしい。イライザ調べでは千葉家次男で、長男寿和よりも剣術の才があるためこちらが当主となるのではという見方もあるとのこと)と風紀委員長渡辺摩利は恋仲であるらしく。幼いころから親しくしていた兄が()()()()()()女にとられたことにたいそうご立腹のようであった。照れ隠しのように見えて多分この女は本気で言っている。それが素人目にもわかる程度には、千葉エリカという少女は剣術に本気(マジ)なのであった。

 

「そんなもの、渡辺委員長が家に入ってしまえばどうとでもなる。小姑としていびり殺してしまえばいいじゃないか」

 

 イライザは友としてできる限り穏当なアドバイスを送った。惜しむらくは彼女の倫理観が童話の魔女過ぎたことであろうか。

 

「あんたね、他人事だからって…。はあ、まあいいわ。少なくとも剣術では負ける気はないもん。あいつには一生涯上でいてやるんだから」

 

 どうやらエリカはイライザの真面目なアドバイスをブラックジョークと受け取ったようで、やや吹っ切れたように立ち上がった。

 ちょうどそこに、見慣れた人影が一人向かってきたのをみて、どうしてかイライザは目を逸らした。

 

「おや。なんで二人だけなんだ?」

 

 よっぽど居心地の悪い会食を済ませてきたと見えて、ややしぼんだ雰囲気の達也が、階段の踊り場で駄弁る二人を捉えて言った。

 

「言うに事欠いてそれって…。君、淑女同士の逢瀬にケチをつける無粋の輩かい?あのミスター・レオンハルトだって気を使ってくれたんだぜ?」

 

 達也の調子が良くないとみて、イライザはスタイルのいいエリカの懐にぽすりと体を預けながら口撃した。

 

「おいおい、いくら何でも喧嘩腰すぎやしないか。俺は単純に、いつも一緒にいるレオや美月はどこに行ったんだろうと思っただけなのに」

 

「そうよ、リザ。あんたなんでもかんでも噛みつきすぎ。余裕なく見えちゃうわよ」

 

 自分の胸元のイライザの頭をぽこんと(はた)きながらエリカは言った。当のイライザは不服を隠そうともしない。親に怒られていじける子供のようだと、彼女以外の二人は感じた。

 すっかり拗ねてしまったイライザはエリカから離れ、一人ずかずかとE組へと歩を進める。

 

「………余裕がないように見える、じゃなくて実際ないんだよ」

 

 誰にともなくつぶやいた一言は、彼女の真に柔らかい部分だったのかもしれなかったが、言霊は風に流され、二人には届かなかった。




 森崎パートバッサリカット
 できるだけ達也の心情を描写しない(疲れるから)
 というのは冗談ですが、正直書いてて群を抜いてむずい気がする、一番むずいのは弘一はんです、こいつ早期に登場させるプロットがむずすぎてぽしゃったのいまだに許せない(一敗)
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