仙は炎に焼かれる   作:アルルの男

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旅人、囚わる

「火、都を吞む。龍、天に昇る――」

思わず、口ずさむ

囁くように、懐かしむように

 

香炉の煙が静かに細く立ち昇る書斎、筆は白紙に墨を染めていた

香炉には蓮の香、一文字綴る度に記憶の霧は晴れ、俺は過去を想起する

 

――――――

 

空は春の塵が舞い、遠くの景色はぼやけて見えていた

俺は花咲く丘で春の野草を炙って茶にして、風の音に耳を澄ませていただけだ

人と話すのなんて久方ぶりだった、本当に

それがどうして、気づいたら十数駒の兵に囲まれていたのかさっぱりわからなかった

 

「そやつです、なにやら妙な呪文を唱えておったと!」

「空中に火を灯したとも聞いております!」

 

俺を囲んだ兵達は、口々にそう言った

流石に言いがかりだと言いたい

そう独り言ちると、彼らの中でも一番上等な出で立ちの男が前に出てきた

 

「貴様、何者だ」

「風のまにまに、彷徨う仙人さ」

 

それが決定打になったらしい、彼らの目は一斉に鋭くなった

腰に吊るした剣を抜くと構え、先頭の男が言い放つ

 

「仙術使いか、捕らえろ!」

 

人はどうしてこう、自分と違うものを怖がるのだろう

 

手かせをはめられ、大人しく彼らに付き従った。

どうやって抜け出そうかとぼんやり考えながら、長らく歩いていると都に入る

既に日は暮れ、人がまばらな道を行くと、夜でも灯りが絶えない大きな邸宅に連れてこられた

離れの蔵に続く、兵士と侍女が入り乱れ、きつい香の匂いが漂う回廊を渡ると蔵の地下に続く階段を降りる

 

「まるで砦じゃないか、こんな私邸に地下牢なんて」

「口を動かす暇があるなら、早く牢に入れ」

「あいよ、ところで牢に入るのだからこの手かせは外してくれないかい?」

「良いわけなかろう、このたわけめ」

 

ケチなやつめ

牢にはいり、胡坐をかいた。兵が木格子の戸を施錠していると奥から声が薄暗い地下に響いてきた

 

「ほう、そやつが噂の仙か」

「大将軍閣下!」

 

兵が膝をついて低頭する、彼がどうやらこの邸宅の主であるらしい。

 

「よい、姿勢を戻せ。して、そこの仙よ、貴様が最近郊外に度々現れる男だな?」

「そうみたいだね。そういう貴方は都で噂の暴君様だね?」

「貴様!大将軍様に向かって無礼な!」

 

兵が思わず剣を抜かそうとするが、暴君がそれを止める

 

「構わん。なるほど、面構えが違うな」

 

噂に聞く暴君が、黒獣のような重い足取りで木格子の前に立つ。声は低く、獲物を見据える猛獣のようだ

その目は、氷のような静けさを宿しながら、奥に炎のような野望を揺らめかせていた

 

「仙よ。貴様、何者だ?」

 

静かに、まっすぐに。風を封じるような声は俺に問いかける

 

「ただの風の旅人ですよ。貴方が思うほど、大したものじゃない」

 

俺は微笑みながら言う。その瞬間、兵が眉をピクリと動かすのを牢の微かな灯りが照らす横で、暴君は――笑った

 

「ふん…そう言いながら、その眼には一片も怯えが見えないな。」

 

彼は木格子越しに俺の正面に座る。

 

「世は乱れ、英傑は野に潜むと聞く。貴様のような"仙”を名乗る者であれば――もしかすると、天命を知る者かもしれんと思ってな」

「天命…?」

 

俺はわざとらしく首をかしげた。

 

「それが見えるならば、こんな苦労はしないさ」

「では試してみようではないか」

 

牢を出て、彼の一室へと向かう回廊で、俺はふと呟いた

 

「それにしても、この邸宅は随分と大きいな。帝の住まう宮殿の次に大きいのではないか?」

 

俺を連れた兵は自慢げに言った

 

「当たり前だ。大将軍様は先の小帝様の弟君であられる、現帝様の後見人を任されておられる。その様なお方がみすぼらしい住処で過すものか」

 

それにしたって大きすぎる気がしないでもないが、また睨まれるのも面倒だ、黙っておくことにした

そうしているうちに、俺は暴君の私室へと通された

絹と香が染みついた部屋。壁には虎の毛皮、机には金の器。贅という贅を尽くした部屋の中で、俺は木椅子に腰かけていた。暴君が手を叩くと、一人の女官が入ってくる。

手には銀の盆。その上に小さな硯と筆、紙を乗せていた。

女官は盆の上の道具を俺の目の前にある机に置くと、静かに下がる。

再び部屋に静寂が訪れ、暴君を見やる。炎が揺らめく彼の瞳に、俺は何故か惹かれていた。

ふと我に返ると、暴君が俺に言いつけた。

 

「その紙に国の未来を記せ。書けぬのならば、命はない」

 

その言葉に、笑いも脅しもなかった。ただ、彼の真に迫った"渇き"のようなものがひしひしと伝わってきた

墨をする間、暴君の視線はじっと俺を貫いていた

さて――これは、試されているのか。それとも心底信じているのか

俺は筆を手に取る。筆先が紙に触れる瞬間、一陣の風が吹く。香の煙が渦を巻き、時さえも歪めながら、俺の目にひとつの"景色"が浮かび上がる。

 

――都の炎

――西へ逃げる兵

――龍のごとく立ち昇る、若き獅子達の影

 

風が観せた景色を、俺は一息に数文字で記す。

 

香炉には沈香、一文字記す度に暴君の目が細くなり、己の未来を予感する

香炉の煙が静かに細く立ち昇る部屋、筆は白紙に墨を染めていた

 

囁くように、響かすように。

力強く、口ずさむ。

「火、都を吞む。龍、天に昇る」

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