仙は炎に焼かれる   作:アルルの男

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静寂が、場に根を下ろした。控えてる侍女や兵が顔を青ざめる中、暴君は言い放つ

 

「ふん…面白い。実に、面白い」

 

暴君は手を叩いた。

何がおかしいというのだろうか。自分は今しがた、先の暗雲を示したというのに…

控えめに言って、逆賊扱いでその場で斬首してもおかしくない

我ながら、危機感が足りてないと思う

 

「そなた、しばらくは我が側におれ。仙か、詐か。この目で見定めてやろうではないか」

 

何やら命拾いしたうえ、暴君の懐に入ることになった

 

―――――

 

「……」

 

それからの日々は、奇妙なものだった

暴君は俺を牢には繋げなかった。代わりに、館の奥、華やかで閉ざされた離れに住まわせた。

食事は贅沢、衣は絹、香は珍しく興味をそそるものばかり。更には女官達の気配りは至れり尽くせりときた

だが、決定的に、今の俺には自由はなかった

正直、退屈な生活ではあった

 

俺は軒先に腰かけ、春の風に頬をなぶられながら、庭を掃く女官達や邸宅を巡回する兵を眺めていた。

空は、どこまでも青く――それがかえって皮肉だった。

 

その夜。暴君はふたたび俺を呼んだ。

今度は、私的な宴だった。客もなく、ただ俺と暴君、そして酒だけ

 

「どうだ?我が都の春の味は」

 

彼は灰を掲げ、笑う。その笑いにかつて聞いた、剣戟とも悲鳴ともつかぬ響きが重なる気がした

 

「風の味に比べれば、少々濃いが……悪くはない、かな」

 

俺もまた、酒を口に含む。

舌に残る香りは、どこか血を思い出させる

 

「貴様は嘘をついておるな」

 

唐突に、彼は俺に言った。こちらの様子を伺う瞳は、さながら血に飢えた獣のよう

 

「ただの旅人――などではあるまい。貴様の目は、争いを見てきた目だ。戦を知らぬ者の眼ではない」

「……なるほど。流石の大将軍様だ、目が良い」

 

否定はしない。それに、嘘など、ここでは意味をなさないと知っていた

彼は黙って俺を見つめる。その目は、猜疑でも侮蔑でもない――ただ、何かを探るような、深い闇

 

「どうだ、仙よ。このまま我が側に立ってみるというのは」

「誘ってるのかい、大将軍殿」

「ふっ……さて、どちらかな?」

 

杯が、月明かりに反射してきらめく

 

「あいにく、風は檻じゃ生きられないのさ」

 

俺は盃を指先でくるりと回し、月光の揺らめきの中に、相手の顔を映す

 

「その代わりに、将軍……」

 

言葉を切って、ゆっくり彼の眼に合わせた

 

「あなたは、俺の問いにも答える覚悟は、あるんだろうね?」

 

暴君の眼が細くなる。まるで獣が獲物の動きを見極めるように、俺を測る

 

「ほう……面白い。言ってみよ」

 

俺は、盃を口に運び――一口、酒を飲みほしてから、静かに問いを放った

 

「貴方は、本当に"この国"を憂いているのか。それとも、"自分"のために国を動かしているのか?」

 

沈黙が落ちる。

一瞬、空気が止まるピリピリとした感覚を肌が受け止める。

だが、暴君はわずかに唇を歪める。笑っていた

 

「……ははは、なるほど、なるほど……!まこと、仙を名乗るだけはある。一介の放浪者でありながら、その問いを、俺にぶつけるか」

 

杯を置く音が、重く、深く響く

彼は、どこか遠い目をしながら言った

 

「この国を憂うか。――そんなもの、若き日の幻想よ。かつて、夢想した正しさで、守れないものがあると知った。故に今、俺が欲するは"力"。それだけだ。俺が望む秩序は、俺がこの手で創る」

「じゃあ貴方は、"この国"ではなく、"貴方の国"を求めるのだね」

「ああ、そうとも。なぜ、それがいけぬ?」

 

彼の声は揺らぎなく、力強い。だのに、その瞳は何かを見ていて、どこか哀しみを含む

俺は目を伏せ、静かに酒を継ぎ足す

 

「いけないなんて、言わないさ。ただ、そういう風が吹くなら……いずれ、嵐に吞まれることもある」

「俺を脅すか」

「風は、誰かを脅かすために吹くんじゃない。ただ、それでも山が崩すことはあるだけだ」

 

沈黙が、再び訪れた。だがその沈黙は、さっきとは違う。睨み合いではなく、どこか妙な共鳴のような、そんな気配があった

暴君はふっと鼻を鳴らすと、盃を傾けた

 

「ならば、我が側で流れてみよ。この風が、どこまで俺の炎を揺らせるか――見物だな」

 

その夜は酒が尽き、沈黙だけが残った。仙と暴の奇妙な距離感のまま、夜は深く、静かに更けていく

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