猫と2人のおっさん   作:丸亀導師

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欺瞞と退屈と喧嘩

 

真っ白な何も無い大地に、真っ黒な宇宙。

そしてそこにある、一際巨大なクレーターの中にそれは存在していた…。

月面都市グラナダ、元々はサイド3建設用に使用されていた資材用地であり、工場やマスドライバーを完備するジオン最大の都市の一つである。

 

この都市の実質的なトップは、ジオンを二分するとも言われる強権を持つもの…キシリア・ザビその人が直轄で管理しており、ジオン本国との軋轢の元となっているのは、公然の秘密である。

 

さて、そんな都市のオフィスの一角。

一際目立つ建物の中、その中で1人執務を行っている妙齢の女性がいた。

キシリア・ザビその人である。

頬はややコケ、何処となく疲れた様子であるが戦時下の時よりも、若干ふっくらとしつつある彼女は、健康的な毎日を過ごしている。

 

戦時下のストレスから解放された彼女は、今政務に生きる女と言えるだろう。浮ついた話もなければ、想いを語る男もいない…寂しい様なそんな光景もある。

腹心たちもそんな彼女の事を気にかけながらも、一つのものを恐れていた。

 

それは、彼らとは別の者達キシリア機関であった。

 

キシリア機関

 

そこは言ってしまえば、キシリアの目となり耳となる為の組織。そこに所属している者達の素性は確かにされていないものの、ジオン内でのキシリア直属の諜報機関であり、独自の裁量権によって行動を行い、ジオン内部の綱紀粛正を担う者達である。

 

特にキシリアに近い人間は、このキシリア機関に良く感じさせられていると言っても良いだろう。

どれほど腹心であったとしても、それが裏切れば即刻首を取ることが出来るようにとも言える。

 

特に、嘗て実の兄であるギレンに仕えていたものに対しては、非常に警戒をしていた。

そんな仕事を行うのが、キシリア機関である。

 

そんなキシリア機関からの情報を、キシリアはいつもの日課の様に目を通していた。

 

「コレは…どういうことか?」

 

誰もいないはずの執務室、彼女は1人呟いた。

その目の前に置かれている物は情報にしてみれば、一見すれば単なる噂話であるが、その危険度は非常に高いものと言えた。

 

キシリア機関、彼等は目下キシリアに対して忠誠を誓い、その働きはサイド3の外にまで拡がっている。

サイド6においてもその力は目に見張るものがあり、日々軍警との暗闘を繰り返している。

 

そんなキシリア機関のサイド6派遣要員のうちの何人かから、キシリアに対してこの様な噂話が届けられた。

曰く、ここ数年の間に急速に成長している地下政治組織が存在し、サイド6内にその輪が拡がりを見せている…。というものである。

 

ジオン独立戦争の折、早期に中立を宣言したからこそ生き延びられたサイド6であるが、その実態は木偶の坊である。

巨大な経済組織でありながら、その実武力を有しない事によりジオンに対して平身低頭としている。良い金蔓とも言えよう。

 

金の成る木、切り倒すのには惜しいもの。

ただ、ジオンにとって本当に無くてはならないものであるか?と言われれば、別に無くてもジオンは成り立つ。

寧ろ、今ジオンが少しでも必要であるとそう思っているからこそ、そこに存在できているという薄氷の上の存在……それがサイド6の実情である。

 

そんな彼らのうち、明日の身の振り方も分からぬ難民達から発端として今…1つの噂話が拡がりを見せていた。

 

『ジオンの遺児が、ザビ家から宇宙民の真の自由の為に準備をしている。』

 

そんな言葉が俄に語られる、そして抵抗運動組織があるのだと言う…。実態こそ分かるものではないものの、そんな物が機関の方から齎されるのだから…キシリアは腹が立った。

 

その情報とともに、ある事が脳裏を駆けたのだ。

『シャア・アズナブルは、キャスバル・レム・ダイクンなのではないか?』

何時ぞや届けられた真偽不明の情報、確証を得ぬままに最後はその人物が消息不明となった事によって、そのまま闇へと葬られんとしたものを。

 

キシリアは、その情報を真実だと思っていた。だからこそ立腹した。

 

仮面を被り、軍組織に潜伏し、自らの名も出自も全て隠して、復讐の機会を狙っていたであろう…あのキャスバルの坊やがそんな事をする訳が無い…と。

最初は半信半疑でいた、そして彼が。シャアこそがキャスバルだと、そう確信した頃には彼はゼクノバと共に消えていた。

 

もう一度会って…真偽を確かめたかった。彼がいったい何に生き何を求め何を成そうとしたのかを…。だが、そんな事も出来なくなった。そんな人間の名を騙る者達がいる。

 

胸が締め付けられるような想いだ。あんな回りくどいことをするような人間が、こんなにも大胆に巨大な組織を運営する等…有り得ない。

特に慎重なキャスバル坊やが…そんな事をするはずが無い。

 

「フッ……私も毒されたかな…?」

 

自嘲気味に自らを小馬鹿にする。思えば幼い頃、彼と遊び学んだ日々が蘇る。

歳もそれほど離れてはいなかった、だがザビ家によるダイクン派に対する姿勢によって袂を分かち、最終的には敵と認識せざるを得なくなった…。

もしかしたら、それは手に入らないのならば壊してしまおうという、ある種の渇望だったのかもしれない。

 

「だが…そんな酔狂な事をやる奴らがいるのなら、会ってみたいものだな。」

 

会ってみてどうするかは…その時決めれば良い。自分には充分に時間が有るのだから。

故に、目下の事を果たした後でもそのついででも良い、願わくばと。

 

そうして彼女は部屋を後にする。誰もが入る事が許されぬ、彼女の孤城から。

 

 

……

 

退屈な学校、退屈な授業、退屈な友達…。退屈な通学路に退屈な塾に退屈な家

日常はそんな退屈に溢れている…。

 

アマテは刺激を欲し、其れ等から反れた獣道へと憧れを持つ。しかし、それを目の当たりにしたとき果たしてそれが欲求を満たすものであったのか?と、立ち止まれる程彼女は大人ではなかった。

 

だが、そんな彼女が立ち止まる機会を与えられ、自らが離れていた退屈な日常というものを外から観たとき、それは少しだけ見えていた。

 

自分が敷かれたレールだと思っていたものは、そうでなく選ぶ為の幾つかの選択肢があって、その先に有るのは明るい未来と挫折の日々だった。

奇跡のように整えられたその道を、ただ只管に創ってくれる人がいる。それは母親であったり、父親であったりする。

 

自分の娘が苦労しないように、子供が丈夫に育ってくれるようにと…道を整備しているのだ。

だが、その道も途中から途絶えている。

その先は自分で思い描かなければならないと…。

 

そんな振り向く機会を与えたのは、皮肉にも退屈な日々の外にいた一つの擬似的な家族の形であった。

身元不詳者での寄り合い、そして何より我の強い2人の大人…。

それはアマテが嫌だと思っていた日常を、嫌と言うほどに奇跡的なものであると認識させられた。

 

家族を手放すしか無かった娘を何とか、普通と言う道に送り出そうと努力する二人の父親。

そんな日常に戻したいと言う願いを、アマテは踏み躙った。

その結果どうなったか?まだそれはでていなかった。

 

……

 

 

鉄琴の奏でる終了の合図、いつもよりも早く終わる学校…先生と二人きりとなった教室の最中、その人の到着を待っていた。

目の前に座る先生は、仕切りに時計を気にしている。

三者面談は時間厳守、最後尾に配してもらったにも関わらず彼女の母親であるタマキは、まだ到着すらしていなかった。

 

何を話されるのかは分かっている。

将来の事だろう。進路など決まっていない、やりたい事なんてない。有るとすれば……

ただ、地球に行きたかった。

それだけは昔から変わりなく、このコロニーと言う物の中は窮屈で息が詰まる想いをしているからだった。

 

もう良い時間だろうとなったところで、廊下の方から走る音が響く。どうやら来たのだろうと、なんとなく分かった。

「遅れてすみません。」

ハァハァと肩で息を切りながら、先生へと謝る母を見てその評定に怒りと、同時に心配を浮かべている事を察した。

 

「アマテ…、アンタ塾行ってないでしょ!今日連絡が会って、急いで行ったの。」

 

突きつけられたのは、最近サボり気味だった塾の日程。特に、お金を払っているのにサボってるのは良くはない。

 

「それに…、職場に連絡があったわ。アンタ…、難民の子と一緒に歩いてたって……、ねぇ、どうしたのよ。」

 

難民の子、その言葉がアマテには嫌な物に感じられた。ニャアンと一緒にいるのは楽しい事で、クラバに出るのは退屈を凌ぐ為。けれど、それが普通の生活の中ではどれほど異常な事であるのか、自覚はすれどアマテにはその秤が無かった。

それが、今目の前に突きつけられていたのだ。

 

「難民じゃない……、友達。」

 

「友…達…?なんで?どうしてそんな危険な子と遊んだりするの?何か脅されてたりするんじゃないの?お母さん心配なの!」

 

タマキの心配も尤もであった、子供が塾等行かなくとも別に良い将来の夢をきちんと持っていてくれればそれでいい。けれど、難民と一緒に何かをやらされているんじゃないか…、それが一番の気がかりであった。

 

「何にもないって!!

 

アマテは吠えた。イライラしたのではない、ただニャアンやシュウジの事を悪く言われるのが嫌だったのだ。

彼女達は決して、悪い人間ではない…とアマテは思っている。

実態は犯罪者なのだが…。アマテには、人間の奥底の方の性格を優先するきらいがあった。

 

「いつもいつも…、なんでそんなに私に干渉したいんだよ!!」

 

「なんでって……、そりゃ私はアンタの母親で保護者で!だから…、単に心配なの!!

 

いつもは静かなタマキの口調だが、その時は違った。それにアマテはビクリと身体が反応したのだ。それは、本心からだったからだ。

 

「タマキさん…、落ち着いてください。」

 

外から先生が声を掛ける、それは2人を心配してのものではなかった。しかし、義務感がそこにはあった。

 

「すみません…。」

 

「まず…色々と話すことが増えてしまったようですが…、コレを。」

 

アマテの進路希望調査が書かれた紙を見せられて、タマキはまた動揺する。それはそうだろう、クラゲと書かれた紙に何の意味があるのか?

 

「アマテさん…、クラゲ好きなんですね。」

 

「……好き…自由に水の中で浮かんでるから…。」

 

その言葉に、タマキは何かに触れたのか一瞬カッとなるものの、先生は落ち着き払ってその言葉を聞いていた。

 

「将来…、就きたい職業とか無いんですか?例えば、地球でする仕事だとか。」

 

そうして助け舟を出したのだ。

 

「わかんない…、けど地球に行ってみたい。海で泳ぎたい…。」

 

その言葉にタマキは何を想うのか?

ただ、アマテの心に合った事と言えば。

もしもあの改札の前で、立ち止まらずに歩いていればこんな事にはなっていなかったんだろうと言う事だった。

 

「宇宙はこんなにも広いのに、私は鳥籠の中で生きてる。

外の世界のことなんて、わからずに生きてる。

初めてあったあの娘は…、大変そうな暮らしをしてるけど…。家族で笑ってた…。」

 

あの娘と言う物が誰を指すのか、タマキにはわかった。アマテと一緒にいたという、難民の子なのだろうと。

 

「将来の夢って…持たなくちゃ駄目かな…。お母さんも先生も!難民の子がどんな生活してるか知ってるの?」

 

「アマテ…。」

 

そんな事を口にして、椅子から立ち上がると彼女は一目散に走り出した。

 

「ちょっ…待ちなさい!!」

 

2人を置き去りにしてそこから逃げ出すように。

逃げ出した先に何があるのか、この時のアマテには考えなど無かった。

ただ、

 

「タマキさん…色々とあるかもしれませんが、後はお二人でお願いします。」

 

タマキの胃が痛かったのは確かだ。

 

 

 

行き場もなく、ただ歩く場所もない。

知っている場所に行けば学校の友達がいるだろう。難民区に行けば、きっとニャアンに出会うだろう。

自分が何で何をしたいのか…わからなかった。

泣きたいけど泣けない。

 

「どうかしたかな?こんなところで。」

 

無意識の内に歩いていれば、聞いたこともある声が聞こえてきた。

顔を上げれば、金髪のあの人がいた。

スーツを着て仕事中だったのだろう、決まったオールバックと相まってとても輝いて見えた。

 

「酷い顔だな…、そうか。良し、少し待っていなさい。」

 

どこぞの公園へと連れられて、椅子に座っているよう言われると何処からか缶ジュースを持ってきた。

 

「何があったのかは知らないが、碌な事が無かったという顔をしているよ?」

 

無言で缶を握りながら、何も発さない。

 

「話さなくてもいい、私の話を聞いてくれていればそれだけで良いのだよ。」

 

そこから始まるのは他愛のない話、ニャアンがどうしただとか…アムロがどうしたのだとか…会社がどうとか…そんなアマテには関係の無い話…。

 

「日常なんてものはそんなものさ、腹を割って話しをしたのだろう?だから逃げ出してきた。違うかい?」

 

最後にそんな言葉で締めくくろうとしたその時、息を切らしてタマキがそこに現れた。

 

「連絡……はぁ、ありがとうございます。」

 

「いえいえ、余程娘さんの事が大切のようですね。色々と積もる話もありますが…、まずは謝らせて頂きたい。」

 

深々と謝辞をするその人にアマテは目を奪われた。何も悪い事はしてないし、会ったのも最近であるにも関わらずそんな事をするのに、一体何の意味があるのか。

 

「いえ…、まさか文書を偽造してまでバイトをしているなんて…私の方こそ色々と娘がご迷惑を。」

 

アマテは呆気にとられるも、クワトロの意図を呼んだアマテは黙っている。

 

「娘さんを怒らないであげてほしい、子供とはこんな事をするものです。ただ、あまり構いすぎても反抗されてしまう事もある。難しいものですよ、子育ては。」

 

「はい…、非はこちらにありますから…何と言えば良いか。」

 

2人がどうしてそこまでするのか、わからない。

 

「そうですね…。私はジャンク屋を営んでおりまして、それなりに重宝しているのです。塾とは違いますが、偶には顔を出して欲しいのです。」

 

「それは……夫と話をしなければ…でも、元は私の責任ですし。」

 

それからクワトロはタマキを包み込む様に、話術を巧みに操っていく。人との関わりが異様に上手かった。

 

「では、改めてよろしくお願いします。」

 

タマキにそう言って立ち去る姿は、とても輝いていた。

 

「アマテ…帰るわよ。」

 

そう言って母が先に行くのを、後ろから着いていく。道中会話は無かったが…、タマキは少し安心しているようであった。

 

家に帰れば少し叱られたものの、それ以外の咎はなくその代わりと言ってはなんだが、塾の日程は大幅に削られ彼女にはある程度の自由な日が与えられる結果となった。

 

そうしてアマテは思うのだ、自分はまだまだ子供なのだなと。

 

 

だがこの時、アマテは気がついていなかった。どうして母親の連絡先を知っていたのかと言うことを。

 




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