ポッポッポッポッ
水滴が滴る音は空虚な事務所に響き、時を刻む。
コロニーの夕焼けは人工の大地を照らし、その日の終わりを告げる。
事務所にてただ只管に、時が進むのを待っている者達がいた。
カネバンの社長であるアンキーは、少しだけ頭を抱えながらも己の行おうとしている事に、少しの罪悪感を覚えていた。
今までどれだけの悪事を働いて来たというのか、だが非情に成り切れないからこそ、ジークアクスを保管してきた。
良い金蔓であったものが、余計な重荷になって来る。それならばすぐ様にジオンに渡りを付ければ、それ相応の対価は約束されていただろうに、結局はクラバなんぞに出していたのだから…、お嬢ちゃんに何かを期待していたのだと、今更考えている。
だが、今日そのお嬢ちゃんはまだ来ていない。早く来い、早く来いと胸の中で呟く。
時は今朝にまで遡る。
裏の方から何者かからの連絡が入ったアンキーは、指定場所であるコロニー再開発地区へと1人で来ていた。
そこで出迎えたのは、変な雰囲気を醸し出す30代〜40代くらいの男。
恐らくはジオンの人間だと想い、そんな男に対して臆することがないように強気で事に当たった。
最低でもお嬢ちゃんへの危害が最低限になるように、話をしなくてはならない。
だから、クラバの話となるのだと。
「トゥエルブ・オリンピアンとの戦闘が終わったら、私達はトンズラする。その後はどうするかは、アンタが決めれば良い。」
「ほぉ…、パイロットはお仲間ではないと?そう言うことですか、なるほど…面白いですね。」
何が面白いのか、この男は上から目線で物を見る。嘸かし偉い男なのかあるいは…人の心を見透かしてるのか。
ニュータイプなんてものが真面目にいるのなら、こんな男であるのはまっぴらごめんだった。
「話はそれだけかい?私等は忙しいんでね…。」
踵を返しその場を後にしようと一歩踏み出したその時…
「もう一つ…お聞きしたいことがあります。」
再び呼び止められた。足が止まり、再びその方へと顔を向ける。
「こんな噂話を聞いたことはありませんか?キャスバル・レム・ダイクンが生きていて、このサイド6内部で暗闘していると…。そんな噂話を。」
「そんな話がなんだって言うんだ。アンタの都合の悪いことなのか?」
その言葉に、男は静かに怒りを覚えている様な、そんな硬い表情をしている。人の心を読む様な男が、ポーカーフェイスを崩すなど、余程の事なのだろう。
「あぁ知ってるさ、特に難民や低所得者の間では公然の話題だよ。なんて言ったかな?キャスバルは言ったそうだ。
ザビ家による宇宙の支配は長くは続かない。コレからは其々のサイドが力を持ち、其れ等の連合を持つべし。
だったか?アンタ等ジオンにとっては、嘸かし嫌な言葉なんだろうな。」
「興味深い話ですね、出所はご存じなんですか?」
動揺すること無く口を開き、その瞳孔の開いたような暗黒の瞳を向けて来るその姿に、アンキーは薄ら寒い物を感じた。
「さぁね…、ただ。1人だけ思い当たる人物がいる。」
その一言で空気が変わった。冷たくも、何かを期待しているのだろう目の前の男に対して、アンキーは固唾を呑んだ。
「その人物の名は何というのですか?」
「そうだな、確か…。クワトロ・バジーナとか、ここらへんを牛耳っているジャンク屋の社長さ。年齢は30代〜40代くらいだったか?
金髪のキザで良い男だと思うよ。それにだ…、キャスバルがもし生きているのなら、あんな顔になったんじゃないかってな。
幼少期の顔くらいしか、あたしらは知らないからな。
ジオンじゃ、ザビ家と同じくらい有名なご尊顔だからな。」
30〜40の年齢、その言葉にシャリアは一瞬そんな筈はないと思った。今、もし彼が生きていれば26だろう。そんな年老いては見えない筈。いや、苦労しているのなら顔が老けて見えるのも、有り得ない話ではない。それはキシリアが良い見本だろう。
「そうですか、ありがとうございます。ちなみにですが…その人の顔写真を、持っているのなら見せて貰えませんか?」
「こんなもので良いなら持っていきな。」
アンキーは懐から写真を1枚取り出す。
シャリアはすぐ近くに寄ると、その写真を見る。
何処からか隠し撮りしたのだろうそれは、アンキーの記憶とシャリアの記憶の中の齟齬を修正していく。
その顔は紛れもなく……どうしようもなく、シャア・アズナブルの素顔であったからだ。
「フッ…」
僅かに笑いが溢れる男をアンキーは気味が悪そうに離れていく、彼女の用事は既に終わっていたからだった。
そんな彼女を呼び止める様なことも無く、彼は口に手を当てて何かを考えつつも。
「有益な情報感謝します。」
と心豊かに喜色が溢れんばかりの声を出した。
そんな事があったにせよ、その事実をアンキーは胸に秘めながらマチュが来るのを待っていた。
早く来い、早く来ればそれとなく教える事も出来るだろう。
もう、時間もない。軍警がいつ、ガンダムの在り処を探るとも知れないのだから。
「ったく、あの娘は何をしてんだよ…。」
待てど暮らせど彼女が現れない、クラバまでの時間は未だに猶予はあるものの、不自然な物言いになっては意味がない。
何より……、自分達の生命の方も心配なのだから最悪の場合、見捨てることも覚悟の上である。
だが本心は、そんな事はしたくはなかった。
……
タッタッタッ
机の上を人差し指で齧るように、苛立たしげに叩く音が室内に響き渡る。
窓はなく、マジックミラーが1枚壁を隔てている。
薄暗い部屋の中には、中年の男が2人。1人は机の前で何かを筆談している。
「いい加減白状してくれないかなぁ、ゲーツ・キャパ君。君の証言が頼りなんだよ?わかるかな?」
「僕には分かりかねます。第一、アレが何であるのかとか子供の僕らが分かるとでも?」
ゲーツ・キャパと呼ばれた青年は、その顔を顰めながらその取り調べを受けていた。
彼がどうしてそこにいるのかと言うのは、単純な話である。
彼等が輸送船に積載していた荷物が、本来の用途とは別の何かであるというの偽造文書である事を、税関が見抜いたからだった。
「アレはね…、決して空調機じゃあない。第一、空調機なら有るはずの熱交換器が見えない。コレじゃあ、通す訳には行かないとかそういうくらい、分かるよね?」
嫌に優しく取り調べを受けるのだが、その理由はゲーツの年齢に有る。本当の年齢は彼自身知らない事も多いのだが、このコロニーでは成人していない事は確かである。
従って、未成年の労働者と言うこともあり税関も慎重を期していた。
まあ、その分。共に船舶を運航していた本当に事情すら知らない乗組員は、酷い尋問を受けている…。等ということを彼は知らないが、なっていたとしてもどうとも思っていない事だろう。
それよりも、彼には気掛かりな事があった。
積み荷のことは困るのだが、今更どうしようもない。問題は積み荷といっしょに連れてきた、一人の少女の事だろう。
「君の妹だったか?あの痩せ細った娘が心配ではないのかい?」
「心配ですよ、だから早くここから出してくれませんか?」
彼等の積荷である物は、実を言うところモビルスーツ。それも大型のそれであり、名称をサイコ・ガンダムというものである。
所謂兵器に属するものであり、税関は未だにそれに勘付いてはいないものの、いつバレるかとヒヤヒヤしている。
他にも、ハンブラビという可変MSを持ってきているが、そちらも変形しているからバレていない。
数年前までの税関であれば通っていたことであろうが、この時の税関はそれはそれは鍛えられていた。
「ドゥーちゃんか、相当苦労していることはわかっているよ。ただなぁ、規則は規則だ。
大人しくあと数日待っていろ?本当に知らないのならそれで釈放されるだろうさ。」
ゲーツに対してそんな言葉を投げかけてくるも、ゲーツはそれにイライラとした。
彼は地球にいる、バスク・オムという上司から一人の人間に対する暗殺を行うよう命令をされていた。
コレではそれを行えないのだ。
そんな彼とは裏腹に、ドゥーと呼ばれる白磁の様に白い素肌のそばかすの少女は、口元に変な呼吸器を付けたまま脚をプラプラとさせていた。
「ドゥーちゃん…、お病気なの?大丈夫、おばさんはこう見えて戦場では衛生兵やってたから、何かあれば直ぐに言ってちょうだい。」
「……、分かった。けど、キラキラがみたい。」
彼女の言うキラキラが何かは分からないが、分からないなりに彼女の事を良く観察するように、税関の中でも古参である妙齢の女性はその姿を記録する。
明らかに栄養の足りていない身体、注射など薬物の投与の後が残りそして変なマスク。そこから導き出されるのは、重度の何かしらの疾患を持っているのだということだ。
実際は、強化人間という人型のモビルスーツ用の歩くインターフェイスであるのだが、女性にはそんな事わからなかった。
「あ〜、早くキラキラで遊びたい、一緒に行きたいなぁ〜。」
無邪気で呑気に言う彼女の事を心配するだけで、女性はドゥーを寧ろ可哀想な子供という認識で事に当たっていた。
実際の彼女の境遇はどうであれ、その姿はまさに子供なのだから仕方もない。
この時、税関職員の誰もが気が付くことが出来なかった。
彼女の意思に呼応するように、ゆったりとその箱が動き出していることなど……。
……
カチャカチャと金属が擦れる音が響き、暗所に幾人もの人影が有る。それぞれがもぞもぞと手元のそれを組み立てながら、様々な部位をその杖のような筒のような物を重ねていく。
すると、手によく馴染む様なグリップとコッキングレバーが取り付けられ、それは姿を現した。
特殊部隊用に創られたそれは、所謂カービン銃というものであり、良くジオンで使われているそれであった。
だからこれらの者がジオンの人間であると、良く物を知っているのならばそう断定する事だろう。
弾倉を装填し、薬室へと銃弾を送り込む。カチャっと、小気味の良い音が鳴る。
そうして今度は安全装置を掛け、ストックを折り畳むと良く通勤で使われる背負式のバッグの中に其れ等を入れ彼等は目立たぬようなスーツを着ていた。
「コレより状況を開始する。18:00までに集結し合流の後、対象の無力化ならびに証拠の隠蔽を行うものとする。時間合わせ初め。」
それぞれが腕時計を持ちながら、時間を刻む。
一人一人が時間をずらすように外へとでていくと、彼等は人混みに紛れて誰が誰であるのか等、もはや誰にもわからなかった。
そんな事をやっているなどとは、通行人は気が付く事もない。
だが、そんな彼等を誰かが見ていた。
最後に出てきた1人をターゲットに、その人物は見つからないようにさり気なく後を追い始めた。
それと同時に自らの位置情報を逐一上へと出している。
そして、それを受け取った上は其れ等の人物達の目標が何であるのか、既に知っている。
彼等は嘗てジオンの諜報部、キシリア機関とは別に存在した者達。その中でも取り分け、所謂ダイクン派と呼ばれる陣営に浴していた者達である。
ザビ家との政争に負けた彼等ではあるが、静かに暮らしながらその時を待っていたのかのように、今こうして動いている。
そんな彼等が追う者たちは、一見すれば特殊な訓練を受けたジオン軍人…に見えるのだが、その実地球連邦に所属する者達である。戦争に負けた彼等はこのコロニーに潜伏し、その機会を待っていた。粛々と準備をして。
ザビ家一党がこのコロニーに現れるのを。
互いにザビ家を恨むもの同士であるが、その思想は相容れない。特にダイクン派の者たちは、真なる指導者たる者に忠誠を誓い、今度はこの斬首計画を察知して、それを抑えようとしているのだ。
その理由たるは、今ジオン公国は2つの大きな勢力によって2分しているというものであった。
キシリアを中心とする月面の者達と、サイド3のギレンを中心とする本土の者達。
そんな対立構造は、表面化はしていないもののジオンの国力を削ぐ結果となっている。
即ち、それそのものを利用したいのがダイクン派であった。
現在、サイド6を中心に活動している彼等は、ザビ家が内紛を起こしつつも地球連邦に対して睨みを利かせていて、尚且つ戦争を出来ない程度の国力しかない今こそが、最も望ましい事だと理解していた。
それもコレも、新たなる指導者が数年前彼等の前へ現れたことをきっかけに、全ての歯車が回り始めたと言ってもいい。
烏合の衆でしか無かった彼等は、現在ではその人物への忠誠によって成り立っている。
新たなるジオン・ダイクンにして、その思想を受け継ぐ者だ。
それを本人は、彼等のことを
それを彼等も理解しているし、ジオン・ダイクンもそれを良しとしない。彼等の目指したものは、国民国家でありジオン公国のような、一人の独裁者の為の国ではなかったのだから。
今は憎き者を守る為に、彼等は動きそして夜闇を駆ける。
サイド6の行政上のトップであるペルガミノと秘密会談を開く為にここイズマに訪れているキシリア・ザビ。それを、今殺される訳には行かなかった。
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