ガヤガヤと話し声が響き渡り、カチャカチャと工具の音が鳴り響く。
薄暗い部屋をライトで強制的に明るくした、大きく広いモビルスーツ整備室。
幾つもの機体群
見る人が見ればそれはジオンのゲルググに見えるのだが…、其れ等には見慣れないゴーグルが取り付けられている。それは異質な風景であった。
そんな中にあって、一際目立つ機体があった。一回り大きいそれは、その双眼を上から見下ろすように、人々を観ていた。
「ハン博士…、遅れて申し訳ない。少し相手をしなくちゃならない奴等が来たもので。」
「ああ、大丈夫かね?戦闘をしたというのなら少し休んだほうが…、野暮ってものか。」
その中のひとり、纏め役であろう男であるモスク・ハンにアムロは声をかけた。
彼が率いるチームは、皆興奮気味にその機体に取り付き様々な物を用いながら、各部のチェックを進めていた。
「進捗の方は、良さそうですね。心配だったんですが、任せて正解でした。」
「いやはや、君が飛び出していった時は何事かと思ったが、ニュースの方で見させてもらったよ。
戦争でもないのにあのような事をやって何になるのか?尤も、私とてクランバトルに協力していたのだから、似たようなものだがね?」
彼等が診ているモビルスーツは、この時代の如何なるモビルスーツとも違う。一世代若しくは二世代は先の技術を使われていると、そう判断されるそれであった。
その証拠ではあるのだが、ハンの理論を体現するマグネットコーティングから、果てはコックピットから四肢に至るまでバイオセンサーと呼ばれる、一種のサイコミュが張り巡らされ、コックピット周囲には見たこともない金属が使用されていた。
そんなものを前にして興奮しないエンジニアなどこの世には存在しない、と言いきれる程にまでそれを、極限にまで高い技術で組み上げられた芸術品があるのだと。
血眼になってまで、それを調べ上げながら各関節部のフレームの歪みから外部装甲の溶け落ちたところまで、出来うる限りの修復を果たしていた。
「この機体…出自は聞かなかったが、まあなんとなくではあるが私は検討がついている。フフ、尤も非常に荒唐無稽なものだがね?聞いてみるかい?」
「いいえ、聞かなくとも顔に書いてありますよ。」
その言葉を聞いてハンは気分を悪くするどころか、寧ろもっともっと彼の頭の中にあるものを覗いてみたいとしながらも、今は目の前にある技術の結晶を如何に再現出来るかを考えたかった。
「君が設計したのだろう?君は………、あの男の。」
「ええそうですよ、何か思い当たるものが?」
一言一言言いかけるも、その言葉を口に出す前にアムロはそれに気がついて頷く。
その行為に、ハンは目の前にいる彼がニュータイプと言う人種なのだと、改めて現実を目の辺りにして微笑んでいる。
「実に…実にそっくりだよ。シンプルで、尚且つ突飛なものも少なく見事に纏めている。見た目こそ違えど、彼の考えそうなコンセプトだ。
コアブロックのような、一種の制約を施されたそれは無いが、紛れもなくコレはガンダムだ。」
ハンは思い出していた。ガンダムを創り上げた一人の男の顔を、そしてその男が事あるごとに自慢してきた一人息子のことを。
ただ、それが何故軍人をしていて、どうしてこんな時間に来てしまったのか…何が人にそうさせたのかを憂いた。
「もう一つ、手を加えたいんですが良いですか?」
「ああ、話は聞いているよ。サイド6の税関から秘密裏に入手した、あの赤いガンダムのビット…それの残骸を有効活用したいのだろう?
君が手がけてくれるのならば、それを手伝うことは出来るだろう。なにせ、我々はエンジニア。だが、サイコミュというものに対しては素人なのだからね。
色々と教えてもらうぞ?レイ君。」
その顔は笑顔に満ち満ちている。そして、そんな彼を前にするアムロの顔も真剣な眼差しで答える。
「時間的制約はあるので、皆それぞれに話すことは出来ません。ですが、貴方方なら息をするように理解してくれると…、そう思っています。 」
「良しわかった、コレの調整が終わり次第取り掛かるとしよう。君も早く着替えてきてくれよ?君がこのプロジェクトの責任者なのだからな!」
バシッ!と背中を叩くも、それは痛みなどを与える為の者では無い。信頼の証、それこそ期待を胸に膨らませながら彼等は目の前の議題である大柄なモビルスーツ…νガンダムを見据えながら、淡々と作業を続けて行った。
……
ピッピッピッピッ
心電図の音が鳴り響く、真っ白の部屋の中には幾つもの器具が取り付けられ、如何にも医療施設であると自らを主張する。
そんな中では、一際目立つように患者衣を身に纏い椅子に座りながら目を瞑っているニャアンの姿がそこにはあった。
グラナダに到着すると、キシリアは彼女を真っ先にニュータイプか否かの検査を実施するように、彼女の隷下であるエグザべを通してフラナガン博士に通告した。
天然物のニュータイプ、それは非常に珍しい存在であり研究材料に乏しい研究所としては、丁重に扱わなければならないと言うことで、フラナガン自らが出張ってくる。
幾つかの実験を行い、ニャアンは律儀にもそれに応えていた。
彼女は目を瞑り、椅子に座っているがその椅子の後ろには巨大な機械が置かれていて、そこから幾つもの配線が延び、彼女の額から後頭部に掛けて吸盤で着いている物もあれば、ヘッドギアに接続しているものもある。
うつらうつらと寝息を立て始めようかとしたその時、
「あっあー、眠いのはわかるのだが…これで最後だから気をしっかり持ってくれないかな?」
「……え…?あっ、すいません。」
U字型に毛が後退し、所謂落ち武者のような髪型となっている偉そうな老人。
老け顔なのだろうその人は、呆れたように目を手で覆うと溜息をつきながら彼女に対して質問を投げかけた。
「まあそうだな、まずは古典的な物から行くとしようか?」
と取り出したのはトランプのカードである。
何をしようというのか?と思えばランダムに幾つかのカードを取り出すと、徐ろに目の前に翳す。
「今私の持っているカードがなんなのか分かるかな?」
「え…?いや、なんでそんな事…。」
わかるはずがない、ニャアンは内心そう思うのだ。別にエスパーになった覚えもなければ、相手の心が分かるとかそういうものもない…と、個人的にそう思っていた。
「とりあえず適当に言ってみなさい、考えるんじゃないぞ?直感を信じて。」
そう言われて左から順番に数字と役を適当に言っていく、それで当たれば苦労もないのだが…実際にそれは彼女の言う通りの数字となった。
「ほぉ…、全問正解とは。」
博士はワクワクとした印象で顔を綻ばせているが、ニャアンは困惑した。本当に適当に言っただけなのだ、だから当たるなんて微塵も思っていなかったし、紛れだろうと思っていた。
2度、3度と繰り返し行われるそれの中で次々とその数字を当てていく、49通りのカードを全て当てられればそれはもう奇跡とかそういう類いの話ではない。
もはやそれは必然と言えた。
「素晴らしい…、脳波レベルもさることながら人の考えることすら分かるとは……。木星帰りのあの男と同じレベルか、コレは良いものを見た。早速キシリア様に報告しなければな。」
「そうですねDr.フラナガン。君ももう上がって良いよ、今日はお疲れ様ゆっくりと休むと良い。」
そう言われればそそくさと着替えるも、その着替えというものはいつもの服装とは違う…ジオン軍の軍服だ。
少し持ち上げてみると、若干重い。生地は悪くないけれど、サイド6で売っている物よりかは、品質は劣る。だが、そんな事はニャアンには関係なかった。
「マトモな服だ…、ファッションセンス壊滅的だから助かるなぁ…。」
彼女の家族のファッションセンスは、少し変わっていたからか彼女のそれもまた、少しズレていた。
そのまま着替えて今度は移動を始める。更衣室の外には案内人としてエグザべ少尉が待機していた。
「ごめんなさい、遅くなりました。」
「いや大丈夫だよ。さ、キシリア様の元へと行こうか。」
誘導は比較的スムーズに何事もなく進んでいく、彼等は基本的に良い人ばかりで時折何か霞がかった様な、そんな人がいるにもいる。
そういう人は大抵裏に何かを隠していたりするものだし、何より不安の種なのだが今はこの時を楽しもうと、そう思うニャアンである。
一際目立つ建物、ここグラナダで一際高い高層物でエグザべと別れるのだが、そこでも安心して別れることが出来る。
相手が誰であるのかは、決まっていた。
「良く来てくれた、歓迎するよ。」
「え、はいありがとうございます。」
上の立場の人間でありながら、キシリアは損得無しでニャアンを家の中へと入れた。
それは意外なことであり、為政者としては異例の対応と言っても良い。何せ彼女は、実の兄であるギレンと対立し敵対関係と有るのだから、暗殺を気にしなければならない立場。
であるにも関わらず、ニャアンには珍しく心を開いていたのだ。
「少し待っていろ、そろそろ出来上がるからな。」
「あ、えっと手伝いますよ?」
人の上に立つ者が、難民風情に手料理を振る舞う…。まあ、異例な事であるがそれをニャアンも気がついていて、少しだけ気を使う。
「ハハハ、貴様は客人なのだからそこで座っていれば良い。何、それほど難しいものでもないからな。」
そう言葉で制されれば、ニャアンは椅子に座っている他無かった。
暫く待っていると、パイの甘い匂いが漂ってくる。かなり細かく作り込まれた料理であるアップルパイは、それはそれは本格派の作り込み。
ニャアンはそんなものを一度たりとも食べたことは無かった。
あの2人は、そういうものに対してはあまりにも頓着なく、いつも工員の人達が市販のケーキを買ってくるくらいであったからだ。
キシリア自らがニャアンの元へとそれを持ってくる、それは彼女なりの信頼の証なのだろう。
軽口を叩きながら、キシリアは席へと座りマスクを取る。
それだけ、ニャアンの事を警戒していないと言うことである。
「私が料理をするのはそんなに意外か?」
「いえ…。」
意外だ…とは言わない、それだけ目の前の人が孤独を抱えているとそう思うから。
ナイフとフォークをぎこちなく動かし、ニャアンは一口大の大きさにそれを切り取ると、惜しみなく口へと投下する。
サクッとした生地に、しっとりふんわりとしたその中身。とろけるようなリンゴは、キシリアがかなりそういうものを作っている事の何よりの証。
「…美味しい…。」
「ほぉ……そうか、それは良かった。客人は久しぶりなのでな、それなりに作ってみたのだが…、腕は落ちていないようだな。昔は、弟に作ってやったりもしたものだよ。」
キシリアは裏表なくニャアンの賛辞に嬉しくなった。こんなにも純粋な子供もいるのだなと、良くこれで長い間生きてこれたものだとも。だからこそ羨ましい、その自由が。
自らが捨てることも出来ずに、この椅子に座る以外にあの男を止める術が無いばかりに。
「弟さん…いらっしゃるんですね。」
「ああ、と言っても今は本国にいるがな?今はどうしているか…、どうした?気になるのか?」
ニャアンの言葉に丁寧に返すその心は、幼い日を思い出す様な光景で、度々その中に現れる金髪の年下の男の子もいた。
それと共に、赤い服の仮面を被った人がチラつく。
「いえ、ただ色々と大変なんだろうなと。」
「大変か…まあそうだな。大変と言えば大変だが、誰かがやらねばならぬのだ。前に進む為には誰かがその業を背負い続けなければな。
私はそれを為しているだけに過ぎない。」
「でもそれって…」
と言いかけて口を閉ざす。悲しいことである筈なのに、目の前の人は希望を持っているのだから。
静かに一口一口、パイを切り分けながら食べていく。少し冷めてしまっても、それはまた美味しい。
そんなニャアンの姿を見て頬を緩ませたキシリアは、自らも一口頬張り食べすすめると、一度手を止め再び話を始めた。
「ニャアン、お前の検査の結果はもう目を通した。改めてお前の力を貸してほしいと、本気でそう思っている。」
その言葉を聞きながら、ニャアンは口を手を止めない。本当に美味しいのだ。
「無理強いはしない、このままここにいても良いと私はそう思っているからな。だが、それでも私は手を貸してほしいと願うだろう。」
無理強いはしないが、それでも助けてほしいというそんな警笛であるかのように、ニャアンはそう捉えた。
そして思うのだ、こんなにも美味しい物を作れる人なのだから、助けて欲しいと言えない人なのだから、多少力を貸しても良いのでは?と。
「わかりました、何をすれば良いんですか?」
「……、自分で言っていて何だが本当に良いのか?見返りなどはあまり用意できないと、思うが?」
正直な物言いにキシリアは驚いた。と、同時に満足気な顔をする。うれしいのだろう。
「じゃあ…、大学に通えるようにしてほしいかなぁと…。」
「大学…、そうか。そうだろうな、そんなにもお前の家族は大切か?」
キシリアとして、なぜだか分からないがニャアンの気持ちが分かったようなそんな気がした。
家族の為と、自らの自立と後は後悔ないように今を生きる為という行動指針が、目の前の娘には有るのだと。
その根拠もない感性は、確かにニャアンの胸中であった。
「そうか…。わかった、スカラシップの件話を通しておこう。」
そう語ると2人は食事を続けるのだった。
そしてキシリアを見るニャアンには、この人物が誰かに恋をしているのではないかと、そう思えた。
彼女には復讐心だとか、そう言った類のものは無く寧ろその誰かが残したものを、必死で護ろうとするそんな意思があったのだから。
……
宇宙を航行するソドン、その中の独房に入れられ無重力にふんわり浮かんでいるその人物はマチュである。
自らがいったいどういう状況にあるのか、未だに理解に苦しんでいた。
「私なんか悪いことしたかな…、クラバは確かに駄目だけどさ…」
イジケている。待遇の悪さと言い、この部屋と言いまるで囚人であるのだが、冤罪で入れられているという自覚がある彼女としては、この状況に不満であった。
だが、ジオン側からしてみればそれは当てはまらない。
自国の最新鋭モビルスーツを強奪し、そればかりか極秘の機体を世間に晒し、オマケに中破してようやく戻って来たのだ。殴りたくなるだろうが、年端も行かない娘を相手に何をするにも戸惑うだろう。
何より、シャリアが紳士であったことを彼女は感謝しなければならないのだが。
「でてくるご飯は不味いし、布団が薄いから寒いし…。これって拉致監禁だよねぇ…。」
自分が今リーアでどうなっているのか、そんな情報すら分からない。手元に有るはずの家族との唯一の接点であるスマホも、取り上げられて何処かへ行ってしまっている。
だから、暇で暇でしょうが無かった。
「どうせなら、このまま地球に行ってくれれば良いのになぁ…。」
今はぼーっとしている他無かった。
それが嵐の前の静けさであるとは、この時の彼女は分かっていなかった。
独房が開き、一人の女性士官が現れた時その平穏が崩れることに。