猫と2人のおっさん   作:丸亀導師

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既視感

 

薄い布団にくるまりながら眠りにつく、膝を抱えながら気持ちの悪い人工の重力の中、微睡みに身を任せている。

グルグルと回るそれは、コロニーのそれよりかは弱いが身体を縛り付けるような嫌悪感は拭えるものでもない。

無重力空間の様な自由もなければ、コロニーのような安心感もない。単に無機質な…不安が脳裏をよぎる。

 

自分の母親が今どうなっているのか、ニャアンはどうしているのかそして……、シュウジは一体どこに行ってしまったのか。グルグルと回り続ける思考を整理するために、微睡んでいる。

 

不意に電子ロックの解錠される音が聞こえた。

 

「ハァ……、呑気なものね。」

 

わざとらしいため息と、呆れが混じり合ったそれは目の前の自分に対して送られているのだと、マチュはそう感じて眠り眼に鞭打って、身体を起こす。

 

「それ…持ってきてくれたんですね。」

 

扉の前に佇むジオン軍の若い人、自分よりかは歳上ではあるものの、あの髭を生やした人よりかは絶対に歳下であると断言できる。

そんな若輩者の軍人が、マチュの私物であるハロとスマホを片手に現れたのだ。

 

マチュの言葉に眉を潜ませ不機嫌そうな顔をしつつ、それを彼女はマチュに手渡す。

それを受け取った時、不意に手が触れたのだがそれに対して何も感じることは無かった。

 

「アマテ・ユズリハそれともマチュとそう呼んだ方が良い?

ありがとうございました、の一言ぐらい無いのね。そのおしゃべりロボットも、本当なら駄目なんだけど中佐に感謝してください。」

 

「………、ありがとうございます。」

 

ぶっきらぼうな言い方となってしまったが、一応の感謝を示す。渋々と言う風に捉えられるだろうが、言ったことは言ったのだ。それで不機嫌になったとしても今はどうでも良い。

 

「画面ヒビ割れちゃってるけど、一応動作はするから。」

 

その言葉の通り、未だに直していないスマホの画面。それを手に取り電源をいれると、いつも通りの画面が出て来て…そこにはズラリと着信履歴が灯っていた。

 

お母さん…」

 

その中でも一際目立つのは、ビッシリと書かれた、母・タマキの着信履歴だろう。

それこそ、つい先程まで数分おきに連絡を入れているのだから、その胸中を察せられた。

 

「愛されてるって自覚したら?テロに巻き込まれた〜って建前上でも、単なるバイト感覚でクラバに出てるんだから世話はないけどね。

それでも反省してるって言うなら、連絡くらいしてあげれば?通話は出来ないけど、メッセくらいなら出来るわよ?勿論、検閲はさせてもらうけど。」

 

優しく背中を押すようにというよりかは、背中を思い切り叩くように女性士官の言葉を聞いて、マチュは徐ろにメッセを開くと。

幾つかのタブをタップする。

 

『私は無事だから心配しないで、だからもう少し待ってて。』

 

短い文章であるがそれで相手が理解してくれるかは分からない。ただ、そうなってもなお。それを、見たタマキは直ぐに打ち返してくる。

 

『アマテ、今どこにいるの?』

 

その問いかけに対してどの程度の文章ならば大丈夫なのか、マチュには判断出来ないが目の前に立っている、このジオンの士官の人の顔を見れば大凡見当がついた。

 

「まだ一文しか送ってないけどもう良いの?」

 

「はい…、それで私に何か用事があるんですよね?コモリさん」

 

マチュの行動に言い出しっぺである筈の彼女は動揺する。直ぐに平静を装った様に落ち着きを取り戻すと、マチュに対して伝言を行った。

 

「中佐が貴女と話したいと、だから貴女を連れていきます。それと…ずっとそのままの格好でいられても嫌なので、これも渡しておきます。」

 

どうやら着替えのようである。

実際、汗と埃にまみれた身体で艦内を徘徊されるのは、乗員としてはたまったものではない。

早急に身体を洗って着替えて欲しいと思うのは、世の常であろう。

 

「ジオンの服なんて着たくない……ダサいし。」

 

マチュのその言葉に呼応するように、ハロは言葉を紡ぐ。

 

「誰が制服なんて用意すると思うんですか!?」

 

だが、それに対してコモリは若干イラッとしたようで、その服の素性を包み隠さず話すと、彼女を強引に独房から連れ出した。

 

マチュが外に出れば房の監視の者達も一緒に連れたって移動を開始する。

こんな小娘に対してなんでそんなに過敏になるのだろうという、そんなマチュの感想に対して、事実としてはモビルスーツを無断で乗り回し挙句の果てには違法賭博に使った、立派な犯罪者であるから監視されても致し方ないのだ。

 

行きたくもなく、動きたくもない面倒臭い。どうしてこんな事しなくちゃならないのか、マチュは呆れるほどにやる気が無かったが、ふと歩いている事で違和感…いや既視感を覚えた。

 

それを感じた時、マチュの身体は自然と止まり周囲をキョロキョロと見回す。

 

「ちょっと、急に止まらないの!!まったく、これだから無責任な人は…、話聞いてる!!?」

 

コモリのその言葉とは裏腹に、マチュはその景色を見たことがあった事に自ら驚いていた。

実際自分の目で見たことはないはずだ、にも関わらずマチュはその場所を知っていた。

 

「ごめんなさい…。」

 

それを確認すると、コモリの指示通りに足を動かす。

今度はシャワールームへと案内されたらしい、どうやら借りた服を着る前にお前は身体を洗えよと、無言の圧力がある。

 

中に入れば、なぜだが知らないけれどもその使い方がわかってしまった。いや、知っていた。

誰に教わったわけでもなく、ただ偶然の産物だとは思えなかった。

 

そうしている内に、身体を洗い終えるとコモリから与えられた服を着る……、少し胸元が苦しく違和感を覚えるがこの際それは置いておいた。

そして更に向かった先は…、1つの士官室だった。

士官室だと言うことも、マチュには直ぐに理解できたし実際に、そこに向かっていたことは確かだが、恐らくは案内されずともここに来れただろう。

 

「失礼します。アマテ・ユズリハ容疑者を連れてきました。」

 

「ご苦労さま、入ってください。それと…君は外で待っているように。」

 

警備の人員を扉の外へと追いやるように、シャリアがそう口にすればその願いは聞き入れられる。 

今この部屋にいるのは足を綺麗に組んで座るシャリアと、パイプ椅子を寄越されて、バツの悪そうな顔をしているマチュ。

それと、その2人を観ながら記録をつけているコモリであった。

 

圧迫感を感じる部屋に、3人だけそれもマチュにとっては嫌なパターンだ。三者面談で尚且つ、味方がいないタイプのそれと同じ事だ。

嫌なことから目をそらそうとすると……また、既視感が彼女を襲う。

 

「サイド6に産まれた幸運に感謝してください。」

 

そんなシャリアの言葉も馬の耳に念仏であり、殆ど聞いていない。興味がないこともあるのだが、何よりもこの既視感の正体を知りたかった。

 

「君…、話はきちんと聞くものだとお母さんに教わりませんでしたか?

君が行ったことは非常に危険な事だと、理解できていますよね?」

 

煩いなぁとそう思いながら、ハッと何かが脳裏を駆ける。そう、既視感の正体。それは単純なことで、彼女が直接見たものではなく、一人の人間の記憶を覗いたのだろうことに今更気がついたのだ。

 

「マチュ君、君はこの船のことをどれだけ知っているのかな?先程から、この船のことが気になって仕方がない様子ですが?」

 

そういうシャリアの言葉に、マチュは無意識に一人の人間の顔が出てくる。そう、この船のことを知っていたのはマチュではない、それはニャアンと共に住んでいるという、あの天パのオッサンの顔である。

 

「ほう…その人がこの船のことを知っているですね、因みにその人は赤いガンダムと何の関係があるのですか?」

 

正直なところはわかっていないが、ガンダムを修理した人だということ、シュウジやニャアンとも別に仲が悪い人ではないこと。寧ろ…優しい人だった。

 

「なるほど、ガンダムのパイロットではないと。ですが、ガンダムのパイロットの名前はわかりました。

シュウジ・イトウ彼は今どこにいますか?」

 

そこまで来て、このオッサンが自分の心に土足で踏み入ってくる事に嫌気を覚えたのだが、無意識というのは恐ろしいものでその答えを直ぐに出してしまう。

 

「なるほど、シャロンの薔薇を追って地球に行こうとしたと…わかりました。ありがとうございます。アマテ・ユズリハさん?」

 

その言葉に対してマチュは頭に来て、シャリアに向けてこう言った。

 

「人の頭に土足で踏み入ってこないでくれます?そんなんだから、大佐さん見つけられないんですよ?人の幻影を追うくらい誰にだって出来るんだから。」

 

その言葉に、シャリアは少しだけ頬を強張らせたが、その冷たい眼差しは彼女を睨むこともせずただその言葉を受け入れた。

 

「わかっていますよええ…、コモリ少尉このお転婆娘をもう一度独房に入れておいてください。」

 

「は、はい。」

 

この時のシャリアに対するコモリの感想は、『意外と普通の人みたいな所あるんだ。』

 

と言う、言葉に出せば割と失礼な事だったが、シャリアには筒抜けであった。

 

 

再びマチュを独房へと送り、シャリアの元へと帰ってきたコモリには、先ほどの彼の動揺を見るに図星であったのだと確信を持っていた。

そもそも、彼女がこの艦に派遣されてきてからずっと、シャリア・ブルと言う男は、一貫してシャアの残影を追っていたと言えた。

それを、会ったこともない小娘に看破されたのが、妙に腹が立ったのだろうと。

 

そうしている内に、シャリアの元へと帰還した彼女は…

 

「フフフ……、面白いお嬢さんですよ。」

 

と不敵に笑っている彼を見て、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

「な、何か嬉しいことがあったんですか?」

 

「ええ、シャロンの薔薇以外にも彼女は1つ良いことを教えてくれました。白い悪魔…、それがどんな人物であるのか?なんとなく見えてきた気がしますよ。」

 

満足そうに言い残した後そうして彼は席を立ち、ブリッジの方へと歩みを始めた。

 

 

……

 

キシリアの側近の一人であるアサーヴは、その日もキシリアの執務を補助する為に彼女の執務室へと足を運んでいた。

何気ない日々、いつも通り書類へと目を通す彼女…そして休憩がてら自ら紅茶を注ぐ。

その仕草は良く出来たもので、優美なものである。所作一つ一つに、生まれの良さが表れていて気品に満ちていた。

 

それだけならば、この目の前にいるキシリアという人物は危険な人ではなく、実に女性らしいとそう言える人なのだが…アサーヴは彼女を危険視していた。

 

初めそれこそ彼女の身の回りの補助をし始めた時、何気ないところで上の空となっている事があった。

それは誰を憂いているのか?何を待ち望んでいるのか?分からず終いであるが、悪い事ではないとそう思っていた。

 

だが、時を経るごとに彼女の異常な部分が目に見えて現れ始める。彼女は固執していた。

それこそ、異常なまでにゼクノヴァという現象に対して、それを行ったシャアという人物に対して、異常なまでの執着心を。

 

それが暴走しないとは、言い切れない人物であると。

 

「アサーヴ…いつも済まないな。私一人ではこれだけの量を捌くには時間がかかる。助かっているよ。」

 

机を前にペンを走らせるキシリアがふいに、彼にそう声をかけた。

実際彼女の持っている機器の中には、そういった類いの資料が山のように入っているのだから、それを捌くにはかなりの時間を要する。  

 

それだけではなく、極秘の資料にしてみれば盗み出されることを警戒している為に未だ紙という媒体を使用せざるおえず、其れ等を観るには遥かに時間もかかるものだった。

 

「え……いえ、私はキシリア様の補佐をするのが役目ですので。」

 

作り笑顔を張り付かせて、キシリアに返答すると彼女は笑みを浮かべながら机を立ち上がると、休憩用に置かれているティーポットに湯を注ぎ、不意に彼の元へと紅茶を注ぐ。

 

「お前も疲れているであろう?ゆっくりと…飲むが良いさ。」

 

その声に対してアサーヴは、背筋が凍るようなそんな物を感じていた。

そもそも、こんな事彼はされたことも無くあまりにも不気味な行動に、彼女に色々とバレているのではないか?と、そう勘繰る。

 

「今日の夕食は私の部屋で共にしないか?貴様に振る舞いたい物があるからな。」

 

「は……はい…。」

 

キシリアのその言葉に成すすべも無く、彼は肯定する他無い。ただ、そんな言葉に対して内心一つのことを決心した。

全てが彼女の掌の上で転がされているのだとすれば、もうどうしようもない状態であると言えよう。

であるから、彼は死を覚悟した。

 

その日の夜、キシリアの元へと馳せ参じた彼を待っていたのは、テーブルの上に乗ったパイと、自ら椅子に腰を掛け優美に紅茶を嗜むキシリアの姿であった。

 

「そこに掛けよ。」

 

椅子を指し示しているのだろう。

 

「食べよ。」

 

そこへと腰を下ろし、テーブルを前にフォークでパイを掬うと…それの感触に絶句した。

冷えに冷え、冷たくなったそれはパイと呼ぶにはあまりにも苦かった。

 

甘みも無ければ辛みもない、ただ苦いと口がそう判断する。

 

「味はどうだ?率直な感想を聞かせてほしい、美味いか?」

 

その言葉とは裏腹に、彼女の瞳は決して笑ってはいなかった。

既視感があるとすれば、その瞳だろう…。

それは他者を害する者の瞳、意識して他者を陥れようとする者の瞳。

 

「ニャアン…、あの娘には色々と感謝しなければならない。」

 

そう言いながらキシリアは席を立ち上がる。

それに対抗するためにアサーヴも立ち上がると、パイが床に投げ出された。

 

「私の生命を狙うのがまさか貴様だったとは…、私も少し気を許し過ぎたか?此処まで来たのだ、理由を聞かせて貰おうか?尤も…早々に手遅れだろうが。」

 

アサーヴは床に倒れ込んだ、パイを口に含み飲み込んでから僅か数分しか経っていない。にも関わらず、僅かに体内に取り込まれたそれは、彼を蝕んでいた。

 

「理由は聞きたかったがまあ良い、とりあえず安らかに眠るが良いさ。」

 

彼の記憶はそれを聞いたのが最後であった。

それを冷たい目で見下ろす彼女は、彼だった物を見下ろしながら言った。

 

「気に入ってはいたが、仕方あるまい。やはり市販品よりも手作りの方が、信頼出来るというものだ。」

 

その日……アサーヴという人物は忽然とグラナダから姿を消し、それに対して誰も疑念を抱くものはいなかった。

 

 




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