「いったい…誰なんだろうこの人…。」
ソドン、それの特別室と言う名の独房。
そこに囚われるように収監されているマチュは、1人自分のスマホに目を落としていた。
前も似たような事があった。そう、それは電車に乗る前。彼女が、ニャアンとであったあの日にも誰とも知らない相手から、自分に向けてそのメッセージは届いたのだ。
件名は不明どういう意図で送ってきているのか、どうして自分に届けているのか?それは全くと言って良いほどに分からないものだった。
『自らのやりたいことをやり、向かいたいところに行きなさい。』
そう書かれた文言と、まるでマチュの現状を知っているかのように。
それは、何かを彼女に伝えようとしているのではないか?と、何か特別に感じることもあるけれど、マチュにはそんなものどうでも良かった。
非日常への接点から、今ではこうしてジオンに囚われの身となってしまっているのだから、良いことばかりではなかった。
「自分のやりたいこと…か。そうだなぁ…地球…行きたいなぁ。それに…、シュウジだって探さなきゃならないし。」
彼女のそんな呟きが、送り主へと伝わったのだろうか?メッセージは、再び彼女の下へと投函される。
それは甘くも、麻薬のように彼女に囁きかけた。
『了解。5秒後に鍵が開く。Ready?』
その言葉の意味、それが何を示すのか何となくこの時マチュはわかった。
ピーと言う音が部屋に鳴り響き、キョロキョロと独房の外を見るも、誰もいない。まるで用意されたかのように、彼女はその道を歩み始めた。
誘導されたとおりに行けば、それはジークアクスに到着する。彼女の意思とともに、彼は動き出し彼女を優しく受け入れた。
「お前も行きたいんだね?」
彼女の意思と彼の目的は一つとなり、人機一体のその機体は宇宙を駆けた。
そんな状況を、シャリア・ブルは冷静に艦橋で眺めていた。彼女のスマホは既に、ミラーリングされている。
であるならばその相手との通信は、その内容そのものが筒抜けであり、決して彼女の目的が把握出来ないものではなかったからだ。
「泳がせましょう、彼女の目的が何であれジークヮックスは何かの手掛かりをくれるでしょう。」
この送り主の思惑も、彼女の目的も分からないなら分からないなりに見せてくれれば良いのだから。
『見せてください、ニュータイプその可能性という物を。』
未だ未来を捨てきれない、そんな自らの甘さと完全に諦めきれない己の、最後に残った希望だから。
……
大気圏…地球を取り囲む大気の層を指し示すその名の通り、それはその組成は高度によって分かれている。
詳しくは省くこととなるが、其れ等の大気層は一種のバリアのように機能し、圏外から飛来してきた物体を断熱圧縮と言う現象のよって焼き切ることにより、地表までの衝突リスクを軽減している。
一種の地球の防御装置にもなっている。
そんなもの突入した場合小柄なものは燃え尽き、塵となって大気の一部となる事は考えるよりも明らかであるが、この時のジークアクスもまたんな状況に陥っていた。
「本当に大丈夫なの?!」
この世界では未だ誰も為し得ていない、モビルスーツでの単独突入。それを今、マチュはジークアクスをして行っていた。
盾は勿論のこと、機体全体に耐ビームコーティングを行われた本機はある程度の耐熱性を持っている。
クランバトル中は機能が停止していたが、盾に装着されているIフィールド発生装置が完全に機能していることによって、ミノフスキーエフェクトが発生し、熱に対しての一種のバリアとなってその身を護っている。
地表に近づくにつれて大気の量は増え、次第に速度が落ちていく。だが、自然落下の速度をそのままに相殺出来るほど、ジークアクスのバーニアは強くはない。
どれほど強い物を持ってしても、それ自体が自壊しかねないのだ。
と、その時コアブロックが切り離される。
ジークアクスのコックピットの中では、マチュを護ろうとする意識の現れか彼がその手を伸ばし、彼女を抑える。
彼が行く先は未だに分からないままに、地表へとソフトランディングするものの、その衝撃はマチュの意識を刈り取るには充分であった。
次に彼女が目を覚ました時には、彼女は豪勢なベッドの上で眠っていた。打撲でもしたのだろうか、彼女は自分に包帯が巻かれていること、何故こんなところにいるのか?
一瞬把握出来なかったものの、次に誰かが入ってくるのを察知したのか、その方へと首を向けた。
可愛らしい2人の小さなメイドさん、そんな風にしている少女達がマチュを出迎えたのだ。
自分の状況を把握する為に、その2人に聞けばここがどういった場所で、自分が今どういった立場であるのか何となく聞けた。
だから、ある程度安心する事が出来た。
2人のメイドが部屋を出て、また用事が有れば呼ぶ様にと言われ、1人1室に置かれたマチュ。
そんな彼女であるが、2人の少女(ヴァーニとカンチャナというらしい)に既視感を覚えていた。
「可愛い子達だったけど…なんだろう、何処かで似たような人達を見たことがある様な…。」
と思ったところで脳裏を横切るのは、ニャアンの保護者を自称するあの2人。
二人とも何処となく、このオッサンズに似ているのである。
だがここで、二人のオッサンがメイド服を着ているような、そんな想像をしたところで。
「うぇ…気色悪うぅ。」
とそんな想像を辞めた。
日が昇り、そして落ちていく。部屋の中で退屈を紛らわせたいと思いながらも、ただそこで眠るしかない。
時折ここが地球だと確認しながらも、やっぱり自由のない時間が彼女を苦しめる。
退屈を持て余したものの、ふと窓の外を覗き誰かがそこにいることに気がついた。
ソロリソロリと部屋を出て、途中その建物の人達…ランジェリーに身を包んだ人達と出逢いながらも、その場へと赴く。
そこには一人の女性が、宇宙を見上げながら彼女を待っていた。
薄黒い肌、黒髪に美しい緑の瞳…、そんな女性を見たこともないのに、彼女の姿が見えた気がした。
二人のメイドが言ったように、彼女こそがお姉様なのだろう。この館の誰よりも慕われ、誰よりも敬われている一介の情婦。
恐らくは館の主人よりも、慕われているのだろう彼女はまるでマチュが来たことがわかったかのように、後ろを振り向かずに言葉を投げかけた。
「ヒマラヤ山脈を越えていく渡り鳥がいるわ。」
その言葉にマチュは空を見上げるも、何もいない。しかし、時間が僅かに過ぎるとそれは現実となる。彼女はまるで未来を見ているかのように、それを当たり前のように口に出す。
不思議な人だ…
マチュは彼女をそう評した。
誰よりも健気で、誰よりも美しく、誰よりも孤独な人だと。それがどうしてかは、理性としては分からなかった。
キラキラと光る世界、ジークアクスと共に見たあの人との繋がりの世界。
彼女との邂逅は定められたものではないか?彼女は誰かを待っているというように、この世界がどうなっているのかそれをマチュへと語る。
だがそんな女性でも、一つ誤算があったのだという。
「貴女、あの方々と出逢ったのですね…。」
「あの方々って、単なるオッサン達だと思うんだけど…でも、そんなに特別な人ならなんで、2人を導かないんですか?」
あの方々、それがあの二人組の事であるとマチュはすぐに分かった。と同時に、その二人が彼女にとって大切な人であると言うことも。
「導く必要なんてないわ、だってあの二人は私の知っている二人ではないのよ。あの二人には、私は必要ないの…。」
その言葉の中には寂しさがあった。
幾つもの時の中にある小さな可能性、ララァ・スンはその言葉に恐れを抱いていた。
夢の中の自分は、この館から連れ出してくれた王子様と共に宇宙を駆けることが出来た。
籠の中から抜け出すという、そんな自由があった。
だが本当の自分はどうだろうか?未だに籠の中にいる。
夢幻と同じ様に、誰かが連れ出してくれることを今も尚待ち続けて…。
「おい!そろそろ時間だ館の方へ戻るんだ。」
歩哨が二人に銃を突きつけて言う、それに対してマチュは慌てることも無く、ただ漠然とそれを見る。
そして、ララァの方へと目を向けると何かを確かめたいという欲が見て取れた。
ララァの見る方向を向けば、何があったのかと確かめる。
そう、館から火が点っていた。
「走って!!」
パシッと言う小気味の良い音と共に、ララァはマチュの手を取り駆ける。
歩哨が何処から来るのか、どういう道を辿れば良いのか彼女には全てが見えていた。
そして、今まで見てきた夢の中での出来事と今目の前にで起きている出来事が、まるで違うように映り始めていた。
ジークアクスのコックピット・コアブロックに到着し、それに乗り込もうとなった時後ろから歩哨が追いつく。
「止まれ!」
突き付けられた銃。
マチュだけは逃がそうと、ララァが彼女を庇うため止まろうとしたその時だ……、猛烈な風が吹きすさみ木々は揺れ葉は飛び散る。
まるで後押しされるように、コックピットへと二人は雪崩込んだ。
二人が入ると直ぐにシートは閉まる。
銃を乱射するものの、軍用機故の抗堪性は高々対人用の弾丸では傷すらつかない。
「お前の妹分がどうなるかわかっているのか!!」
と捨て台詞を吐いて男は来た道を走り出した。
「あの子達が心配だわ。私がお願いしたのよ?」
「未来が見えるなら、まずは自分の足で歩かないと…たぶん大丈夫だと思うから。」
コアブロックの誘導に従って空を駆ける、風吹きすさび鳥達が舞う大空を駆ける。
次第に見えてくるものが有れば、そこには夢にも見ていたあの光景…
「海だ…!」
コロニーには無い、自然の驚異。生命の源とも呼ばれるそれが、周囲一帯に広がっていた。
「私寒気がするわ…どうしてかしら、とても怖いの。」
ララァは何かを感じ取ったのか、恐怖を覚える。それを見たマチュは、優しく彼女の背を撫でた。
そのまま海へと着水、潜水を開始する。
「薔薇!薔薇!」
ハロが興奮気味に言うそれを見て、唖然とするマチュとは対照的にララァはそれを見て少し顔を顰めると俯いてしまう。彼女には直ぐに分かった、この機体が何という名前で誰が操っていたのかを。
……
シャリアは顎に手を当て何かを考えるように、尋問室へと入っていった女性を見た。
「彼女が、その情報提供者…ですか。」
マチュを泳がせ、ジークアクスのビーコンを頼りに地球へと降下したソドンを待っていたのは、海上へと浮かび上がった情けない姿のジークアクスと、そのコックピットの中にいる二人の女だった。
マチュと共にそれに搭乗していた人物は、この数十km先にあるとある高級娼館の雇われ娼婦であり、身元も直ぐに割れた。
ララァ・スン、それが彼女の名前である。
尤も、そんな彼女であるが直ぐ様娼館へと引き渡す、何て事は直ぐには出来なかった。
曲がりなりにもジークアクス、ジオン軍の最新鋭MSであるから、軍事機密の塊である。
触れたり搭乗したら最後、ジオン軍のお世話になるのは当たり前であった。
「アマテ・ユズリハの言い分によれば、ララァお姉さまだとか…。
何がお姉さまかそれはわかりませんが、彼女の言い分ではあの人に導かれたんだと…。そう思ってるみたいです。」
「なるほど…面白い。色々と話を聞かなければ行けないかもしれませんね。」
尋問室での取り調べは、ララァが民間人と言うこともあり最初はそれ程強い口調では行われなかったものの、次第に高圧的になっていく尋問官に、呆れた顔を示し始めた。
済ました顔で、聞かれた事だけを話はするものの、時折壁の方へと瞳を向けて何かを見ていた。
「失礼します。お仕事中申し訳ありませんが、私に変わって頂いても?」
シャリアはそんな事態を収拾するために、自らが彼女に尋問を行うと決意した。
その後ろを、勿論コモリも着いてくる。
「はっ!中佐彼女は…。」
担当官が口を出そうとすると、シャリアはそれを手で制す。まるで聞かなくともよいと、そう思っているかのように。
「さて、はじめましてララァ・スンさん。私は」
「シャリア・ブル中佐…。そうでしょう?わかるから、でもどうして貴方がここにいるのかしら?いいえ、そうでしょう過去が変われば今も変わる…そういう事。」
シャリアには、この女性が言っていることが分かりかねた。いつもであれば透けて見えるはずの相手の心、それがまるで全く見えないのだ。閉ざしているのだ、意図的に。誰にも観られたくないとそう思うように。
「失礼ですが、私の名前をどこで?」
「聞いたことはないわ…けれど、貴方は貴方だとそう思ったの…、いえ貴方だからこそ信頼出来るのね。
お願い聞いてくださるかしら?」
お願いは、自らの脱出を手伝った娼館の皆を自由の身にしてほしい事。衣食住職のある場所を紹介してほしいこと、子供達を安全な場所に保護してほしい事、であった。
「言っておきますが、私の裁量権を超えていますよ?」
「大丈夫です。キシリア様なら、それくらいどうとでもしてくれると思います。」
合った事も無い筈なのに、スラスラとそんな言葉が出てくるのだから、目の前の女性は危険人物だと思う反面、そんな事をこの女性がするはずも無いと言う、理由も無い信頼が沸いていた。
そんな二人の何の脈絡もない会話を聞いているコモリにとって、その応酬はあまりにも理解し難く頭痛の種だった。
『どうしてこうも中佐の周りには面倒事が多いんだろ。』
それが彼女の率直な感想だった。
「わかりました、ご協力感謝します。」
そう言うと、シャリアはさっさと部屋を出る。慌ててコモリもその後ろへと続く。コモリが振り向きざまに見たのは、手を小さく振りながら自分達を見送る女性の姿であった。
「何かわかったんですか?」
「何も分かりたくはない、と言う事実がわかりました。」
コモリはジトッとした目でシャリアを見る、それじゃあ答えになってないですよと言う、言葉を込めて。
「彼女はシャロンの薔薇のパイロットと、同一の存在です。正直言って驚きましたが、ですが面白い事も有りますよ。」
「それってなんですか?」
面白い事、コモリはそれが気になった。
「あの機体の名前は、エルメス。ギリシア神話の十二神の一人、商業、富、幸運の神その名を冠する機体であると言うことです。」
それがそんなに重要な事なのか?コモリは訝しんだ。
さて、私もそろそろEndingと言うか、終わらせ方が見えてきました。
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