「どうしていつも、貴様ばかりなのか?」
その呟きを零すのは、クワトロであった。
彼は私室のソファに座りつつ、その目の前にあるテーブルに視線を落としながら、その瞳に悲しみを滲ませる。
それを見下ろすように、直ぐ側にいるのは彼と共にこの世界に紛れ込んでしまった男、アムロであった。
「俺にもわかりはしないさ…。ただ、いつも見るのは彼女がアナタを心配する。そんな、男としては良いものでは無いんだ。
きっと、お前は愛されているんだろうさ。
第一だ、他人の事を伝えさせられるメッセンジャーの気持ちを、考えた事はあるのか?」
「……、それはそれで良いものだな。すまないな。」
アムロはそれを聞いて溜息を一つつくと、今度は真剣な眼差しで彼を見据えた。
それを感じ取ったのかクワトロも顔を上げ、その瞳を睨むように見合う。
「どうした?貴様がそんなにも真剣に、私に何かして欲しい事でもあるのか?」
「ああ、相談があるからここに来たんだが…コレが本題なんだ。力を貸してはくれないか?」
それはいったいどういう風の吹き回しであろうか、殆どの場合クワトロの方がアムロに対して協力を呼び掛けることはあるが、今この時だけは立場が逆転していた。
そもそも、アムロが誰かを頼る時は、割と良くないことが起こる事が多い。
彼の腰は実際重いとは言えるが、自分が動かなければ解決出来ない事を、本能的に理解しているからだろう。
「νガンダム…君のアレの件か?だったら予算は…」
「それもそうなんだが、それとは別件だ。いや、内包しているとでも言うところか…。」
言葉を濁した彼に、クワトロは嫌な予感を感じ取り立ち上がる。それは心の準備とも言えた。
そして、その内容を聞いた時クワトロ…いや、キャスバルの瞳はカッと見開かれアムロの胸倉を掴む。
互いに顔を突き合わせ、互いに瞳を覗き込む。
キャスバルの瞳は震えて、その言葉に戸惑いと理解に苦しむように。
対するアムロのそれは微動だにせず、キャスバルの瞳を覗き込み一切の動揺無くそれを覗き込んだ。
「私にそんな事を聞いたとて、だとして協力すると思っているのか!!」
珍しくも彼は声を大きくすると、まるで怒りを露わにするように胸倉を押してアムロを突き放す。
だが、その行為に怒りを露にすることすらせずに、アムロは毅然とした態度でそれを見据える。
その言葉にどれ程の覚悟があり、どれだけの苦悩があるにせよ、アムロ・レイという男は、やると決めた事に関してはとことん何をしてでも達成する事が出来るそう言う男だ。
例えその結果屍の山を築いたとしても、結果それを飲み込むことが出来るだけの……、振り向くこと無い男である。
キャスバルにとって、アムロのそう言うところが好きなところであり嫌いなところでもあった。
汎ゆる物事に対して踏ん切りを着けられずに結果にオロオロとし、酒浸りになる程にショックを受けたりもする。
そんな自分に対して、どうしてこの男はこんなに割り切る事が出来るのだと、そう思うことすらある。だが、そんな彼がいるから今の自分もあるのだから…否定したくない。
そんな面倒くさい男であるキャスバルは、アムロの言葉一つに一喜一憂した。
「俺はあの時、貴様がどういう男だとかそういう所を過大評価していた。
そして、俺自身を過小評価してたんだ。だから、今回は俺が率先して動かなきゃならないと、そう思ったんだよ。」
「事が終わった後、お前はどうなるか?分からないとでも言うつもりか?大逆を行おうというのに、それを止めないとでも言うのか?」
だからだろう、そんな彼を止めたいと思うのは仕方のない事だった。
この世界に来てまで、どうしてそう業に縛られなければならないのか?
自分は今、自分のしたいように物事を動かし最後には潔く消えるつもりである。
そんなキャスバルと同じ様に、自分で事をなそうとしている彼は自らを生贄にしようとしているのだと。
「分かってくれとは言わない、だがそれが最善手だと俺はそう思うんだ。何より…彼女がそれを望んでいるのだから。」
「アムロ……、クソッ!私はどうしてこれ程までに無力なのだ!!」
それは普段人には見せない嘆きだ、それが彼の本心だ。自信がないから虚勢を張り、嘘でもいいから他を鼓舞する。それがなまじ出来てしまうから、たちが悪い。
そんな自分に腹が立つ。小心者のクセに、人を導きたいだとかそんな事を口にする自分に。
「人は1人では無力さ、どれ程権力を持っていても、結局は人の力が無ければ何も出来はしない。だから、そんな卑下しない方がいいさ。」
生命を賭けているにも関わらず、アムロは優しくキャスバルにそう語りかけるのだ。だからこそ、立ち向かいたかった。
「そうか…、私は何をすれば良い?」
「そうだな、説明するにはこれを見てもらったほうが早いかな?」
取り出したるは一つの設計図面、それとその思想だろう。
「コレは元々はアナハイムから送られてきた、νガンダムのヘビーウェポンシステムの設計案を、書き起こして見たものなんだ。より長期戦様に、外付けのジェネレータとプロペラントを取り付けて、戦争の長期化に合わせた強化プランなんだが…、これを製造したい。」
「それだけか…?それだけで、事をなすと?」
アムロは無言で首を横に振る、別の腹案があるということなのだろうか?
事の次第では断ることすら出来るだろうが、断ったところで実行に移すのは目に見えている。
「後は、コイツを…」
もう一つの設計図面には、キャスバルが身に覚えのある物が書き示されていた。
そう…それはグリプス戦役時、彼が敵艦ドゴス・ギアに対して行った作戦の一つで使われたもの。
「コレにザクから転用したジェネレータを2つほど取り付ければ…、3射くらいは可能だろう?だから、上手く使えれば…」
戦線を単独で突破する事も可能だろうと、そう言いたいのだろう。
キャスバルはその言葉に納得を示したものの、一つの条件を足した。
「私は協力することは構わない、だが必ず帰ってくるように…。確かに今の我々は帰る場所はない、だがここは貴様の家でもあると言うことを忘れるな?」
「そうだな……、ありがとう。」
そう言うと互いに互いの手を取り、力強く握手をするとアムロはその後部屋を後にした。
一人取り残されたキャスバルは再び座り込むと目を瞑り、宇宙を見上げた。
……
リハビリテーションの一室、小さな体躯に華奢な身体。マトモな栄養状態で育っていないと、そう思えるほどに貧相な肉体をしている少女、ドゥーは一生懸命に努力を重ねる。
コロニーの人工重力の中で、身体に僅かながらに感じる少し横に振られるような感覚。
遠心力による慣性をコリオリ力を、その強化された肉体は容易に知覚し、脳がそれに拒否反応を示していたのも数日前の事。
彼女はそれに徐々に慣れていき、今ではマトモな食事も取れるように体調も回復。
やっとの思いで車椅子に揺られながら、病院の中を回れるようになったのは、その少し後…。
常人よりかは早い回復速度によって、今は当に自らの足で立とうとしていた。
周囲に人がいないことを良いことに、手摺に捕まって歩く練習をしようとする。
「うっ…グググ…ハァハァ…もう…少しで…!あっわっ!」
自分勝手なリハビリは時として、その人物に災禍を招くものである。この時の彼女もそうであった。
ゆっくりと流れる景色、倒れる先には階段があってそのまま真っ逆さまに落ちればきっと即死するだろう。
だが、そうはならなかった。
パタリと、そう倒れそうになる彼女を支えたのは、パーマ頭が特徴的なあの男であった。
階段を登っている時に、倒れそうになっていた彼女を見た彼は咄嗟に身体を滑り込ませる事で、彼女が倒れる前に受け止めたのだ。
そんな彼の身体に身体を埋めるように、彼女はその体温をする感じた。
とても暖かくて…、なんというか落ち着くようなそんな、悪くない感覚は彼女にとって初めての物だった。
「大丈夫かい?見たところ、介助がいないようだが…勝手に出てきては駄目だろう?」
「モゴモゴモゴ」
重力は彼女の顔を彼の胸に押し付ける。だから息もしづらいし、何より話をするのも難しい。
だが、彼女が何を言ったのか分かったかのように彼女を担ぎ上げて、彼はまた階段の上へと戻すのだ。
「よいしょっと、さて本当なら病室に戻すところだが…、そんなに焦っていても早く治るとは限らないぞ?」
直ぐ近くにあるソファへと彼女を置くと、座る彼女の目線に合わせて彼は語りかけた。
それに対する彼女の気持ちは、正直に言えば複雑なものだった。
自分から輝きを奪った人物で間違いはないのだが、生命の恩人ではあるし、そして何より先程も助けてくれたのだから決して悪い人間ではない筈だ。
けれども、それがわかっていたからと言って、結果自分がこんな惨めを受けているのだ。
「……どうして…、どうして助けるんだよ!!私とアンタには何の接点もないんだよ!!第一僕はそんな事頼んでなんて!」
一人称が安定しない、それは心の乱れでありそう言うことに対する防御反応だろう。
感謝はしているけれど、受け入れたくない事の現れでもある。
「すまないな…、昔からこう言うタチでね。助けられるなら助けてやりたい、可能性があるのなら手を差し伸べてやりたい…。そういうのが俺なんだ。ただ…、ほとんどの場合は相手に手を掛ける事も多いが…。」
「なんだよそれ!善人気取りかよ!!」
荒れる、それが最善の行動ではない事など分かりきっているが、どうしてかこの男に対しては調子が狂うのだ。
「俺は決して善人じゃない…、昔君みたいな子を何人も見たことがある。その時は、俺に力不足なところもあって説得する事すらしなかった。
だが、俺と同じ様な境遇の彼はそれでも説得しようとしたんだ。だから、それに影響されたっていうのもあるし、後はタイミングさ。」
過去を思い出すように彼は床に目を落とすも、それを見た彼女はバツが悪いのか怒るのをやめた。こんな奴を叱咤したところで、何かあるわけでは無いと、心を落ち着かせようとするのだった。
「さて、そろそろ戻らないと怒られるぞ?」
「…わかったよ。」
そう言うと彼は彼女に手を貸して、ゆっくりと歩む事を手伝った。それは彼女のプライドを最低限、満足させる行為であってそう言う配慮だったのだろう。
彼女は無自覚にそれに気が付き、少し恥じらいを持った。
……
ジャワワー
と油が音を立てると、その匂いが鼻腔をくすぐる。
匂いは良いはずで、市販のそれと遜色ないはずなのだが…形だけはどうしても崩れてしまう餃子達。
彼女の失敗は、油の量が足りなかった事と水の少なさであった。
「また失敗しちゃった…、上手くいかないなぁ。」
ニャアンは自ずとそれをフライパン返しで注ぐようにすると、それを皿の上に乗せる。
コレが今日の彼女の夕飯である。
偏った栄養と、カロリーの高い食事。1人で生きていたころはもっと偏った物を食べていたものの、こうやって自炊することも珍しくなく、あの2人と住んでからも偶に作っていたからか、その点は動きが悪くはない。
ただ、2人も対して料理は上手くないからか案外そういうところが似たのだろうと、そうニャアンは思うのだ。
それに対して、ここ最近キシリアの夕飯に呼ばれる事もありその料理の腕を見習いたいと思いながらも、少し及び腰気味にそれを聞くのも憚られる。
そんな彼女に対してか、少しずつ話を振ってくるその姿は何処にでもいる女の人であり、ニャアンもそれを見習いたかった。
モクモク
と、そう口の中に拡がる生姜の香り…。ニンニクペーストを使う事も考えられるが、密閉空間である月面でそう言う匂いの強烈な物はあまり好まれていない。
戴いた部屋も、そんなニンニク臭くなったら何か嫌だなぁと思いつつ、彼女は1人で食事をする。
なぜだが味気ない…そんな気もするのだが、一応は充実した毎日だった。
同じ頃、キシリアはニャアンのパイロットとしての訓練とその経過を手に取り、関心を持っていた。
天然物のニュータイプ、それは戦時に現れ奇跡のように戦争がなくなればピタリとその出現は消えた。
戦争という極限状態が人をそのようなものに押し上げるのか?それとも…ニュータイプと言うものは幻想か?
彼女は今でも悩んでいる。
ただ、この掌に収まっているあの少女のその素性は、キシリアにとっては贖罪の対象のようなものでもあった。
多くの犠牲を払った戦争の代償と、贖罪の対象として今こそ目の前の少女を受け入れようと。
そうすれば、何かが変わるかもしれないと淡い期待を持って…。
ふと…そう思った時、イオマグヌッソの計画書が目に入る。果たして、自分は踏ん切りを着けることが出来るだろうか?
その時になって、彼女のことが愛おしくなっていたりはしないだろうか?それがキシリアの感情を擽り、決断を鈍らせる。
後戻りなど等に出来ないというのに。
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