ジオン公国の所有する宇宙要塞ア・バオア・クー。そこに、勤める守備隊の面々は傲慢な者達が多かった。
いや、傲慢な者たちと言えば聞こえが良いが、要するにギレンの腰巾着達がそこに勤めていた、と言っても良いだろう。
現在のジオン公国、サイド3の守備隊から始まる其れ等の部隊には、所謂ギレン派と呼ばれるザビ家の中でも特にタカ派の人間達が揃っているのだ。
キシリア率いる宇宙突撃軍以外の部隊、例えば旧ドズル派であるとか、旧ダイクン派であるとか…後はガルマの旧友達であるとか、そういった者達は軍の役職や軍籍そのものを剥奪された者達も多い。
そう言った者達を排除し、純粋にギレンの一存に沿った動きを出来る者達のみを濃縮したのが、現在のジオン軍主流派の実態である。
ただ当のギレンという男は戦後、自らの行いのあまりの大きさ故に、その頭脳明晰である故に次第に現実を受け入れる事に恐怖を示すようになった。
暗殺や謀略など、汎ゆる陰湿な行為に手を染めた彼は、其れ等が自らに帰ってくるのを極端に怖れ、そのすぐ近くには本当に心を置ける者達しか置くことはなかった。
因みに最近の彼の口癖は、「サスロがいれば」である。
それ故に、ア・バオア・クーの面々はギレン派でありながらも、ギレンからの信頼は薄く、ギレン派の中でも末端に過ぎない。
そんな彼等守備隊は、今非常に大きな緊張感に苛まれている。
「ここ1週間で輸送船が6隻消息を絶った…、原因の究明を急いではいるが、最後の通信が行われた場所には大小様々な残骸だけがある。
コレをどうするか、我々の首も危ういぞ?」
一部の守備隊にはその空気が漂い、ピリピリとしている。しかし、そんな彼等であるがそれも悠長に事を構えてはいられない。
「定期航路を変えたのに…またか…、コレで7度目だぞ!!」
ダンッ!!
と机を強く叩けども、原因が分からない限りそれが終わることはない。その日は4隻の輸送船が消息を絶つ事となるが、その全ての船籍はジオン軍籍のものであり、民間船籍には一隻の被害も出ていない。
昨今増えてきた海賊の件もあり、厳戒態勢は継続されるもののそれを把握する術はなくただ手を拱いているだけではなかった。
そんなジオン軍の定期航路を航行する船舶には、検問を行うよう義務付けられ、急ぎその体制を整えている。
一隻のムサイがある輸送船を停船させ、その船内にある物をくまなく調べ上げるが、何もなく。
今日も徒労に終わる日々、そうなる筈であった。
輸送船から離れ、暫く進むムサイ。この広い宇宙空間の中、嘗ての戦争によって出来た残骸が漂う暗礁宙域、未だ残留する高濃度のミノフスキー粒子の影響濃くレーダーも効きづらい。
そこの探索を始めようとして……、突如として左舷エンジンを被弾。爆発炎上し、今度は主砲を被弾すると瞬く間に火達磨となる。
船員達は退艦する間もなく、彼等は墓標の一部となった。
それを先程の輸送船がうっそりとした速度で離れながら見ていたが、彼等が救助用のランチを発進させる素振りも見せない。
そう、彼等にとってジオンというものは恨むべき相手であり、手助けなどしたくもない。
スペースノイドの嫌われ者、それこそがジオンという国の実態である。
そんな嫌われ者が幾ら沈んだとて、船員達には関係のないことだ。彼等は気がついていないが、その船のカメラには確かに映り込んでいた。
ムサイが爆発する前に、確かにその周囲にモビルスーツよりかは小さい何かが、そこからビームを放ちムサイを撃沈したという事実が。
レーダーでは捉えられなくとも、高解像度カメラには納められていた、たった一瞬の出来事を。
リニアシートに背をもたれ、ヘルメットの中で目を瞑り、何かを感じ取るかのようにその瞼の中で瞳が動く。
アムロは今νガンダムに乗り込み、あるテストをしていた。
「あまり気分の良いものではないな…、戦時下でもないのにコレじゃあ海賊と変わらない。」
彼は愚痴る様に言うと、そんな彼の精神に引っ張られたのか彼の機体の周囲に、長いコの字の物体が集結する。
νガンダムの背面に増設された、バックパックと一体化したウィングユニットにも見えるそれに、その物体は次々と変形し接続されていく。
まるで帰巣する蜂のように、当たり前に行われるその一連の動作は、瞬く間に行われ其れ等の実戦データを収集するのだ。
すぐ近くにある、暗い色に塗装されたムサイに接触しその怒りを吐露した。
「そもそもこの宙域に紛れ込んで来た事自体イレギュラーだ、気にすることではないよ。」
「貴様の秘密港が無ければ、こんな事をせずに済んだものを!」
暗礁宙域……、そう呼ばれている場所はこの地球圏には幾つか存在する。
そんな暗礁宙域の一つ、サイド5の残骸を隠れ蓑にする事によって、秘匿されている艦隊が存在していた。
幾つかの連邦艦艇と、ジオンの艦艇を元に編成されたその小規模な艦隊は、その人員とはその尽くが難民と元軍人によって形成されている。
誰もが大なり小なり、ジオンに対して蟠りを持ちながらも、それを発散する行き場もなく漂っている。
そんな彼等を中心に集結したこの艦隊こそが、クワトロの…シャアの…キャスバルの現在持ちうる限界であった。
指導者としての彼は、ある種カリスマ的な光るそれを持っていて、先導者としては非常に効果的なマーケティングを実践した。
嘗て、ジオンの民衆としていた人物も暗殺を怖れ逃亡した政界人も巻き込み、彼等は今再びの蜂起の時を待つ。
そんな危ない物を創り上げているのだから、アムロはいつも頭が痛いし、海賊の真似事をする事に嫌悪感を抱く。
無益な殺生をする事に抵抗感があるというのは、極自然なものである。だが、自分の管理の甘さのせいでこの様な事になっているから、アムロも渋々付き合うしか無いのだ。
「君の計画を手伝うのだ、彼等の力を借りても文句は有るまい。」
「仇討ちをする為に行くわけじゃないんだぞ?」
いつもなら殺気立っている者達が嫌に静かだ。
アムロはその事に対して冷や汗をかく。
嵐の前の静けさという諺がある通り、それはキーンと冷え切っていて寧ろ、寒さを通り越し痛みを伴う。
「後ろ盾は充分さ、だが知っての通りジオンは戦力を持ち過ぎている。だから、少し削らなければならない。」
「その為の彼か?だがそれをやって、また誰かを不幸にするだけじゃないのか?」
2人の会話は全て筒抜けであるものの、全員がその真意を知らされているために、ただ聞いているだけに留まっている。
誰もが、理解してここにいるという事だ。
「彼も私の誘いに乗ってくれた…、唯一無二の友人だ。だから…信頼する他あるまい?互いの遺恨も無ければ、地球の人々からの支持もある。これ以上の人選もない。」
沈黙が周囲に拡がる。
「失礼します。」
そんなシャアの言葉が締めくくりとなったのか、後ろに控えていた者が二人に割って入る。
「ジオン本国からギレン麾下と思われる艦隊が、発進しました。コースは…イオマグヌッソです。」
張り詰めた緊張はその言葉と共に、一挙に霧散しそれぞれの成すべき事へと進む。
互いの、その相反する思いを背に乗せて。
……
ふんわりとした匂いが部屋に漂い、サッサッと言う音と共に其れ等が舞う。
太陽も少ない、コロニーともまた違う低重力での暮らし…それはニャアンにとっても良い体験となっている。
二人に見てもらっていた勉強も、今はキシリアが用意してくれる人が教えてくれるし、何より…キシリアはニャアンの髪を梳かす程に彼女を気に入っていた。
「髪は女の命というからな、お前はあまりそういう事が詳しくはないだろうが、来た時よりも随分と髪の質も良くなったな。」
何処か喜色を感じさせる声で、キシリアはニャアンに語りかける。実際、彼女にとってニャアンは歳の離れた妹のようなそんな感覚を持っていた。
男所帯の中で生まれ、母親の愛も知らずに育ち遊ぶ事も許されぬままに生きていた彼女にとって、ニャアンは癒しだった。
「キシリア様の髪も梳いて良いですか?お礼したいんです。」
ニャアンはこの短い間でも、キシリアと言う人物が愛に生きているのだと、そう実感していた。
家族愛の大きな人物で、周囲の皆の事も愛しているのだと。
だから…、裏切られたと思った時は、それはそれは大きな衝動を抱えているということも。
「私の髪をか?…そうだな、お前にならやってもらっても構わないだろうな。」
キシリアは心の底からそう思っていた。誰よりも、心を許していた。あのマ・クベにすら、ここまで許したことも無いと言うのに…不思議と、ニャアンと言う人物が裏表のない者だと理解していたのだろう。
だから、言ってはならないことも話してしまうのだ。
「お前と始めて共に食事をした時、貴様は復讐のため…と言ったよな?」
「え…?そうでしたっけ?」
ニャアンはてんで覚えていないが、それでもキシリアには構わなかった。
「明日はお前にとっての初ての実戦となるだろう?その前に、私から本心を言いたいのだ。」
「………。」
ニャアンは無言でそれに聞き耳を立てた。
「私の兄ギレンは…、それはそれは冷酷な人間だ。お前も巻き込まれたあの戦争を先導し、率先して作戦を立案し…嬉々としてそれを実行した。私も勿論その片棒を担いだのだから、同罪と言えるし、お前なら私を殺す権利があると思う。
だから…こうやって話しているのだがな?
兄は狂ったのだろうな…そう言った行いの結果、周囲を目の敵として、政敵を謀殺し剰え…父すら手をかけた。
そんな兄が憎くて堪らない、堪らないのだ。
だから…お前に私をどうするのか、殺生与奪を握らせたい。この行いの結果、私はギレンの様になってしまうかもしれないからな。」
その言葉はニャアンには難しく、あまり良くは分からない。ただ、誰かに止めてもらいたいと…そんな弱い一面を見せているというのは、何となく理解した。
「だから…、お前に渡すこの封筒の中身も、実行するかはお前が決めろ。
お前は、私の人形ではない。お前は…、向こう側の二人の子供なのだからな。」
「向こう側……。どういう事ですか?いったい何を!?」
そう聞こうとして、ニャアンはキシリアに振り向きその瞳を覗き込む。悲しみに暮れた、後悔と決意の瞳がそこにはあった。
「お前には知る権利がある。我々が探していたシャロンの薔薇、そしてこのイオマグヌッソ…そして、お前の保護者である男達の正体を。」
なぜ二人が口を揃え、難民だというのか。何時まで経っても、彼等は正式な居住権どころか学位すら取らないのか…、幾つもの疑問がニャアンにはあった。
そして、キシリアからそれを聞かされた時合点がいった。
キシリアは2人の事を深く調べ上げていく内に、妙な点がある事に気が付いた。
1つ目はあの2人がいつからあの場に居を構え、いつから働いているのか?
そして、彼等が所持する1機のモビルスーツの見た目に対して、ある仮説を立てるに至った。
シャロンの薔薇、それは何処かヒロイックな漫画世界から飛び出してきたような、そんな丸みを帯びながら、何処となく格好の良い光学的でない部分がある。
そして、ハイザックと呼ばれるモビルスーツにも、似たような設計思想が見て取れるのだということだ。
最初、それを設計を行う者達に聞いて回った時、そんな事も有るのかと思っていた。
だが、時が経つに連れとある情報を仕入れる事となった。
シロウズと呼ばれる、イオマグヌッソ設計主任の助手を名乗る男を見た時、琴線に触れた。
自らが彼の事をシャアであると、あのキャスバルであるとそう直感が告げていたのだ。
であるならば、あの時目の前に現れたあの男は、誰であるのだろうか?確かに、自分はあの男のことをシャアであるとそう思った。その時、一つの仮説に思い至った。
シャロンの薔薇が向こう側から来たのだと、そうならば同じ様な現象によって向こう側から何かが、或いは誰かが来ても決して不思議ではないことを。
そして、ハイザックを、白い悪魔と呼ばれる戦場伝説にでてくるその機体を見た時。それは、確信に変わった。
あの男は、自らの知るキャスバル坊やではない。
向こう側で成長し、大人となったキャスバルが時空を超えてこちら側へとやってきた姿なのだということだ。
我ながら荒唐無稽であるのだが、そんな思いとは裏腹にそれを確信を持っている自分に…心底笑いが込み上げてきた。と
そんな事を、ニャアンはキシリアの口から聞いた。それが嘘であれ真であれ、ニャアンはそれを信じるに至る。キシリアのその言葉に、合点がいってしまったばかりに。
それと同時にこうも、囁かれた。
「もし、お前がそれを実行すれば2人は向こう側に帰れるかもしれない…。」
と。
その言葉の裏に悪意は一片もない、寧ろそれは善意と言えた。ニャアンは二人に恩返しをしたかった、だが今それは目の前にある。
大逆の果て、その行く末にもしもが有るならば、二人の為に何かを為したい。始めて、彼女は誰かの為に何かをしたいとそう思うのだ。
予想というものは当たらないのが予想なんだ!!…本当に当たって欲しくなかった。
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