難しい話というものは、時として人の意識を飛ばすことに定評のあるものだ。
どれだけ高尚な事を言っていても、興味のない事柄に人というものは意味を見いだせず、そして其れ等を退屈である休憩時間であると脳が判断する事によって睡眠や、意識の混濁に陥る。
ニャアンは眠気に襲われていた。何だか難しい話を聞いていたような気がする。
最近運び屋の給料が良くなったおかげで、懐事情に余裕が生まれた。貯金も少しずつ貯まっているが、同じ速度で軽い休みが取れる程度には余裕が出来たのだ。
そんな日の午前中、ニャアンは一人の男に絡まれていた。いやクワトロに絡まれていた。別に酒を飲んでいたとかそう言う話ではなく、もっと真面目かつ彼女には必須の事柄である。
「おい、もっと真面目にしないか?こちらは善意でやっているのだぞ?」
そう、クワトロがする話とは主にニャアンへの教育であるが、彼女の頭は決して悪くない。
悪くないのだが、彼女は小学校すらまともに卒業していないのである。
そこでクワトロは、自らの出来る限りの教育を彼女に施そうとしているのだが…如何せん眠くなるのは仕方ないのだ。だって、退屈だから。
「退屈と言われたくはないものだな、俄に君は危機意識と言うものが薄いように感じられる。」
彼は不満気にそう言うと、眠い目を擦る彼女にまるで何かを説くように話し始めた。
やれ、生活がどうとかこれからの世の中はなんだとか…。
だが、彼女にとってそんな事はどうでもいい事だった。どうせ自分は難民なのだから、マトモな生活なんて…と言う心境である。
「励んで色んな仕事が出来れば、高給取りになる事だって夢ではない。そうなれば、サイド6の市民権だって買うことが出来るのだぞ?」
別にサイド6の市民権等どうでもいい、そんな余裕だって…と、思う。確かに余裕は出来てきたけれどそこまでではない、それがどれだけ必要なのだろうか?と…。
「まったく……余計な事を考えている…。コレでは先が思いやられるぞ。」
「普通の人はそういうものさ、お前は極端な環境にばかりいたから知らないだろうが、一般的な学生なんて今日のこととかしか考えてないぞ?」
横からユウキが突っ込み、ニャアンの集中力の無さに辟易しているクワトロに諭す。
ニャアンも初めて聞いたのだが、このクワトロと言う男の境遇はどうあれ、彼は非日常の中育ったようだ。
1年戦争よりもおかしな非日常がどれだけあるのかはさておき、ニャアンには心底どうでもいい事だった。
「……ん、そろそろ時間。」
「話はまだ終わっていないぞ!」
「行かせてやれよ、友達と遊びに行くんだろ?」
そう言ってニャアンの味方をするユウキを尻目に、ニャアンはそそくさとその場を去る。
勉強は苦手だが嫌いじゃない、二人の優しさだって理解しているし必要な事だと分かってる。でも、今はどうしてだろうか?行きたいのだ。
そうしてニャアンは走り出す。番号を登録された自転車を運転して…。
取り残された二人のうち、クワトロは若干であるが眉を潜めた。何やら少し落ち込んでいるような…そんな感じでもある。それを、笑いながらユウキが咎める。
「この気持ちは何なのだろうな…、嫉妬とも違う。何かこう…複雑な気分だよ。貴様とて同じなのだろう?アムロ」
「まあ、そうだな。嫉妬とは違う、少し寂しいようなそんな気分。コレがきっと、親心なんだろうさ…。あの娘が普通に暮らせるようになるまで、面倒を見る。2人で決めた事だろ?情が湧いたんじゃないか?シャア」
冗談吹かして言い合う言葉を、他の人々が聞くようなことは無かった。
だが、和気藹々とする2人に蟠りが有るなどとは誰も思うまい。
この二人の確執はそれだけ深いものが有るのだから。
二人を置いて何処へやら、ニャアンは運び屋の仕事以外で久し振りに。本当に久し振りに外へと繰り出した。
行く場所は何処か?決まっている。
マチュが入り浸っている、あのクランの場所だった。
「あ、お〜いこっちこっち。」
そんな声が聞こえて来たと思えば、その方向に一人の少女の姿があった。いつものお嬢様学校の制服を着込んだあの、ピンク髪の女の子、アマテ・ユズリハ…マチュだ。
「ごめん…遅れた。」
「良いよ良いよ。さ、行こっか!」
お嬢様学校に通う傍ら、そんなところにいて良いのだろうか?両親が心配しないのか?親はそれを知ってるのか?等とマチュの心配をしているが、当の本人はそんな事気にもしていない。
どうしてか、マチュがクランバトルに参加するという事になった後、こうして会うことが増えた。
たぶん気に入られているのだろう。どうして気に入られているのかは分からないけれど、マチュにとってはきっとこの関係がスパイスなんだろう。
クランバトルを行い褒賞を貰ったら、だべって二言目には話題が変わる。
「シュウジってさ!!」
マチュのクランバトルの僚機である。赤いガンダム、それのパイロットであるあの得体の知れない男のことだ。
どういうわけなのか、マチュはあの男のことを気に入っていた。自分の知らない日常を余すことなく堪能し、まるでそれに脳が支配されているかのように。
何がそんなに良いのだろうか?ああいった類の人間は一番危険なのだ。そもそも名前だけ言って信じているというのが分からない。
「…もう…聞いてんの?」
「聞いてる。」
聞いている、聞いているが理解出来ないししたくない。
この娘は変わってる。どうして普通に生きるのがそんなに嫌なのか、非日常がそんなにも良いことなのか?ニャアンにとっては、そんな能天気な彼女の事がおかしくて仕方がなかった。
だってそうだろ、普通に暮らしていれば幸せの中に死ぬ事が出来るのに、自分のほうから快楽の為に要らない危険を顧みずクランバトルなんかをやっている。普通ならそんな思考にのまれたりしない、難民のような極限に生きているならともかく、その時点で充分にヤバい奴なのだ。
そして、余計にたちが悪いのは普通の家庭に産まれているのだから、行方不明になったときにかかる周囲への迷惑等を考えたことがあるのだろうか?それよりも憧れが強いのだということなのだろうか?
「ニャアンはそう言うのに憧れないの?」
「別に…。そういうのは無いかな、普通とか分かんないし。」
「ふぅ〜んそうなんだ、変わってるね。」
どっちが変わってるんだろうか?
ニャアンは訝しんだ。
だが同時に少しだけ、本当に少しだけこの子の事が心配だった。このまま行ったら悪い事が起こるのではないか?と、変な想像が働いた。
「ねぇ…そう言えばさ、ニャアンって普段どんな生活してるの?家は?ご飯は?気になる〜!」
「どうしてそんなのが気になるのよ…」
マチュにとってニャアンという人間はアウトローとの境界に位置する存在であり、そういった接点であった。
そういう物に憧れを持つ年頃であるからこそ、そんな中で生活をしてるだろうニャアンの事が気になるのだ。
尤も、学校の友達ともまた違った互いに深くは物を知らないというのがスパイスが効いていて、より食欲を唆るのだ。
だから、物をよく知りたいお年頃であるマチュは、その積極的な性格からかニャアンにとって嫌な言葉を口に出した。
「ねぇ!ニャアンの家に行っていいかな!」
「は?」
突然の物言いにニャアンは困り顔をする。だってそうだろう、家に行きたいと言っても家など無い、あるとすれば居候先だが2人の了承を取らなければならない。
と、常識的な考えを持っている彼女は真面目に考えた。
それが無自覚ゆえか、それとも分かっていっているのか?難民の家なぞにそんな、身分高いの人間が行っては行けないだろうと、ニャアンは思う。
そもそもこんなところにいること自体間違っていないだろうか?
「いや…それはう〜ん。」
ビミョ〜な顔をしながら、どう切り返すか考えている。
「家の人……というか管理人?の許可がいるから…即答は出来ない。」
「な〜んだ、わかったよ。でも!許可降りたら遊び行くからねー!」
と何か嬉しそうに言う、いや許可無くても来てしまう可能性を考慮する必要があるのでは?とニャアンは訝しんだ。
でも、同時に思ったのだがあの2人ならば別に何か悪い事はしないだろうと、そう言った信頼感からかゆっくり口角が上がっていた。
「へぇ〜、ニャアンもそんな顔するんだ。」
「え、あっ!いや…。」
少し恥ずかしく顔が赤くなるようなそんな気もする。
それを見てからかう様な感じで突っかかってくるマチュに、別に悪い気はしない。今日も良い日だったなぁという、そんな感想が溢れていた。
「そうだ!今度一緒にカフェ行こうか?美味しい店とか有るんだよ、ニャアンそういうとこ行ったことないでしょ。」
それが心底嬉しいのだが、ニャアンにそんな自覚は無かった。
……
イズマコロニーが所属するサイド6は、数十基のコロニーからなる巨大な経済圏を保有する、独立サイドである。
ジオン独立戦争の折、地球連邦が宇宙から手を引く結果となった事により独立国としての地位を獲得した
ものの、その実態はジオンの経済植民地の1つに組み込まれ、軍事的圧力を背景に地位協定で縛られている。
その結果として、様々な軍事的アプローチをするジオンに対して積極的に敵対する事は出来ないものであり、表向きはジオンの友好国として対外的に認められている。
だが、その背景の中でも反乱分子のような者達がいないとも限らない。
そもそもこのサイド6内で行われている、クランバトルの出資者すら謎に包まれている。彼等が何のためにクランバトルを主催し、そこに金をばら撒いているのか…。
そんな謎が多いのも、またこのサイド6の内部状況である。
そんなサイド6であるが、サイド内を移動する際には一応の身分証の確認はあるものの、比較的スムーズに行われる。
勿論、それは仕事や観光など様々な理由が適応されるが、一応の国内認定されていることによって、干渉はそれほど多くはない。
そんなコロニーの内の一基、リボーに一人の男の姿があった。
特徴的な金髪オールバックの男…クワトロ・バジーナである。
きっちりとしたスーツを着込み、仕事カバンを手に持って移動する姿は、敏腕サラリーマンと言った風である。
彼はこのサイド6内では避難民として登録されているが、合法的な手続きを踏むことにより、会社を経営するという手段を確立していた。1年戦争では人が死にすぎた。それも、ミノフスキー粒子の影響で、誰が生きていて誰が死んでいるのか等、判別できなかったほどだからこそ出来る、ある種の裏技ではあるが違法ではない。
そんな立場を利用する事により、サイド6のその中で幾つかの難民に仕事を分け与える事によって、難民達から高い支持を得ているのだが…、そこは割愛しよう。
彼が今日、リボーにやって来たのは他でもない。仕事の取り引き先との交渉と、この地域の難民との接触。
そしてもう一つ、ある人物に出会う為であった。
監視の目をすり抜けながら仕事を終えると、昼の3時からバーへと彼は歩みを進めた。
バーの名前はピンク・エレファントというものである。一人の歳のいったバーテンがカウンターにいるだけの寂しい場所である。
カランカラン
というドアの開閉音に、うん?という感じに目を向けている太り気味のバーテンが顔をだす。
まだ内部の清掃を行っている真っ最中で、バイトであろうか?学生がそこには顔を出していた。
「まだ店は準備中だ、あと3時間経ったら来てくれ。」
そんな言葉を無視するように、バーテンのいるカウンターの前に座る。
「聞こえなかったのか…、まだ準備中だぞ!?」
少し語気を強めるも、クワトロはそれに動じることは無かった。
「そうか、それは残念だったな。だが、昼間から来る客も良いのでは無いかな?そうだなぁ…、気の抜けたビールでも良いから貰えないだろうか?
そうすれば勝手にやるよ。」
その言葉に、少し動じるがそれは気取られるような大げさなものではない。
「大した注文だな…」
「馬の小便よりマシなら、それで文句はないが…。」
その言葉を聞いたバーテンは目を細めると、バイトの青年に目配せをして拭いていたコップを徐ろに仕舞うと、何かの準備をするかのように後ろへと下がりながら一言。
「奥にあるかも知れない、探してみよう。」
と、バイトは鍵を閉めこの店は完全な密室となる。
「準備が出来た、こちらへ来なさい。」
「ほう…本当にある物だな。言ってみるものだな。」
そんな言葉に苛立つバーテンだったが、そんな事よりも大切な事があるのか何かを言いかけて呑み込んだ。
バーカウンターの裏には様々な資料がところ狭しと置かれており、それはもうバーのそれとは雲泥の差と言ったところである。
「お前はいったいなんだ?こんな昼間から我々に何のようだ?」
「そう急かさないでもらいたいものだな?今でもスパイを続けているのかな?」
それを聞いたバーテンは眉をひそめ、嫌な顔をする。
「私は引退した身だよ。今更こんなところに何を……、私を消しに来たのか?」
「それはないよ、ただ協力して欲しい事があるだけだ。」
「…要件を聞こう。」
クワトロは話を始めたが、その内容は表の仕事の話ばかりだがその中で時折問題となる発言をする。
曰く、船が欲しいのだと。それも、大型で取り回しも良く出来るだけ新しい船が。
「非公式の工作船を用意しろと…そういう事か。」
「いや、私は船が欲しいだけさ。そうだな、MSが最低6機程搭載出来る物がいい…場所さえ分かれば後はどうとでもしよう。取り敢えず情報だけ欲しいのだ。」
その言葉に、何か起こるのではないのか?と、訝しむがふと思い当たる節があった。そして、喜んで協力すると言って封筒を渡す。実際に喜んでいるかは兎も角として、早くこの場を切り抜けたかった。
港湾とリーアの建造中の艦艇リストを与えて、その場を去ってもらうことにした。悪い事が起こるなら事前に前兆がある物だ、そうなったらサイド6の保安庁に潔く話してしまえば良い。どうせ老い先短いのだから。
「ありがとう…、こちらも準備が必要な事柄がわかったよ。礼と言ってはなんだが、ある程度の纏まった金銭とコレを渡しておこう。」
それは古い何かの紋章のようにも見えたが、バーテン…チャーリーはそれに見覚えがあった。
彼がまだ若い頃、良く聴衆と共に聴きに行った、サイド3ムンゾの1角での演説会で…。
「コレは…」
それを聞く間もなく、クワトロは出ていった。そこに残されたのは、チャーリーとバイトの二人だけであった。
「こうなると…、やるしか無くなるじゃないか。」
チャーリーはサイド6が好きだった。だからこそ、故郷であるサイド3の状況に嫌気が差していた。彼が熱狂していた時代よりも悪い様になっている。老兵ではあるが、ここで動けば何かが変わるのではないか?と、彼は古い者達に連絡を取り付けに行く。
きっとまた仕事と言われてやらなければならない事も多いだろうとし、様々な資料を作成するために古い諜報網が再び動き出した。
彼等が持ってくる情報はどれほどの確度があるのか、それはこのチャーリーの情報網は侮れないものがあった。
だが、同時にチャーリーはこの依頼主の素性を知る事は出来なかった。
確かなことは、ジオン軍の中枢に限りなく近い物を持っていて、尚且つ…赤い彗星のそれと同じ筆跡を持っているという事だけであった。
はい…なんかねぇ?裏で動けば良いんじゃない?
ということで、評価よろしくお願いします。