「シャア!!貴様!何をしでかしてきた!」
チュンチュンという小鳥のさえずりがするコロニーの朝早くの風景に、怒声が響き渡り周囲の空気を震わせる。
途轍もない怒りがその声には詰まり、当の元凶に対してそれを全力でぶつけようとするのは、あからさまに明らかであった。
「うに……、何やってるの。」
眠気眼を擦りながら、水玉模様の(ここ大事!)寝間着姿のまま起きてきたニャアンの見た光景は、あまりにもな景色であった。
天パの男が金髪の男の襟首を掴み今にも殴りかかる寸前と言った風で、喧嘩というものの中でも一番に激しいものとなっている事に、ニャアンは気が付かなかった。
「にゃ、ニャアン助けてくれ!」
「貴様!子供に助けを求めるなどと、情けなくはないのか!!」
だって……、この二人のこの姿は見慣れたものであったからだ。
別にクワトロの事をシャアと言っている事に対しても、たぶんクワトロの本名がシャアであって、ジオンのシャアとは違う人だと思っているし、何より年齢が合わないんだからそうなのだろうとしている。
さて、ではこの様な事になった所まで暫し、時を戻すとしよう。
その日、アムロはいつもよりも早く朝に起きてしまった。しようが無いので、日課であるジョギングや軍隊生活の中で身についていたトレーニングを消化しながら、時間が経つのを待っていた。
機械弄りをしようかとも思っていたが、仕事で散々やっているし、ジャンク屋の仕事は若い連中(二十代の若手)に任せて自分はもっと難しいもの。ジークアクス関連の図面の作成を続けようかとシャワーを浴びた後、仕事机に向かおうとしていた。
その時、ふと…そう言えばシャアが帰ってきていたなぁと思い出し、彼がやって来たであろう諸々の仕事の受注等の資料を読もうとした。
のだが、これが彼の導火線に火を点ける事となる。
まず1つ目の資料に合ったものは、暗礁宙域に浮かぶ小惑星の残骸等を含めた其れ等の撤去の仕事。
これにはMSの運用を含めたそれが必要であって、それなりの MSパイロットが所属する会社でなければ受けられないものだ。
つまりは、シャア…クワトロが社長とするこの会社ならば簡単に出来ることだ。
まあ、コレはいつもやっている事なので別段何か引っかかるような事もない。が、場所が何やらきな臭い、アムロ…ユウキはそれにピキーンと来るものがあった。
その暗礁宙域と言うのは、嘗てジオンが茨の園と呼んでいたサイド5の残骸が漂っている場所である。何か良からぬ事を考えているのならばうってつけの場所だ。
なにせ、勝利した側の地球連邦ですら、完全にその宙域を掌握出来ていなかったのだ。
余力の無い勝者であるジオンが、果たしてそこまで手が回るのか?いや回るわけがない。故に様々な残骸が今も手つかずのままである。民需品も勿論軍需品も。
そう言った大規模な回収や改修には、幾つかの会社が噛んでいる事が多々あるのだが、今回も幾つかの会社が噛んでいるようであると言うことだがここで2つ目。
その会社の中に、アナハイム・エレクトロニクス社の名前が入っていた事だ。
アナハイムは民需品は勿論のこと、軍需品にもある程度出資している。だが、この世界では連邦が勝利しなかったことで、ツィマッドやジオニックの技術者や技術を取り込むことが出来なかった。さらに言えば、ジオンの勝利によって地球連邦と言う大口の契約者が殆ど壊滅的打撃を受けた事で、この世界ではその影響力を大幅に弱体化させていた。
その他にも多くの軍需企業の名が連なっているが、どれもこれもが連邦系の企業ばかりである。
彼等は戦争に負けたが為に、その企業としての様々な物を失った者達…。特に、宇宙に存在していた拠点は軒並み戦争によって焼却され、そのまま宇宙での工場なども失っている筈である。
そんな彼等が名を連ね、いったい暗礁宙域で何をしているのかということだ。
クワトロ…シャアは、そんな彼等と会っていた。このサイド6でそれなりに大きく成りつつある、このジャンク屋。
多角的経営にも乗り出し、ジャンクだけでなくMSの修理も行っている此処は、新しい物やそう言った類の物を取り扱ったりするのにうってつけである。
何より…、ユウキ…アムロが持っている技術的特異点としての物が、欲しいのだろう。
そう言った類の諸々を、明け渡す…なんてこともこの男ならばやりかねない。
特に、目標を掲げたこの男ならば
そう思った瞬間、アムロの頭は沸騰した。かの男の暴走を停めるにはこれしか無いと思う程に故に
「シャア!!貴様!何をしでかしてきた!」
となったのである。
流石にニャアンがいるところで顔面を殴る、という判断はアムロにはなかった。そう言うところは冷静に出来るのだから、やはり戦闘者…戦士としての才能という事だろう。
彼は頭に血が昇っているとしても、正常な判断を行い的確に物事を見ることに長けていた。
ソファに座り、小さな机を挟んでアムロとシャアは対面していた。一方的に殴られようとしていた男にしては、潔く対面しているのが印象的である。
「それで……、それで何でこんな事をした!」
まだ怒りに燃える闘志を滾らせながらも、アムロはその光景をニャアンに見せていた、いや見せなければならなかった。
なぜなら、そう言う事をしなければ最悪この男を殺してしまうのではとそう思ったからこその、彼の理性の判断であった。
「世の中をもっと良い方向に導こうと…改めてそう思ったのだよ。」
何の反省の色もなくただ淡々と言うクワトロ…シャアは、その思想を大っぴらに話し始めた。
「今、ジオン公国がこの宇宙で行っている蛮行は目に余る物が有ると、そう思ったのだ。
このサイド6を見ろ、ニャアンの様に罪もない子供たちが今なお苦境に喘いでいる。今まで我慢して来たが、もはや限界だとそう思った…。」
「発作的にか?貴様の事だ、端からそう言う計画は持っていなかったんだろう?触発されたか?」
アムロは、シャアと言う男がどういう男であったのか改めて思い出していた。
この男は、チャンスを掴むのが非常に上手くこういったタイミングを見計らっての行動は、人のそれよりも確実に成功させる。
だが、その行動は所謂発作的な今なら出来るかもなぁと言う、浅い考えでのことである。
勿論、元々そう言った考えは持っていたりしていて、腹の底に閉まってあるのだが、こうやって偶に顔をだすのだ。
だが、今回のコレは流石に度が過ぎていた。
「また戦争を始めるつもりか?彼女を巻き込んでも良いと、そう思ったのか?」
「戦争に多少の犠牲は付き物だ、だが流石に本末転倒な事はすることは無いよ。」
また戦争を始めるつもりか、アムロにとってのこのまたとは、シャアの反乱…。シャアとアムロが最後に戦ったあの時の事であるが、ニャアンには別の事に聞こえた。
クワトロのやっている事は、つまりはジオンに対する復讐行為の様に、そう捉えることが出来る。
ニャアンに戦争の事の深い部分はわからない…、分からないが、1年戦争で家族を奪った相手が誰であるのか等という事は、そんな彼女でも分かっている。
1年戦争の始まりに、各サイドに対して攻撃し多くのコロニーを潰し、あまつさえ地球にコロニーを落としたのは誰か…。
自分がこんな想いをしていて、ここに居候しているのはいったい誰のせいであるか…。
答えは簡単である。ジオン公国が全ての元凶であると言う事は確かであると。
そして同時に思うのだ、クワトロは1年戦争での復讐をやろうとしているのだろうと。
だが待ってほしい、クワトロにはそんな考えは一切ない。寧ろ、サイド6の現状を憂いて連邦と共謀する事により、サイド6を完全な独立国とする為に動こうとしているだけである。
そんな事アムロには分かっているし、だからこそこうやって怒りに燃えている。
なぜなら、そんな事をしたら最後。今度はサイド6と、ジオンとの間に戦争が起こるに決まっているのだ。
サイド同士の戦争、割を食うのは誰だろうか?今度こそ、宇宙は墓場に成りかねない。
先制攻撃を行ったほうが、確実に相手のコロニーを破壊することができる。
大量殺戮の始まりに成りかねないし、確実に成るだろう事は自明の理である。
そして、そんな中で利するのは誰か?地球連邦だけが、宇宙から追い出され身近な資産のない彼等だけが、利するのだ。
今、表面上はサイド6はジオンの下に位置している。
これに不満を持っている人間は、サイド6には山ほどいる。だからだろう、それを焚きつけるために連邦はどんな手だって使う。
そして、そんな事をせずともアムロには分かっている。ほっておけば、ジオンによるサイド共栄圏は瓦解し、再び連邦は宇宙の手綱を握るだろうと。
結局、ジオンに地球圏全ての経済を牛耳る力はない。
連邦の様に強かにすることも出来ないし、共栄圏を維持するだけの器量もない。
纏め役がいないのだから、連邦が浮上するだろうと。
そしてシャアには、それがあまりにも遅い事であると言う認識があった。だからこそ、今こうして動き出そうとしたところに、アムロが立ちはだかったのだ。
だが、この関係の中でニャアンはこの現地の人間という環境の中、シャアに同調する可能性が高い。
大なり小なり、現状への不満はあるし何より…復讐心と言うものは人を生かすには充分のものである。
復讐に身をやつしていないものであったとしても、無自覚にそれは蝕むのだ。
「ニャアンの為だ。彼女だけではない、多くの難民は今苦痛と空腹に身をやつしている。
私はそれが見るに堪えない。」
「見るに堪えないと言って、結局は連邦の思う通りに動き最後は同じ様な者達を創らないと、何故そう考えない!」
「もう良い…。」
二人が口論する中で、ニャアンのそんなか細い声が響いた。
「ニャアン…。」
「私は…あんまり物事を知らないし、頭が良いわけじゃない。でも、クワトロさんのやりたい事はなんとなく分かる。」
「君のその考えは短慮だ、この男のやろうとしていることは…」
アムロはそれを制しようと口を出すが、ニャアンはゆっくりと歩みをシャアの後ろに位置づける。
「だから…、今回はクワトロの味方に立つ。」
「ニャアン!!そうか…ありがとう。」
シャアはニコニコとして、アムロにしてやったりと言う顔をする。
「ただし…、争い事は辞めて。」
その一言でアムロは安堵し、シャアは渋い顔をする。
一気に方を付けるつもりであるシャアは、その言葉に対して異議を言いたいのだろう。
だが、ニャアンの為と言った手前それを無理強いする事は彼には選択できなかった。
昔のシャアであれば、それでも前に進めようとしただろうが…今の彼はただ子供に甘いのだ。
「ニャアンの言う通りだよ。お前の父親がやっていたように、声を出して少しずつ変革していく道も有るんだ。」
暴力による急激な変革は、民衆に受け入れられないことが多々ある。そうなった場合の政府は、フランス革命の歴史やロシア革命等の、所謂血塗られた歴史を見れば明らかである。
自由を声高に宣言するくせに、反するものは皆殺しにする。たった数百年で人の性質が変わるはずもない。
ニャアンはそんな難しい事を考えている訳では無いが、なんとなく良くないなぁと思っているだけだ。だが、それで良いのだ。
「ともかく危ないことはして欲しくない、だから約束できる?」
「約束するとも、争い事はやらない。特に君を不幸せにするようなそれは…一切持ち込まないと誓おう。」
なお、シャアが誓いの言葉を言ってもそれを信用してはならない。基本、上辺で考えているし突発的に物事を行おうとする性質があるからだ。
だが…
「この男が暴走しそうになったら俺が止めてやるからそこは安心してくれ…、それはそうとお腹が空いたんじゃないか?」
グゥ〜という誰かのお腹が鳴る音が響き渡り、それはニャアンのお腹からであった。
顔を真っ赤にする彼女
「ハハハハ、そんなに空いているのならそうと早く言い給え。」
と、元凶である男がそんな事を言う。
「……、ご飯食べたらまた色々聞かせて…。」
ニャアンはか細くそう言うのに、アムロもシャアも顔を見合わせる。
「私たち…、一応家族だから。心配事は共有したほうが良い…でしょ?」
「ふっ、そうだな。ただし、あんまり深いところまで足を踏み込ませないぞ?そこは、大人になってからでも遅くはないからな。」
「そうだな…、ならいっそのことMSの操縦から教えたほうが良いかもな。我々のやっている仕事も、少しずつ覚えれば色々と役に立つたつからな。」
秘密の共有、それは少しの事から始まっていく。
アムロとシャアは思った。この娘はこんなにも大人になったのだなぁと。
だからこそ、自分で選択できるように色々と整えてあげるくらいはしてあげたいと。
ということでね、たぶん次回は件の人妻さんの回かなぁ?
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