「腕は衰えていないようで良かった。」
ナニが良いものか…、コレでは全然足りない。
「でも所詮は量産型でしょう?確かに軽キャノンなんかよりは動きは良いけど。」
あの男を見返す為には、コレだけでは絶対に足りない。と、シイコは固い決意の元、彼女が今降りてきた機体ゲルググを見上げる。
ジオンの現役の量産機ではあるものの、既に型落ちが始まっている本機は彼女のポテンシャルを引き出すには、些か性能が足りていなかった。
新技術を取り入れたとか言われた時はどんなものなのだろうか?と思ってもいた彼女であるが、そんな思考の中で余計な物が出来始めていた。
あの男を、見返してやりたい
そう、復讐心よりもまずそれが先に来ることが彼女の精神にどれだけの変化をもたらした事だろうか?
彼女は、己の戦い方をより良くシミュレートする。いつも通り戦うだけだと、現役の頃よりも早くより精確にと。
「データだけは持ち帰ってきて欲しいものだな。」
と言われた時も、そんな言葉などどうでも良くてどうやったらあの男よりも早く動けるか…だとかそんな事を考えていた。
彼女の心境の変化は仕組まれたものだったろう。
無意識にしろ意識的にしろ、彼女は人の価値観を受け入れるほど子供ではない。
寧ろ意固地になって、自分の言葉が正しいと示そうとする。そんな性格の持ち主だった。
だからこそ、復讐心等という物を長く持ち続けることが出来たし、他責にしろ自責にしろ過去に囚われる事もあった。
だが、だからこそアムロは彼女を煽るように言った。
子供が可哀想だから戦いを止めろと言う、一見すれば当然の言葉ではあったが彼女が受け入れないのは百も承知であった。
どうせ断られるだろう事は目に見えている。
では、どうすれば彼女が死者の手から前に向く方へと向かっていくのだろうか?と、瞬間の考えの元辿り着いたのは矛先を変えることだけだった。
最後の最後、会話の最中彼女が感情を露わにした時それは復讐心とはまた違う、彼女の本心だった。
それだけに、アムロはそんな彼女の戦いを見守ると共にもしもの場合に備えた。
……
クランバトルの試合会場は、本来参加するチーム間での了承後場所が決定される。
従って運営側と、参加者のみがその場を知る事になるのだが、この日それとは別に1人の男…アムロがその場へと足を踏み入れようとしていた。
「本当に行くのか?」
暗い格納庫の中でモビルスーツへと足を運ぶ彼に、声が投げかけられた。クワトロは彼に投げかけた。その行動に一体どれだけの意味があるのか、疑問に思っているからだ。
「そうさ」
だが、その返答は即座でありどうしようもない程に御人好しの行動に思える。だが、そんな風体で有りながら真面目に言うのだ。
「確かに、彼女は自分の意思で死地に飛び込む。はなしてみたが、あれは完全に死者に取り憑かれているだろう。
だからだろうな…、初めて助けたいと思ったよ。」
彼は正義の味方等ではない。きちんと真面目に生きる、単なる人でしかない。
「ほう…?正義感からだとでも言うのか?」
クワトロ…シャアは明らかに煽るようにそう言った、だがそんな事小首にもせず断固たる意思で、彼は歩みを続ける。
「違うな…、哀れなのだと思う。こんなお遊びで、愛を感じる前に親を亡くす。そんな子供が不憫に思えただけさ。貴方ならそれを、一番理解出来ていると思うが?」
シャアは両手を少し広げ降参の意思を示すのか、無言でヒラヒラとさせその行く道を止めようとしない。
「では…、見せてもらおうか?君のその選択の先というものを。」
無言で歩む彼の背を、シャアは立ち上がると無言で逆の方向へと進み、足を少しかがませ上へとジャンプする。
するとどうだろうか、それが推進力となりフワリと彼の身体は進むと、その先へと足をつけた。
無重力状態、そこはコロニーの内部ではなく。船の中であった。
彼は移動しながら、船内通信を入れ各乗員へと矢継ぎ早に指示を出した。
「各員持ち場に付け!第1種戦闘配置、カタパルト要員はモビルスーツ射出準備に取り掛かれ!
ガデム船…艦長、この宙域にはどれだけとどまれる?」
「残り30分が限度でしょうなぁ、軍警も頭は兎も角として腕っぷしの良いものは山程いますからな。
こうなったらヤケを起こす可能性もありますのでね。」
通信から聞こえる気軽な声であるが、それでも緊張感が有るのは確かであった。
「奴もそんなヘマはしないさ、もしもの時は…私も出る。」
ブリッジに向かいながら彼は、後ろ手にある金ピカのハイザックを意識して、その時を待とうと決意した。
自らのライバルがどれだけの事を成そうとするのかと、それを見物する為に。
……
その日のクランバトルは荒れていた。
そもそも、最初から仕組まれていたものだったのかも知れない。ポメラニアンズの駆る新型モビルスーツジークアクスと、お尋ね者である赤いガンダムに対する相手は、未だに軍用で通用しているジオンのゲルググ。
つまり軍用機が、単なる賭け格闘に参入するというきな臭い物を孕んでいたのだ。
そもそも、クランバトルは賭け事でも有るのだから、本来その日に参加する者の機体は先に送られたものでなければならない。でなければ、そもそも賭けにならないからだ。
アウトローの物でもしっかりとしたルールが大前提であり、それを無視すればもはやそれはスポーツでは無く、単なる乱闘と同じである。
そして、その日のバトルは更に荒れ模様であった。
まず、本来であれば互いに連携を取り合いながら戦うことが前提であるのだが、そんな事お構いもせず1機の赤い胴のゲルググが赤いガンダムに突撃するように一直線で向かっていったのが始まりである。
それはそれで盛り上がるのだろうが、この日のそれは俄にゲームとは言えないそんな迫力のあるものであった。
頭部ではなく、胴体への一撃の下に繰り出されるビームの射撃、それを間一髪で凌いでいくガンダム。
トリッキーな動きと、増し増しの殺意の海はさながら殺し合いであった。
その2機の戦いは余所者を寄せ付けないかのように、MAV戦術など関係なしに当人どうしでしか行われていないために、其々のMAVは置いてきぼりを食らっている始末。
この状況に際して、ジークアクスのパイロットであるマチュは焦りを禁じ得なかった。
彼の直ぐ側にいなければならない筈の自分が、彼が自分の知らない所にいることが心底嫌だった。
そんな彼女の気も知らず、ガンダムのパイロットであるシュウジは、目の前の殺意を宿したシイコに防戦一方であった。余計な思考など出来はしない。
シイコはシイコで焦りを持っていた。
自分がこの機体を操っている筈である。機体の全力を出し切っているはずなのだが、逆に機体に振り回され始めている事に。
そもそも、シイコのその機体に施された技術はマグネットコーティングと呼ばれるものである。
それは本来機体の関節駆動系に対して施されるものである。駆動系の摩擦係数を0にすることに寄って、モビルスーツのAMBAC機動を補助する役割があるのだが、日の目を見ることのなかった技術であった。
一見すれば良い事ずくめに聞こえるだろう。だが、この技術が日の目を浴びなかった理由は、その利点こそが欠点でもあったからだ。
摩擦係数を0にすると言う事は、動き続けるということと同義だ。少し触っただけでその方向に全力で動き続け物にぶつかるまで止まることはない。
つまり、振り回すように使えば使うほど逆に駆動系を傷つける事になってしまう。
そんな機体の特性をシイコは念頭に置いていたものの、理想と現実はまた違うものとなっていた。
ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ入力するだけで宇宙空間を行き過ぎてしまう機体。
過負荷をかけているがために悲鳴を上げる機体。
それは彼女の想定よりも遥かに、この機体が過敏なものとなっている事に他ならず、機体の構造限界にすぐにも達するだろう事は容易に想像できてしまった。
彼女が得意とするワイヤーアクション戦闘技法、スティグマは確かに優れた物が有る。
本来ではあれば動けない物体を中心とする円運動を、振り子の様に使うことによって、視界から消えるように動く。
それは良く考えたものである。
だが、それは逆に言えば駆動系への高負荷となり、マグネットコーティングを施された機体には酷使とも言えた。
確かにガンダムを押していて、追い詰めているようにも見える。だが、逆に言えば短期決戦を仕掛けなければ、彼女の機体の寿命は明らかに短いと言えるものであった。
それでも…それでも復讐を果たす為ならば死すら覚悟して彼女は突貫する。それが、彼女の選択であるから。
そんな戦闘を繰り広げている事を他所に、ソドンのクルーはそれを呑気に見物していた。
いや見物するしか無いのだろう。
だが、それこそが仕事であるかのように、司令官であるシャリアは艦橋で後手を組みそれを見ていた。
「ショーは楽しまないといけません…ですから…。余興というものが必要なのです。」
ソドンの監視網に幾つもの点が表示される。その数は10を越え20にも迫る勢いである。IFFに表示されるそれは、所謂軍警察と呼ばれるそれのものであった。
それを隣で聞くエグザべは数時間ほど前の事を思い出していた。
暗がりのテーブルの上、軍の機密保持の観点から軍艦内以外の持ち出しは、基地以外に認められていない映像…。
シャリアは、有るものを比較していた。
「何か来るものがありましたが…、やはり…その軌道は同じようですね。」
そこに映し出されているものは、ハイザックと登録されている機体の1人のクランバトルの映像と、もう一つは古くぼけた1つのガンカメラ映像。
ハイザックの方は順調に戦果を上げ、今現在ポメラニアンズの下に位置する順位となり、その異様さを際立たせる。
たった1機のMSが、汎ゆる戦場を蹂躙し汎ゆる戦術を誇る強豪クランを次々と薙ぎ倒していく様は、爽快感すら覚える。
一方のガンカメラ映像は、シャリアにして見てもゾッとするようなものであった。双眼の悪魔が睨むように映し出される。
シュイーンと、部屋の戸が開きそこに立っているのはコモリ少尉とエグザべ少尉である。
「中佐…本国から通信が入ってます。」
「そうですか、まあ要件は分かっていますよ。それよりも…、エグザべくん。この映像を見比べてみてどう思います?」
「これは…何時の記録ですか?」
古いガンカメラ、恐らくは明度を紛らわす為に敢えて色彩を着けていないのであろうそれには、信じられない光景が拡がっている。
たった1機のMSに対して、幾つもの火球が上がり次々と薙ぎ払われていく、ザクやリック・ドムの姿。
その数は、MS2個中隊。凡そ18機もの部隊に対し、存在しているのはたった1機。
周囲のそれと見比べると、一回りほど大きなその双眼と2つのV字に分かれた特徴的な姿は、エグザべの記憶をするに見たこともない
ものであった。
「連邦軍のソロモン落下作戦。それを追撃する為に編成された、独立混成旅団。1隻のチベ級と4隻のムサイ級をルナツー攻略戦から抽出したその部隊は…、ある日消息を絶った。」
「あ…、それ聞いたことあります。確か…連邦の別動隊と接敵して相討ちになったって言う…。」
コモリ少尉は補足するように言うが、シャリアは首を横に振りそれはまったくの見当違いだと…、彼女の言った事を真っ向から否定した。
「それは、表向きの話です。実際はまったく違う。全滅したのは事実ですが、連邦の艦隊等とは戦闘を行っていませんので。」
シャリアの言いたいことはなんであるのか?コモリには頭を捻るような事であったが、エグザべは直ぐに理解した。何故、この2つの映像を見比べていたのかと言うことを。
「コチラの古い映像は、もしやその時の記録映像…なんでしょうか?」
「その通り、エグザべくんの言うようにそれは唯一残った戦闘記録。1人だけ生き残ったパイロットが持ち帰った、貴重な戦闘記録。四肢をもがれ、汎ゆる手段を失ってなお生き残った彼の…トラウマの品です。」
一部始終が記録されているそれは、あまりにも悲惨な光景が記録されている。
「たった1機のMSに小艦隊とは言え、一個艦隊が文字通り鎧袖一触とされた。
一部の機体は、その件の機体のパイロットとの同乗者であろう者が乗り換えて…、そのまま2機は何処かへと消えた…。
幻のようなその光景をして、そのあまりにもの惨劇に箝口令が敷かれ今に至る。」
「恥だから…、だから隠蔽したとそう仰りたいのですか?」
実際恥以外の何物でもない、たった1機の携行武装を持っていなかったMSに武装を奪われただけでなく、2個中隊のMSが瓦礫となり、艦隊すら殺られた。
そんな事実を公表したら、終戦もクソも無くなる。
「でも…、それを知って何になるんですか?公表出来ないものなんか。」
コモリの質問も尤もである。そんな脅しをかけられて困るのはジオンでしかない。
「別に何も?ただ、見てみたくはないですか?この白い悪魔と言う名を着けられたこの機体のパイロットを。」
シャリアの目はその機体とパイロットへの興味に飢えていた。彼ならば、シャアに探し求める人に近付くのに役に立つと、本気で信じたくなっていた。
ちょっと難産