獣耳吸血鬼少女の売れないなろう作家が自作品を電子書籍にするようです 作:左高例
「『ゾンビランド・曾我兄弟』の原稿ひとまず完成じゃー!」
「ひとまずってのが気になりますけれど、パチパチ~」
カレーちゃんが勝利宣言をすると一応ドリル子が付き合って拍手してくれた。
「よーし、次の作業じゃ。ゴールは近いぞ!」
「次はどうしますの?」
「校正作業じゃ」
「いつまで続きますの!?」
ドリル子がツッコミをいれた。それもそうだろう。既に完成しかけている原稿だが、これまで何度も何度も見直されてきた。
順番で並べてみると、
1:カレーちゃんがWEBに短編として掲載する『ゾンビランド・曾我兄弟』を書く。(この時点である程度は見直している)
2:それを書籍版として全面的に見直し、加筆してテキストファイルに書く。
3:テキストファイルに書いたものをWordファイルに移して全体の調整、誤字の修正をする。
4:Wordファイルを印刷してカレーちゃんが修正。
5:その印刷物を更に他人(ドリル子・槍鎮・高雄・国語教師)に修正させる。
6:校正原稿を参考にWordで修正。
7:修正後の全文を再度印刷して三人掛かりで修正。
と、来ている。カレーちゃんなどもはや本文を見るだけで嫌気が差してくるほどだ。
本当は彼女としても校正なんてまったくしたくないのだが、物理書籍化の際にひたすら編集にツッコまれたトラウマにより念入りにする義務感が生まれている。
それに最初の電子書籍化である。初っ端から誤字連発するような小説では今後の売上に響くかもしれない。実際、7段階目でも幾らか間違いは見つかったのだ。プロの校正会社に頼んでも誤字が残るのだから仕方ないことだが、その分素人校正は回数を重ねなくてはいけない。
今回の場合はそれなりに多くの人数に見てもらえるという幸運があったが、他人を頼れないという場合は自分一人で頑張って何度も見直そう。
「次がほぼ最後じゃから! ほぼ最終チェックじゃから! 儂だってもうやりたくないんじゃぞ!」
「『ほぼ』ってのが不吉ですわね……」
「ごほん。まず儂が出す本は電子書籍じゃろ。電子書籍は何で読む?」
「それは……スマホとかタブレットですの?」
「そう。最終チェックは出来上がった原稿をスマホやタブレットで読みなおして確認するのじゃ」
文章というものはフォーマットによって見方がかなり変わる。
例えばなろう小説でも、スマホで読むのに適したページにするか、PCで読むのに適したページにするかが選べるようにである。
カレーちゃんがこれまでやってきた校正も、テキストファイルでは見落とすミスをWordファイルで発見し、Wordファイルでは見落とすミスを紙に印刷して発見することであった。
となれば最終チェックとしてスマホやタブレット画面で、実際に売り出したときと同じ状態でやらなくてはならない。
「例えば電子書籍の画面にしたら、文字化けしたり改行などがズレておるかもしれんしのう。誤字の修正というよりそういうのをチェックする感じじゃな」
「でもどうやりますの? Wordのファイルを電子書籍リーダーで読めますの?」
「ふっふっふ……ググるのじゃ!」
カレーちゃんはググった。『Word ファイル 電子書籍 スマホ 読む』など、まるで片言しか喋れない外国人のように思いつく限りの単語で臆面なくググることが検索のコツだ。
「えーと……わかったのじゃ。つまりWordの『doc』ファイルを『epub』ファイルに変換することで電子書籍リーダーでも読めるようになるし、Kindleで売る際にもWordでもいいが最初からepubにしておいた方が間違いが起きないそうじゃな」
「へ~」
「色々とepubに変換するためのサイトは、有料無料ともにあるようじゃが……無料一択じゃな! どう違うかわからんし!」
カレーちゃんは出てきた変換サイトを幾つか開いて比べてみて、楽そうな『ReME』という無料ソフトを使うことにした。
これは簡単にWordファイルと表紙画像を入れればすぐに変換してくれる。巻末にReMEで作ったことを示すマークが入るぐらいでデメリットは殆ど無く、公式サイトに詳しい使い方も解説されている。
「ここにちょいちょいっと原稿をいれて変換。epubファイルを作る」
「ちょいちょいって……何か難しいことありませんの?」
「いや……別にないのう……あ、勝手に目次つける機能は切っておいた方がいいかもしれんな。Wordの時点で目次作っとるのじゃから。ぽちぽち」
そうして変換したepubファイルを、メールでタブレットに送信する。
epubファイルを読み込むアプリとしてKADOKAWAの電子書籍リーダーである『BOOK☆WALKER』の『BN Reader』をタブレットにインストール。そこから試作品のepubファイルを実際の電子書籍と同じフォーマットで読むことができる。
「で、ドリル子さんも読むのじゃ!」
「仕方ありませんわね。カレーちゃんには動画に出てもらってますもの……チラッ」
「そろそろカレーネタ尽きたのじゃ」
「早いですわよ!? カレーちゃん、カレーの専門家ですわよね!?」
「ええい、カレーチャンネルではなくドリルチャンネルじゃろーが。ドリルチャンバラでもドリル切腹でもやってやるから手伝うのじゃ」
ということで二人して試作版の電子書籍とでも言うべき『ゾンビランド・曾我兄弟』のほぼ最終チェックに入った。
不思議なことでこうして読む媒体を変えると本当にミスがまた見つかってくるのである。手元にある全文印刷した紙の原稿にミスしている部分は付箋をつけておく。
「ちなみに……『ほぼ』最終チェックって、まだチェックすることあるんですの?」
「ううむ、やりたくはないのじゃが……究極完全最終チェックがあるのじゃ」
「なんですの?」
「販売した後にチェックする」
「ダメじゃないですの!?」
「ええい、うるさいのじゃ。時間を置いたりすると後から見つかったりするのじゃ。そもそも絶対読者が『あそこミスってましたよ』とか指摘してくるし! ……実際、儂の物理書籍の方も発売後に明らかなミスが見つかってのう。具体的にはキャラの年齢表記が間違っておったのじゃ」
「どうしたんですの?」
「担当さんに泣きついたら修正版をプチ増版してくれて印税が儲かった」
「厄介な作者ですわね!」
二人で部屋に籠もってひたすらスマホとタブレットでチェックを進める。
あれだけ頑張って校正してもこの段階になり誤変換が3箇所。句読点のミスが2箇所発見された。改行のミスはこの画面にしないとわからないものだったので、数箇所Wordで訂正して再びepubに変換。またタブレット画面で該当箇所の改行が直ったか確認。
中には幾ら修正しても一行空いたようになって直らない部分もあり、カレーちゃんも首を傾げてググったりして対処法を探したが見つからなかったため、やむを得なく諦めた部分もある。
「よし完成じゃ!」
「疲れましたわ……」
「ほ、ほらドリルマッサージ機とかで肩揉んでやるから」
「アビビビビビビ……ドリルパワーがみなぎってきましゅわー」
チュイーンドドドド。ドリル子の肩を掘削せんばかりの勢いでマッサージ機を押し付けてほぐしてやるカレーちゃん。
効果は抜群なのだが傍から見ていると猟奇殺人の現場である。
「さて、完成した原稿じゃが……いよいよ出版手続きのときじゃ! ジャパンネット銀行の口座も手続き完了して開設できたからのう」
KDPにサインインして手続きを開始する。
「まずは本の詳細情報を入力じゃ。タイトル、作者名、そして内容紹介じゃの」
「……内容紹介って、小説家になろうに書いてるみたいなあらすじを使いますの? 本当に大丈夫ですの?」
「うむ。ちょいと説明は追加するが」
カレーちゃんはコピペして内容紹介の欄に書き込む。これはAmazonで販売したときに商品説明として出される文章で、ここでの解説が売上に大きく響くだろう。
ネタバレにならない程度のあらすじや、どういった内容の小説かの解説が主に書かれるものだが……
『死んでも仇討ちは果たしたい! いいえ、死んでも仇は討てる! それは工藤? それとも公方?
鎌倉幕府を乗り越えて、脈がなくても切り進む! それが私達、曾我だから!(OP)』
「いや、なんですのOPって!? っていうかここアニメ『ゾンビランドサガ』のパクリですわよね!? そもそもタイトルの『ゾンビランド・曾我兄弟』ってところから!」
「パッ……パクリではない! パロディじゃ!」
「どう違いますの?」
「悪いパクリがパクリで善いパクリがパロディじゃ」
「その善し悪しの基準は?」
「怒られたときに素直に謝るかどうか」
「もう怒られた時点でアウトですわよ!」
不安そうにしているドリル子をなだめ、カレーちゃんは言う。
「まあ確かに解説文はアレじゃが、タイトルはセーフじゃ。『他の創作物によく似たタイトルの本を売っても法的に問題はない』という判例が出ておる」
「そ、そうなんですの?」
「考えてもみよ。ちょっと流行った本に似たっていうか露骨にパロったタイトルで売り出しておる作品など世の中には山ほどあるのじゃ。例えば……筒井康隆の『アホの壁』とか『日本以外全部沈没』とか」
「た、たしかに元ネタになる本がありますわね」
「それ以外でも『徳川家康』というタイトルの本を出した作家が居たとして、それ以外の作家が家康主役の『徳川家康』という本を出したらパクリになるのか? ならんじゃろ」
「ま、まあ……」
「内容まで似通っていたらアウトになることもあるが、タイトルだけパロってるのはほぼセーフじゃ。たぶん」
「たぶんって言いました!?」
「権利者に怒られたら謝ればいいじゃろ~」
※この作品及び作者が保証する内容ではありません。
とりあえず何も考えて無さそうなカレーちゃんはそのまま続行。作品紹介に、
『曾我兄弟が死んだと思ったら北条時政の反魂の術によってゾンビィになり蘇った!? 北条時政の思惑に乗りソンビィとして活動をしながら仇討ちを目指す兄弟! 二人が倒すのは工藤祐経か、或いは……源頼朝!? 曾我兄弟の仇討ちを原作とした兄弟愛のゾンビストーリー! この作品は【小説家になろう】に投稿されたものを10万字以上大幅に加筆修正したものです』
と、付け加えて内容紹介を完了する。
次に「自分が間違いなく100%この作品の著作権を持っています」という誓約に、30秒ぐらい悩んでから同意した。大丈夫。持ってるはず。人は時にやたら不安になるものだ。
そして次には検索キーワード、カテゴリの選択である。これも小説家になろうで投稿する際に似たようなことをするので簡単だ。
キーワードに『歴史』『コメディ』『ゾンビ』『鎌倉時代』『時代小説』『ライトノベル』などの単語を入れておくことでそれらを検索した時に引っかかるようにする。特に『ライトノベル』は重要だ。小説本の売れ行きというのは、ライトノベルか賞を取ったものかが非常に多い。ゾン曾我は多少ラノベっぽくない話だが、容赦なくキーワードを盛り込む。
その次にカテゴリだ。これもキーワードと似たようなものだが、Amazonで大雑把に作品を探す時にヒットするようになる。
二つまでカテゴリを選べるので、一つは前述した『ライトノベル・一般』にしておいた。
もう一つは……
「……『史伝』、ですの?」
「ま、まあ」
「史伝って『歴史上の記録に基づいて作った伝記』らしいですわよ」
「そ、曾我兄弟の仇討ちに基づいて作った……伝奇?」
別にここで変なのを選ぼうとも詐欺ではないから好きにしよう。
さて次は本のデータ入力をする。といっても特別なことは特に無い。縦書き本という項目を選択して、表紙画像とepubファイルを選択。
この際に『オンラインプレビューアー』で、Kindle画面にて本の内容を確認できるから一応見ておく。中身の校正は既に済ませているので見ないようにした。
ISBNという書籍番号を入力する欄があるが、これは無視しても良い。
「さて……いよいよ価格などの設定じゃ!」
「ドキドキしますわね」
まずは『Kindleセレクトを利用してロイヤリティを最大にするか』という選択肢がある。
KindleセレクトとはKindleに独占販売をさせるか、ということでありこれを選択すると他の電子書籍販売サイト、例えばKADOKAWAの『BOOK☆WALKER』や『楽天ブックス』などで電子書籍を販売できなくなる。正確には、それらで販売をした際にKindleセレクトから外されるのだ。
売り場が狭くなる代わりに、Kindleセレクトに登録した場合にはロイヤリティ、つまり印税が70%になるのである。登録しない場合は35%と半分しかない。
「うーみゅ、ひとまずは他のサイトで販売する予定もないし、7割のロイヤリティは魅力的じゃから登録するかの」
「あら? でもKindleセレクトに登録したらレンタルが可能に……つまり『Kindle Unlimited』で無料読書が可能になるみたいですわよ」
「なぬ。無料とな。無料ではどう金が発生するのじゃ?」
カレーちゃんがAmazonのヘルプから調べてみたところ、Kindle Unlimitedに登録された場合でも「読まれたページ分のロイヤリティ」が発生して、ちゃんと売上は上がるようだった。
とりあえずはお金が入るし、ロイヤリティ70%のためには必須条件なのでカレーちゃんはひとまず納得して次に進む。
「そして最大重要なのが……販売価格じゃ!」
「幾らにしますの?」
「安いと幾ら売れても儲けは少ない。高いとそもそも買うやつが少なくなって売れん。難しい問題じゃのう」
基準となるのは他の本だ。カレーちゃんが物理書籍を出したような、他のなろう小説書籍化でもよくあるサイズの本が1000円~1300円前後。
文庫本のライトノベルが500~700円前後。
「正直金は欲しいが……まず儂の小説は売れそうという実績がない。むしろ売れとらん実績はある。強気の値段設定にしたら誰も手にとらん可能性は大きい」
「それに言ってみれば出版社を通していない、素人作りといってもいい作品ですものね。表紙もペイントですし」
「傷つくぞ!」
「わ、わたくしは好きですわよ、カレーちゃんの作品……」
「……とにかく、本当は並のラノベぐらいに500円ほど出して売りたいが……ここで儂の普段本を買うときを考えてみる! 買い手の視点になるのじゃ!」
「なんですの?」
「普通の文庫本ラノベすらセールで安くなっておらんと買わん」
「……カレーちゃんが貧乏人でしみったれているだけでは」
「プロの出しておるちゃんとしたラノベですら500円で儂は買わんのじゃから、どう考えても怪しい同人小説みたいなのは500円じゃと絶対買わん! やけに儂の作品に付いてくる重篤な読者は買うかもしれんが! じゃから身を切る思いで……値段設定300円にしておく」
300円。ジュース2本分ぐらいの値段だ。紙の本で出すと確実に赤字だが、自作電子書籍の場合は大きな手間しか掛かっていないので、実質原価はゼロだから利益は出る。
正確には税抜で273円になる。ロイヤリティ70%で一冊売れるあたり、191円の売上がカレーちゃんに振り込まれる。
191円である!
カレーちゃんが一冊1000円で出した物理書籍の印税は一冊80円であった。
値段を三分の一以下にしても、一冊あたりの利益はなんと倍以上になる。どれだけロイヤリティが大きいかわかるというものだ。
「……100冊売れたら1万9100円、1000冊売れたら19万1000円……1000冊ぐらい売れてくれたらのう……」
「確かカレーちゃん、電子書籍の販売数は物理書籍の十分の一ぐらいになるって言ってませんでしたかしら?」
「あくまで一説じゃがの。となると8000冊刷って足が出た儂の物理書籍販売数は多分5000部ぐらい……? なら電子書籍は500ぐらい売れるとして……9万5000円ぐらいかの。本を出すのに色々あって一ヶ月ぐらい掛かった計算で、日当にすると3000円ちょっとで……い、いやでも、もっと売れる可能性もあるしのう!」
無理やり楽観的になろうとするカレーちゃんをドリル子も励ます。
「そ、そうですわ。ゾン曾我面白いですもの! わたくしも買いますわよ! もう二回読んだけど」
「じゃろう! どちらにせよもはやここまで来たら売るだけじゃ! これを売りに出して損することなどない! 価格300円にて、販売じゃー!」
カレーちゃんは『本を出版』をクリックする。画面が切り替わって『ゾンビランド・曾我』が『申請中』とされる。
一体どのような審査がAmazonのコンピューターで行われているかは不明だが、出版申請をしてから72時間以内に販売が開始される。まあつまり、翌日ぐらいが目安だ。
「よし……できたぞ! できたのじゃ! 自分で作った電子書籍、ついに完成なのじゃー!」
「やりましたわね、カレーちゃん」
「うむうむ。これでまだ小説家を名乗れる……ぬふふ、早く売り出されるのじゃ」
「宣伝も考えておきませんと。Twitterとか、動画を使ってでも売りますわよ」
──こうして、三流の売れないなろう作家であるカレーちゃんの自作電子書籍一作目が、とうとう販売されることになったのである。
果たして売れるのか、売れないのか。カレーちゃんは小説家として生き残れるのか。訴訟はされないのか。
なにはともあれ、出版社を通さずともプロなろう作家になれるという試みはひとまず成し遂げられた。
誰だって小説さえ書けるのならば、その出来の如何や編集の目に止まるかどうか、賞を取るかどうか、人気かどうかすら関係なく、今はプロ作家になれる道が開けているのである。
*****
「ひとまずは完成したし……今日は酒盛りでもして前祝いといくかのう!」
「いいですけれど、カレーちゃん大丈夫ですの? お酒。前飲みすぎでお腹壊したのに」
「控えめに飲んでおる……つまり控えておるから平気じゃ!」
「全然駄目な感じですわね……」
「大丈夫じゃって。ドリル子さんの血を飲んだらある程度体内の数値よくなったじゃろ」
カレーちゃんは以前に酒の飲みすぎで内臓をヤッてしまっているのだが、紆余曲折の末に回復したのである。
その時ドリル子の血を飲んだ、と思っているが、実のところドリル子から血といって渡されたのはコップに注いだ野菜ジュースであった。プラセボ効果で吸血鬼は回復したらしい。内臓もかなりよくなってはいて医者も驚き、ドリル子も感心したのを覚えている。
嘘がバレないようにドリル子はさっと目を逸した。
「……また焼き肉でもしましょうか。ドリルジンギスカン鍋で」
「あれすっごい肉取りづらいのじゃが……焼き肉じゃったら槍鎮のやつも呼ぶかの。少年じゃったら肉に飢えておるじゃろ」
カレーちゃんは携帯を弄って槍鎮に連絡を取る。
「あら。LINEを交換してらしたの?」
「いや? 普通に携帯メールじゃが。儂ガラケーじゃし。連絡先はあの陽キャが押し付けてきたからの」
「……お金儲けたらスマホに替えられるといいですわね。でしたら阿井宮くんも誘ったら? 手伝って貰ったのですから」
「槍鎮は同じアパートじゃからまあ暇じゃったらくるかもしれんが、他所の人を誘うなどありがた迷惑になるじゃろ。近所に住むなろう作家から家で焼き肉するから来いって言われて喜ぶやつがおるか? それにゲリ太郎は医者の息子らしいから金持ちじゃろうし、貧乏臭いホーム焼き肉なんて『うわっ肉の質、悪っ』とか思うに決まっておる」
「どういう人生を歩んでくればそこまで卑屈になれますの?」
ということで槍鎮にメールを入れると、バイトを終わらせてすぐ来るとのことだった。
カレーちゃんとドリル子はスーパーへと買い物に出かける。そして精肉コーナーで半額のシールが貼られるまで待機し、店員さんが肉のパックにシールを貼っていくとそれを追いかけるように回収していった。二人共世知辛いのだ。
「……ん?」
「どうしましたの?」
カレーちゃんの動きが止まり、険しい顔をし始めた。
「またどこかで儂を誰か見ていたような……ドリル子さんや、露骨に周囲を見回すでない。関係ない会話で気づいていないフリじゃ」
「ファイナルダンクーガってダンクーガにブラックウイングが合体した形態ですけれど、そもそもブラックウイングは獣戦機隊に反発したアランが独自設計で作った戦闘機ですから反目しているダンクーガとの合体機構なんて付いてるはずありませんわよね」
「なんでダンクーガの話になるのじゃ? ドリル出とらんがお主ダンクーガ好きなのか?」
「適当な関係ない話をしろって言うから……関係ある話でしたらドリルが出てくるロボアニメの話にしますわよ」
「なにとの関係なのじゃ」
カレーちゃんが耳を澄ませて気配を探るが、やはりもうどこからか見ていた視線は無くなっている。
なんなら元からカレーちゃんとドリル子の容姿はこの田舎では目立つのではあるが、他人の悪意に敏感なカレーちゃんはどうも先程の視線が気になった。
「半額のお肉をハンティングされた主婦の視線ではないかしら」
「……そうかもしれんのう。さっさと家に戻るか」
「お酒も買っていきませんと」
酒コーナーで缶ビールの六本入りを二つ買うドリル子に、カレーちゃんはツバを飲み込んだ。
「おいおい、そんなに飲んでよいのか?」
「明日の分もですわよ。今日は前祝いで、明日はカレーちゃんの新作の宣伝も兼ねて動画配信しますわ。どうにかドリルを絡めて小説の作り方でも解説してくださいまし」
「ドリルを絡めるのが難題なのじゃが……」
「ライブ配信は上手くいけば投げ銭が飛んでくるんですわよ。儲け話ですわ、儲け話!」
そう言ってたっぷり酒も買っていくドリル子であった。
彼女はカレーちゃんと大学時代からの付き合いなので知っている。基本的にあまり人付き合いが得意ではないカレーちゃんだが、酒さえ飲ませれば無駄に明るくなる。しかも記憶が飛ぶ。なので飲ませれば動画配信だろうがゲーム配信だろうが適当な喋りでやってくれるだろう。昔は酒で失敗したようだが、注意深く見ていれば大丈夫だ。
例えカレーちゃんの本が売れなかったとしても、動画配信にでも目覚めてくれれば食べていける分は稼いでくれるかもしれない。大家であるドリル子からしても、店子のカレーちゃんがちゃんと生活できて家賃も滞納しないように稼いでくれればそれが一番なのだ。
(それにしても、カレーちゃんはこれでよく百年以上も生きてこれましたわね)
そんなことを思いながら、遥かに年上だがだらしない友人を連れて買い物を進めるのであった。
*****
槍鎮は緊張していた。女性から家焼き肉に誘われたからだ。しかもクラスの女子ではなく、大人の(少なくとも、年齢は)女性からだ。
誘われた理由は単に同じアパートの知り合いだから、というところだろうが、そうであっても槍鎮は高校2年の健全な男子である。大人の女性から夕食に誘われるなど、同級生男子に知られれば死刑は免れない。
槍鎮は見た目こそ不良少年のようだが、根は真面目少年であった。そもそも実家が寺でありそれなりに厳しい躾をされてきた。耳にピアスを空けているがそれは
男女共に友達は多いのであるが、女友達と遊ぶときは必ず男友達も連れていくようにしてきた。これまでに二度、同級生と下級生に告白されそうになったが地元(同じ県内の離島である)の同級生の写真を見せて彼女だと勝手に紹介し、遠距離恋愛中の彼女持ちだということで断ってきた。なおそ写真の彼女は、中学時代にクリスマス会で女装した男友達である。
まあつまり、明るい性格はしていて交友関係も広いのだが、女性への免疫が無いのだ。すぐに照れるし緊張するのを誤魔化して対応している。寺の息子がデレデレするなと躾られたので。
そんな彼が、女性二人がいる部屋で焼き肉パーティ。内心「うおおおおお」と叫んだ。緊張と嬉しさが入り交じる。そして何より、彼は焼き肉が好きだ。実家の寺では滅多に食べられるものではない。ぜひ行きたい。だがカレーちゃんは可愛いしドリル子は美人だと思っているので、かなり緊張する。
さり気なく、生徒会長である高雄も誘われていないかとカマをかけてみたがどうやら誘われていなそうだと判断した。
ここ最近まであまりコミュニケーションは取ってこなかったのだが、カレーちゃんはかなりシャイな女性だと槍鎮は理解している。男友達を誘って行くわけにはいかない。
中華料理屋オメガ軒で賄い飯を断ってスクーターに乗りアパートに帰る途中、スーパーに寄ってせめて自分が飲むコーラやみんなで食べられるお菓子を幾つか買うことにする。だが槍鎮は、
(コーラにお菓子って……完全に子供だな俺)
と、自分の立ち位置について若干迷う。ここは少し奮発して肉などを追加で買っていったほうが、男らしいのではないだろうか。
主催の二人が半額のシールが貼られるまで待ち構え、どの肉が食いたいかではなく半額の肉だけ食おうとスカベンジャーのような考えで買っていったことはつゆ知らず。
そもそも高校生の槍鎮からすれば、プロ小説家もアパートの大家もちゃんと一般社会人並かそれ以上に稼いでいると思い込んでいるのである。あの生活保護受給者並な収入の二人を。
(うーん……ソーセージとか焼き肉で好きなんだけど……いや待て。女性にお呼ばれした焼き肉に、ソーセージを買っていくなんて深読みされるかもしれない……!)
なにを?
(魚介類……焼きイカとか旨いよな……ダメだ! イカ臭いとかなんとかそういうアレになる危険性が……!)
彼は思春期だった。ついでにエロに敏感だった。
(ソーセージとかイカとかエロ関係はダメだ。あくまで健全な、ご近所付き合いの人たちなんだから……大人の女性ってそもそも何食べるんだ? ……フルーツグラノーラとか?)
よくわからなかったのでフルーツグラノーラと豆乳を買っていくことにした。どう考えても酒のつまみでも夕飯でもないが。
アパートに戻り、買い物袋を手にしながら大家の部屋のドアを叩く。緊張に息を大きく吸い込んで、なるべく意識をしていないように明るく、バカっぽい挨拶をする。
「こんばんわーっす」
──槍鎮はこのときまで知らなかった。
そもそも彼の父は妻帯こそしているものの、酒も飲まない住職であるので酔っ払った大人というものは精々が遠目で見たことがある程度。
バイト先の中華料理屋も、酔いつぶれるまで飲むような店ではない。
なので酔っぱらいがどれほど厄介なものかと。大人の女性でも酔っ払うとクソみたいな絡み方をしてくるということを。
彼は今晩、駄目な酔っぱらい女二人を世話することになり、決して将来はホストみたいなところでバイトはすまいと誓うのであった。