獣耳吸血鬼少女の売れないなろう作家が自作品を電子書籍にするようです   作:左高例

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15話『カレーちゃんバイト中&防犯もしっかりしよう』

 

 

 

 動画で有名になった吸血鬼カレーちゃんを討伐しようとした全米吸血鬼ハンター協会が疫病の流行で渡日できず、更に集会でのクラスター感染で大勢の熟練ヴァンパイアハンターが病院送りになった頃。

 

 

 田舎の町にポツンと存在している中華料理店は、本当にこれでやっていけるのかと思う程度の客数で何十年も続いている。

 この場合の『田舎』とは『地方都市』ほど大きくない、かといって田んぼや畑ばっかりの農村ではない。スーパーマーケットは存在するがチェーン店は存在しないような下の中程度な田舎だ。

 大きな会社はなく、郵便局・銀行や保険会社の支店以外は小さな個人店がある程度で、都会のオフィス街のような客数は発生しない。どこの飲食店も満席になるのが珍しい程度の売り上げで、行列なんて開店以来できたことがない。そんな感じだ。 

 そんな感じの店、中華料理屋『オメガ軒』では珍しくここのところ、客入りが多くて満席の日が続いていた。

 

 カランカラン。ドアに掛けられたベルが鳴ると、ラーメンを運んでいた少女が気の抜けた声で挨拶をする。

 

「うぇー、いらっしゃいませぇ~」

 

 カレーちゃんだ。ドリル子コーデのラーメン屋店主風、作業ズボンに黒シャツの上からエプロンを掛けて、頭にタオルを巻いている姿でバイトをしていた。

 店に入ってきたのは男子高校生らしい私服の男が3人。今日は土曜日だから休みなのだろう。既に座敷は満席だったので、「カウンターへどうぞー」と声掛けをしてラーメンを座敷のテーブルに置いて、新しく来た客に水を運ぶ。

 その表情は生き生きとした元気のいいアルバイトだとかそういうものではなく、乾いた愛想笑いが張り付いていて、

 

(暇な店と聞いたのに、妙に忙しいのじゃ!)

 

 と、心の中で文句を言っていた。

 

 カレーちゃんはKindleで出版したすぐ後のこと。

 

 売上金が二ヶ月以上先にならねば入らないし、投げ銭が貰えるのも来月以降。とりあえずはドリル子の計らいで、家賃は一ヶ月免除して貰ったのだがとにかく金欠であった。

 もはや労働しかないとどうにか立ち上がったカレーちゃんだが、働くにも色々と問題がある。

 一番厄介なのは年齢制限である。150歳近い日本最高齢の戸籍上は老人を雇ってくれるところなどあるだろうか。そもそもカレーちゃんは大卒だが義務教育も受けていない。履歴書は問題だらけだ。

 なので「履歴書不要」で面倒なことを聞かずに雇ってくれる場所が必要だった。それがオメガ軒であったのだ。

 履歴書が要らないなどという職場があるのかというと、履歴書は別に義務ではないため、雇う側が作成する労働者名簿にカレーちゃんの氏名生年月日性別住所などを記録さえすればいいのだ。オメガ軒の店主は「槍鎮が怪我で暫く休むということ」「槍鎮の紹介でちゃんとした小説家の先生であること」などの理由があるので、面倒な手続きを省いてカレーちゃんを雇ってくれた。

 雇われるのが楽ではあるものの、うらぶれた中華料理屋だ。時給は800円で昼3時間の仕事だった。

 

 時給は安いが、それでも一時間働けばカレーちゃん愛用の紙パック焼酎1.8リットル800円は買えるぐらいには生活に役立つ。更に賄い飯も昼営業が終われば出されて、一食分浮く。そもそもこの田舎に選べるほどのバイトの口は無い。最低でも普通免許所持ぐらいは資格がなければ。

 カレーちゃんは一応これまでも飲食やコンビニ程度ではバイトしたことがあるし、そこまで忙しい店ではなく、賄いにつられてやってきたのだが。

 暇だったのは最初の数日。カレーちゃんも適当に、営業時間に店内を掃除して回る程度に楽であった。

 阿井宮兄妹が店にやってきて、刺されたばかりなのになどとくどくど説教をするのを聞く程度に余裕があったのだ。ちなみに刺された傷はAmazonで注文した豚の血のソーセージを食べたら回復した。現代を生きる吸血鬼の間では今どき流行りの血液補給手段が、Amazonで売ってる豚の血のソーセージか鴨の血の缶詰である。

 ドリル子が暇なので店の宣伝許可を取って撮影するぐらいには暇だった昼下がりに店主と一緒にテレビをぼけーっと見ていられるぐらいだ。カレーちゃんは自宅にテレビが無いので割と楽しみに『メスガキ忍』とかいう子役芸能人が司会をするワイドショーなどを見ていた。

 

 だというのに徐々に、日増しに客は増えていってしまったのである。

 

「カレーちゃんの集客効果かねえ」

 

 皿を洗いながら店主の奥さんが嬉しさ半分、戸惑い半分で呟いた。

 普段は店が暇なので忙しいときだけ手伝いに来て、裏で家事をしたり買い出しをしたりしているのだが、店員がカレーちゃん一人では回りきらないので出っぱなしであった。

 

「儂に集客効果なんぞあるとは思えんが……ご注文は決まりましたぁ?」

 

 カレーちゃんはカウンターにおしぼりを出しながら男子高校生に顔を寄せて聞いた。さっと田舎の男子は、見慣れない金髪の美少女の顔が近いことに目を逸しつつ、

 

「ラーメンお願いしまーす」

「お、俺も!」「俺も」

 

 と、反射的に応える。カレーちゃんは伝票にラーメン3と書いて厨房の壁に、注文の順番に並べて張っておく。

 

「はいよー」

 

 別の客が頼んだチャーハンが出来上がった。カレーちゃんはスープをついでお盆に乗せて持っていく。男子はそれを目で追いかけていた。

 

「……あれか。槍鎮が自慢してた、同じアパートに住んでる可愛い子って」

「くそっ可愛い……」

「なんかいい匂いがする……食欲をそそるスパイシーな感じの」

 

 カレー臭である。

 そう、彼らはクラスメイトである槍鎮が近頃、誰彼構わずに「同じアパートに住んでる小説家の先生と知り合いになった」とか「可愛い子だった」などと言っているのを聞いており。

 更には槍鎮が暴漢に襲われて怪我をした後、彼が休んでいるバイト先にその「小説家の先生で見た目は美少女だが年上のおばあちゃん?」という謎の……だが可愛いと噂の子が働いている、という話も広まっていたのである。

 田舎の高校生は基本的にヒマである!

 なにせ遊ぶ場所が殆ど無いのだ。この町でゲームセンターというとアーケードゲームの筐体が置かれた駄菓子屋を意味する。小中高校生がそこにある謎のSTG『超時空魚類マグロス』という古いゲームでハイスコアを競っている。

 オシャンティな服屋やアクセサリー屋は半径100km以内に存在しない。電車は走っていない。コンビニも無い。漫画喫茶も無い。こうなると学生は部活に精を出すか、釣りでもやるかしか無いのだ。

 

 そんな暇している男子高校生の噂に「可愛い子がいるらしい」は一気に広まるし、見に来る程度に皆も暇である。

 なにせ田舎だ。田舎には美人が少ない。少なすぎる。学生が美人を追い求めても、むしろ女子高生の若い可愛さが田舎ではトップの美人度になったりする。美人ほど都会に出ていくからだ。

 カレーちゃんはこの田舎に住んで数年になるが、基本的に引きこもりでスーパーと家の往復生活だったので目は引くもののそれほど知られなかったのだが、バイトしているとなるといつでも見に行ける。

 実際高校生以外でも男性客の数は増えている。この町にある食事処には「非常に味が良くていつも繁盛している」などという店は存在しなくて、惰性と妥協で外食が必要な客は店を選んでいるので、店員が可愛いというだけでも店を選択される率は高くなる。

 そして中には観光ついでにカレーちゃんを見に来た動画視聴者も混じっている。事件が起きたばかりなので不審者と思われたくないため名乗り出たりはしないが。

 

「カレーちゃん出前出来たからお願いねー」

「帰りにモヤシ4袋買ってきてくれ」

「はいなのじゃー」

 

 ラップで包んだチャーハンとギョーザをお盆に載せて、カレーちゃんは原付バイクで出前先へと向かった。美少女バイトがいなくなればタダのうらぶれた中華料理屋である。客らは僅かに嘆息した。

 

 

 

 ******

 

 

 

「カレーラーメンはカレー業界の中では『青いバラ』だと言われておる。自然界に存在せんし、長らく作ることが不可能だと思われているのじゃ」

「ラーメンにカレー掛けるだけじゃねっすか?」

「それじゃと全然美味くないのじゃ! いやまあ、食えんことはないが!」

 

 アパート『メゾンドビヨンド』の二階。槍鎮の部屋にてカレーちゃんは解説をしつつ先割れスプーンと試作型カレーラーメンを差し出した。

 槍鎮の右腕にはぐるぐる巻きに包帯が痛々しく施されている。襲撃犯に刺されて大怪我をした傷だ。一応は処置されてそのうち完治すると言われたが、今は動かすこともできない。

 事件後病院で治療をし、その後で警察に事情聴取させられた槍鎮は完全にとばっちりで不幸を受けている。彼の活躍でどうにか死なずに済んだのでカレーちゃんは感謝しているが。

 ということで暫くはバイトもできない槍鎮に、彼の代わりに仕事に入っているカレーちゃんは店の料理を持ち帰って食事を提供しているのであった。カレーちゃんは持ち帰りの分は購入しようとしたのだが、怪我をしている槍鎮を心配してオメガ軒の店主夫婦はタダで渡している。

 

「ラーメンは日本人の多くが好き。カレーも皆大好き。百点と百点の料理だというのに、組み合わせるとなんかイマイチになるのじゃ……割とカレーラーメンを売りにしている店でも二百点の旨さではなく九十点ぐらいなのじゃ。これはカレーラーメン作りに手掛けた職人の間でも頭を悩ませた問題でのう。カレーラーメンがメジャーにならぬ理由でもある」

「カップヌードルのカレー味って美味いっすよね」

「あれは美味いのじゃが……カップ麺系のカレーラーメンは『インスタントのカレー味スープに麺を入れただけ』みたいな感じでマリアージュを感じんというか。本格カレースープで作っても果たしてこれはラーメンとの相性バッチグーなのか? ご飯でいいんじゃないか?みたいな」

 

 カレーちゃんはしみじみと言う。

 

「カレーラーメンは魔境なのじゃ。そしてあまりこだわっておらんラーメン屋などでとりあえず的にカレーラーメンを出す場合はもっと良くないパターンじゃな。作り置きのカレーを、ラーメンの出汁で薄めて醤油ちょい足しぐらいのスープに麺をいれただけの半端な代物が多い。そもそもカレーに麺類というのが日本じゃとカレーうどんのシェアが大きすぎて他がイマイチなのじゃ。カレー味のスパゲッティなどあまり食わんじゃろ。どっかの地方には焼きそばにカレーを掛けてカレーイタリアンと名乗る意味不明の食い物があるが……」

「あの、カレーちゃん先生。俺腹減って」

「おおそうじゃった」

 

 カレーちゃんは、はたと正気に戻って自作のカレーラーメンを槍鎮に勧めた。

 

「店にある材料で作ったこだわりの無い妥協の町中華カレーラーメンじゃが、たんとお食べ」

「そんなに卑下しなくても……いただきま~す」

 

 左手だけしか使えないので先割れスプーンで麺を突っついて食べる。槍鎮は一口食べて感じ入るように頷いた。

 

「意外と旨いっすよこれ。充分な旨さじゃないっすかね」

「そうかのう……味噌ラーメンと町中華カレーをミックスさせたものじゃが。カレーは結構味噌が合うのでな。基本カレー味が勝つのじゃが邪魔せん上に旨味は出るからのう」

 

 今日の賄い料理として店でも提供してきたものだ。もう三十年以上も毎日オメガ軒は親父の作った賄い料理を昼に食べていて、正直奥さんも親父も完全に飽きている。親父など自分で作ったチャーハンにウスターソースを掛けて食べるぐらいだ。故に目新しいカレーちゃんの料理は喜んで食べていた。

 出来としてはカレーちゃん的に「素人料理としてはアリだが店で出すほどではない」ぐらいに思っているのだが。普段はカレー味噌汁でも普通に食べるのに、カレーラーメンには厳しい。

 ちなみに槍鎮が今は怪我して乗れないので原付バイクを借りて通っている。カレーちゃんも収入があったら原付を買おうと思った。

 

「それにしても怪我で不便して可哀想じゃのう。助けてもらっておいてなんじゃが」

「あー名誉の負傷ってやつっすよ。平気平気」

 

 笑顔を浮かべながら槍鎮は肩をすくめた。確かに死ぬほど痛かったし不便なのだが、自分もカレーちゃんも死ななかった。

 

「親御さんにも儂が謝りにいかねば」

 

 なにせ理不尽な犯人であったのだが、完全に槍鎮などは無関係ゾーンからの巻き込まれである。命の恩人でもある。カレーちゃんはとても感謝しているのだが、子供に庇われた上にその子供が怪我したとあっては責任を感じてしまう。具体的には怒られたら嫌だなあと彼女は思っていた。

 犯人が10割方悪いのはそうであっても、目立って恨まれた挙げ句に防犯や個人情報の対策が出来ていなかったのはカレーちゃんが悪いとも言える。

 

「全然大丈夫っす。っていうかうちの親父、俺が怪我したって聞いて戒名送ってきたんすよ? いつ死んでもいいようにって」

「酷くない?」

「ひでー親っす」

 

 槍鎮は慣れたものだとばかりに笑みを作ってラーメンを啜る。彼の父親は寂れた離島唯一の住職であり、年がら年中法事などを行っていて離れられないため、代表して槍鎮の兄であり寺の跡継ぎの御符箱沢槍杢(やりもく)が見舞いにやってきたのである。

 しかしながら男兄弟の見舞いなど適当なもので、槍杢は預かっていた戒名と生活補助に10万円渡して帰って行った。腕が不自由な生活になるのは修行のようなもので自分でなんとかするように、とのことらしい。

 むしろ普通の親ならば、危険な事件の起きたアパートに住まわせ続けるのも止めるのではないだろうか。槍鎮も多少はアパートの防犯におっかなく感じるものの、引っ越す手間が面倒な上にこの田舎ではろくな物件が存在しないから居残るつもりであった。ついでに、ドリル子さんからお礼として(実際は引っ越されないように)家賃二ヶ月分無料にするという提案もあったからだ。

 

「怪我して悪いことばっかりじゃないっすよ。ガッコだと百倍ぐらいに盛った俺の活躍で自慢してますし。女子は優しくしてくれるし!」

「ちょいワルで傷のある男に弱いのじゃな。年頃の子は」

 

 もともと割と友人が多く、ヤンチャな男子だと思われている槍鎮だが、そこで刃物を持った暴漢と格闘して怪我をしたなどという武勇伝を出してきたのだから学校で一目置かれるのも仕方がない。

 ニュースでも流れた話なので、嘘自慢ではないことは間違いがない上になにせ田舎の学校なので話の広まりは早く、全校生徒が知っているといっても過言ではなかった。

 同時にカレーちゃんという美少女ラノベ作家の存在も広く知られたわけだが。

 

「ふーむ、まあ儂とドリル子さんの惨劇に巻き込まれた怪我じゃからのう。なにか不便があったら手伝うから遠慮なく言うのじゃよ」

「いやー、割と平気っすから。メシも三食焼きそばパンとか食えるタイプっす」

 

 夕飯はカレーちゃんがバイト先から賄い料理を持ってきてくれるが、基本的に朝昼は菓子パンかカップ麺を食べるという一人暮らしの男子学生にのみ許された雑な生活であった。

 しかしそれでもカレーちゃんが夕食を用意してくれることは密かに槍鎮も喜んでいるのだったが。なにせ年齢は半端ないが紛いなりにも見た目は可愛い少女が料理を与えてくれるのだ。ときにはドリル子が持ってくることもある。年上の知人女性から食事をおごられるのは思春期男子にとって神から預言を貰うに等しい喜びである。

 

「ところで槍鎮や。ドリル子さんが部屋の工事をするから丸一日ぐらい空けて欲しいと言っておったぞ。都合のいい日を」

「工事?」

「防犯仕様の扉に付け替えて、窓の鍵を変えて特殊なフィルムを張るらしい。泥棒対策にもなるとか」

「んー……カレーちゃん先生や大家さんの部屋ならまだしも、貧乏学生の部屋に泥棒だの暴漢が来るとは思えないっすけど」

「儂らの部屋だってまさか変な輩が来るとは思ってもおらんかったわい。とりあえず全部屋防犯しっかりすることにしたからの」

 

 全体的に防犯がしっかりしているアパートならば泥棒から狙われることも少なくなる。

 この田舎では空き巣すら数年に一度も発生しないぐらいの治安であり、この前の刃物で襲撃事件などはあと10年ぐらいは「最近起きた大きな事件」として語り継がれるであろう出来事なのだが、さすがにその現場となったアパートとしては何かしら対策を取らなくては入居者も新たに来ないだろう。

 

「了解っす。じゃあ……次の土曜にでも友達の家に泊まりにいくんで」

「うむ。伝えておく──エロ本は隠していけよ? 工事で部屋の中入るからのう」

 

 からかい半分のカレーちゃんの言葉に槍鎮は首をかしげる。

 

「……エロ本? ああ~……コンビニとかに売ってるのは知ってるっすけど、ああいうの実際誰が買うんすかね」

 

 彼や周囲の友人が18歳未満だということを差し置いても、エロ本を持っているという知人を槍鎮は知らなかった。

 槍鎮の照れているわけでも隠しているわけでもなさそうな反応にカレーちゃんは愕然としながら、恐る恐る尋ねた。

 

「ひょ、ひょっとして今どきの若者は……エロ本とか買わんのか!?」

「うーん……いやまあ俺じゃねっすけど、普通にスマホでエロいの見れるっすからね……タダで」

「ぬぅ~ジェネレーションギャップ……儂も別に買ったことがあるわけじゃないのじゃが。ほら一昔前の高校が舞台の漫画とかで馬鹿な男子がエロ本の回し読みとかしてたり、河原でエロ本拾ったりしておるじゃろ」

「今どきこんな田舎の高校でもやらねっすよそんなこと……」

「じゃあ学園のマドンナは?」

「実在しないっすね」

「生徒会長が冷徹なメガネで権力を握っておるとかは!?」

「冷徹なメガネなのはその通りっすけど」

 

 せっかく仲良くなった現役高校生なのであれこれ聞き出すカレーちゃんである。

 彼女は大学以外の学校にさっぱり通ったことがないのでそこら辺の知識が漫画やアニメで得たものしかないため、貴重な情報であった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 カレーちゃんが部屋に戻るため一階へ降りて玄関の前に立つ。築三十年以上経過したオンボロアパートは壁も冷たいコンクリートむき出しであり、軽くヒビや補修の痕跡が見られる。オシャレさは皆無。こんな入口を写真に撮って掲載しても入居者が喜ぶはずがない。そんな古ぼけた、特筆すべきでないドアがかつてはあった。

 だがとりあえずで防犯目的に改造された大家であるドリル子の部屋はドアだけやたらとメカニカルな見た目をしていた。ホワイトシルバーの陶器みたいな色をした扉には回路図のような複雑な模様が青く光って表面を走っている。蝶番も無ければドアノブも見当たらない。さぞ荷物の配達員が戸惑うであろう作りだ。

 表面に光る模様の中には螺旋状の箇所が何箇所かあり、渦巻の中心から見つめてくる目のように感じるのは間違いではなく防犯カメラがドアに接近した人間を感知して撮影・記録をしている。

 カレーちゃんがポケットからドリル状の専用キーを取り出して扉の所定箇所に押し付けると光が瞬く。それからプシュ、と空気が抜ける音が鳴ってドアの上下左右四箇所でドリルロックが解除され、扉が左右に分かれて開いていった。

 

「何度見ても大げさすぎるのう……SFの秘密基地かここは」

 

 こんな怪しげな扉を作ったのが科学特戦隊とかではなくドリル関係の町工場だというのが謎すぎた。

 というか高そうだ。安アパートの扉にするには分不相応に。うっかり悪の秘密基地がアパートに偽装してるみたいである。

 

「おかえりなさいませ。……御符箱沢くん、出ていくとか言ってませんでしたかしら?」

 

 ドアを抜けると相変わらずしょぼい玄関。つっかけサンダルを脱ぐと小さなキッチンとすぐに居間がある。そこに座ってドリル義手の整備をしているドリル子がカレーちゃんに問いかけた。

 あのメカニカルドリルドアを開けると登録しているスマホのアプリに開閉を知らせる合図と、アプリを開けば開閉時の防犯カメラの映像も見られる機能がついているが、とにかく狭いアパートなのであのドアを開けただけで隣どころか2階まで音が聞こえそうではあった。

 

「あー大丈夫じゃろ。マジメくんなのに図太そうな性格しとるしのう。ドアの工事も次の土曜日に家を空けるそうじゃ」

「そう! それは良かったですわ」

 

 数少ない入居者が逃げないことが心配だったのである。配信の臨時収入が入ったので命の恩人に8万円程度の家賃免除をさせても構わないほどに。

 自分で働いて食費を稼ぐ高校2年生からすれば8万の免除は大きい。親から見舞金も貰ったので槍鎮は怪我も忘れて喜んでいた。

 

「それにしてもあの怪しげなドア……なんというか、バカじゃないのかのう」

「いきなりなんですの!? あのドリルドアは防犯のためですわよ! 耐穿孔・衝撃・防爆で主力戦車の徹甲弾や榴弾を受けても一発までならまず耐える代物ですわ!」

「アパートに戦車砲打ち込んでくるやつを想定しておるのか!? ……というかそんな無駄に高性能なドアをなんでお主の知り合いの町工場が作っておるのじゃ」

「色々作ってる会社ですもの。ドリルだけじゃなくてドリル菓子とかドリルゲームとかドリル車とか。最近はドリルソシャゲで儲けているから開発に余裕がありますわね」

「ちなみにこの扉、売れておるのか?」

「一つも売れないまま試作品だけ倉庫に放置されていたパターンですわね……まあだからお安く譲って貰えたのですけれど」

 

 開発力は高いのだが営業力が低いのがドリル子と協力しているドリル会社『松戸工場』である。なおこのドアはそこそこ使えそうな部類だが、他にもゴミのように役に立たないドリルめいた商品を無数に作っては売れずに倉庫へ放置している。

 ちなみにこのドリルドアの着眼点は「古代遺跡の扉に鍵となるドリルをかざしたら開くとかそういうシチュがやりたい」という目的で開発された。生産費は一式で200万円。夢に敗れたドリル倉庫の扉に使われていたが、試作品6つをドリル子は格安で手に入れてきた。

 それをアパートの各部屋に取り付けるのであるが、数の関係上どうしても足りないため、カレーちゃんは結局ドリル子と部屋を繋げて三部屋分を二人で住むことにしたのである。

 家賃収入が残りの部屋が埋まっても20万円にしかならないが、動画配信をカレーちゃんと始めてからはドリル製品の売れ行きがいいので大丈夫かもしれないと楽観視している。

 

「それよりカレーちゃん、次の動画はドリルドア取り付けですわよ。自室でやって大体のコツを掴んだから今度は手際よく取り付けるのを配信ですわ!」

「この家の玄関に付けるのも手伝うには手伝ったがこのドア、ドチャクソ重たくて2階まで運びたくないのう……」

「これも稼ぎのためですわ! ……ところでカレーちゃん、電子書籍の売れ行きはどうですの?」

「怖くてチェックしとらん。悪いレビューが書かれておったら嫌じゃからAmazonの販売ページも見ておらん」

「心が弱すぎますわ!?」

 

 後で酒を飲んで酔うことでショックを受け流しつつ確認しよう、とカレーちゃんは思いながら部屋同士を繋げる扉から自室へと帰っていく。

 ドリル子の生活するスペースの隣室は様々な道具の保管庫となり、その部屋を挟んで2階から引っ越してきたカレーちゃんの自室へと繋がる。荷物は簡単なもので資料となる本の入った段ボール箱一つと布団、パソコンに少々の生活雑貨ぐらいであるため簡単な引っ越しだった。

 

 カレーちゃんは部屋に座ってノートパソコンを起動させつつ、安い麦焼酎を割らずにぐいっと煽る。味のない蒸留酒の風味が口から喉を燒いて胃を熱くし、粘膜へと急激に吸収されて素早く酔いが回る。

 ノートパソコンがインターネットブラウザを起ち上げるまでの僅かな時間に三回ほど酒をお代わりしてグイグイ飲みつつ……ひっそりとAmazonで出した『ゾンビランド・曽我兄弟』の販売ページを開く。

 

「くっ!」

 

 ページが見える前にカレーちゃんはまるでグロテクスな映像を見たように目を閉じて眉を寄せ、手を顔にかざして直視しないようにした。

 たかが販売ページを確認するだけで、何か悪い評価でも付いていないだろうかと不安になってまともに見れないのだ!

 販売を始めた直後や、例えばウェブに小説を投稿した直後などは増える販売数・PV数をにんまりと見守っているが、それが数日経過すると不安感が増してきて見ようとするだけで心が折れそうになる意味不明な心の働きである。Twitterなども数日更新しなかっただけで見るのが怖くなる。彼女は軽く心を病んでいる。

 かざした手指の隙間から、視界のピントをずらしつつこっそりとパソコンの画面を見やった。

 

「……っはァーッッ!! 大丈夫じゃ! 評価5! レビューが4つも付いておる! レビュー内容は怖いから読まぬが! よし! 売れておるはずじゃ!」

 

 多分レビューを書いてくれているのは初めて手に取った読者ではなく、ウェブ時代から付いてきている妙に濃ゆいファンがご祝儀感覚で書いてくれているのであろうが。

 それでもまだ酷評はされていないようであり、カレーちゃんの確認をしないことでも膨らんできていた漠然とした不安感は解消された。

 

「うむ、うむ。よーし、細かいチェックは今度に回して今日はもう寝るかえ。ん? 昨日も一昨日も小説書いておらん気がするが……まあ最近忙しかったからの。明日から頑張るのじゃ」

 

 カレーちゃんはいい気分のまま布団を敷いて眠ることにした。下手に悩んでいるとまったく眠れずに翌日のバイトに障る。とにかくせめて槍鎮が復帰するまでと思いながらバイトを続けているが、早く止めたくてたまらなかった。忙しく毎日働くのは、遊ぶ金欲しさでもごめんである。

 カレーちゃんが目を瞑って仰向けになっていると、部屋を繋ぐ扉の方から延々とエンジンの音やなにかを穿孔する音が聞こえてくる。

 30分我慢してげっそりと彼女は目を開けた。

 

「扉の防爆などより、こっちの壁を防音処理して欲しいのじゃ……」

 

 ドリル子と部屋を繋げて暮らすようになり、いくらか生活が楽になる恩恵はあったのだが(例えばドリル洗濯機やドリル調理器を使わせて貰えるし、二人分作れば食材も使っていい)ドリル音が響く生活だけはただつらいものがあるようであった……

 

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