獣耳吸血鬼少女の売れないなろう作家が自作品を電子書籍にするようです   作:左高例

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17話『もう何でも電子書籍にすればいい』

 

 

 

「フハハハハー! これが最終カレー皇帝の究極カレー、その名も『魔境カレー』よオオオ!!」

 

 百人の審査員と十万人のギャラリーに囲まれたT県唯一のスタジアムにて行われた地上最強カレー対決、決勝戦。

 最終カレー皇帝を名乗るハプスブルク家の末裔にして天台宗の大僧正の、アルミホイルで作られたフルフェイスヘルメットを着けた男が究極のカレーを審査員に振る舞った。

 審査員たちは皆、年間700食以上はカレーを食べる熟練者たちである。彼らを唸らせるカレーとは即ち完全に新しい、誰もが食べたことのない、そして美味と認める究極のカレーでなくてはならない。

 

「ふむ、見たところミルク系のカレーのようですが……」

「カレー粥ですな……とにかく一口」

 

 カレー汁で飯を煮込んだカレー粥系の利点は抜群の安定感と味の統一感である。ライス、あるいはナンなどとカレーを別々に提供した場合、各人の好みでカレーの配分が決められて個々人が感じる味にバラツキが出てしまう。だがこうして最初から米と合わせていれば、どこを掬って食べても同じ味になるだろう。

 食べる者に自由を許さず、必ず料理人が決めた味を食べさせる傲慢さがある。それは同時に、造り手の自信でもある。

 審査員たちが統一規格のスプーンでカレーを掬って口に含む。

 全員が一様に目を見開いたため、会場ではドワオと奇妙な音が聞こえたほどだった。

 

「こ……っこれはっ!!」

「解った……! 宇宙のすべて。生命の真髄。虚無の果て。終わりと始まりが解った────」

「はああああああ魂がッ! 浄土に向かうウウウウウ!!」

「色即是空……空即是色……!」

「そうか! カレーとは! 未来とは! 進化とは!!」

 

 審査員がそれぞれ狂ったように異なる反応を示し始めた。中には解脱のあまりに肉体が涅槃へと昇華・光の粒子となり消滅しだす者まで現れる。

 いずれの審査員も、脳の認識する世界が突如個人の範囲から世界すべてを認識可能にまで知覚が広がった気がして、拡大された精神には淀みも迷いも苦痛も存在しない。

 あらゆる苦悩、煩悩、恐怖や欲望から解き放たれ自由になった。頭から脳味噌を取り出してアンフェタミンとエクスタシーを有機溶剤で溶かしたものにジャブジャブ漬け込んで洗ったかのような爽快感。

 彼らは一様に恍惚の表情をしながらこう叫んだ。

 

「我らは悟りを得た!!」

 

 その様子を見ながら最終カレー皇帝は「ククク」と黒い笑みを浮かべる。

 

「これぞ我の究極カレー、菩提樹と乳粥を配合して作られたブッダもビックリ『魔境カレー』……食べた者を強制的に悟りの境地へと導く、全にして一のカレーよ! このカレーを口にすればもはや他のカレーを食いたいなどという欲は消え失せる……これだけあれば良い『一』のカレーだ!」

「むううううー!」

「ムハハハハ! どうだカレーちゃんよ! 貴様も食べてみるがよい! ──ただし吸血鬼なら一発で浄化してしまうがな!」

 

 最カ帝は対戦相手の、モンペにエプロン姿なカレーちゃんを侮ったようにそう告げた。

 審査員百人は一通り、急速に悟った拒絶反応のような悶え苦しみから解放され、全員が菩薩な表情になってしまっていた。

 

「もはや争うことは無意味」

「カレーに執着するのは止めました」

「もうこれからどんなカレーを目の前にしても心は平静でしょう」

「カレーは飲み物? いえ、カレーは食べ物です」

 

 全員頭髪が抜け落ち、額には白毫が出ている。後光を背負う者もいて、審査員たちの足元には蓮の花が咲き溢れていった。

 

「皆がカレーへの情熱すら失っておる……これはいかん! こんなものが真のカレーであっていいものか!」

「いいや、これこそが真のカレー! 頂点は常に一つ。世界最高のカレーを食べてしまえば、もはや他のカレーなど茶色いドロよ!」

「そんなことない!」

 

 カレーちゃんはプリキュアみたいなセリフを叫んで、自分の用意された大キッチンへと向かう。

 カ帝に勝つには彼の魔境カレーを上回るカレーが必要だった。しかし、味や洗脳能力で上回ってもそれは彼女の否定した頂点のカレーを新たに作るだけになってしまう。

 カレーとは自由であり、決まった型など存在しない。そこには価値の上下は存在せず、世界中に遍在するカレーすべてが宝物のような煌めきを持っているはずだ。

 それを見せてやらねばならない。

 

「行くぞ! 儂の用意した最強のカレーを! 誰も食ったことのない新たな味を!」

「愚かな! 最終カレー皇帝たる我が口にしたことのないカレーなどこの世に存在せぬ!」

 

 最終カレー皇帝と名乗るだけあってその鉄仮面の男は世界中のカレーを食べた経験がある。主にファミレスのロイヤルホストが毎年やっているカレーフェアで。おいしい。

 そんな彼が食べたことのないカレーなど存在しない……素人の手作りカレーすら他人の家に上がりこんで食べてきた男は、思い上がった吸血鬼に嘲るような視線を向けた。

 カレーちゃんが指を鳴らして合図を送る。カレーの仕込みは既に完了している。後は最後の仕上げをするだけだ。

 

「ふん……どんなカレーを……なんだ!?」

 

 スタッフによってキッチンに運ばれてくるのは大量のカレー鍋である。大きさもバラバラな鍋から多種多様なスパイス・ハーブなどの香りが漂ってくる。

 そしてカレーちゃんはドラム缶のように巨大な大鍋を持ち出してきた。

 彼女が呪文のように唱える。

 

「バターチキン・サンバル・パラクパニール・サグ・マトンコルマ・キーマ・チャナマサラ・ベジタブルコルマ・アルーベイガン・ベイガンバルタ・ダールタルカ・ケララフィッシュ・マドラスビーフ・アーンドラチキン・ポークヴィンダルー・ラッサム・コロンブ・ゴアンブロウン・コールマン…………」

 

「き、貴様! まさか!?」

 

 彼女が唱えたのはインドで食べられているカレーの名称である。カレーちゃんの呪文は更に続く。

 

「ムルギ・マチリ・ナルギシコフタ・ピンディー・ワアンバトゥモージュ・パリップ・ピピンニャ・ダル・ハリヨパトマスコタルカリ・アルベンタタルカリ・マーチ・ソトアヤム・ペスモールイカン・ウェッターヒン・オンノウカウソエ……」

 

 インド周辺国のカレーの名を挙げながら、彼女は運ばれてきたカレー鍋の前を確認するように歩いて回る。カレーちゃんが告げた通りのカレーが、それぞれのカレー鍋には入れられていた。

 更に東南アジア方面のカレー。

 

「キャオワンクン・ベッヌア・カリーガイ・プーパッポン・マッサマン・パッパネンムー・オムガイ・ゲーンバー・ゲーンソム・カリアヤム・フィッシュヘッド・ラクサ・ケタムマサラマ・イカンマサラマ・カリソロワ・カリトア・カームォイサーオット・カーリガー・オップグア・カリーサラマン・ノムパンチョックサムロープロハークテイ……」

 

「なんて!?」

 

 カレーちゃんの唱えるカレー。流石に聞き慣れない、あまり日本では食べられない種類も混ざって審査員が思わず涅槃から戻ってきて聞き返した。ちなみにノムパンチョックサムロープロハークテイは魚のグリーンカレーにビーフン麺をつけて食べるカンボジアカレーである。

 十万人の観衆もザワザワとどよめいている。ここまでカレーが一堂に会することは滅多に無いだろう。

 

「キリがないから止めておくが他にも日本各地の名物カレーも作っておる。イギリス式もアメリカ式もな」

「そ、それをどうするというのだ! 幾ら持ってこようが、我はすべてを食したことがある!」

「クフフのフ。ここに用意したカレー全てを……ミックスするのじゃー!!」

「なにーっ!?」

 

 カレーちゃんの指示で世界のカレーは一つの大鍋に次々に投入されていく。

 鶏肉。豚肉。牛肉。羊肉。ひき肉。魚。蟹。エビ。貝類。あらゆる野菜。様々な出汁。調味料。スパイス。それどころか米や麺なども投入されていた。

 全てが一つに混ざり合っていく。世界中のカレーが合体し、今新たな姿に生まれ変わろうとしていた。

 

「馬鹿な! そんな、全部混ぜたものが美味いわけがない! 全ての絵の具を混ぜて色が出来ないように、雑多な味が喧嘩しあって不味くなっているに決まっている!」

 

 最終カレー皇帝はそう断言したが、カレーちゃんは不敵に笑った。

 

「食ったことがあるのか? お主はこの、世界中のカレーを全部ミックスした『未知カレー』を食ったことがあって不味いと言っておるのか?」

「く、食わずともわかる! そんな見た目、残した給食を全部混ぜたみたいな物体!」

「くふふ、馬鹿め! カレーなんぞというのは茶色く濁った汁に具材が浮かんでおる、前知識無しに見たらどう見ても美味そうに見えんものばかりじゃ! じゃが食うと美味い! ならばこのカレーも美味い! 世界で初めての味のカレーじゃぞ! ──ワクワクしてくるじゃろ?」

 

 カレーちゃんの誘いに、審査員が一人、また一人と涅槃から戻ってきておおよそ世界で初めての試みとなるカレーへの執着に還俗していく。

 魔境カレーの悟りによって記憶どころか本能、理性すら失われそうになり、脳からシワが消えかけていた審査員たちが未知のカレーを求めている。

 カレーとは安定した旨さを求める方向性とは別のベクトルとして、未知なる味を求める方向性が存在する。

 なんだそれ、聞いたことない、見た目から味が想像つかない。その欲求である。かつてマッサマンカレーがCNNの調査によって世界一の料理だと言われた際にも、世界中の9割の人間は当時マイナーだった種類のカレーに「なにそれ!?」と思っただろう。

 

 今まさに、ここでしか食べることができない、既存の味の習合でありながら誰も知らない味のカレーが存在している。

 審査員たちは食べただけで脳を破壊される魔境カレーよりも、未知カレーへと目を輝かせてその好奇心を露わにしていた。

 

「馬鹿な……! そんなことが……!」

「ふっ……儂の勝ちじゃな。最終カレー皇帝。貴様の敗因は──カレーから自由さを奪ったことじゃ!」

 

 がっくりと膝を突いてうなだれる最終カレー皇帝……そのアルミホイルの仮面にヒビが入って、隠されていた素顔が現れた。

 カレーちゃんはその姿に驚愕の声をあげた。

 

「お、お主は……まさか!?」

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

「みたいなことがあって忙しかったんじゃよー」

「無駄に長いですわ」

 

 K県の片田舎にある、防犯設備だけゴージャスなアパート『メゾンドビヨンド』。その部屋にてカレーちゃんはドリル子に意味のわからない回想を話していた。

 というのも、ドリル子が土木工事の請負いで非常に辺鄙な山奥の道を塞ぐ大岩を爆破撤去するため数日ほど留守にしていたのだが、帰ってきたら家が荒れていた。

 洗濯物は出しっぱなし。台所はカレーで汚れっぱなし。お菓子の袋は散らばり、カレーちゃんがパンツ一枚で自堕落にドリル子のベッドを占領してイビキ掻いていたので、一体留守の間何をしていたのかと問い詰めたのだ。

 どう見ても家事もサボって散らかしていたとしか思えないのだが、カレーちゃんは反省するどころかシレッと最終カレー皇帝なる人物と世紀のカレー対決をしてきた話をでっち上げたのである。

 大きくため息をつくドリル子。

 

「……大体、どこですのT県て」

「えーと、鳥取?」

「鳥取に十万人も人が集まるわけ無いでしょう」

「失礼じゃな! 本当じゃって! ほら、お土産に鳥取の名物カレー『ピンクカレー』も材料買って作ったのじゃよ?」

「なんですのピンクって……うわっ!? びっくりするぐらいピンクですわね!?」

 

 鍋に入れられた鳥取名物ピンクカレーを見てドリル子は素で驚く。凄まじくピンクなのである。

 東南アジア系で見られる、ココナッツミルクを使ったレッドカレー……どころの話ではない。トマトカレーとも違う。ショッキングなピンク色のカレー。ストロベリー味のアイスみたいな色合いをしている。詳しくは検索しよう。

 ちなみにカレーちゃんが鳥取に出かけていたのは本当で、鳥取は地味にカレーの侵食度が高い県なのでカレーフェスをやっていたため珍しく彼女も興味を引かれて出かけたのだ。ピンクカレーやカレーパフェが並ぶ会場はある種異様であった。

 

「カレーちゃん、わたくしが留守の間っていうかここ最近Twitterも更新しないし小説も投稿していませんから、出先からは生きてるか死んでるかわからないですわ」

「じゃってのう。Twitterに書くような大事件も起こらんし。歴史神話トリビアとかネタをひねり出すの大変なのじゃ」

「そんなに意気込んで書くものじゃありませんわよ、Twitterなんて。旅行先の写真とかでいいんですわ」

「鳥取の女子高生が作った出店カレーの写真ならあるが……カレー皇帝はウソじゃが、マジで異常にカレーが美味い女子高生がいたのじゃよ?」

「そういうのを呟くのが本来の使い方ですわ」 

 

 呆れた様子でドリル子は言いながら肩をすくめる。

 カレーちゃんはここのところ『小説家になろう』にも、ゾンビランド曾我兄弟の宣伝用短編を投稿したっきり活動していなかった。

 生活のピンチから一ヶ月ほどで本一冊を書き上げ、必死に出版作業を行ったからだろうか。週に一回ぐらい投稿すればいいのに、怠けてラーメンか中華料理屋の賄いを食べて寝るだけの生活を送っていた。

 ついでにドリル子が居なかったので動画の投稿も滞っている。

 

「小説を書かないカレーちゃんはカレーをウンコに変えるマシーンですわ」

「中世インドの宮廷では、毎日カレーを食わせた美少女のウンコが珍重されていたらしいのう。未消化のスパイスが香るとかで」

「ウソですわよね!? いきなり気味の悪い話をしないでくださいまし!」

 

 カレーちゃんは大きく伸びをしてから、眠そうな目で告げる。

 

「うーみゅ、しかし創作意欲がのう。集中的にバババッて小説書くと暫くネタが浮かんでこんというか」

「カレーちゃん、頑張ったら月1で一冊書けるって言ってましたのに……」

「常に全力疾走なら新記録を出せるとかそういう話じゃな。なろうで毎日投稿しておる作家とかよくネタが尽きんのう」

 

 カレーちゃんなど、中華料理屋で数時間バイトをしただけでクタクタになって執筆意欲が消え失せるというのに。

 脳からネタと文章が泉のように湧き出てくる作家は羨ましいと思わざるを得なかった。

 

「書き出せば筆も進むのじゃが」

「やる気を出すにはまずやり始めることが必要みたいな話ですわね」

「何かネタがのーう。ドリル子さんや、お題出してくれお題」

「ドリル」

「ドリル以外で」

「うーん……」

 

 一応は友人のためにドリル子は考えた。日頃から宝くじが当たるともう何もしなくなると言っているカレーちゃんだ。下手に電子書籍が売れて、ネット配信での分前を振り込んだことで預金に余裕ができたせいで数ヶ月前の干からびそうな状態からの積極性がなくなっている。

 いくら余裕がある、とはいえちゃんと働いている社会人からすれば心もとない額しか入っていないのだが、カレーちゃんはその程度でも仕事を止める決意がある。

 ただまあ、中華料理屋のバイトには日を減らして週に三回、昼だけ通っているようだ。昼飯を食べがてら。

 

「カレーちゃんの日常……とか」

「儂の日常になんの面白みがあるのじゃ」

「配信とだだ被りですわね……映像で見るとまあ可愛さがあるけれど、文字にすると地味すぎますわ」

「カレー屋めぐりとかどうじゃ。世界一高いカレー屋のレビュー。エベレストにあるらしいんじゃが」

「標高的な意味で高いんですの!?」

 

 カレーちゃんにあるのは多少の歴史、トンチキな神話、後はカレーの知識ぐらいしかない。

 旅行はあまり行かない方なのだが、カレーの食べ歩きは行くことがある。何を思い立ったか鳥取までカレーを食べに行ったのもその一環だろうか。大学に二人通っていたときは、カレーちゃんと都会であるO府のカレー屋めぐりなどに出かけたことが何度もあった。

 しかしながら本人が外国旅行に苦手意識を持っているので、わざわざ海外までは取材に行かないだろう。想像上の海外のカレー屋など怪しげなテーマだ。

 

「うーん……こういう時はカレーちゃんのファンに聞いてみましょう」

「そう率直に言われると『わたくしはファンじゃないからわかりませんけど』みたいに聞こえてつらいものがあるのじゃ」

「面倒ですわね!? ええい、行きますわよ」

 

 ドリル子はカレーちゃんを連れて部屋を出ると、一階の105号室へと向かう。101、102、103はドリル子とカレーちゃんの部屋であり、105が無理やり引っ越してきた女子中学生、阿井宮鷹子の部屋である。

 卒業を控えた中学三年生であり、更には地元の高校に進学するというのに一人暮らしを始めるという暴挙な女子。しかもアパートはつい最近襲撃事件が起きたばかり。よくもまあそんな条件で許されたものだとカレーちゃんも思うが、防犯設備を整えたことと、二階には兄の高雄が引っ越しているので目が届くということが理由らしい。

 なお鷹子は全国統一中学テストで順位で一桁台に入っている田舎の公立校にあるまじき学力で、どこの高校でもいけるのだが地元に進学するようだ。

 

 部屋の前に来て、異様にメカメカしい悪の秘密組織が改造したような扉をノックして、ドリル子は「おっと」と訂正した。

 

「ドアをノックしても気づくはずありませんわね。戦車砲が当たっても平気なドアなのに」

「何を想定して日本で販売しようとしたのじゃ。このドア」

 

 カレーちゃんのツッコミをスルーしてチャイムを鳴らす。どの部屋のチャイムもドリル音に変更されているのが周到である。

 ドリルドアにはカメラも付いていて外の客を中で確認できる。ややあって、鷹子がドアを開けた。

 

「はい、なんでしょうか師匠と大家さん」

「師匠言うな」

 

 カレーちゃんが即座に嫌そうな顔で否定する。出てきた鷹子は『武田信玄』と書かれた上に胸毛が描かれているシャツと学校指定のジャージというラフな姿であった。カレーちゃんはどこでそんな胸毛Tシャツ売ってるのか問いただしたくなった。

 

「ちょっと雑談にきただけなんですけれど、いいかしら?」

「もちろんです。上がっていってください」

 

 そう言って部屋に招くので二人が入る。引っ越してきたばかりで、部屋はまだガランとしていて隅には段ボール箱が積まれていた。ドリル子の作った部屋備え付けの三段ボックスには学校の教科書などが詰められている。

 飾りらしい飾りは幾つか戦国武将のポスターが張られていたり、歴女グッズみたいなのが置かれているぐらいだ。『風林火山』と書かれたポスターに、鷹子の着ているTシャツを見てカレーちゃんは聞いてみた。

 

「武田信玄好きなのかのう?」

「ええ。一番じゃないですけど、上位ですね」

「どんなところが?」

「お風呂好きなところとか……」

「確かにそんな逸話があったような」

「裏切った部下とか捕まえた捕虜とかを次々にお風呂に入れて煮殺すんですよね」

「そんなベクトルの風呂好きだったかのう!?」

 

 うっとりとした顔で言う鷹子にツッコミを入れる。歴女にも色んな種類がいるようであった。

 

「ちなみにお風呂で煮殺す武田信玄は三位。二位はウンコと油を相手にぶっかける楠木正成公。一位は飛鳥時代のランボーこと捕鳥部万(ととりべのよろず)です!」

「残虐ファイターばっかりではないか! っていうか捕鳥部万だけマイナーすぎじゃぞ多分!」

「名前すら聞いたことありませんわ……」

 

 ドリル子が首を振って諦め顔をした。そんな人物、義務教育で習っただろうか? もはや飛鳥時代すら聖徳太子しか浮かんでこない程度の知識だったが。

「それにしても」とカレーちゃんは改めて部屋を眺め回す。

 

「中学生の部屋にしては殺風景に感じるのは学習机や漫画の本棚などが無いからかのう」

「実は引っ越してきたとき、実家で使っていた机が部屋の入り口から入らなくて……ドアも取り外せないみたいで」

「……」

「ドリル子さん……防犯意識しすぎて不便になっておらんか?」

 

 あまりに頑丈な防犯用ドリルドアははめ込むのも特殊な機材を使用しているので、一回りは通常のドアより狭くなっている上に取り外すのにはメーカーに頼むかドリル子がやるしかできない。まず普通の引っ越し屋や電気屋では無理だろう。

 その結果、部屋に大きな荷物──机や大型冷蔵庫が入れられなくなっているようであった。

 最初から部屋にモノを入れていたドリル子と、殆ど荷物が無いカレーちゃんでは使い勝手がわからなかったのだが、盲点的に不便なところが出ているようだった。

 

「……よ、よければ中で組み立てられる机を差し上げますわ。ドリルで簡単に作れますの」

「本当ですか? こんな田舎だと、机を売っているホームセンターも無くて……」

「もういっそ机ぐらい備え付けにした方がいいかもしれんのう」

 

 とりあえず一同はテーブルについて、鷹子がお茶と茶菓子を出した。カレーちゃんは高速でがっつく。年下相手でも遠慮がない。

 

「それで、話とは?」

「カレーちゃんのことなんですけれど、最近小説の新しいテーマとか探していますの。同じく小説書きとしてアドバイスしてあげてくれませんこと?」

「い、いや小説書きって……一応私そうですけど、どう考えても書籍化作家の師匠がハイパー格上じゃないですか」

「師匠じゃないが、別にたまたま書籍化の声が掛かっただけで格上感は無いのじゃ」

 

 むしろ多作っぷりではpixivに大量の歴史系夢小説を投稿している鷹子の方に才能を感じる。

 出来の良し悪し、評価の有無といったものと同等に、どれだけアイデアの種を生み出せるか、それを文章に起こせるかという能力も小説家にとって重要だろう。

 色んな時代のキャラクター、シチュエーションで書いている鷹子の発想はカレーちゃんからしても驚きだ。カレーちゃんも歴史系ジャンルの小説を書くことがあるが、元々の知識がそれほど無いので資料を調べるだけでかなり労力をかけてしまうので、そんなに沢山は書けない。

 

「それにしても師匠の新作ですか……そうですね、読んでみたいリクエスト的な感じでいいですか?」

「まあ一応、書ける書けないはともかく聞いてみるが」

 

 鷹子がやおら考えてタイトルを告げる。

 

「『サイボーグ忍者の俺がタイムスリップして戦国時代で無双する話』」

「おお、なんか面白そうな気が」

「未来のサイボーグ忍者である主人公はある日突然忍務の途中、戦国時代にタイムスリップしてしまいます。そして彼は混乱しつつ事態を把握して思いました。『メンテ施設が無いと近い未来に機能停止するわ俺』」

「無双しそうに無くなりましたわ!?」

「それから始まる忍者の、限られた資材を使っての発電設備や燃料作り生活! 下手にステルスとか戦闘駆動すると一気に稼働時間減るし人工筋肉もすり減っていく中で戦国時代を生き延びます」

「世知辛すぎる……というか、SFのサイボーグ知識や戦国時代でも作れる科学知識が無いから儂には無理なのじゃ……」

「私も思いついたはいいんですけどそこがネックで……」

「ドリルで解決できませんこと?」

 

 ドリル子の雑な意見はともかくとして、発想はともかく自分の専門外なジャンルを書こうと思うと勉強が必要になるので難しい。

 そういった場合を強引に解決するのが魔法や未知のエネルギーなのであるが(ドリルであってもいい)、妥協に妥協を重ねて着地点をぬるくしたら結局当初の思っていたような作品ではなくなる。

 カレーちゃんも科学には疎い。SF小説も小難しい文字が並んでいるのを多少は読んだことがあるが、だからこそ自分が付け焼き刃でそういうものを書けるとも思えない。

 

「後は……そうですね、師匠がいかにして電子書籍を自分で作って販売したか、っていう過程を書いた小説とかどうでしょう」

「なぬ?」

「わかりやすく書いたら、電子書籍の自作に興味のある人が読みたがると思うんですけれど。私も興味あります」

「うーむ、なるほど。せっかく電子書籍を作るなどという、慣れぬ作業をしたのじゃから、少しは話のネタにして消化した方が得でもあるのう」

 

 カレーちゃんはこれまでの辛かった作業を思い出して感慨深そうにため息をついた。

 それに、と考える。

 それで一冊分ぐらい話を書ければ、電子書籍を作る小説という本を今度はまた一冊売り出せるかもしれない。いや、ぜひそうするべきだと確信する。何が売れるかわからない世の中なのだから、そんなへんてこな本でも出せば出した分だけ得である。

 

「よーしわかった! 今度は儂が電子書籍を作った話を本にしてやるのじゃー! ノンフィクション作家に儂はなる!」

「途中でサイコ殺人鬼に襲われるなんて唐突な展開がありますわね……」

「現実じゃから仕方あるまい!」

 

 ──そうして、カレーちゃんは新たな作品へと取り掛かるのであった。

 

 

 

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