真面目な話は多分最初だけ。
魔性のホムンクルス
ホロウに飲み込まれた廃墟の奥深く、一体のボンプが歩みを進める。
ボンプが踏み込むたびに、床に堆積した灰のような粉塵が舞い上がる。照明はほとんど生きておらず、薄暗い廃墟を照らすのは、外壁に生じた亀裂から漏れるわずかな光のみである。
「依頼者の旦那さん、こんな場所で働いてたの……?」
思わず漏れた言葉に、Fairyが応じる。
「ここは通常記録に残っていない非公開施設です。外部との通信は完全に遮断、異常発生時の緊急装置も未作動。おそらく意図的な隔離が行われたものと思われます」
リンは舌打ちしそうになるのを飲み込んだ。資料が焼かれていたり、ドアに鍵がかかっていたり、設備の一部が異様に新しいのが妙に気にかかる。
リン……兄のアキラと共に、新エリー都の六分街でレンタルビデオ店「Random Play」を営む彼女たちは、その傍ら裏の顔として、プロキシ業を行っている。
ちょっとした事情で、今までの蓄えが無くなり、家に住み着いたAIであるFairyの
今回の依頼は、ある上流階級の女性からの依頼で、何年か前にホロウによって飲み込まれた郊外の研究施設に勤めていた依頼者の夫の遺品回収である。
表向きにはホロウ災害に対抗するための研究を行う施設であったようだが、ここに遺されたものを見る限り、そう人聞きの良いことをしていたわけではないらしい。
「ねえ、これって……ただの研究所じゃないよね?」
「……確かに、遺された記録を見る限りじゃどうやらここではデザイナーベビーをはじめとして、いろいろと非合法な研究をしていたらしい。言うまでもなく、明らかに”クロ”だ」
兄の言葉に薄ら寒さを覚えながら通路を進んでいくと、Fairyが突然声を発する。
「未踏ルートに大規模な閉鎖区画があります。アクセス不可、独立した外部端末から扉がロックされているようです」
「開けられそう?」
「ボンプを通してハッキングを行えば可能です」
壁のようにそびえた鉄扉の前に立つ。Fairyの補助でリンの意識が接続されると、通路の奥、重々しい電子ロックが一つひとつ解除されていく音が響いた。
ゴゴゴ、と石櫃でも開くように重々しい音が、扉から発せられる。
「注意。空間内に大量のエーテリアスを検出」
「ちょっ!!待って!扉開くの中止!!」
「開錠シーケンスと扉の開放はシステム的に一体化しており、不可能」
「いやーーー!!」
身構える
まるで神殿のような、荘厳な空間だった。
半球型の広間。床は光を反射するガラス質で、最奥には巨大な台座。そこに据えられたモノを中心に、異様な光景が広がっていた。
数十体のエーテリアスが、まるで王に忠誠を誓う騎士のように、跪き、頭を垂れているのだ。生物的な反応はあるが、まったく動かない。
天井部に入った大きな亀裂から光がカーテンのように差し込んで、どこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。
リンは息を飲む。
「……これ、何……?」
「解析不能。敵性行動ナシ、エーテリアスの行動パターンとして前例がありません。」
慎重に、恐る恐るエーテリアスの影をすり抜けて、中央の台座へと向かう。
そこにあったのは、無機質で冷たい医療用のコフィンだった。
完全にホロウに飲み込まれた施設の中で唯一、ホロウに一切侵されていない。側面には大きく赤い文字で『ABELL』と記されていた。
「……アベル?」
「生体反応検知。心拍、呼吸ともに安定。休眠状態です。記録上、この施設に生存者は存在しないはずですが……」
Fairyの声が静かに揺れる。
躊躇しながらも、リンはコフィンの操作盤に手を伸ばす。カバーがスライドし、内部からひやりとした冷気が流れ出す。
中に入っていたのは一人の男性だった。
淡く光を受けて揺れる、シルクのような純白の髪。
眉ひとつ乱れず、眠るその横顔は思わず見惚れるほど整っていた。
人形のように美しく、けれど、確かに“人間”の温もりを持った存在。
「……きれい……」
知らず、声が漏れた。
「これは……この人が、まさか……」
アキラもまた、共有された視覚情報に見惚れながらも、ある種確信めいた反応を示す。
「デザイナー、べビー……」
「恐らくね、施設に遺された情報と特徴が合致している」
資料曰く、人類をより高次へと至らしめる時代の先駆者にして、王たらんもの。人々が縋る幻想を人の手によって生み出す禁忌のプロジェクト。その最初にして最後の成功例は『ABELL』という名前で記録されていた。
記録によると彼には一目見ただけで他者をを文字通り
その威力は凄まじく、当初ただの実験体として生み出されたアベルに魅了された研究者達は、その内心に抱えたかつての理想を忘れ去り、アベルを祀り上げるある種の宗教団体になり下がった。研究者たちは老若男女問わず彼を愛し、また彼に愛されるために全てを捧げた……そんな様子が施設内の記録から散見された。
周囲のエーテリアスは恐らくその研究者たちの名残だろうか。
状況証拠的に、目の前で眠るこの男性で間違いないだろう。
彼の顔に思わず、手が伸びる。
触れてみたかった。
自分が正常ではないと分かっているが、抗いがたい衝動に押される。
顔に手が触れようかというその瞬間、ぱちりと。
瞼が開いた。
現れたのは、アメジストのような、薄紫の光を宿した瞳。
リンもアキラも息を呑み、動けなくなる。ボンプ越しの心臓が強く鳴った。
彼は、まっすぐにこちらを見つめて、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「こんにちは……小さな君……君は、誰かな?」
穏やかに、けれど不思議そうに目を輝かせて問いかけた。