魔性のホムンクルス   作:永久冬眠

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魅了の魔の手

「こんにちは、小さな君……君は、誰かな?」

 

 

 透き通るようなバリトンボイスが、静まり返った空間に穏やかに響いた。

 

 

 目の前で硬直する、愛らしいぬいぐるみのような身体をそっと抱き上げた。

 

 

「人間……じゃないよね…」

 

 

 抱えたまま座り込み、瞼を閉じて首を捻ってふと考える。

 

 

「いや、そもそも……ボクは誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

「おい!しっかりするんだ!リン!」

 

「ワァ……ワ、ワァウ……」

 

「……駄目だ、完全にトリップしてしまっている」

 

 

 現実に引き戻そうとするアキラの声が、リンの体を揺らす。

 

 

 画面越しに間接的に見ていた自分でさえ、一瞬吞まれかけた。

 

 

 今、彼に抱きかかえられているイアスと感覚を共有しているリンは、どうやら耐えられなかったらしい。

 

 

 目を回してショートしてしまった妹とイアスの接続を切って、自分で再接続する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく無反応だったアベルの腕の中の可愛いらしい存在が、ビクンと体を震わせた。

 

 

「うん?起きたのかい?」

 

 

 動き出したボンプに、アベルは声をかけてみるが、反応は芳しくない。

 

 

「ぐっ……これは中々……」

 

 

 イアスと感覚を同期した瞬間に、蕩けるような感覚がアキラの全身を襲った。堪えるために歯を食いしばるが、不思議と不快感はない。

 

 

「具合の悪そうなところ悪いけどボク、記憶が曖昧でね。いろいろと聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるかな?」

 

「……よし、慣れてきた。自分を強く持てば、大丈夫……」

 

 

 語り掛けてくる彼を無視して、アキラは自分にまじないをかけるように言い聞かせる。

 

 

「おーい……無視は悲しいぞ」

 

「……失礼、僕はパエトー……いや、僕はアキラ。貴方の名前は?」

 

 

 パエトーン。プロキシとしての自分たちのハンドルネームを答えようとして、躊躇った。どうやら記憶が混濁しているらしい彼にそう名乗っても意味はないだろう。

 

 

 などと理屈をこねて、自分の本名を名乗ったが、アキラ自身そう名乗りたいと思ってしまっていた。

 

 

 

「アキラ……アキラだね…うん、覚えた。ボクは……ボクは、何だろう?」

 

 

 

 アキラは彼に名前を呼ばれるたびに、微かに喜びを感じている自分に違和感を覚える。

 

 

 おかしい、僕は同性愛者ではなかったはずだが。これが記録にあった『魅了』という事か。

 

 

「……君はもしかして、『アベル』という名前ではないかい?」

 

 

 改めて気を取り直して、名前を思い出せない彼のためにコフィンに記されていた名前を教えてみる。

 

 

「アベル……アベルか…うん、きっとそうだね。ボクのことはアベルと呼んでおくれ」

 

 

 アキラが告げたその名は、深く、彼の中でしっかりと収まったらしい。

 

 

 良かった、喜んでくれている。彼に名前を教えてあげることができ———

 

 

(いや、待て。僕は何を考えているんだ)

 

 

 アキラは自身の頬を強く叩き、もう一度意識をはっきりとさせる。

 

 

「分かった、アベル。君はそこのコフィンの中で眠っていた。何があったか思い出せるかい?」

 

「うーん……どうだろう。何にも、思い出せない」

 

 

 

 

 

 

「助手二号。仮称アベルは数年間に渡るコールドスリープの影響で重度の記憶障害を引き起こしているようです」

 

「そのようだね」

 

 

 

 アキラは、自分に語り掛ける自称筆頭助手に空返事を返しつつ、視界の向こうで首を捻る彼を見つめる。

 

 

 危なかった。彼の、アベルの異常性について、理解しているつもりだったが、認識が甘かった。

 

 

 理解していてもなお、思考を飲み込まんとするほどの魅了。

 

 

 アレは最早、美貌でどうこうというレベルでは無い。

 

 

 リンが意識を飛ばしたのはある意味正解だったかも知れない。

 

 

 危険すぎる。と、そう考えつつも、アキラの思考は彼の救助へと向かっていく。

 

 

 

 

「というか、アキラ……君は、人間なのかい?」

 

「ん?もちろん人間だけど……どういう……」

 

「うーん、ボクが知っている人間とは姿がかけ離れている…かも」

 

 

 アキラはふと、自分がボンプの体に入っていることを思い出す。

 

 

「ああ、そういう事か。僕はここから離れた場所からこのボンプという機械の体を通して通信しているんだ。安心してほしい、ちゃんと君の想像する人間の姿をしているよ」

 

 

 アベルは不思議そうにボンプの体を両手で掲げ、目を凝らしている。その仕草は無垢で、どこか愛らしく———おっと。

 

 

「……それよりも、早くここから離れないと危険だ。僕が案内するからどうか付いて来て欲しい」

 

 

 何にせよ、生身の人間をこのままホロウに放置するわけにも行けない。アキラはそう考えて、自身が案内役を買って出る。既に、元の依頼のことなど頭にはない。

 

 

「ああ、いいとも」

 

 

 アベルは素直に頷き、正面の扉に向かって歩き始める。

 

 

「よし、それじゃあまずこの部屋から……ってそうだ、エーテリアス……!」

 

 

 

 そこでふと、アキラは自分たちがエーテリアスに囲まれていることを思い出す。咄嗟に周囲を見渡すと、変わらず跪き続けていたエーテリアス達が、ぞろぞろと重い腰を上げるように立ち上がって、アベルのほうを向いている。

 

 

「まずい、アベル!すぐにそこから———」

 

 

「大丈夫……道を開けてくれ」

 

 

 足元に縋りつくアキラを抱え上げて、アベルはエーテリアス達に向けて言い放った。

 

 

 立ち上がったエーテリアス達は、よろよろと足を引きずりながら整列して、扉への道を開く。二人はエーテリアスに見守られながら、その部屋を後にした。

 

 

 最後の瞬間。部屋から出て、扉が閉じるその時、力を使い果たしたエーテリアス達は、塵となって消えていった。

 

 

「エーテリアスが、自壊した……?」

 

「推測。あのコフィンの動力源に、あれらのエーテリアスが使われていた可能性、大」

 

 

 確かに、最早電気すら通っていないこの施設で、あの医療用コフィンがどうやって機能していたのかは疑問ではあった。

 

 

 どういう技術かは不明だが、どうやら周囲のエーテリアスを動力源にすることで、あのコフィンだけがその機能を保っていたらしい。

 

 

 限界まで力を吸いつくされたエーテリアスが自壊した。というのは納得できるが、エーテリアスは特に拘束されていた様子もなかった。自らの意思で、そうしていたというのだろうか。

 

 

「ありがとう。……行ってくるよ」

 

 

 天井の亀裂から差し込む光に、消えていくエーテリアス達に、アベルはそう言わなければいけない気がした。




そんなにシリアスなお話ではない。多分。
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