異世界転生の実情【短編】   作:三文小説家

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一夜

「突然の出来事につき困惑していらっしゃるでしょうが、貴方は死にました」

 

 奇異なる空間で、僕と相対しているこれまた奇異なる服装をした女性が僕にそう言った。

 

 

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 高校二回生の夏までの十七年強、僕は実益を伴う事を何もしてこなかった。異性との健全な交際、他者とのコミュニケーション、肉体の鍛錬など、社会的有為の人材となる為の布石を悉く外し、学問、それも学校教育から逸脱した文学や哲学、宗教学などの精進、音楽の鍛錬、同年代からの孤立と打たんでもいい布石ばかりを狙いすまして打って来た。

 

 十数年後の将来的にどのような効力を発揮するかは不明だが、少なくとも向こう数年これらが役に立つことは少なかろう。まず、同年代とは話が合わない。周りに坂口安吾だのウィリアム・ブレイクだのという話題で盛り上がっている事は皆無であった。僕が持つのは実社会では何の役にも立たない、ただの蘊蓄(うんちく)である。

 

 昔、とはいっても数カ月前の話であるが、とある男子に僕が本ばかり読んでいる事を揶揄(からか)われたことがある。最初の内は無視していたのだが、あまりにもしつこいので、ちょっとした舌戦を繰り広げたことがある。とりあえずその場では戦術的勝利を収めた僕であるが、論として正しいのは相手方であろう。こういうのを試合に勝って勝負に負けた、というのであろうか。いや、逆だったか。

 

 しかし、そんな将来について心配するまでもなく、齢十七にして僕の生涯は幕を閉じた。

 

 そして、奇怪な空間に連れてこられ、目の前に居るのが女神を名乗る女性である。この空間というのが中々のもので、さながら森の中に立つ東屋というものであった。拡がるのは自然の光景だったが、つい五分前に作られたかのようなハリボテ感がある。生えているのが全て造花であると言われても納得できてしまうものだ。それでも植物特有の水分を含んだ匂いがする。奇妙なものだ。

 

「この空間はあなたを示すものです。中々に風情ある人生を送ってこられたようですね」

 

 目の前の女神は何の感情も籠っていない声でそう云った。いや、少し鼻で嗤っていた。先の誉め言葉はおそらく皮肉であろう。僕は今しばらくの間、彼女を嫌いになることにした。

 

「女神とは……また空想的な概念を持ち出しましたね。僕は菩薩でも地蔵でもありませんが、女神様が僕に対して何用でしょうか? そもそも女神とは……?」

 

 (いささ)(とげ)のある言葉使いとなってしまったが、鼻で嗤った返礼であると納得していただこう。自分の人生を馬鹿にされたようであるし、意趣返しというものだ。

 

 それにしても女神とは何であろうか。自国の神話で女神といえば、天照大御神(アマテラスオオミカミ)天鈿女命(アメノウズメ)といったものが思い浮かぶが、彼女はいずれでもないのだという。

 

 彼女曰く、彼女は女神という概念の観念(アイディア)である。あるいは理念(イデア)であるとのこと。彼女は我々が思い起こす女神という概念であり、旧くは彼女が彼女でなかったとき、彼女に個体の識別はなく、有ったとして曖昧模糊、そして、彼女の現在の仕事に依存して彼女という個が生み出されたのだという。

 

 まるでプラトンの書籍でも読んでいる気分であった。神というものは中々に複雑なものであるらしい。

 

「なるほど、貴方についてはとりあえず納得しましょう。して、そのようなやんごとなきお方が僕に何用でしょうか?」

 

 女神は大きく嘆息すると、こう云った。

 

「貴方には異世界に転生してもらいます」

「は?」

 

 

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 異世界転生。

 

 多くの軽小説(ライトノベル)で取り上げられ、一時は流行の的となった。大抵は転生者が何らかの特殊能力を得て、もしくは与えられてその世界での生活を謳歌(おうか)する。というものである。

 

「だいたい、そのような理解で正しいですよ。私もその小説群を読んではみましたが、所々脚色されてはいるものの、概ね正しく描かれています」

 

 なんと、空想の産物と思われていたその事象は、現実に起こっているものだったらしい。しかし、何故にそのような面倒、もとい奇怪なシステムとなっているのであろうか。死ねば普通、天国か地獄か虚無であろう。

 

「その感覚は正しいですよ。実際に、天国や地獄という場所は存在しています。しかし、二つの場所の基準で善悪を判断すれば、現代の人々は殆どが地獄行きとなってしまいます」

 

 女神曰く、現代の善悪は複雑に過ぎるらしい。地獄というものが創造された当時の価値基準で善悪を判断すれば、現代においてはかなりの割合の人物が地獄行きとなってしまう。そもそも当時から地獄に送られる罪を犯さぬ者は極少数であった。時に阿諛追従(あゆついしょう)を使わねばならぬこともあろうし、歴史の一部だけでも切り取ってみれば、悪意と暴力なしには生きていけない世界だ。

 

 更に言えば、現代のような飽食の時代において、貴重な判断基準であった宗教の意味は薄れ、善悪は複雑化していった。善行とは十戒を破ることなしには成し得ない、と、ウィリアム・ブレイクは(うそぶ)いたが、人類が発展するにつれてその側面は強くなっていったと女神は語る。

 

 また、飽食の時代故に僕のような罪も善行も成し得ない人間が多数出現するようになった。天国に行けるほど聖人ではないが、地獄に堕とす程の悪行も犯していない。故に神々は死人の扱いを決めあぐねていた。

 

 天国にも地獄にも行けないとなると、ハロウィンの起源を思い出す。悪行と吝嗇(りんしょく)が過ぎたジャックという男が天国に行けず、地獄の悪魔にも嫌われた結果、ランタンを灯して彷徨い続ける羽目になったという話だ。

 

 確かに、そんな目に遭うのは御免被る。

 

「あなたもその〝聖人でも悪人でもない人間〟の一人です。学校内での評判は……まあ、中々の物ですが、所詮は学校内の話ですからね。神の判断基準となると、せめて一都市か国レベルのものでなければ……それか、金銭的な利益や害を出すとか、ねえ?」

 

 一々癇に障る女神である。まあ、神とは押しなべてそういうものなのかもしれないが。

 

 なお、僕の学校内での評判というのは十中八九、悪評であろう。というのも、件の男子と舌戦を繰り広げて以降、学校内での僕の評判は散々なものであった。僕は、(ねずみ)のように臆病で、狐のように悪意に満ち、鸚鵡螺(オウムガイ)のように卑屈であり、蛇のように狡猾で、悪魔のように弁が立つ人物だと噂されるようになったのである。実際はもう少し短絡的だった気がしなくもないが、いずれにせよ悪評である事に違いはない。

 

 僕自身は別に困らなかったが、数少ない交流相手である幼馴染の少女には迷惑をかけてしまったかもしれない。それについてだけは後悔している。

 

「そこで、そのような人間を暫定処置として異世界に送る事となったのです。異世界とは言ってしまえば、天国と地獄の良いとこ取りのようなものですから」

 

 時期と立ち回り次第では英雄として凱旋される天国となり、逆に慣れない土地で生活しなければならない地獄ともなる。神々からすればとても都合の良い場所という事だ。僕個人の所感としては地獄という側面が強いが……英雄を必要とする時代など、押しなべて不幸であると相場が決まっている。

 

 そもそも、ハブを狩るためにマングースを放逐するようなものであろう。幾ら助けを求めているからと言って、それはあまりに酷薄な措置ではなかろうか。

 

 そのようなことを僕が言うと、女神は皮肉っぽく笑った。

 

「マングースの力を借りてでもハブを駆逐したいと願うのが人間なのです。もしくは、駆逐した後の事など考えられないのが人間。あとはまあ、外から新たな風を吹き込まなければ解決できない問題というのも、往々にしてありますからね。そもそも、正にせよ負にせよ、膠着してしまった世界は変革を望んでいるのです。それこそ、マングースが希少生物を喰いつくす方が、世界としては歓迎かもしれません」

 

 僕は今からそんな所に送られるわけか……気分が重くなっていると、女神は尚も言い募った。

 

「それに、異世界では大抵、女性からモテますよ」

「そこについてはどうでもいいのですが、どういう理由で?」

「大抵の場合、価値観や倫理観がヴァイキングに多少毛が生えた程度ですからね。強い人間はモテますよ。善人でも悪人でも、ね。現代でも優秀な人間がモテる、程度の相関はあるでしょう。異世界はそれがとても強いのです」

 

 必要なのは剣、そして魔法、法律書は打撃武器。思いの外異世界はシンプルに出来ている。女神はそう締めくくった。

 

 一方、僕は大きく溜息を吐いた。

 

 僕は闘いにも女性にもとんと興味がない。唯一の例外と言えるものは上述の幼馴染の少女程度であるが、それも突出してというものではなかった。そんな器量も才覚も価値観も並な男である僕が、そんな誇大広告勝り、死に体の世界に行って何ができるというのであろうか。それも闘いと恋愛が全てと言うような世界で、である。

 

 僕は生前、それほどの罪を犯したのであろうか。何もしないのはそれほどの罪か。世間曰く、つまらないものを見たいというのはそれほどの悪逆であろうか。僕からすれば異世界転生などというものは地獄の刑罰と何ら変わりないものである。

 

 夜景? ダイヤの光? 笑みで住宅街を見下すのがそれほど大層な生活なのか? だとすれば、随分と高っぽい幸せである。ダイヤというよりはジルコニアであろう。

 

 そのような様子の僕に、女神もまた溜息を吐いた。

 

「どーすれば、乗り気になってくれるのでしょうね」

「残念ながら」

「正直、私からすれば何が楽しいのか分からない人生ですけどね。山も谷もなく、まるで辺獄のように希望の無い人生」

「ダンテの『神曲』ですか。何か文句がおありですかね。快適に過ごしていましたけど」

(いや)ですねえ。最近の人間は欲が無くて」

「代わりに強欲の罪もありませんよ」

「少なくとも怠惰の罪はありますね」

 

 怠惰の罪の原義は憂鬱であろうに。そこまで厭世家だった覚えはないぞ。厭世家というのはキルケゴールのような人物の事を云うのだ。キルケゴールにとって、存在とは苦悩する事であり、次に絶望する事である。そして、その二つが神の恩恵を受ける条件という事だ。残念ながら、僕はその段階に至っていない。

 

 と、あーでもないこーでもないと女神と僕が話し合っていると、女神の様子が変わった。今まではどこか気怠そうな様子であったのだが、一瞬だけ目が覚めたような風情である。しかし、直ぐに元の調子に戻ってしまった。

 

「ここで無駄話をしている間に、あなたの肉体が息を吹き返したそうです。現代の医学は凄いですね」

 

 女神がそう言うと、僕の意識は突然の睡魔に襲われる。

 

「生者に用は有りません。次に目覚める時は病室のベッドの上でしょう。どうぞ、毒にも薬にもならないその人生を謳歌してくださいな。ただ、次はもう少し身の回りに目を向けてはいかがでしょう。正直、()()が気の毒で仕方ありませんから」

 

 女神は何を言っているのであろうか。しかし、その意味を問う前に、意識は暗転してしまった。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは病室だった。目を覚ましても一人……とはいかず、傍らには幼馴染の少女がいた。彼女に目を向ければ、硝子細工のような目は充血し、陶器のような頬には涙の痕があった。

 

 その様相だけで彼女の慟哭(どうこく)の程は推して知ることができるが、そうなった過程が分からない。幼馴染とは結局、距離が近いだけの他人である。そんな世界の終わりであるかのような風情を見せられるような関係を築けていない。僕はそう思っていた。

 

 だが、そんな思考の暇を与えずに、彼女は僕をそっと抱きしめた。

 

 

~~~~~~~~

 

 

 この後のことは、この稿から著しく逸脱する為、僕の口からは言わないでおこう。成就した恋ほど、書き記すに値しない物も無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 莫迦は死ななければ治らないと云うけれど、それは本当かもしれない。列車事故によって死の淵を彷徨った幼馴染(カムパネルラ)は、ようやく私の想いに気付いてくれた。長かった。本当に長かった。この時のためならば、私はあの(さそり)のように身体を百回焼いたってかまわなかった。

 

 私はようやく、本当の幸いを手に入れたのだ。

 

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